007ようこそ、転生者を憎む異世界へ


  真っすぐ見つめる俺。その視線からダグラス・ナイトレイは逸らさない。瞬き一つもせず、名も無き奴隷の少年を見つめている。


「…………だから人命救助の際はポーションかハイポーションを使いなさい、って言ったのに…またスキルを使ったのか」


  この場にいない年の離れた妹へ向けて、短く嘆息を漏らすダグラス・ナイトレイ。だいぶ口調が砕けているけど、こっちが素なのだろう。これは…  


「2つほど質問しても?」

「え? あ、はい。どうぞ」

「私と彼女の関係を知っていること、我が妹の未来を知っていること…それはスキルによるものですか?私が見る限り、君の鑑定眼Aではそこまで見ることは不可能なはずなのですが」

「生前の記憶です。でも、全て覚えている訳ではありません。断片的に思い出した状態です…奴隷だった頃の記憶も、前世の記憶も抜けていますし」

「へえ…生前の記憶。私の記憶が確かであれば、今回の騒動で我々は初対面。エイルも君と会ったのは今回が初めて。そして君の話を聞いて察するに、そちらの世界に同姓同名の人間が存在している線はなさそうですね。ということは我々の世界が書物か何かに記されているとか、そういう媒体を通して此処の情報を得たという訳ですか。とすれば…ふむ」


  こわいよぉ!!少しの言葉で凄い量の情報を読み取ったよ、この人ぉ!!!


「では次の質問を。何故あれを完全治癒魔法と見抜いたのですか?」

「俺は怪鳥フラリにハヤニエにされかけていました。鋭利な木の枝に身体を貫通され、内臓と骨も損傷し、大量失血で死ぬしかないほどの重症です。それをエイルは完治させました。…噂で聞いたところ、内臓まで直せるのは聖女クラスでないと無理だそうですね?」

「…ああ、そういうことですか。保存食として早贄にされたということは、生殺し…運よく即死を免れたからこそ、エイルの応急処置が間に合ったと。そういう経緯なら仕方ありませんね」


  息を吐き出し、そっと目を伏せる。


「……君の言う通り、彼女は齢10歳にして高度な医療術式を使用できます。白魔法は知っていますね?」

「はい、黒魔法と対の…強化と回復、聖なる力に特化した属性」

「その通り。彼女はのです」


  思わず大きく目を見開いてしまった。生まれた時から?それって…


「さて、」


  手を叩いたダグラス・ナイトレイが仕切り直す。


「君が転生者である事実、そして我が妹の秘密――これで取引という訳ですね?」


  ダグラス・ナイトレイの言葉に頷く。年齢にそぐわない高レベルのスキル。それが転生者と断定する要素と言うのなら、10歳にして<完全治癒魔法>を所持しているエイル・ナイトレイの存在を説明しなければならない。彼女も転生者ではないか?そういった疑いの目を向けられることを、ダグラス・ナイトレイは望まないだろう。本当は…そういうつもりじゃなかったんだけど、これで取引するしかない。


「…いいでしょう。お互い知られては困る情報を共有した。では、ここからは取引の話とします。君の要望は?」

「転生者であること秘密にしてください」

「他には?」

「…身元保証書とか欲しいです。奴隷のままでは彼女を救えない」

「分かりました。では後ほど書面で。ご希望であれば誓約書も用意しますよ?」

「お願いします」


  無かったことにされたらマジで困る


「念のため確認しますが、字は書けますか?代筆が必要なら此方で…」

「たぶん大丈夫です」

「そうですか。転生ボーナスに識字補正とあったので、そうでしょうね」


  まだ確認してないのにスキルのネタバレしないで欲しい


「私の要求は…そうですね、先ずは我々の陣営に協力すること」

「…殺すんじゃなかったんですか」

「それは建前というものです。確かに我々の常識では、転生者は厄災のようなもの。公式記録で確認された転生者のうちに、行方不明者を除いて処刑されています。ですがは使い様。過去に転生者を擁立した他国では、前世の知識とやらで急激な成長を手に入れました。異様に高いスキル・我々の世界には無い知識…大変利用価値のある資源です。協定通りに殺すには惜しい存在だ」


  言い方ァ!!


