008ある少年の始まり


「お待たせしました」


  そうこうしているうちに、ダグラス・ナイトレイが戻って来た。慌ててステータス画面を消す。固有スキル<鑑識眼>が常時発動パッシブスキルなのかは分からないが、念のため彼の前では出さない方が良いだろう。反射的に背筋を伸ばして座り直した。


「こちらから誓約書。次に竜魔導機兵ドラグーン隊への入隊希望に関する書類、そして…」


  次々と書類が目の前に出されている。思っていたより多いぃ!


「よく目を通してからサインを。分からない項目があったら遠慮なく質問してくださいね」

「……火で炙ったら文字が出てくる系とか…無いですよね?」

「? ああ、無いですよ。やってみせましょうか?」


  にっこりと微笑むダグラス・ナイトレイ。誓約書を手に取った彼は炎を出現させ、俺の目の前で表も裏も丁寧に炙って見せてくれた。うん、なーんも出てこない。


「すみません。その…」

「いいえ。警戒心を持つことは良いことです。私も昔はルービンシュタイン卿にしてやられましたからね」


(誰?)

〇猫ですよ❘二枚舌ならぬ八枚舌

〇わんわん❘ファンからの愛称が

〇わんわん❘罵倒のオンパレード

〇ぴょん吉❘もはや兵種・詐欺師

〇ぴょん吉❘初心者絶対カモられる

〇お揚げ君❘仲間なんだよな!?

〇七つの子❘味方なんだよね!?


  神様の反応からしてリメイク版初登場キャラっぽいな…というか、浮島連合もとい浮島諸侯同盟キャラ…ほとんど新規ばっかじゃん。でもエイルの例もあるから、ファミリーネームが変更された既存キャラの可能性もあるし。いや、それよりも


「名前…」

「はい?」


  書類と睨めっこしている俺が顔を上げれば、ダグラス・ナイトレイが目を丸くする。


「…………A5Cα…?」

「それは奴隷番号だね」


  名前…なまえ…???


〇わんわん❘どうした

〇ぴょん吉❘異世界での名前、決められないのか?

(せめて前世の名前を憶えていたら、それをもじって決められたのに…)

〇猫ですよ❘まんま日本人の名前もどうよ

〇七つの子❘あんちゃん日本人確定なの?

〇わんわん❘だって日本人の魂ばっかり来るから

〇七つの子❘そういやそうだな

〇お揚げ君❘西洋っぽい名前の方が良くね

〇お揚げ君❘世界観的に


  なまえ…何も思い付かねえ…!!


「…………これは名付け親が必要ですね」


  頭を抱えて唸り続ける俺を見つめるダグラス・ナイトレイ。左腕に填めている魔道具を触れ、何か話しかけている。うーん?もしかして、アレ。通信機能もあるのか?何て言っているのかは分からないが、誰かを呼び出しているようだ。暫くして通話は終わり、再び俺と向き合う。

  ダグラス・ナイトレイの言葉に首を傾げながらも、渡された羽ペンを受け取った。いや渡されても名前が…と困惑しているとノックの音が鳴る。強張った俺を落ち着かせるように、ダグラス・ナイトレイが微笑む。入室の許可を出せば、扉の向こうに立っている人物が一礼した。


「ヤマト副隊長、此方へ」

「はっ」


  エイルが言っていた副隊長って、この人か!神様が解説してくれたリメイク版『Re:turn of DRAGOON'S AXIA Ⅶ』にて初登場、オジサマ機士。見た目は初老の爺さんだが筋肉質でガタイが良く、背が高くて威圧感がある。頬に走る十字傷が目立ち、ついつい其処に目を向けてしまう。ん?ヤマト?日本の名前が出て来たな…どういうことだ?


「この子、今日からお前んとこの養子な」

「はっ…………は?」


  え?


