第8話 「このあと何か用事ある?」③

 最後にやってきたのは、


 小高い丘の上にある、とても大きな観覧車。


 その観覧車を見上げながら、


「なに、ここ…」


 杏野さんが珍しく、驚いた声を出した。


「澄んだ魔力で満ちてる…」


「パワースポットらしいですよ」


 聞きかじりの噂話だけど、中学の頃に、クラスで女子たちが騒いでいたのを思い出す。


「なんでも、一番上で愛を誓った男女は永遠に…」

「乗ろう、真島くん」


 僕の説明を遮って、いきなり杏野さんがキラキラと瞳を輝かせた。


「……え?」


「ほら、早く」


 そのまま僕を引っ張って、ズンズンと観覧車へと進んでいく。


 ……え?


 言ったよな、僕。ここはパワースポットだって。


 恋愛の…


「あ、あの…っ」


「ここならさ、魔力を認識する訓練に、丁度いいと思うの」


 ……


 ………


 …………


 コホン、仕切り直し。


「だけど前に、訓練の仕方は分からないって言ってませんでしたか?」


「だね」


 だね、て…


「だからまた、イメージトレーニングで行こうと思うの」


「はあ…」


 相変わらず、どう対応すれば良いのか悩むけど、


 まあ、いいか。


 結局僕は、こうして杏野さんと過ごすのが、本当はとても楽しいんだ。


 そうして、


 待ち時間なんてものは当然なく、やって来たゴンドラへと二人で乗り込む。


 どうせ愛の告白なんてリア充イベントが起こる筈もないし、ゆっくり観覧車を楽しむとしよう。


「こんなにゆっくり動くんだね。楽しみ」


「……え、隣り⁉︎」


「ん?」


 隣りに座った杏野さんが、不思議そうに軽く僕を見上げてくる。


 杏野さんはスラっとしてて身長も低くないけど、僕の方が5センチほどは高い。


 高いんだけど、近い!


「な、なんで隣りに?」


 思わず顔をそむけて、照れ隠しをする。


「その方が、訓練するのに都合が良いでしょ」


「あー…」


 ハイハイ、訓練ね…


「ほらほら先ずは、両目を閉じてリラックス」


 そう言って杏野さんが、膝の上の僕の右手に、両手をそっと重ねてきた。


 この状態でリラックス…


 年頃の男子高校生が女子に手を握られてリラックス出来るなんて、杏野さんは本気で信じているのだろうか…


 とは言え、僕を見つめる彼女の瞳に、揶揄やゆの色は一片もない。


「判りました。リラックスですね」


 半ば諦めムードで両目を閉じて、大きくひとつ深呼吸をする。


「うん、その調子。寝てしまっても良いからね、深く深く、自分の内面へと意識を向けて」


 …てな事を言われても、自分の内面に意識を向けるなんて芸当が、そんな簡単に出来る訳がない。


 そう思ってたのに、


 繋いだ杏野さんの手の温もりが心地良くて、


 夢見心地と言うのだろうか、


 何だか、どんどんと深く沈んでいくような…


 そのとき、真っ暗だった僕の周りが、まるで夜空の星のように、無数の小さな光に包まれる。


 それが星の光ではなく、雨のしずくだと理解した時、


『……くん、……て』


 その全てが、一斉に僕の中へと降り注いで…


「しろーくん、起きて」


 ハッと意識が覚醒する。目の前には、杏野さんの綺麗な顔。


 訳も分からずに、ぐるりと顔を巡らせると、どうやらここは杏野さんの太ももの上…


 太ももの上⁉︎


 僕は思わず飛び起きた。


「気持ち良さそうに寝てたから、起こしたら悪いと思って。もうすぐ下に着くよ」


「あ、えっと…」


 全然、状況が飲み込めない。


 さっきのは夢…?


 てか、それよりも!


 杏野さんの膝枕で寝てたなんて、これは本当に現実なのか⁉︎


 むしろコッチが夢⁉︎


 混乱する僕なんてお構いなしに、


「夕日に照らされた街並みがスゴく綺麗で、しろーくん、見れなくて残念だったね」


 杏野さんは瞳を輝かせて、


 天使のスマイルを浮かべていた。


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