005ある奴隷の長い一日/大型魔獣迎撃戦


〇七つの子❘やべー奴じゃん

〇お揚げ君❘こういうキャラなの!?

〇わんわん❘おう、敵対√トラウマ筆頭だぞ

〇ぴょん吉❘敵対√で本性を出すタイプやで

〇猫ですよ❘雑兵無限沸きでトラウマになった


  …………えっと、ダグさんの話から察するに。欲に目が眩んだワーグナーはサザナミ採掘場に生息するフラリの巣から卵を盗み、それに気付いた親鳥に襲われた可能性がある…と。積荷を守るため囮として奴隷を捨てたか、荷馬車を軽くするために敢えて蹴り落としたのか。あるいは不幸な事故で馬車から落ちてしまったか…何らかの原因で落下した衝撃で【生前の俺】の記憶が蘇った…という訳か?


〇わんわん❘たぶん、な

〇猫ですよ❘本当は怪鳥討伐って依頼イベントなんだよな

(そうなの?)

〇猫ですよ❘ギルド加入後に受けられるミッションの1つ

〇わんわん❘狂犬と接触しないとフラグ立たないけどな


  神様たちの解説は中断された。竜魔導機兵ドラグーンがリアルタイムで映す映像を見つめると、だいぶ大惨事になっている。ワーグナー商会が雇ったのか専属なのか分からん護衛組は倒され、怪鳥フラリが飛ぶごとに起きる風圧で荷馬車も倒れた。繊細な性格の馬は耐え切れず暴れまわった反動で馬具が壊れ、飼い主を見捨てて逃亡。腰を抜かしたワーグナーを踏みそうになった。

  サザナミ採掘場で襲われたから怪鳥の脅威は身に染みている。火球一発だけで広範囲に燃え広がるし、羽ばたくだけで風がヤバくて近付けない。ソロで討伐とか無理ゲー過ぎる。冒険者や魔導士がパーティーを組んで挑むのは最適解だ。かといって地上から攻撃するしか手段が無いのは厳しい。大型魔獣から見れば人間など虫けらに過ぎないだろう。だから竜魔導機兵ドラグーンが必要とされるのか。

  青魔法・高位術式 《激流砲ラピードカノン》がぶっ放されていく。何で分かるかって?原作エイルの得意技だからだよ!!!!対象を問わず離れた位置にいる敵兵にも当たるという、進軍パートで必要不可欠な貫通効果持ちの術式。待機していた竜魔導機兵ドラグーン、かなりの手練れのようだ。リメイク版エイルも青魔法が得意そうだから、いずれ彼女も覚えるんだろうな…


「たすけて、助けてくれ…!」


  《激流砲ラピードカノン》の思わぬ副産物で、スプリンクラーのように大量の水が降り注ぐ。怪鳥フラリの攻撃による二次災害は免れそうだ。地に這うワーグナーがダグさんの足を掴む。煤と泥だらけの商人は必死に助けを求めている。命乞いモーションに入った行商人を無言で見下ろす青年。その表情は此処からでは見られない。


「大人しく投降…してくれますよね?」

「投降する、この通り!」

「では荷馬車に乗せた商品、後ほど確認しても?」

「ああ、構わない…!!」

「過去に犯した罪、洗いざらい吐くと?」

「たすけて…何でもするから、たすけてぇ…」

「我々が保護した奴隷の少年、枷を外す許可も?」

許可するから・・・・・・助けてくれ!!!」


  その声と同時に俺の身体が光り出した。正確に言えばアイテム『隷属シリーズ』が発光している。あまりの眩しさに手で視界を覆うエイル。ぎゅっと目を瞑る俺の耳に、金属音が届く。『隷属の首輪』と『隷属の足枷』が音を立てて外れた。


〇お揚げ君❘手口が詐欺師じゃん

〇七つの子❘揺さぶるタイプの借金取り

〇わんわん❘まだ優しい方だな

〇ぴょん吉❘そうだね(白目)

〇お揚げ君❘これで!?

〇七つの子❘嘘だろ!!?