「俺も人間ですよ!?そんな物みたいに言わなくても…っ」

「異世界人に人権があるとでも?」

「無いんですか!?」

「冗談です」


  目が本気なんですけど


「ということで、実は各国に異世界人はいます。表向きには存在は秘匿されていますがね」

「…意外ですね」

「と言っても保護ないし実験体…あ、監禁でしたね。失礼。転生者を丁重に管理しているのは、一部の富裕層か…王宮のみ。国を亡ぼす伝説として残っている地は悲惨ですよ?とくに転生者によって先祖が被害を受けた子孫は恨み辛みが凄まじい。見つけ次第殺しに行きますから」

「不穏なワードを一気に言わないでください…!」

「そういう経緯もあって、君を野放しにすることは出来ない。そして我々も君を故郷へ帰すことも出来なくなった」


  つまりダグラス・ナイトレイの陣営に所属しないと、右も左も分からないまま異世界を歩くのは危険すぎる…と言いたいんだな。過去に確認された転生者の行動により、何かしら影響を受けた子孫たち。その憎しみは俺にも向けられるだろう。同じ転生者であるということだけで十分らしい。サンドバッグ不可避。せっかくの二度目の生なのに良いこと無しだなマジで


「なので是非とも我々竜魔導機兵ドラグーン隊に来て欲しいですね。今すぐとは言いません。こちらにも君にも時間は必要ですから」

「……あの、エイルを救うことについては?」

「実を言うと、悲惨な未来が待っていることを既に知っています」


  は?


〇わんわん❘あー

〇ぴょん吉❘そういやそうか

〇猫ですよ❘居たわ


  神様?俺を置いていかないでくれる??


「身内に未来予知スキルを持っている者がいましてね。我が妹が迎えるであろう早すぎる死…破滅の運命を辿ることは把握しています」


  ちょっ、俺が切ったカード無駄だったの!?


「ですが…正直、私は疑っていました。私の妹が殺されるなど信じていなかった。いえ…信じたくなかった。未来予知など行動次第で覆せる…そう構えていましたが――君が来た」


  妹の話をするたび、ダグラス・ナイトレイの表情が少しだけ柔らかくなる。大切にしているんだ、エイルのことを。大事な家族だからこそ護りたいんだ。そりゃあ危険視されている転生者の俺が接近したら警戒するだろうよ…


「異世界人である君の情報が確かなら、エイルの死は確実となった。私は妹を死なせない。そのためなら使。それが世界の異物である転生者でもね」


  エイル・ナイトレイを救うために俺を利用する。そういうことなら利用されようじゃないか。俺だって推しを救いたいんだ。死なせるものか


「いいでしょう、君が異世界転生者であることは誰にも言いません。ただし条件があります」

「ありがとうござえっまだあるんですか」

「取得して欲しいスキルがあります。詳細は後ほど説明しますが…最優先で所得して欲しいのは情報隠蔽。なるべく早めにお願いしますね。この世界に生きる人間で鑑定眼A以上を持つ者は少ないです。よほどのことがない限り、君が転生者であると発覚することはないでしょう。ですが用心するに越したことは無い。最低でも情報隠蔽A以上を取得すること。いいですね?」


  それはそうだ。転生者を発見次第全力で殺しに来る世界なら、情報を隠さなければならない。ということは今後、情報戦が想定されるのか…厄介だな


「ちなみに私の固有スキル鑑識眼ですけど、鑑定眼A以上の情報量を相手から見ることが可能です。君のステータス画面には転生者と馬鹿正直に表示されているので、気を付けてくださいね?」

「えっ」


〇七つの子❘そうだよ

〇猫ですよ❘レベル別で読み取れる量が違う

〇ぴょん吉❘鑑定眼Fだと単語一つだけだし

〇七つの子❘最低でもCは取らないと

〇七つの子❘そして鑑識眼は全情報閲覧可能


  現在進行形で俺のプライバシーが侵害されている…ってこと!?


