第4話
あの日以来、彼女と出会ったビアバーが気になって仕方がない。いや、ビアバーではなく、彼女が気になって仕方がない。単なる通勤経路の味気ない景色に色味が差している。気の持ちようで日常の景色がこうも変わるとは。今日も、カウンターに彼女がいないか、さりげなくチェックをした。
『俺はストーカーか』と、思わず、自分にツッコミを入れたくなる…さりげなく見ているだけだから違うと自分に言い聞かせながら、通勤途中に彼女の姿を探すのが、平日の日課になっていた。
彼女との出会いから約1ヶ月、ついに彼女を見つけた。
見つけてすぐ、ビアバーに入ろうと思ったが、少し立ち止まった。これは偶然を装える状況なのだろうか。彼女としてみれば、1ヶ月ぶりに来たのにまた同じ男が登場する、というのはどうだろう。偶然だね、とポーカーフェイスで言える自信がない…
いや、でも僕がチェックしていたのは通勤時間のほんの数秒だ。彼女がそれ以外の時間帯に来ていたということも十分あり得る。
…と、悩んでも答えが出るわけではない。
「いらっしゃいませ、お1人ですか?」
若い男性スタッフが声をかけてきた。
「はい、1人です」
彼女は前回と同じ場所に1人で座っている。僕も前回と同じ、彼女の席の2つ右の席に座った。
少し間をおいて、ゆっくりと左側にいる彼女に視線を向けた。
「あっ。お久しぶりです」
わざとらしくならないよう細心の注意を払って、僕から彼女に話しかけた。
「あっ! 以前ご一緒しましたね」
1ヶ月前と同じ笑顔だ。もう一度彼女の笑顔を間近で見ることができた。気持ちが彼女に引き込まれる。
「今日は何を飲むんですか? ビールお好きになりましたか?」
彼女から直球が飛んできた。さすがビール伝道女子だ。前回の僕はビールに興味がないように見えたのだろう。
「あ、いえ、特に決めてないです。」
言ってすぐ、これが良い答えではないことに気付いた。ビールにはそれなりに興味がわいている。ただ、それ以上に彼女に会うことが目的になっていて、飲みたいビールなど考えてもいなかった…
「ははっ、やっぱり。じゃあ今日も私がお薦めしますよ」
今日は最初から彼女との距離が近い。1ヶ月ぶりなので前回の関係性がリセットされてしまうのではないかと少し不安だったが、杞憂だった。
「前回のように、飲んだ事のないビールを飲みたいです」
今日もビール伝道女子に身を委ねて、ビールの世界に浸ることができる。喜びを噛み殺しながら、しばらく彼女の心地よいウンチクに耳を傾けた。
「最近では、コンビニでも結構面白いビールがたくさん売っているんですよ」
彼女は嬉しそうに言った。
「へぇ、そんなんですね。この店の近くにもコンビニがありますよ。そこにもあったりします?」
僕の自宅から最も近い、週に3回以上はお世話になっているコンビニだ。あまりビールのラインナップを意識して見たことがなかったので興味があった。
「もちろんですよ。お薦めありますよ。行きますか?」
彼女は身を乗り出している。ビール伝道女子の血が騒いだのだろうか。
「あっ、見てみたいです。お薦めのコンビニビール」
「じゃあ、早速コンビニに行きましょう!」
「えっ、もう? まだ1杯しか飲んでないですよ」
「思い立ったら、即行動です!」
彼女は既に財布を取り出してお会計をしようとしている。
「あっ、はい」
少しだけ残ったビールを完璧に飲み干し、僕も慌ててお会計をした。
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