断章:候補生の憂鬱

  ――どうしてこうなった。額に指先を当てて、肺の中にある二酸化炭素を全て吐き出す。人数が足りないから助けて欲しい、そう泣き疲れたので渋々了承したのが全ての始まりだった。確かにアカデミーの実技では個人戦と団体戦、大雑把に二つに分かれている。一匹狼では単位が取れないカリキュラムに躓く候補生はいるだろう。

  かといって、あの弟は孤独を好む年頃の男子ではない。寧ろ問題のある候補生に率先を絡みに行く、傍から見ると理解に苦しむ性格だ。まあ一人で黙々と鍛錬を励んでいるのは昔から知ってはいるのだが。今は置いておこう。普段は邪険にしてしまいがちだが、なんやかんやで身内に甘いところは祖父に似てしまった。

  そういえば、ふと弟の言葉を思い出す。戦力に偏りがあり過ぎるから、と言っていたような。詳しい話は集合場所でと言ったきり、まだ全貌が見えていない。団体戦と言ってもフラッグ戦とか、防衛戦とかい色々あるだろうに。弟に文句を言ってやろうと来てみたはいいものの、この場に揃っている面々に問題があり過ぎた。


「あの、本当に僕がリーダーで良かったんですか…?」


  視界の隅で金髪が揺れた。この同級生を覚えている。入学試験でトップクラスの数値を叩き出した子。実技では上位に食い込んでいた新入生だ。ただし入学式でトラブルを起こした問題児でもある。


「クジ引きで決めたからね」

「で、でも!僕より君の方が」

「運も実力の内、ってね。頑張れよリーダー!」


  よく言うわ。団体戦で人数が足りず、このメンツを搔き集めて来た張本人を横目で見る。確かにクジ引きで決めた。だがクジを用意した際に何か細工をしたに違いない。こういう男なのだと昔から理解しているから分かる。コイツまた何かやったな?


「わたくしの方こそ、良いのでしょうか……回復職ですので前線には立てませんし」


  その横で杖を持った少女が俯く。彼女は初めて見た。入学式から殆ど保健室で過ごしているという、付いた渾名は保健室の姫君。授業も出ることがなく、教室で彼女の姿を見た者はいないだろう。その深窓の令嬢は顔色が悪く、緊張によるものか手の震えが止まらない。


「大丈夫、大丈夫。君は前線に立たなくていいよ。後衛からも遠距離から攻撃できるし、団体戦の会場はギミックがある。何ならリーダーの固有スキルで支援に専念するのも可!まあ詳しい作戦は――」

「チッ…怖じ気づきやがって。足を引っ張るようなら辞退しろ」


  大きな舌打ちが響いたの同時に、杖の少女は身を竦めた。寄せ集めのチームから離れた位置に、壁に凭れ掛かっている男子候補生が一人。そこに視線が集中した。ああ、もう。さっきまで彼の説明を聞いていて顔色が良くなってきたのに。リーダーになった子も心配そうに見ている。ここは一つ、ガツンと


「ちょっと男子ー、女子が泣いちゃってるじゃーん。やめなよー」

「ウザっ」


  涙を浮かべる保健室の姫君。その少女を背中に隠すように前へ立ち、おどけたような口調で止める。そのふざけた言い方のお陰なのか、それほど場の雰囲気は悪化することはなかった。ウザい話し方だけど。


「今のアレでしょ?危ないから団体戦から辞退しろ、って意味でしょ?怪我したくなかったら出るな。そう遠回しに言ってくれたんだよね」

「え…」


  目を瞬かせて顔を上げる少女。それと同時に苛立ちを前面に出した舌打ちが炸裂した。


「言い方はアレだけど、心配性なんだねー」

「ウザいな本当」


  握り拳を上げる動作に「きゃー!リーダー助けてー!」と逃げる素振りを見せる。助けを求められた優等生は目を白黒させ、手を右往左往しながら暴力はいけないと諭し始めた。何なんだろう…このやりとりは。


「…………すまない。私のせいで君達まで巻き込んでしまった」


  沈黙を貫いていた少女が頭を下げる。彼女を知らない者などいない。婚約破棄騒動の被害者、エイル・ナイトレイ。ただの婚約破棄宣言でここまで騒動が大きくなるとは…当の本人も思っていなかっただろう。


「そ、そんな…ナイトレイ様のせいではありませんよ!」

「アンタは被害者だろ。寧ろ浮気相手をブン殴れる良いチャンスじゃないか」

「前半までは僕も同意見だよ。エイル君、そんなに重く受け止めないで」

「いや…この騒動に関わった時点で、君達の将来に影響を及ぼすこととなった。我々が敗北すれば候補生の資格も取り消される。私だけじゃない、君達も退学となるだろう。謝罪だけで済むことでないと解かっているが…申し訳ない」


  …まあ、そうよね。王子様相手に剣を向けられる人材なんて、この学園にいない。下手すれば家名に泥を塗ることになるし、勘当されるかもしれないし。リスクが高すぎる団体戦。誰もエイル・ナイトレイのチームに加わろうとしない訳よ。だから弟が必死に搔き集めて来たのだ。


「んなもん、勝てば良いんだよ。オレは構わないぜ。王子様を合法的に真正面からボコれるんだろ?こんな喧嘩に参加しないなんて、他の連中は損しているぜ」


  指の関節を鳴らす少年。バンダナがトレードマークな男子候補生が不敵に笑う。喧嘩っ早い性格で有名な男。因みに彼は入学式開始直前で乱闘騒ぎを起こした問題児・その2である。


「僕は…せっかくアカデミーに通わせてもらっている身だからね。退学にならないよう頑張るよ」


  リーダーの言葉に頷きながら振り返り、一連の騒動に火炎瓶を投入した主犯が手を上げた。


「じゃ、姉ちゃん」


  よろしく!無邪気に笑う弟。その晴れ晴れしい笑顔が何と憎たらしいことか。この弟に頼まれると、昔から碌な目にあっていない。半眼で睨みながら視線を動かし、改めて集められたメンバーを見た。


優等生にしてトラブルメーカー

か弱い保健室の姫君

入学式で乱闘騒ぎを起こした張本人

一連の騒動の被害者

我が身内にして問題児筆頭


  それどれの得物を視認し、改めて人選を見つめる。どう考えても協調性は期待できない。


「――愚弟!説明しなさい!!」


  闘技場に姉の怒号が響き渡った。

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