「お前んとこで鍛えてやれ。そんで俺のとこに婿に寄越せ」

「だったら隊長のとこで育てればいいでしょう!?」

「いやー…俺んとこの流派と、この子じゃ相性悪いみたいでさ」


  口調が一気に砕けたことにも吃驚なんだが、養子というワードの方が衝撃がデカい。こっそりダグ・ナイトレイが耳打ちする。


「私のとこに養子入りしても構わないのですが…それだと君には不都合だろう?」


  ? ??


「大型魔獣に臆することなく挑んだ勇敢な若者だ。剣術を叩き込むのも良し、魔導士として育てるのも良し。何なら竜魔導機士ドラグナーとして育てていい」

「…隊長、何故ワシのところへ養子入りさせるのですか?貴方も知っているはずだ、我が家系には呪われし転生者の血が流れている。その少年もただでは済みませんぞ」


  あっ、そういうことか!!そりゃ過去に6人の転生者が現れたって記されていたら、その血を引く子孫がいてもおかしくはない。西洋風ファンタジーRPG世界なのに思いっきり日本人の名前が出ることに、何も違和感も矛盾も無い!


「何を言っているんだ。天下のマカミ家を敵に回す愚か者など、我が諸侯同盟内にいるはずがないだろう。なあ、国境を守護する辺境伯さん?」

「……恐れ入ります」


〇七つの子❘辺境伯!?

〇猫ですよ❘実質国防の要

〇わんわん❘連合崩壊√で世話になった

〇お揚げ君❘マジ?

〇わんわん❘倒せなくて泣く意味で


  つまり、ダグラスの狙いはこういうことだな。異様にレベルが高いのが特徴の異世界転生者。それを誤魔化すのに最適なのが、転生者の末裔であり、国境の守りを任された最強の地位を持つ家系。木の葉を隠すには森の中。転生者を隠すには、転生者の血を引く家。そういうことなんだよな?俺の視線に気付いたダグラス・ナイトレイ。意味深な微笑だけ返し、老騎士と向き合う。


「ヤマト、これは隊長命令だ。拒否権は君に無い。伸びしろのある貴重な人材だ、絶対に逃がすなよ」


  すみません、本人の前で言う内容では無いですよねそれ?


「御命令とあれば」


  騎士の礼をするヤマト副隊長。騎士…というか、武人っぽいけど。養子縁組?になることになった俺は、養父?にあたる人物を見上げる。姿勢を正したヤマトの爺さんも俺を見下ろす。白髪交じりの灰色の髪。アジア系っぽい顔立ち。祖父がいたらこんな感じなんだろうなぁ…という印象を与える容姿だ。


「で、彼の名前は?」


  ごく自然な流れで、ごく自然な疑問を口にするヤマト副隊長。口籠る俺と同時に、ダグラスが代わりに説明した。俺の正体が転生者であることを伏せて。


「はあ…名付け親も兼ねて呼ばれた訳ですか」


  十字傷を摩りながら暫し考え込む。


「と言っても、直ぐには出てこないですし。我がマカミ家の養子となれば、名も先祖代々受け継がれた名となることでしょう。ファーストネームかミドルネーム、どちらかを此方が決める形で宜しいでしょうか?」

「?」

「ミドルネームはご存知で?」

「…?」


  頭を傾げる俺に、ダグラス・ナイトレイが説明をしてくれた。


「同盟領ではファーストネームだけでなく、ミドルネームも名乗ることも許されています。地方によっては母方の民族・父方の民族、二つから取った名を持つ方もいるんですよ」


〇ぴょん吉❘ほえー

〇わんわん❘そんな設定あったのか


「? ??」

「つまり、契約に用いる名をご自身で考えるか。もしくは名付け親に決めて貰うか。そうですね…ファーストネーム、ミドルネーム。どちらでも構いません」

「……自分で決めていい、ってことですか」

「ええ、そうです。せっかく奴隷から解放されて自由になったのですから。貴方の名前は貴方自身で決めなさい」


  …そっか。そうだよな。自分の名前くらい、自分で決めるべきだよな。でもなぁ…そんな直ぐには決められないんだよなぁ…うーん、うーん……名前、名前……とりあえずAが付く名前で考えるか。えーっと、ア……アー…すぐ出てこない…っ


