お妃選びの最終審査でキレました

夢間欧

お妃選びの最終審査でキレました


 ロビン王国のお妃選びは風変わりだ。

 王太子は必ず二十歳で結婚すると決まっている。

 国中から、才色兼備の妙齢の女性が集められ、その中から最終的に二人のお妃候補を、侍従長が選び出すのだ。


 私ーーシンシア・カヴァーデイルは、その最後の二人に残った。

 もう一人の女性の名は、サラ・マクドナルド。私より二歳年上の二十一歳で、その分大人っぽい。


「ではこれより最終審査に入る」


 王宮の接見室で、侍従長が私たちに告げる。


「これより一週間の審査期間を経て、どちらか一方に、王太子殿下がプロポーズされる。選ばれたほうにとっては、これ以上ないシンデレラストーリーだ。が、選ばれなかったほうは、禍根を残さぬため、都から遠く離れた辺境の地へ移住してもらう。よろしいな?」


 その一週間の審査期間に何をされるか、ロビン王国の住民なら誰でも知っている。

 侍従長から、イビってイビってイビリ抜かれるのだ。

 それに涙を流さずに耐えたほうが、晴れて王太子様のプロポーズを受けられる。

 つまり、この国で、王太子妃(すなわち将来の王妃)に求められるのは、実のところ「才」でも「色(しょく)」でもなく、一挙一動が注目される地位に就くことからくる絶大なストレスに耐えられるだけの「鋼のメンタル」なのだった。


 私はチラッと、サラ・マクドナルドを見た。

 不敵に私を見つめ返した彼女の勝気な顔は、私の何十倍もメンタルが強そうに見えたーー



【一日目・月曜日】



 王宮の、私にあてがわれた部屋で、侍従長が言う。


「よくここまで勝ち残ったな。他人を蹴落として気分がいいか?」


 私は黙っていた。もちろん私に他人を蹴落とす意思はない。妙齢で、いくらか学があり、容姿に問題がなければ自動的にエントリーされるのだ。それを最後の二人まで残したのは当の侍従長であり、私にはまったく意外な成り行きというほかなかった。


「王太子殿下を愛しているか? それとも自分が成り上がりたいだけか?」


 王太子様ーークライブ殿下の精悍な顔を思い浮かべる。


「はい。愛しております」


「どんなふうに?」


「昔から、憧れておりました」


 クライブ殿下は、誠実なお人柄で知られている。もしプロポーズされる光栄に浴するなら、喜んでお受けすることに迷いはなかった。


「そうか。が、もし戦争になり、敵が王宮内にまで侵入したら、そなたは真っ先に人質にされるか、暴行されて殺されるかもしれん。そなたの両親や兄妹もな。その覚悟がなければ辞退してもいいぞ」


 私は目を閉じた。

 万が一戦争に負けたら、王太子妃であろうが一住民であろうが、虐殺される危険があることに変わりはない。私は答えた。


「構いません」


 一日目の「イビリ」は、それだけで終わった。



【二日目・火曜日】



「もし戦争になった場合」


 侍従長は言った。


「王太子殿下は逃げて、そなただけが人質にとられるケースも考えられる。そなたはどんな拷問を受けても、秘密を洩らさないか?」


 私は頷いた。


「もしそうなったら、舌を噛んで死にます」


「本当か?」


 侍従長が、粉の吹いた醜い顔を私に近づける。


「どこまで噛める? 今やってみせろ」


 昨日より過酷になった。


(彼女ーーサラ・マクドナルドは、どこまで噛むだろうか?)


 私は犬歯で舌を挟み、グッと力をこめた。


「あっ!」


 激痛に、思わず悲鳴が出る。気がつくと床に倒れていて、口を押さえた手に、生温かい血がこぼれた。


「ふーん。舌がちぎれてはいないな。どれ、涙は出たか?」


 侍従長が床に這いつくばって私の顔を下から見上げた。私は何とか、涙を抑え込んだ。


 二日目はそこまでだった。



【三日目・水曜日】



「もしそなたが双子を産んだ場合」


 侍従長が言う。


「将来、王位継承争いが起こらないように、どちらか一方を殺さなければならない。それができるか?」


 私は逡巡した。この場合、正解はどちらだろう。殺せると答えるほうが、王太子妃にふさわしいのか? だけど、平気で赤ん坊を殺せるような冷酷な女性に、あのお優しそうな王太子様はプロポーズなさるだろうか?


「どうした。早く返事をしろ」


 私は決断した。これはメンタルのテストだ。本当に殺すわけではない。覚悟を見るだけのことだ。私は頷いた。


「必要とあらば、やります」


「ではこの枕を子どもだと思ってやってみろ」


 私は枕を両手で握った。柔らかい枕は、私が手で押すままにへこんだ。ちょうど握ったところが、首のように細くなった。


 目頭が熱くなった。


(私は何をやってるんだろう。こんなふうに赤ちゃんを絞め殺せますよってアピールして……そこまでして、この競争に勝ちたいの?)


 もう少しで涙が出そうになったときに、侍従長のらんらんと輝く目が見えた。


(チキショウ。負けてたまるか。あの素敵な王太子様のことだけ考えるのよ!)


