博士の女性優位社会
差掛篤
博士の女性優位社会
急進的社会運動を信望する、若き遺伝学博士がいた。
博士はこの世の犯罪や紛争、闘争は全て男性の攻撃性が引き起こすものであり、諸悪の根源であると断じた。
そして、男性の身勝手さと尊大さから女性を抑圧し、身体能力に任せて労働を独占、社会を支配していると主張した。
博士は研究により特殊な遺伝子操作で、女性にも男性と同様の身体能力を与える技術を生み出した。
子ども達に注射を施し、将来や子孫に備え遺伝子操作薬を投与する。
その技術は社会的に大きな議論を呼び、男尊主義者は当然断固反対し、抑圧されていると感じている女性主義者たちから大いに歓迎された。
時の政府は、博士の技術を奨励し、次々と補助金を出動して遺伝子操作を進めた。
なぜなら、男性と同様の身体能力を得ることにより産業発展が見込めると思ったからだ。
男性と同水準の肉体労働なども可能となるからだ。
また博士は、本来の女性が持つ「和」の精神があれば暴走することはないだろうと、男性以上の積極性・攻撃性を生むように仕組んでいった。
月日が経ち、博士が若き研究者から、壮年になり遺伝子操作の権威と称されるほどになったとき、社会は大きく変革していた。
女性たちは男性と変わらない体の大きさや筋肉量を得て、もはやスポーツでも男女を区分する必要すらなくなった。
男性の痴漢行為に実力行使で反撃する女性が続出した。
電車での痴漢などは袋叩きにされ、市中引き回しの刑にされた。
性的犯罪者には社会も容赦なかった。
さらには、DVなどの行為も減った。女性が容易に反撃できるようになったからだ。
とくに、男性優位に慣れ切った壮年以降の男性たちは、その尊大さを若きアマゾネスたちにへし折られ、事実セクハラでもしようものなら病院送りでは済まないほど制裁された。
こうして男性による暴力犯罪と戦争は顕著に減少していったのである。
そして男性のように積極性と攻撃性を高めた女性は、地位と権力を手に入れんと奮闘する者も多数となった。
女性は権力の座を占めた。
まさに女性は名実ともにこの世の太陽となったのだ。
博士は超高層ビルの自宅から街を眺める。
女性に身体能力と積極性・攻撃性を加え、本当に女性優位社会となる地盤ができたのである。
博士の大いなる目的の舞台は整いつつあった。
博士は遺伝子操作に2つの秘密を仕込んでいた。
一つは、生まれてくる男性の攻撃性、積極性を著しく下げるものだった。
これにより男性は、「和を以て貴しとなす」を至上主義として争わなくなった。
ただ、強いものに「婦唱夫随」するようになっていったのである。
博士は急進的だった。
男には一切の積極性を求めなかったのだ。
男はイエスマンしかいなくなり、自発的なものもいなくなった。
そして、「僕たちは男だから…」と引き下がるようになった。
町では女性たちが肩で風を切り闊歩した。そして、しおらしくおしゃべりする男性たちに声をかけた。
「ねえあんたたち。お茶でも飲みに行かない?」と。
肉体労働者、軍人、警官、消防士といった職業にも女性が多数を占めるようになった。
だが、博士の急進的実験は段々と思いもよらぬ方向へ変わっていった。
なんと積極性や攻撃性を増した女性たちが争いを始めたのである。
女性は弱い男性を襲って、金品を巻き上げるようになった。
女性たちがつかみ合い、殴り合いのけんかをするようになった。
週末の繁華街では殴り合う女性、路肩でつぶれる女性、飲酒運転して警察とカーチェイス挙句の果てに銃撃戦をする女性なども現れた。
女性のギャング団すら生まれた。
主張の強い権力者である女性たちが争い、いつしか国家間の戦争すら招いた。
単純な話だった。
過去人間の長い歴史において、力による支配こそが最も単純で手軽な手段であったからだ。
そこに男女の差異はなかったのだ。
博士は首を傾げた。こんなはずではなかった。
女性たちは暴力性を増し、権力争いに夢中になっている。
男性雑誌ではヌードグラビアは消滅し、女性が仕事だけに夢中となり、全て家事育児を男性に押し付ける悲哀を報じるコラムやエッセイが並んだ。
女性雑誌では、およそ性的好奇心に傾倒した男性モデルのグラビアが多数を占めた。
男性の中にはそんな現状を嘆き「男性を抑圧せず、当たり前の権利を」と主張する者も増えた。
つよつよの女性たちは、そのような男たちを一笑に付し、豪快に笑い飛ばした。
博士は頭を抱えた。
女性優位になれば戦争や犯罪は消えると思った。
確かに減少した。
だが、やはり「力による支配構造」はそもそも性差とはなんの関連性もなかったのだ。
博士は今の男性たちに、冷静に女性たちを説得し、かつての女性が持っていた「和を以て貴しとなす」を説いてほしいと考えた。
それは不可能であった。
なぜなら、博士の仕込んだもう一つの秘密が原因だったのである。
それは、諸悪の根源である男性の出生を減少させていく…というものだった。
男性の数は目に見えて減少していっていた。
おまけに残る男性にも積極性は皆無だ。強い女性の説得など誰ができよう。
博士の目論見では、男性が消滅するまでに、女性による単為生殖が可能になる技術が開発されるだろうと思っていた。
だが、それよりも早く大戦争でも起きて、女性の暴力が支配する世紀末が来そうである。
博士はため息をついた。
社会作りにおいては私は見誤ったかもしれない。
そう博士は思った。
だが、汚らわしい男が減っていくのはこのままでいい。
それでこそ真の目的が達成される。
表面上女性優位社会を説いておきながら、私の技術を使い、男性を減らしていく・・・。
そして、いつか私の周りには積極的で、男性のように露骨に異性を求める女性ばかりが集まるだろう。
現代における合法のハーレムが出来上がるのだ。
それこそ私の悲願であり、唯一の目的なのだ。…と。
そう、博士は非常に女好きの男性だったのだ。
【おわり】
博士の女性優位社会 差掛篤 @sasikake
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