「まあ…その、なんだ。よく生き残ったな、少年」


  軽く咳払いをしたヤマトの爺さんが俺と向き合う。


「ワシの一族は転生者の血が混ざっているからのぅ…これから先、転生者を快く思わない人間と出会うだろう。その子孫である我々も長い間、迫害された者もいれば腫れ物のように扱われた。それでも構わないか?」


  俺は頷く。見た目は怖いけど優しいんだな、この人。転生者を憎む異世界。と言われても、まだ転生者を憎んでいる人に会っていないから実感が沸かない。でもヤマトの爺さんを見ていると何となく分かる。たぶん俺の想像以上に酷い目に合うかもしれない。それでも、保護してくれる人は限られているんだ。


「お願いします」


  ソファから立ち上がり、俺は深々と頭を下げる。善意で引き取った。それだけじゃないと思う。たぶん俺の知らないところで取引が行われただろうし、今も水面下で何やら起きているはずだ。ダグラス・ナイトレイのことだから、何か策を一つや二つ用意しているかもしれない。


「A5Cα、か…」


  顎髭を摩る老騎士が書面から顔を上げた。


「アスカ…という名前はどうだ?」

「………アスカ…?」


  前世:推定日本人なはずなのに、記憶が欠けているせいかアスカという単語にピンと来ない。神様たちのコメントでユニセックスな名前だぞ、と言われるまで気付かないレベルだ。ぼんやりしたままヤマト副隊長の説明を聞く。


「ワシの故郷……いや正確に言えば先祖が広めた言葉なのじゃが。飛ぶ鳥と書いて、アスカと読む」


〇わんわん❘飛鳥自体の由来何だっけ

〇猫ですよ❘サンスクリット語じゃない?

〇七つの子❘イスカは?冬の鳥の、


  神様ぁ!ちょっと今いい感じだから!!


「自由、という意味で捉えていい。お前さんは捕虜じゃない、もう奴隷でもない。これからは普通の人間として、新たな人生を切り開く資格を得た」


  その言葉に俺は背筋を伸ばす。自由。待ち望んでいた当たり前が、ようやく始まる。やるべきことは山積みだけど、今は奴隷から解放されたことを喜ぼう。真っすぐヤマトの爺さんを見つめ、ゆっくり頷いた。


「それでお願いします」


  名無しの少年から、アスカ・マカミ(仮)へ。あー…でも、ちょっと待って


〇お揚げ君❘まんま日本人じゃん

〇わんわん❘一応海外でもアスカって

〇わんわん❘名前はあるからセーフ?

〇ぴょん吉❘世界観


  正体を隠さなきゃいけないのに、名前で転生者だと疑われないか!?浮島諸侯同盟領から出たらヤバいんだよね!?


「まあ、ワシが選んだ名はミドルネームが妥当でしょうな」

「そうですね。これから先、他国出身の者と出会うでしょう。転生者を憎む貴族らと衝突しないとは限りませんし…ふむ、ファーストネームですか」


  男三人が腕を組み、唸り声を上げる。客観的に見ると奇妙な光景だな…


「名前と言っても範囲が広すぎるのでは?」

「候補を絞りましょう。何から始める名を御希望で?」

「Aから始まる名前で良いです」

「…君、一生付き纏うことになる自身の名を適当に決めていないかい?」


〇猫ですよ❘さては前世でゲームしてた時、

〇猫ですよ❘名前を考えるの面倒くさくて

〇猫ですよ❘ああああにしてたタイプか?


  そ、そんなことねーし!知らんけど


「………アシュレイ」


  自然と出て来た言葉を口にする。本当は追加DLCに登場する彼の名前を使いたかったけど、本人が出てくる可能性があるから止めた。アシュレイ。原作版の主人公で使われたデフォルトネームでもある。あ、待って。リメイク版の主人公ってデフォルトネーム何?もしかして同じ!?


