Clovers Cry

 由利島沖海戦の結果、瀬戸内海や本州沿岸部の制海権は東軍が掌握した。

 大型艦を喪失した西軍は九州周辺に押し込められて攻勢は完全に不可能な状況となっている。一方で東軍も累積する消耗を埋めきれず、逆襲をする余裕もなかった。

 国内を二分した大戦となったために、京以西のほぼ全域は西軍についていて東軍が侵攻の足がかりにできる拠点もない。そうなると山陽道を地道に強襲するしかないが、それもできないのが東軍の実情だった。

 大阪城の包囲が解かれこの方面での東軍の体制は安定したものの、包囲に用いられていた西軍の勢力が山陽道の守備に振り向けられたために東軍の現有兵力では押し切れない。武士団が消耗したために農兵軍を動員するのだが、すでに徴募の限界に達していて補充が効かなかった。内戦の実相、洋式銃を用いた合戦の凄惨さが伝わるにつれて徴募を忌避する百姓町人も増加し、残った数少ない士分の青壮年も軍に入隊するのを回避しようとする。これ以上の動員は強制徴募するしかないが、人臣の支持が盤石とはいえない東軍には不可能であった。

 もっとも、支持が薄いのは西軍も大差ない。

 当初こそ錦旗を掲げて朝廷の権威を背後に指導力を発揮しかけたものの、一気呵成にケリを付けるのに失敗したことで行政の実務能力が欠けていることが露呈。

 さらに戦況が捗々しくないことから錦旗を下げたことも人心の離反に拍車をかけた。すでに国内の統治を担当するにはどちらも能力不足なのではないかと疑われていて、ここで一つでも失敗すれば一気に態勢が瓦解するおそれが大きい。

 東西両陣営では武士団が既に戦闘能力を喪失していることを暴露した関ヶ原の戦いを後悔している者が少なからず居たが、いまさら言っても仕方がない。

 停戦交渉を加速させつつ、現状の各戦線での戦闘は継続するよりほかなかった。



 山陰道の戦いもそうした消極的な理由で継続される戦線の一つだった。

 長岡攻防戦で東軍が勝利した後しばらくして、日本海の制海権も東軍のものとなって実施された津和野藩攻略戦が今も続いている。

 長州征討の結果、長州に実効支配される石見銀山の奪還を最終目的として開始された作戦はしかし、ごく早い段階で頓挫した。

 予備兵力を想定外の短期間で消耗した東軍は津和野戦線に対する満足な補充ができず、比較的順調に推移していた初期の作戦の損害さえも補充が追いつかず、途中の城塞で一度撃退されただけで完全に攻勢をしかけられなくなっている。

 ようやく補充された兵力も、わずか3年ほどでまったく旧式化してしまったブランズウィックなどがあればマシな方で、古色蒼然とした火縄銃を設え直したゲベールを主力とするなど、量も足りなければ質の面でも劣悪だった。

 

 そんななけなしの戦力も、あっという間にすり潰されている。

「あんな銃があるのか」

 と一同が驚愕した西軍のスペンサー銃により、ゲベールの1小隊が撃退されてしまった。そうして撃退されたことで西軍が集落からかなり離れた場所に築いた即成の砦には大砲が運び込まれ、しっかり据え付けられて攻略が無理な情勢になった。

 西軍はそれほど優勢になったにもかかわらず、こちらも打って出ることはない。

 集落との距離の離れているところから伺えるとおり西軍もまた歓迎されてはいない。では東軍に近いかと言えばそれもなく、降って湧いた厄介事であるかのように地元の人々は東西の軍勢との接触を避けた。

戦争そのものがすでに支持されていないと観念するべき時だった。



偉い連中は何を考えているのか。届いた銃を見下ろしながら中隊長は困惑した。

この方面の戦況を伝えて撤退を進言したのに届いたのは国産連発銃だった。スペンサー銃のような弾をバネで押し上げる弾倉式のものではなくコルト拳銃を大きく細長くしたような格好の輪胴銃であった。

コルトのような五連発、六連発ではない、葵の御紋にもう一葉くわえたような四連発の輪胴なのは、国産では舶来品のような強度が出せなかったためだ。

試し打ちをしてみると確かに連発はできる。ただし完全薬莢式ではない、従来型の弾のために装填に手間がかかる。スペンサー銃とは比べるべくもないというのが使ってみた結論だった。


しかしこれでも命令とあらば戦わなけらばならないか、そう覚悟を決めた中隊長のもとに砦を見張っていた兵から伝令が届く。

休戦の申し入れだった。


使われることなく済んだ四つ葉の輪胴銃は幸いだったのか、どうか。

覚悟を決めていた中隊長はなんとも中途半端な気分にとらわれる。


しかしだらけた兵どもがなんの注意も払わず陣地を出ても大砲もならなかったのを見て、ようやくのこと実感する。


戦争は終わったのだ。



 






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