「うーん…時々ステータス画面の端に、変わった文字が流れますが……君の世界の言語ですか。興味ありますね」


〇七つの子❘おいおいおいおいおいおい

〇お揚げ君❘認知されてるぅ

〇ぴょん吉❘だからコメ控えろとあれほど

〇猫ですよ❘いや此処まで読めるの!?

〇わんわん❘こえーよ


  たまに神様達が黙ってたの、ダグラス・ナイトレイの固有スキルを警戒していたのか…


「でも、短期間で情報隠蔽をAまで上げられませんよ。残りのスキルポイントも、どれくらい残っているか…」

「ええ、ここで二つ目の条件です」


  俺の前に首輪が差し出された。これは…『隷属シリーズ』とは違う。ずっと俺を苦しめていた『隷属の首輪』は冷たい金属で出来ていた。今ダグラス・ナイトレイが懐から出したのは、黒い革製のチョーカー。え?これ何?


「これは開発部門に作らせたアイテム『欺瞞の首輪』。対象のステータスを情報操作し、他者から鑑定眼で見られても違う情報を流す効果を持ちます。例えば…そうですね、君の周囲にレベル12・15・10がいたとしましょう。三人のレベルを平均した数値が偽の情報として表示されるのです。所持スキルはランクを偽証可能。年齢に反して異様にレベルが高いのが――転生者の特徴ですからね」


  つまり<情報隠蔽>でスキルの覗き見を弾き、アイテム『欺瞞の首輪』でレベルを偽る…ということか。二段階の罠で自分の情報を守り切る…そういう手段なら乗るしかない。俺はダグラス・ナイトレイから魔導具アーティファクトを受け取る。首輪…首輪かぁ


「どうかしましたか?」

「…………せっかく外れたのに、また付けるんだなぁ…って」

「ああ、すみません。配慮が欠けていましたね。ですが『欺瞞の首輪』は『隷属の首輪』より優れていますよ?術式構築阻害する効果はありませんし、装着すれば迷彩効果を発揮して視認されません。前に比べて、それほど重さも無いでしょう?付けても日常生活に支障はありませんよ」


  そういうことなら…まあ、いっか


〇ぴょん吉❘ちょっ、あんちゃん!?


  かちり、と音が鳴った。


「…………無防備にもほどがあるのでは?」


  え?何が?


「すぐに説明しなかった私にも非はありますが、もう少し警戒心を持って行動した方がいいですよ。君、本当にこの世界で生き残る気はあるのかい?」


  何が???


〇ぴょん吉❘あー…もう

〇わんわん❘あんちゃん、鑑定眼

〇猫ですよ❘はよ


________________

▽対象のステータスが表示されました

『欺瞞の首輪』

効果

 ・装着時、対象のステータス情報を偽造

 ・装着時、対象のレベルの偽造

 ・混合魔法 高位術式による自爆

________________


  …………じばく?


「あの…最後の説明文…」

「保険ですよ、保険。我々の陣営にも転生者を受け入れていない者も少なからずいますからね。我が諸侯同盟内では親転生者派の割合が半々なので、転生者を恨む彼らの意見も通さなければならない此方の身にもなってください」

「ちなみに…どんな感じに爆発するんですか…?」


  大きな手の平を開き、ミシミシと音が鳴るほど強く拳を握る。にっこりと笑みを浮かべたダグラス・ナイトレイは「BOM!」と悪戯っ子な声とともに手を開いてみせた。うん、聞かなきゃ良かった


「どのタイミングで爆発するんですか!?」

「内緒です」

「誰の意思で爆発されるんですか!?」

「秘密です」


  連続で躱すダグラス・ナイトレイ。それもそうだろう、俺が逆の立場だったら黙秘を選ぶ。対策を取られないよう情報を与えないつもりらしい。でも、


「また他人に生殺与奪の権を握られたぁ…」

「そんな直ぐに爆殺しませんよ。我々から離反したら即刻術式を発動させますが」


  次からは確認を怠らないように、その言葉にぐうの音も出ない。涼しい顔で笑みを向けるダグラス・ナイトレイ。しかし彼の双眸は相変わらず表情と一致していなかった。


「改めて――ようこそ、転生者を憎む異世界へ。殺されないよう頑張ってくださいね」


  引き攣った顔を浮かべたまま曖昧な返事しか出せない。自分が転生者だと自覚してから散々だ。転生先は死後に発売されたRPGのリメイク版。第二の人生は奴隷スタート。初っ端から大型魔獣と遭遇して死にかける。奴隷から解放されたと喜んでいたら、転生者を殺しに来る異世界だと告げられて。しかも俺の異世界ライフは神様の娯楽として提供される。


今のところ推しに出会えたことだけしか良いことがねえ!!