〇わんわん❘いいと思うぞ

〇猫ですよ❘リメイク版は違うよ

〇ぴょん吉❘男主人公はロラン

〇七つの子❘アシュレイ良いじゃん

〇お揚げ君❘あんちゃん呼びは続けるけど


  あんちゃん呼び固定かよ…というか、リメイク版主人公と名前が被っていないなら大丈夫か。よかったー


「―――――…ですか、良い名前ですね」

「?」


  何て言ったのか聴き取れなかった俺。そんな俺に対して淡い笑みを返すダグラス・ナイトレイ。誤魔化したな?アシュレイ…あしゅれい……えーっと、スペルはAshleyだったな。よし、書けた!俺が書き終えたのと同じタイミングで、誰かが扉をノックした。


「では保護した彼の身辺整理…いや、でっち上げ作業に入るので私は失礼するよ」

「は?」

「彼、記憶喪失でさ。出身も何処か分からない状態だ。これから在りそうな感じの内容で彼の戸籍を偽造してくるから、ヤマト副隊長は手続きよろしく」

「え、ちょっ」

「それと君。書類を書き終えたらヤマトに預けてくれ。あとでエイルが会いに来るそうだから格納庫前で待つように」

「若、お待ちくださ…若ァ!!!!」


  じゃ、あとはよろしく。そう言いながら手を振ってダグラス・ナイトレイが退席した。…これ、いつも老骨の武人が振り回されていそうだな。もしかしてダグラス・ナイトレイって、結構マイペースな人なんじゃない?自分のペースで物事を決めて、彼から仕事を割り振られた部下達が右往左往する感じの。仕事が出来るタイプのトラブルメーカー…というヤツなのだろうか。


「小僧、字が書けるのか」


  しげしげと俺が書いた字を見つめる。ヤマトの爺さん。そういえばスラスラと書けたけど、よくよく見れば変わった書体だな…


〇ぴょん吉❘それが転生ボーナス

〇わんわん❘識字補正あって良かっただろ


  なるほど、これが異世界で使われる文字なのか。再び視線を上げて見れば、俺を見つめる爺さんが顎髭を摩っていた。


「奴隷の身にしては言葉遣いにも、ある程度は教養があるようだし…読み書きも出来るとは」


  ……おっと?


〇猫ですよ❘出自を疑われてるね

〇お揚げ君❘スパイ容疑もあるかも


  おっとぉ!?


「え、えっと……奴隷だった時、その…ある程度は読み書き出来るように…」


  ぱち、と火花が鳴る。記憶の奥底から蘇った映像。奴隷の子どもたちが集まった光景。地面に何か文字を書いたり、数字を記入している。どうやら読み書きだけでなく計算も教わっていたようだ。指導している相手は…誰だろう?


「そうか。これからのことを考えれば、勉学も励んでもらおう」


  これ、上手くいけば学園に通わせてもらえるのでは?


「じゃ、じゃあ――」

「まずは基礎体力。そんな貧相な体で大型魔獣との戦闘か生還するなど、本来なら有り得ぬこと。魔力を消費するペースも考えていない。ふむ…魔導学と体術も学ばせなければいけないようじゃな」


〇わんわん❘あんちゃん、あのな

〇わんわん❘入学条件があってだな

〇猫ですよ❘年齢とレベルと、あとは

〇猫ですよ❘入学試験の実技と筆記

(つまり?)

〇猫ですよ❘今のステータスじゃ無理

〇わんわん❘入学させてもらえない


  そんなー


〇ぴょん吉❘だから副隊長のとこで

〇ぴょん吉❘しばらくレベリングだな



◆◆◆



  積み上げられた書類の山を全て倒して俺は、ヤマトの爺さんに連れられ格納庫まで来た。直立する❘竜魔導機兵ドラグーンの列に圧巻される。修理中の機体は装甲が剝がされていて、焼き切れた魔術回路の交換作業が行われていた。