「体が…何か、」


  心臓が強く脈を打つ。身体が軽い。頭のてっぺんから爪先まで血の巡りが明らかに変わった。恐る恐る心音の鳴る位置に手を当てる。魔力の流れ…なのか?何か具合が良くなったというか、確実に俺の身体に変化が起きたのは確かだ。


〇猫ですよ❘過程はどうであれ、これで…!

〇わんわん❘あんちゃん、ステータス画面!


________________

▽対象のステータスが更新されました


▽アイテム『隷属の首輪』が外れたことにより

 ステータスが表示できるようになりました

▽一定のレベル・条件を満たしていないため、

 特定のスキルの表示が不可能です

▽アイテム『隷属の足枷』が外れたことにより

常時発動スキルの効果が有効になりました

▽対象に付与された転生ボーナスの効果が

 有効になりました


固有スキル

 :生存本能

 :■■■■


常時発動パッシブスキル

 :心眼E

 :気配察知E


補助効果

 :生存本能


スキル

 :鑑定眼A

 :悪食D


転生ボーナス

________________


〇わんわん❘このスキル構成、

〇七つの子❘鑑定眼持ってんのかい!!!!

〇猫ですよ❘しかもAかよ!?

〇ぴょん吉❘そりゃ取り戻したくなるわ

〇お揚げ君❘絶対に生きる、って感じの構成じゃん


  神様たちの会話が入ってこない。奴隷から解放された、その事実を直ぐに受け止め切れていなかったからだ。いきなりのことで頭が追い付かない。自由になった?重たかった足は軽くなって、息苦しかった首は楽になった。ああ、本当に――…もう奴隷じゃなくなったんだ。


〇猫ですよ❘どったの?わん公

〇わんわん❘やかましいわ猫助

〇七つの子❘あんちゃん、あんちゃん

〇七つの子❘試しに鑑定眼で見てみな


  え?あ、うん。言われた通りに鑑定眼を使用する。というか何処見れば良いんだろ…エイル、は…見ちゃダメだ。いくら推しとはいえ覗き見するのは良くない。プライバシーの侵害だ。うん、違うのにしよう。


________________

〖怪鳥フラリ〗

レベル:41


スキル

 :飛翔斬C

 :自己再生B

 :赤魔法B


補助効果

 :耐火属性B

 :耐土属性C

________________


  レベル41!?え、ちょっ………うわぁ、伸びてる護衛の人達、レベル18~21じゃん…そりゃ無理だわ。というか俺を襲った怪鳥もレベル高かったのかな……マジでエイルが来なかったら死んでいたな、俺。推しに足を向けて寝られねえ……エイルが何処で寝食しているか分かんねえな、今日から立って寝るか


「…ん?」


  転がり落ちた木箱から何か飛び出ている。確かワーグナーのおっさんが言うには鉱物らしいけど……転がった荷物…鉱石っていうか、アレ


________________

〖怪鳥フラリの卵〗


常時発動パッシブスキル

 :認識阻害B

________________


[怪鳥の卵じゃん!!!!]


  通信機能を持つ何かに音を拾われ、俺のクソデカボイスが外まで響き渡る。


[はあ!?]

[卵って、お前それ]

[そりゃ怪鳥も襲ってくるわよ!!]

[何で卵なんか運んでんスか!?馬鹿じゃねえの!?]


  俺の叫びに顔を上げるワーグナー…面倒くさいや、おっさんでいいか。ゆっくりとダグさんを見つめる。相変わらず背中を向けているので表情が見えないダグさん。


[私を謀ったのか!!?]

[いいえ?たまたま保護した少年が合席していただけですよ]


  えー…俺にエイルと一緒に乗れって指示したのダグさんじゃん、白々しい。


〇お揚げ君❘どういうこと?

〇わんわん❘囮として使ったのなら回収する必要ないだろ

〇わんわん❘引き取りに来たってことは、レアスキル持ちか

〇猫ですよ❘あるいは口封じ…もあるだろうけど

〇わんわん❘『隷属シリーズ』で所持スキルまで見えなかったが

〇わんわん❘首輪と足枷が外れたことで鑑定眼持ちと分かった

〇わんわん❘あんちゃんは怪鳥の卵を見分ける役だったんだよ


  ……あー、そういうことか。奴隷が<鑑定眼A>を持っていれば重宝するもんな。そりゃあ何が何でも連れ戻そうとするわ。そしてダグさん。あのままワーグナーのおっさんが隠し通さないよう、『隷属シリーズ』を外すよう脅してから俺に鑑定させたのか。ちゃんとスキルが発動できるか試す心理を狙って…


[エイル五等機士、聞こえるか?]