________________

▽対象のステータスが一部更新されました


〖A5Cα〗 年齢:10

クラス:奴隷 レベル:3

称号:取得無し


▽アイテム『隷属の首輪』が外れたことにより

 ステータスが表示できるようになりました

▽一定のレベル・条件を満たしていないため、

 現時点で特定のスキルの表示が不可能です

▽アイテム『隷属の足枷』が外れたことにより

常時発動スキルの効果が有効になりました

▽対象に付与された転生ボーナスの効果が

 現時点から有効となりました


固有スキル

 :生存本能

 :■■■■


常時発動パッシブスキル

 :心眼E

 :気配察知E


術式

 :青魔法F

 :緑魔法F

 :■■■■F


スキル

 :鑑定眼A

 :悪食D


パラメーター

 筋力:5

 耐久:5

 敏捷:6

 魔力:11

 耐魔:6

 幸運:9



補助効果

 :『欺瞞の首輪』

 :生存本能



転生ボーナス

 :良成長補正

 :取得SP数上昇

 :識字補正

 :■■■■


▽これまでの旅路をセーブできませんでした

 引き続き、異世界ライフをお楽しみください

________________



◆◆◆



  怪鳥フラリの群れによる襲撃、あれから何時間が経ったのだろう。車輪の止まる音に目を覚ました俺は、いつの間にか横になって寝ていたことに気付く。向かいに座るダグラス・ナイトレイは手首に填めた腕時計のような…魔導具から浮かび上がる文字を見ながら何やら操作している。俺の視線に気付いたのか、作業を止めてホログラムを手で払う。


「具合はどうですか?」

「…?」

「恐らく魔力不足による倦怠感でしょう。異世界人…転生者の君は初めてかもしれませんが、この世界の人間が魔力が枯渇すると生命活動が著しく低下します。魔力残数には気を付けるように。先に医務室へ行きましょうね」


  さらっと怖いことを教えたかと思えば、指を鳴らして術式を解除する。


「負傷者を運べ!」

「手の空いている者は討伐した怪鳥フラリを運べ。解体作業に時間がかかるぞ」

「消火活動は終わったか!?東の森まだ煙が上がってるぞ、何やってんの!」

「整備班、集合!損傷の激しい機体を優先に格納庫に回せ、今夜も寝かせないぞ!!」

「捕虜はB倉庫へ連れていけ、魔獣の血に感染してないか検査させろ」

「誰か、こっちにも医療術士ドクターを寄越してくれ!」


  防音の術式解除と同時に、慌ただしい足音と声が響き渡る。帰還した他の竜魔導機兵ドラグーンを操縦する機士達、そして整備班と医療班が忙しなく駆け回っていた。四肢が欠けている機体、返り血を浴びた機体、頭部が吹っ飛んだ機体。どれほど大型魔獣との戦闘が厳しいのか如実に表れている。竜魔導機兵ドラグーンが必要とされる訳だ。生身で挑むなんて馬鹿げてる。


〇わんわん❘おまいう

〇七つの子❘なんて?

〇ぴょん吉❘ブーメラン

〇猫ですよ❘鏡見て

〇お揚げ君❘それはギャグか?


  そうですねぇ!!!もう二度とやらねえよ!!!!