「君!」


  きょろきょろしている俺のもとに、エイル・ナイトレイが駆け寄って来た。さっきぶりだけど、推しを見ると思わず表情が緩んでしまう。動悸もヤバいし体温も上昇する。


「大丈夫か、顔色が悪そうだが…」

「だ、大丈夫デス」


  ここ、外より熱いから…そう言い訳しながら視線を逸らす。無理無理無理これ以上推しを直視できない死ぬ


「すまない、本調子でないのなら此方から出向くべきだったな…」

「大丈夫!本当!元気です!!」


  少女騎士…もとい少女機士の幼きながらもイケメンムーブに顔が熱くなっていく。後ろに控えているヤマトの爺さんから、温かい視線を向けられているような気がする。周囲で作業している大人達がニヨニヨしているのは気のせいじゃない。畜生、見せもんじゃねえぞ。散れ散れ。

  軽く咳払いをして、気持ちを落ち着かせる。深呼吸をして、真っすぐエイル・ナイトレイを見つめた。俺の命を救ってくれた恩人。これから先に起こる未来で、死ぬかもしれない運命が待っている。彼女を助けたい。でも今のままじゃ学園に入れないし、物語に介入できる力が足りない。


「ぼく…じゃない、俺……ううん。自分は今日からヤマト副隊長に引き取られます。彼のもとで療養し、身体が十分に回復したら――君のような竜魔導機士ドラグナーになる」


  大きく開かれた瞳。やがて嫋やかに眦を垂らし、静かに頷いて少女は微笑んだ。


「…そうか。では、ライバルだな」

「え?」


  突然のワードに困惑している俺に、エイル・ナイトレイが手を差し出す。


「我が浮島諸侯同盟で、1番の竜魔導機士ドラグナーになること。どちらが先に最強の竜魔導機士ドラグナーなれるか…勝負しないか?」


  目標を設定するなら高ければ高い方が良い。その高みを目指して人は死に物狂いで駆けるのだから。少女の言葉に驚きが隠せなかったが、少しずつ理解していく。ずっと奴隷として生きて来た俺。これから先どうすれば良いのか分からないだろう、そう思って一つの道を示してくれた。

  前世の記憶が欠けているとはいえ、転生前の…神様からの情報で今後の展開を知っている。彼女がプレイヤーの選択で死ぬかもしれない。それに抗う姿は第三者から見て異質なモノに見えるだろう。ならば表向きの目標を掲げた方が良い。エイルのようになりたい、ここで彼女の提案に乗れば。俺の生きる理由を示すことが出来る。

  ようは転生者だってバレにくくするための予防線だ。この場にはエイル以外の目もあるし、俺の宣誓を一人でも覚えていてくれればいい。純粋に竜魔導機士ドラグナーを目指す元奴隷…という印象付けが目的なのだから。その裏でエイルを救えるよう暗躍する。


「うん、勝負しよう」


  ありがとう、奴隷から解放された俺に生きる目的を与えてくれて。転生者としての目的もあるけど、異世界人としての目標も必要だ。


「改めて自己紹介をしよう。私の名はエイル・ナイトレイ」

「自分の名前は――アシュレイ=アスカ・マカミ」


  絶対に、君を救う



◆◆◆



  少女機士と、元奴隷の少年。齢十の子どもたちは握手を交わす。年齢に反して精神が少し成熟した二人の少年少女。その光景は傍から見れば異質なものだろう。貴族の娘でありながら、竜魔導機兵ドラグーンを駆る少女。身分の差を越えて対等に向き合えるのは、この場でしか叶わない。

  交わした手を離すと、少年が握り拳を差し出す。目を丸くした少女機士。彼に従って自身も拳を差し出し、こつんと軽くぶつける。どちらが先に最強の竜魔導機士ドラグナーになれるか。約束を交わした二人は笑い合う。年相応の無邪気な笑顔。その子どもたちの姿を、遠くから見守る大人の目が優しかった。


「では、しっかり身体を休めてくれ。かなり君も無茶しただろう。ああ、そうだ。医療術士ドクターからも言われたと思うが、しばらくは粥を食べること。いきなり固形物を入れれば消化器官が吃驚するからな。少しずつ慣らしていって、療養してくれ。元気になったら…また会おう」