「はい」

[保護した少年を所定の位置まで下ろせ。それが済み次第、ルイス隊とともに怪鳥を討伐せよ]

「了解」


  一息置いて、俺の方を見る。


「……すまない。君まで巻き込んでしまって」

「い、いえ!大丈夫です」


  そもそも乗るように指示したの、ダグさんだからな?いやワーグナーのおっさんに『隷属シリーズ』を外させるための作戦なのは分かっているけど。ただの奴隷にここまでする理由って…


[お嬢、六時の方向に増援!]

「っ!? こちら甲型弐式、まだ少年を――」


  電子水晶板にUIらしきものが表示。竜魔導機兵ドラグーンは防壁を展開する。警告音とともに、遅れて試作機に衝撃が伝わった。副隊長たちが増援を押し留めていたのだろう、そのうちの何羽かが突破してしまったようだ。


「………っ」


  エイルが悩んでいる。足元は魔獣の住む森。怪鳥フラリの攻撃は止まない。このまま乗せて戦うべきか、安全な場所まで離れるか。10歳の少女が選択に悩んでいる。


「大丈夫」


  操縦桿を強く握るエイル。その手と重ね、俺は繰り返す。


「大丈夫だよ」


  足手まといにはならない。そう伝えれば呆けた少女の顔が消え、機士としての顔付きに戻っていく。


「飛翔形態に切り替える。弐号、肆号、30秒ください」

[了解]

[かしこまりっス]

竜魔導機兵ドラグーン 試・甲型弐式、行動を開始」


  正面の電子水晶板に映像が新たに切り替わった。飛翔形態に切り替わっていく竜魔導機兵ドラグーン。下がっていく水晶板を見つめていると、エイルが肩を叩いた。透明なゴーグルを差し出し、付けるように促す。


「先ほどの言葉、訂正させてもらう」

「え…?」


  遠距離攻撃でサポートする弐号。土属性の術式を発動した肆号が壁を生み出し、無防備な姿を晒す試作機を守る。魔法障壁を三重に展開。ヒト型だった竜魔導機兵ドラグーンは姿を変え、飛竜となる。大型魔導具を展開し、尾を上げて小山から飛び上がった。


「道中まで君の身の安全を保障すると言ったが……夜が明けるまで、私が護る」


  みっ


〇猫ですよ❘あんちゃん?

〇わんわん❘バグったか

〇ぴょん吉❘供給に耐え切れなかったのか


  空へ飛ぶ鋼鉄の飛竜。その真下を二頭の蛟竜が駆け抜けて行く。燃えるウシオ島の森。鋼の黒竜が二羽を切り伏せ、増援を迎え撃つ。夜風の冷たさが俺を正気に戻した。いや狂ってはいないんだけど。突然のイケメン騎士に耐え切れなかっただけだし…そうじゃない、それどころじゃない。落ち着け、どう考えてもエイルの邪魔になっているのは事実だ。

  ダグさんの指示では途中で安全地帯に下ろされるはずだった。今は増えた怪鳥フラリの群れで此処から離れるのは難しい。とりあえず安全地帯の上まで連れて行ってもらい、勇気を出して俺が飛び降りればいい。そう考えていたら神様が教えてくれた。今は飛べる術式は持っていないけど、スキルポイントで取得すればいいらしい。

  自分でも分かっている。大丈夫って言ったけど、大丈夫じゃない。しがみついたまま空中サーカスなんてされたら落下するだろう。だからといって他に案は無い。俺を下ろしている間に攻撃される可能性もあるし、何よりエイルを危険な目に合わせたくなかった。ただの奴隷が出来ることなんて無い。でも今は『隷属シリーズ』が外れた、俺に出来ることなら何だってやる。かなり無謀なノープランなんだけど。



◆◆◆


  ――いやマジで空中サーカス状態になるとは思わないじゃん。


〇わんわん❘落ちるなよ!?