「イヤ――――!!アタシの黒竜ちゃんがあああああああ!!」

「整備長、落ち着いてください!」

「ぶっ壊れてるううううううう!!!」

「四等機士は何処行った」

「医療班に連行されました」

「…順番逆の方が良かったんじゃねえの」


  外から聞こえる悲鳴に意識が呼び戻される。個性豊かな整備班の話し声だ。リードさんに試作機のところまで連れられた時、彼らの声を聞いたから覚えている。良かった、竜魔導機兵ドラグーン部隊の基地に大きな被害は出て無いようだ。


「……何ていうか…あんまり正規軍?らしくないですね?」

「ああ、一時的に編成した部隊なので規律は緩い方ですよ。部隊名も仮のままですし」


  馬車の扉が開いた。先に降りるダグラス・ナイトレイは振り返ると、にっこりと笑みを浮かべて俺に手を差し出す。


「浮島諸侯同盟・ウシオ基地。我が竜魔導機兵ドラグーン部隊が貴方を歓迎します」


  簡易テントが並ぶ先に、仰々しい格納庫が並んでいる。そこから垂れ下がった幕に刺繍されたモチーフを、思わず口を開いた俺は見上げた。剣と杖が交差し、銃を掴む飛竜の紋章。元ネタである竜騎兵ドラグーンは銃火器を装備した騎兵を指す。それは原作『ドラグーンズ アクシア シリーズ』でも踏襲されており、姿形を変えて各作品に『ドラグーン』が登場する。

  しっかし、まあ…あのドット絵がこうなるとはなぁ…俺の記憶が正しければ原作『ドラグーンズ アクシアⅦ』に登場する『ドラグーン』は、ゴーレムっぽかったのに。リメイク版の『Re:turn of DRAGOON'S AXIA』では、メカメカしいゴーレム…いやロボットが『ドラグーン』枠。竜魔導機兵ドラグーン。あの紋章に描かれているということは、魔導銃は。ん?ちょっと待てよ


「ここって、浮島連合じゃないんですか?」

「いいえ、違いますよ」


  あれ?神様の説明では浮島連合って…


〇わんわん❘あ

〇ぴょん吉❘マジか

〇猫ですよ❘あー…


  何、何なの!?


〇わんわん❘連合になる切っ掛け、何だっけ

〇猫ですよ❘帝国の侵略だったはず

〇猫ですよ❘そうだよ、まだ戦争は起きていない

〇ぴょん吉❘あー…そっか、諸侯同盟のままなんだ

〇七つの子❘というかⅥが何エンド迎えたのかで

〇七つの子❘結成するタイミングがズレるよな?

(えーっと…つまり?)

〇ぴょん吉❘現時点で浮島連合は存在していない


  もしかして余計な事口走った…?恐る恐るダグラス・ナイトレイを見上げると、無言で見つめられていることに気付いた。


「すみません、俺の聞き間違いでした」

「…諸侯同盟アライアンス連合ユニオンを?」


  あ、これ誤魔化せないやつだ。


「その話は後ほど。まずは医務室、それから私の執務室で話し合いましょうか」


◆◆◆


  基地に戻った俺はダグラス・ナイトレイに連れられ、医務室で検査を受けた。俺の姿を見付けたリードさんこと、アンナ・リードが泣き出しそうな顔になり、駆け寄った彼女に抱き締められた。吃驚して固まる俺を面白がって見るダグラス・ナイトレイ。医療術士ドクターの声に我に返ったのか、すぐに身体検査が始まる。魔獣の返り血による感染症、戦闘による傷。そういったものは無かった。

  そして直ぐに執務室へ案内された。すぐさまダグラス・ナイトレイは緑魔法・高位術式≪風妖精のシルフィード・鳥籠ケージ≫を展開。神様の解説で魔法の属性とランクを知るの、ちょっとズルだよな…黙っておこう。それにしても、ホームに戻ってもダグラス・ナイトレイの盗聴を警戒する姿勢が引っ掛かる。仲間のことを信頼していないのか?それとも…スパイがいるとか?


「そこで待っていてくれ。書類の準備をする」


  執務室の中に見張りは置かないようだ。代わりに出入り口となる扉、その左右に武装した隊員が二人立っている。逃亡するつもりは無いんだけどな…あ、違うか。黒ずくめの誘拐犯だ。色々あり過ぎて忘れそうになってた。というかマジで色々あり過ぎだろ。まだ夜明け前だけど…長い一日だったなぁ…


〇わんわん❘ステータス画面開いてみ

〇猫ですよ❘暇なら実績ボーナス見れば?