  そう言いながら少女機士は髪留めを外す。初めて会った時に付けていたモノとは別のアクセサリー。照明の光を反射する金輪。填め込まれた淡い水色の石が輝いている。


「これを君に」

「え…そんな、受け取れないよ」


  どんな人間でも一目見れば解かる。丁寧に施された細工。そして魔鉱石を採掘していた奴隷だから理解できる。とても貴重な石が使用されていることを。こんな高価な品物を、身分の低い人間が持っていいはずがない。


「むぅ…そうか。では、預かって欲しい。竜魔導機士ドラグナーになるのは簡単ではない。入隊試験もあるし、取得しなければならないスキルもある。君が我々の部隊に来る日まで、これを預かっていてくれ」


  少年の髪は肩まで伸びていた。保護された時に身なりを綺麗にしてもらったが、無造作に伸ばされた髪が少年の性別をあやふやにさせる。背後に回った少女機士。襟足の長い黒髪を一つに纏め上げ、先ほどまで自分が使っていた髪留めを填めた。


「これで入隊できませんでした、とは言わせないからな」

「ええっ!?」

「ふふ、冗談だ。仮に入隊試験を落ちても、また次の年がある。それに…もしも竜魔導機士ドラグナーの道を諦めることがあったら、それを売ればいい。換金すればそれなりの額は貰えるはずだ」

「………売らないよ」


  顔を上げたエイルは目を瞬かせた。背を向けているアシュレイ=アスカ。振り返った顔が、何故だか大人びたものに見える。大事にするから。その言葉を紡ぐ唇が弧を描く。流れ落ちる前髪が揺れる。その隙間から見えた瞳の輝きは、初めて会った時よりも生命の光で満ちていた。

  元気でね、エイル・ナイトレイを見送る少年は手を振る。笑みを浮かべる少女機士も手を振り、整備士たちのもとへ駆け出した。その後ろ姿が小さくなって見えなくなるまで。アシュレイ=アスカは手を振り続ける。壁際に並べられた竜魔導機兵ドラグーンへ視線を向け、己の手を見下ろす。何かを決意したかのように強く拳を握る。その姿を見つめる老骨の機士は目を細めた。


「――さて、今日からお前さんはマカミの者じゃ」


  軽く咳払いをしたヤマト。その声にアシュレイ=アスカは振り返る。瘦せ細った少年の姿は痛々しく、よく大型魔獣との戦いから生還したものだ。まずは栄養を取らせ、十分な睡眠を与えて。肉体を整えるところから始まる。


「ナイトレイのお嬢ちゃんを嫁に欲しければ、死に物狂いで頂点を目指せ。殺すつもりでビシバシ鍛えるからのう」


  そんなんじゃないから!顔を真っ赤にして叫ぶ少年。いきなり養子入りとなった子どもは、老騎士に対して物怖じすることなどない。生意気なくらいが丁度いい。あれくらいなら易々と折れることはないだろう。無造作に頭へ手をやり、ガシガシと撫でてやる。悲鳴を上げる子どもの姿に、整備班は笑みを零していた。




________________

▽対象のステータスが一部更新されました


〖アシュレイ=アスカ・マカミ〗

年齢:10

クラス:見習い機士 レベル:3

称号:取得無し


▽アイテム『隷属の首輪』が外れたことにより

 ステータスが表示できるようになりました

▽一定のレベル・条件を満たしていないため、

 現時点で特定のスキルの表示が不可能です

▽アイテム『隷属の足枷』が外れたことにより

常時発動スキルの効果が有効になりました

▽対象に付与された転生ボーナスの効果が

 有効となりました


固有スキル

 :生存本能

 :■■■■


常時発動パッシブスキル

 :心眼E

 :気配察知E


術式

 :青魔法F

 :緑魔法F

 :■■■■F


スキル

 :鑑定眼A

 :悪食D


パラメーター

 筋力:5

 耐久:5

 敏捷:6

 魔力:11

 耐魔:6

 幸運:9



補助効果

 :『欺瞞の首輪』

 :『???』

 :生存本能

 :悪食D



転生ボーナス

 :良成長補正

 :取得SP数上昇

 :識字補正

 :■■■■


▽これまでの旅路をセーブできませんでした

 引き続き、異世界ライフをお楽しみください

________________













◆◆◆



「それで、状況は?」


  ダグラス・ナイトレイの怜悧な声が室内に響き渡る。司令室に召集されたのは、部隊を纏める隊長格。席を外しているヤマト・マカミ副隊長は別件を任せている旨を伝え、ナイトレイ隊長は仲間と向き合う。集まったのは現場に出ていた黒竜部隊、医療班、解析班。各代表二名ずつ待機していた。


