ESPADA

 東西戦争ののち、再統合された日本は複都制を採用していた。

 西の京はそのままで、江戸が東京と改称されている。

 しかし京は今は閉鎖都市となり、海外賓客などの天皇との拝謁のためにあらたにかつての長岡京の跡地に西京が建設されている。

 京は東西内戦を機に皇居と二条城周辺のみが再整備され、天皇の安息所としての機能のみを残した小規模な都になっていた。

 先帝の要望した夷狄排除をせめてここだけは堅持しようという意志の表れであった。

 村田がここを訪れるのは東西戦争緒戦以来であった。

 再建されたのは御所と二条城のみで、ほかは更地で放置されている。天皇とごく近しい縁戚者とその世話をする従者のみの街であるから規模は不要であり、都市をここに再建する必要もないのだから当然ではあったが、かつての栄華を知る村田には寂しい風景に思われた。


 堂々たる二条城の主は今は変わっている。

 皇城守護職がその主であった。

 内戦後に再統合された日本にあって、天皇の権威を佐幕・倒幕両派が利用できないよう、ひいてはこの先どのような政治勢力が現れるにせよ利用を企てないように物心両面から、天皇家を隔離するための最後の砦であった。

 村田は今日、その皇城守護職から直々に呼び出しを受けた。

 身に覚えがないので不安がなくはないが、後ろ暗いところもなにもない。

 東西戦争における活動は、再統合の際にあらいざらい白状してその処分も既に下っている。東西両軍問わず、再統合にあたって戦勲・戦功処理は蒸し返さないことが決められていたから、いまさらそのことで呼び出されたとも思わないが、寂寥たる京を見ていれば恨み言の一つは覚悟しなければとも思う。あの戦争に従軍した村田もまた、この災厄の元凶の一人ではあるからだ。



 勿体をつけた手続きの後で城内の謁見場に通された村田は正面に座る人物に驚きを隠せない。今上帝その人が座っていた。

 左には総理大臣、右には宮内大臣。そして今上帝を頂点とした円卓の左右に別れた10個の椅子の前に立つ9人の巨人。

 その手に捧げられた漆黒の鉄砲の形は村田の知るいずれの銃とも異なっていたが、空いている一つの椅子に凭せ掛けられている一つの銃だけは見覚えがあった。

 東西戦争の全期間を通じてどこでも見かけた東軍の主力銃の一つ。ブランズウィックだ。


「「村田どのに質問がある」」


 誰が発した声かはわからない。完全に同じ調子でありながら音域の異なる声が重なる。それに続く言葉で、村田は9人すべてが同時に声を発しているのだと気づいた。


「「その銃を扱ってみよ」」


 いつの間にか控えていた黒子が、村田に凭せ掛けられていたブランズウィックを差し出す。

 執銃姿勢をとると即座に弾薬が渡される。困惑を見透かしたように声は言った。


「「装填せよ、村田どの」」


 前装銃を扱うのは久しぶりであったが、村田はすばやく装填して照準するか前までを取ってみせた。

 引き金に指をかけたところでどこから湧いたのか分からぬもうひとりの黒子が、秒時計のボタンを押して止めるカチリという音が響く。

 その秒時計を左の男から順繰りに回し、9人目の男まで回して終わる。


「「ふむ」」


 村田は9人の男が寸分の狂いなく同じ角度同じ速度でうなずくのを見た。

 次に声を発したのは総理大臣だった。


「もっとすばやく操作することはできるか、村田くん」

「出来なくもないですが、いまよりずっと素速くとはならぬと思います」

「現在が15秒であった。1分で5発装填して撃てるか?」

「それは…無理かと思います」

「そうか、分かった」


 総理大臣は非難するでもなく称賛するでもなく、淡々と村田の弁を受け入れた。

 受け入れた上で言う。


「今日君を呼んだのはほかでもない」


 その言葉とともに9人の巨人が9挺の銃を村田に向けて捧げる。


「この銃を模して新型小銃を作って欲しい」


 左端の男が捧げた銃を村田に渡し、村田が握っていたブランズウィックを代わりに受け取る。渡された銃を手に取り、村田はその銃のできの良さに目を奪われた。試しに槓桿を二度三度押し引きしてみて、その滑らかさにふたたび驚嘆する。

 海外留学・研修のときにすら触れたことのないほどの銃器であることが掌から直に伝わってきた。


「「「出どころは聞くな」」」


 総理大臣の声と9人の巨体の声が重なり、出鼻をくじかれた村田は黙る。

 総理大臣はあからさまに話題を逸らすように言った。


「ここにいる9人は陛下の最精鋭側近の10刃である。陛下の万一の時のために秘された切り札ゆえ、彼らのことも他言無用である」


 総理大臣の言葉にはじめて、陛下が首肯して反応する。

 村田は反射的に最敬礼。直角に近くなるほど頭を下げた。

 手にした漆黒の小銃を巨人に返却しながら思う。10刃がなぜ9人しか居らぬのか。


 その疑問に答えたのは宮内大臣だった。


「この10刃はかつて、井伊直弼大老を警護した10人の男にちなんだものよ。大老を守りきれなんだが、それでも警護の大義を果たしたことは疑いない10人の男だ。大老を撃剣で守りし3人の武士、狙撃で守りし3人の小者、そして下手人を追い捉えた4人の中間。 それを揃えて10刃としておる」

「それでは一人足りないのは…」


 思わず口にした村田に宮内大臣は薄く笑みを浮かべた。


「貴君の出来ないと言ったブランズウィックの早撃ちをなした男よ。

 ほかの9人はいずれもあの戦争で命を落とした。だがその男だけは行方がわからぬ。生きておればまちがいなく東軍最強の鉄砲上手であったろう。

 村田どの、貴君が西軍最強の狙撃手であったのと同じか、あるいはそれ以上にな」


「「村田どのでも出来ぬのであれば、やはり伊兵衛は10刃にふさわしく」」

「然り」


 陛下がはじめて言葉を発した。

 村田はふたたび深く頭を下げる。

 その村田の頭に陛下の続く言葉が振ってくる。


「精進せよ、村田。

 本朝には貴公の新しい銃がどうしても必要だ」


 三度腰を折り、最敬礼を示す村田。

 頭を下げたまま陛下の退出の気配を感じて村田はようやく姿勢を元に戻す。

 残っているのは総理大臣だけだった。

 ニヤリとスケベな笑みを浮かべた彼は先程とは打って変わった調子で言った。


「そういうことだ。村田くん。

 ここで見聞きしたことは他言無用だが、新小銃の開発についてはいずれ正式な命令が下る。見るだけだがその銃の分解も許す。外国に負けない銃を作れ。

 君や伊兵衛のような銃の名手はおいそれと現れない以上、普通の兵隊が扱いやすい銃が我が国にはぜひとも必要なのだ」


 村田はその言葉に頷きながら、参考にして良いと残された漆黒の小銃を手に取りながら頭の芯ではまったく別のことを考えていた。


 自分に匹敵する銃の名手という伊兵衛。

 彼はまだ生きているのか? 何処にいるのか?

 

 視線は手許の中に釘付けになりながらも、アタマのそこではそのことが離れずに居た。



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