〇ぴょん吉❘いやスキル詳細の方でしょ


  …まあ、確かに。大型魔獣に襲われるわ、誘拐されるわとイベントぎっちりで、じっくりと自分のステータス見られていないんだよな。今のうちに自分のスキルを確認しておくか


________________

<生存本能>

・対象の意思に関係なく自動で発動

 あらゆる即死攻撃を緊急回避する

・対象が死に至る直前、回避可能な

 場合、身体への警告が発動

(デメリット:敏捷が低下)etc 

________________


〇お揚げ君❘これで固有とか強くね?

〇わんわん❘いや、デメリットがある

〇お揚げ君❘敏捷が下がるくらい別に…

〇わんわん❘発動条件だよ発動条件!

〇七つの子❘ランクとか無いの?

〇ぴょん吉❘固有スキルは無いよ


________________

<悪食D>

・対象が誤って毒物を接種した場合、

 または毒を服用された場合、自動で

 効果を無効化する

・ランクごとに毒耐性が大幅に上昇

・他のスキルと組み合わせることにより

 攻撃を吸収、魔力へ変換可能etc

________________


〇わんわん❘悪食はランク上げろ

〇わんわん❘取得条件で悪食Sまで

〇わんわん❘上げれば上位交換スキル

〇わんわん❘取得出来るようになるぞ


________________

<心眼E>

・対象が攻撃を受けた場合、

 太刀筋、軌道を読み、回避する

・敵または障害物の弱点を見付け、

 一撃必殺発生の確立が上昇する

・他スキルと組み合わせることにより

 反撃へと繋げやすくなるetc

________________


〇お揚げ君❘心眼いいじゃん

〇猫ですよ❘抜刀術あると更に良い

〇猫ですよ❘カウンター決まるし

〇わんわん❘剣術スキルも考えとけば?


________________

<気配察知E>

・周囲に潜む敵の位置を察知できる

 ランクごとに探索範囲が広がる

・対象のランクより低い気配遮断の

 効果を無効にする

________________


〇ぴょん吉❘察知シリーズも良いぞ

〇ぴょん吉❘生存本能の補助も出来る

〇七つの子❘ねえ、

〇お揚げ君❘どうした?

〇七つの子❘誰も言わないから言うけど

〇七つの子❘あんちゃんのスキル構成さ

〇七つの子❘回避系ばっかりじゃん

〇七つの子❘それに鑑定眼を抜いて他より

〇七つの子❘悪食のランクが高いって、


  チャット欄が止まった。うん、まあ……俺も薄々思っていたよ。奴隷の持ち主であるワーグナーから暴力を振るわれていたんだ。そりゃあ死なないようスキル構成もなるだろう。最低ランクFより上なところが自分でも辛い。悪食だけランクDなのは、とても食べられる物じゃないモン食わせられ続けたのだろう。まあ見方を変えれば実質耐毒スキル持ちだし。今後役に立つだろうなぁ…


〇七つの子❘あんちゃん、大丈夫?

(大丈夫。心配してくれてありがとう)


――絶対に生きてやる、


  奴隷時代の俺が掲げたであろう目標。生き残ってやるという強い意志が、ステータス越しに伝わってくる。【転生前の俺】、奴隷時代の俺、そして今の俺。どれが主人格なのか?という話ではなく、三人とも俺だ。自分自身の記憶が欠落していても、推しのことだけは思い出した【前世の俺】。朧げだが肉体に刻まれた痛みと恐怖を覚えている、奴隷時代の俺。少しずつ思い出せると良いんだけど。

  転生者と自覚した俺は、二人分の記憶を引き継いだ形だ。三人分の記憶を継ぎ接ぎに、今の俺がある。記憶…というか知識に置き換わるというか、何というか。当事者のはずなのに、ちょっと他人事のような目で見ている節もあるけど。でも痛みに関する記憶はリアル過ぎて、俺じゃないけど俺が体験した感覚。うーん…そっちは後で考えるか。長くなりそう。


〇猫ですよ❘あんちゃん、

〇猫ですよ❘転生ボーナスも見ときな


  そうだった。まだ見ていない項目があるんだよな。えーっと…


________________

転生ボーナス

 :良成長補正

 :取得SP数上昇

 :識字補正

________________


  ん?