 グイグイ枕を絞めた。三日目が終わった。



【四日目・木曜日】



「王太子殿下はおモテになる」


 侍従長は言った。


「そなたに飽きたら、いくらでも愛人を持つだろう。またそなたが男子を産まなければ、我々はいつでも次の妃を選ぶ。それでもよいか?」


 女としての幸せなど望むんじゃないぞと、この醜い侍従長は言っているのだ。


 私は唇を結んだ。

 もしそうなったら、悲しい。

 でも、私は、クライブ殿下をお慕い申し上げている。

 万が一、殿下の愛が冷めても、私がいつまでも愛し申し上げていれば……


「ん? どうした? 泣きたければ泣いてもいいぞ」


 侍従長の声にハッとした。


(だめよ、こんなことくらいで泣いちゃ。ライバルのサラは、きっと殿下が何人愛人をつくろうが、悠然と微笑んでいるわ)


 私は構いませんと言った。四日目が終わった。



【五日目・金曜日】



「ジョン・グリーンリーフを知っているか?」


 その日、突然侍従長が訊いた。


「……はい」


 私は小さく頷いた。ジョンは幼馴染だ。


「我々は、彼がそなたに恋心を抱いていることを突き止めた。お妃候補にとっては邪魔な虫だ。だから、そなたのことは諦めるようにと伝えてきた」


「え? それはちょっと……」


 私はムッとした。いくら何でもやりすぎだ。彼はこの件にはまったく関係ない。単なるお友達の一人ではないか。


「彼はわかりましたと言った。そしてそなたに対して、こう伝えてほしいと告げた。頑張って絶対勝てよ、きみこそが王太子妃にふさわしいと」


 私は下を向いた。


(ありがとう、ジョン)


 そう思った瞬間、なぜだかわからないが、涙が落ちそうになった。

 私は我に返って涙をこらえた。五日目が終わった。



【六日目・土曜日】



「ジョン・グリーンリーフのことだが」


 侍従長が、顔を寄せてきた。


「やつは長男のくせに、家を捨てたぞ。伯爵の爵位も相続財産も捨てて、神学校に駆け込んだ」


 私は首を捻った。ジョンが、いったいなぜ?

 侍従長は笑った。


「ほら、そなたのことを諦めろと伝えたろ? そうしたら、もう一生、女性とは交際しないと決めたんだな。聖職者になって独身を貫くってわけだ。あの邪魔な虫は、そこまでそなたに一途だったんだなあ。ハハハ」


 私は椅子を立った。居ても立っても居られなかった。


「待て。どこへ行く。トイレか?」


「いえ。これでは、ジョンとグリーンリーフ伯爵家の皆様に申し訳が立ちません。急いで行って、思い直すように説得してまいります」


「勝手な真似は許さん。審査期間中に王宮から出たら、即失格だ」


 失格でもいい、と思った。幼馴染の一生がかかっている。自分の幸せのために、他人を犠牲にしていいはずがない。彼の衝動的な行動を今すぐやめさせないとーー


(絶対勝てよ!)


 不意に、ジョンの声が頭の中で響いた。

 彼は、私の幸せを願ってくれている。

 自分自身は、誰とも一生恋愛しないと決意して。

 幸せって、いったい……


「おや。目が光っておるぞ。ついに泣いたな?」


「いいえ!」


 私は全身全霊の力をこめて、涙を引っ込めた。


「あくびが出ただけです。泣いてなんかいませんわ!」


 こうして六日目も過ぎた。



【七日目・日曜日】



 審査最終日は、ありとあらゆる方向からイビられた。

 サラと比較していかに劣るか(あの娘さんは一回も目を赤くしなかったぞ)を指摘され、そなたはすぐに飽きられるだろうなと見下され、伯爵家に対して罪なことをしたなあと嫌味を言われた。


 しかし私は泣かなかった。泣きそうにもならなかった。


 夜の七時。審査結果が伝えられた。


「おめでとう、シンシア・カヴァーデイル。よく私のイビリに耐えた」


「えっ? では結果は?」


「そなたが合格だ」


 信じられなかった。


「サラさんはどうしてーー」


「あの娘さんは泣いた。最後の最後でね」


「差し支えなければ、理由を教えていただけますか?」


「あの娘さんは初恋の相手を忘れられなかった。そいつと二度と会ってはならないと伝えると、涙をこぼしたよ」


 私は彼女ーーサラ・マクドナルドを尊敬した。自分の感情に正直だったという点で。


「さあ。王太子殿下が参られる。謹んでプロポーズを受けよ」


 王宮の接見室に、クライブ殿下が現れた。

 その精悍なお姿からは、光が発しているように見えた。


「過酷な審査に、よく耐えられた」


 開口一番、王太子様は、侍従長と同じねぎらいの言葉をかけて下さった。

 

「どうぞ、私の妻となって下さい。あなたのような女性が王太子妃になれば、国民も大変喜ぶでしょう」


 私は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。とても光栄です。でも、辞退申し上げますわ」


 私の言葉を、王太子様も侍従長も理解できなかったらしい。よく聞こえなかった、という顔をしている。


「ごめんなさい。一週間の審査期間で、気づかされたのです。誰が私を本当に愛し、本当に必要としているかを。その人と結ばれることこそ、私にとって、真のシンデレラストーリーなんです」


 まだ二人は茫然としている。こんなことは、きっと、ロビン王国始まって以来のことなのだろう。でもそんなことは、知ったこっちゃなかった。


「王太子殿下のことは、変わらず心よりお慕いし、尊敬申し上げております。どうか素敵な女性を見つけて下さいね」


 私はそう言うと、軽やかに王宮を飛び出して、自分の幸せーージョン・グリーンリーフに向かって一目散に駆け出した。

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