「捉えた侵入者、及び捕縛した伏兵。全て死亡を確認しました」


   副官のジェイデン・ファウラーの報告にどよめきが出る。それも想定内だったのか、トップの表情は変わらない。アンナ・リードが電子水晶を翳し、詳しい内容を伝えた。


「検死を行ったわ。と言っても、どれもこれも肉塊なんだけどね。死因は恐らく黒魔法・最高位術式 《腐敗の呪詛デコンポーザー≫よ」

「それは…っ」

「術式ランクS、禁呪クラスじゃないか!」


  最高位術式を所持している魔導士は数少ない。それに加えて協定で制限された禁呪クラスとなると――


「ルイス隊長、伏兵に何か特徴は?」

「どいつもこいつも、センスの無い全身黒ずくめ…くらいかしら。まあ腕は立つけど流派が特定しずらいわ。電子水晶で記録した戦闘データ、今解析に回しているの。アタシの部隊で取れたデータ全て出すわ。そこから情報を得るしかないわね」


  ワーグナー商会が手配した伏兵、それを取り押さえるための伏兵を予め用意していた。その任務を任されていたルイスは短く嘆息する。


「ファウラー副官。ギルドと連絡は取れましたか?」

「はい。ワーグナー商会と契約したギルドに確認を行ったところ、護衛任務を請け負った者は当ギルドに加入していない…と」


  司令室に困惑と緊張が走った。最高位の黒魔法を用いるほど、情報を漏らさないよう徹底としている。ギルドを騙る別の組織が一枚噛んでいるのか。それともワーグナー商会が嵌められたのか。どちらにしても、


「今は情報が少ないので決断を下すのは早いかと。今回の件で禁呪保有者が関わっている可能性が浮上しました。いいですか、深追いはしないことです」


  電子水晶体から浮かび上がる再現体。かつて人間だった物体が細切れとなり、爪や髪が入り混じった肉片が散乱している。これが禁呪を受けた者が辿る末路。口を押えて顔を青褪める隊員たちは静かに頷いた。


「司令、保護した少年は…」

「表向きはヤマト副隊長の養子として保護しました。帝国や王国側のスパイと判明した場合、彼に処理してもらいます」


  淡々と答える姿に誰もが生唾を飲み込んだ。ワーグナー商会が保有している奴隷たち。彼らがこれからどうなるか、そこまで竜魔導機兵部隊は手を出せない。しかし一人だけ保護するとなると何かしら波風は立つだろう。そのことを追求すれば、残りの者は孤児院に預けると返答された。


「……まあ、殺すには惜しい人材です。出来れば此方の陣営に引き込みたいですね」


  齢10にして<鑑定眼A>を所持する少年。ステータスを確認したが魔導士にも竜魔導機士にも成れる逸材だ。あのまま奴隷として消費されるのは間違っている。良い掘り出し物でしたね、そう捉えられるような眼差しで微笑んだ。


「では各隊へ通達。教団も動き出しているでしょう、我々も次なる作戦へ向けて準備を勧めましょう。詳しい内容は――」


  ダグラス・ナイトレイは説明を続けながら、脳内で次の策を組み立てていく。禁呪保有者は全く想定していなかった。自身の判断で此処に居る者全てが死ぬ可能性も浮上する。それだけは避けたい。まだ己の目的は果たされていないのだから。浮島諸侯同盟に内通者がいるだろう。なるべく早く裏切り者は始末したい。


「やれやれ、厄介な案件を持ち込んできましたねぇ」

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