________________

良成長補正

・対象のレベルアップ時に上昇する

 ステータス数値が大幅にアップ

________________


  んん?


________________

取得SP数上昇

・対象のレベルアップ時に上昇する

 スキルポイント数が大幅にアップ

________________


  ちょっ、こんなの持ってたのかよ俺!?


〇ぴょん吉❘転生ボーナスですし

(え、これバグじゃないの?)

〇わんわん❘転生先はランダムって言ったの

〇わんわん❘あんちゃん、覚えているか?

〇わんわん❘転生ボーナスは転生先で内容が

〇わんわん❘結構変わるんだよ

〇わんわん❘あんちゃんの場合、奴隷は

〇わんわん❘初期ステータスが低い状態だ

(つまり?)

〇猫ですよ❘序盤で脱落しないように、って

〇猫ですよ❘サービスみたいなものだよ

〇お揚げ君❘チュートリアルで死んだらつまらん

〇わんわん❘ボーナスあっても脱落する奴いるけど

〇ぴょん吉❘縛りプレイでも良いのよ?


  そうでしたね、他人の人生異世界転生消費する面白がる側でしたよね神様達


〇わんわん❘バグでもなんでもなく

〇わんわん❘恵まれない環境でスタートする

〇わんわん❘そういう転生者向けのボーナス

(へー…識字は解かるけど、言語は?)

〇わんわん❘自動翻訳されるから必要なし


  ほーん?まあ多国間で争うのがドラアクだしな。神様の説明だと俺が喋る時は日本語→ゲーム言語として、相手が喋る時はゲーム言語→日本語として聞こえるようだ。言語の壁にブチ当たると覚悟していたが、自動で翻訳してくれるなら有難い。そもそも『ドラグーンズ アクシアⅦ』は日本というか、アジアっぽい人種は少ないんだよな。リメイク版は変わったのかな?

  そのままスクロールしていき、残りのスキルポイントを確認する。緑魔法を習得したから、あんまり残っていない。というか…計算が合わないってことは、自然にスキルと習得したのか?劣悪な環境で育ったら、そりゃあ<悪食>も入手するだろうけど。転生ボーナス取得SP数上昇は、例の『隷属の首輪』とかで無効化されていたみたいだな…レベル上げの時に、どんだけSP貰えるのか確認しておかないと


「…ってか、転生ボーナスが命取りになるとはな」


  ダグラス・ナイトレイの<鑑識眼>は異例中の異例だろう。今回は運が良かっただけだ。ダグラス・ナイトレイみたいに転生者を利用とする陣営、且つ転生者そのものを憎んでいない人間。エイルという推しに出会えたことに浮かれていたが、だいぶ綱渡りな状況の中を突っ走って来たんだよな。ゲームシステム通りなら序盤でスキル<鑑定眼>がAもしくはS持ちはいないだろう。今のところは問題ないはず…はず


(情報隠蔽マジで早く取らねえと…!)

〇ぴょん吉❘どんだけ転生者のこと憎んでんだ?

〇わんわん❘わからん…異世界情勢全くわからん…

〇猫ですよ❘俺も内部担当じゃないし知らん

〇七つの子❘でも親転生者派がいるんでしょ

〇七つの子❘全員が殺しに来るとは限らないし

〇お揚げ君❘反転生者派どれだけいるんだか


  よし、やめよう。違うことを考えよう。


(そういや何で高位なんだろ)

〇猫ですよ❘お?

〇七つの子❘どったの、あんちゃん

(いや術式のランクって、下位・中位・上位じゃん。何で高位が抜けてんだ?)

〇わんわん❘いや、ちゃんと高位術式もあるぞ


  魔法のランクは下からF・E・D・C・B・A・Sの七段階とされており、それを形成する術式は下位・中位・上位・高位、そして最高位の五段階で分けられる。今さっきダグラス・ナイトレイが使った魔法で区分するなら、緑魔法A・高位術式だろう。お?スキル<情報隠密>で隠しても、発動した術式で魔法ランクが看破されるのか…ということは『欺瞞の首輪』を付けていても、俺のステータスがバレる可能性もあるな……これは戦闘時にバカスカ魔法を打てないかもしれない…


〇猫ですよ❘魔法ランクSの最高位術式って

〇猫ですよ❘普通バンバン見られないから

〇ぴょん吉❘あっても章ボスくらいじゃね?

(んー…いつか俺も出来るかな…)

〇ぴょん吉❘努力次第だな


  つまり、あの若さでダグラス・ナイトレイは魔導士として完成されている。いや完成の域に近付いているのだ。敵に回したくないな。ワーグナーのおっさんを追い詰める時も退路を断ち切ってたし、かなり頭の回転が速いキャラクターなのだろう。どうにかして味方になって欲しい。いや主人公じゃないから無理か…


「そういえば、」


〇猫ですよ❘どったの?

(リメイク版って本編いつスタート?)

〇わんわん❘今から6年後、773年

〇ぴょん吉❘学園パートから開始だよ

(学園…ぱーと…?)

〇猫ですよ❘魔導士育成の士官学校てきな

〇ぴょん吉❘まあ乙女ゲー要素だよ

(ええ…それ、要らなくない?)

〇わんわん❘ところがぎっちょん

〇猫ですよ❘要るんだよなぁ、これが!

〇ぴょん吉❘学園パートは育成しやすい

〇ぴょん吉❘パラメーターが伸びやすいし

〇猫ですよ❘条件満たせば高位術式取得!

〇猫ですよ❘全属性制覇も夢じゃないっ

〇わんわん❘卒業後のパーティーメンバー

〇わんわん❘吟味すればギルドパートが楽

〇ぴょん吉❘あとライバルを序盤から暗殺

〇ぴょん吉❘将来シナリオで邪魔になる敵

〇ぴょん吉❘今のうちに排除したり、

〇猫ですよ❘金策として闘技場で荒稼ぎ

〇猫ですよ❘賭け事オッケーなので学友から

〇猫ですよ❘金銭巻き上げたり出来る

(乙女ゲー要素 とは)

〇わんわん❘というか学園パート無視するな

〇わんわん❘エイルも通うんだから

(それを先に言ってくれない!!?)


  神様の説明によると女主人公選択時では、学園パートで仲間になったキャラクター。その中にエイルの婚約者がいるらしい。公爵令嬢の婚約者と親密になればエイル本人も無視できず、女主人公に適切な距離を求める。ここでの選択肢がエイル・ナイトレイの分岐となり、そのまま他人の婚約者と仲を発展していけば決闘パートが入るらしい。

  今までの学園生活で培ってきた技術などを披露する…まあ、そんな感じのヤツだとか。決闘は代理人もアリで、女主人公の代わりに婚約者が決闘を受けることになる。正直に言って惨い。二人の仲がどうなっているのかは知らないが、婚約関係の男女で争わせるのが惨い。ここで勝利すれば婚約解消となり、晴れて女主人公の仲間入り。決闘に負ければ婚約者がパーティーに加入することは叶わない。


〇わんわん❘エイルとの決闘が発生するのを

〇わんわん❘何とかして阻止するか

(……彼女の代理人として決闘を受けるか)

〇わんわん❘まあ、それも手だな

〇お揚げ君❘レベリングしなきゃな

〇七つの子❘婚約者君、レベルいくつだっけ

〇ぴょん吉❘こっちでも調べとくよ

〇猫ですよ❘男主人公だったら決闘は無い

〇猫ですよ❘加入条件を満たせば生存するよ

(男主人公と女主人公、どっちがいるんだ?)

〇わんわん❘現時点では解らん


  つまり、今後の方針は…ひたすらレベル上げだな。あとはダグラス・ナイトレイに頼んで、何とか俺も学園に通えるようにしてもらわないと。学び舎とか閉鎖的空間だし、部外者では手が出せない。内部に潜り込むには生徒になるしかないだろう。

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