〇ぴょん吉❘画面酔いするぅ!!

〇猫ですよ❘あんちゃん落ちるなよマジで!!

〇お揚げ君❘やべえよったはきそう

〇七つの子❘落ちるなよフリじゃないから!!


  飛翔形態の竜魔導機兵ドラグーンは無数の火球を避けながら飛び続ける。外れた『隷属シリーズ』の鎖を、操縦席の後ろに通して落ちないよう踏ん張っていた。10歳の握力で子どもの体重分支えられる訳ないだろ。だけどエイルの操縦の邪魔にならないためには他の方法が無かった。彼女は試作機を操り両サイドから展開された炎風を通り抜けて行く。

  一瞬とはいえ機体を垂直にしたままの飛行はヤバい。こんなにも風圧とGによる負荷が強いものなのか。原作『ドラグーンズ アクシアⅦ』ではドット絵による進行だから、竜魔導機兵ドラグーンが実際にどういう動きをするのか分からなかった。こんなにも違うモノなんだ。お手軽コントローラー操作だったゲームとは比べ物にならないほど、操縦士への負担が大きすぎる。


「君、鑑定眼が使えるんだな?」

「はい!」

「では怪鳥の情報を教えてくれ、一羽ずつ撃ち落とす」

「っ、任せて!」


  俺は風防ゴーグルを借りたお陰で何とか目を開けていられる。スキル<鑑定眼>を発動し、前方から襲い掛かってくる34m級の魔獣を捉えた。


「情報の優先順位とかある!?」

「レベル、スキル、耐性・反射」

「39、核炎、耐火・耐土!」

「了解」


  鋼鉄の飛竜がブレードを展開。擦れ違いざまに怪鳥フラリの胴体を真っ二つに斬った。ヒト型の時に装備していた大剣。飛翔形態だとああやって使うのか。


「左に32、飛翔斬、耐火!右に40、自己再生、耐土!」

「肆号、十時方向の敵を」

[ご指名サンキューっス]


  地上から《黒土の投擲槍グランドジャベリン》が射出された。腹部に貫通した大型魔獣が落下していく。仲間を撃たれたことに動揺する怪鳥フラリ。その僅かな隙を見逃すはずもなく、術式を展開した試作機が《水流刃ウォーターカッター》で首を跳ね飛ばした。スキル自己再生によって骨と血管が再生されていく。しかし空に向かって放たれた友軍の攻撃で凍結し落下した。

  その間にも俺たちに向かって火球が襲い掛かり、それを避けながら試作機が遠距離攻撃を返す。次々と撃ち落とされていく怪鳥フラリ。落下した大型魔獣を黒竜たちがトドメを刺していく。…おかしい、俺が転生した異世界は鬼畜戦略RPGのはずなのに。どっからどう見てもシューティングゲームなんだけど。原作『ドラグーンズ アクシアⅦ』でも途中で別ゲーと化すパートあったけどさ。


〇七つの子❘ドラアクって全作そうだよ

〇わんわん❘RPGなのに突然STG始まるしな

〇ぴょん吉❘リメイク版だとはっちゃけてる

〇ぴょん吉❘当時の技術では叶わなかった要素を

〇ぴょん吉❘これでもか!とてんこ盛りするし

○猫ですよ❘ミニゲームがあるって聞いていたけど

〇猫ですよ❘人狼ゲームまで入ってるとはな

〇七つの子❘ドラアク君そういうところだぞ


  はっちゃけるなよ公式ぃ!


[黒参、応答せよ。黒参!]

[操縦士は無事か!?]

[気絶しているようです!]

[急いで救助しろ、黒竜参号の認証術式を解呪しておけ!]


  地上部隊に被害が出たようだ。両翼を切り落とされても尚、戦意を喪失しない大型魔獣に突進され操縦士がダウンしたらしい。試作機を操るエイルもそうなのだが機士たちの装備は未完成なのである。『ドラグーンズ アクシアⅦ』は竜魔導機兵ドラグーンの黎明期。頭部を守るヘルメットも無ければ緊急時に膨らむ衝撃緩和用のクッションもない。なので物理によるダメージが操縦士に直結するデメリットがあるのだ。


「っ!? 前方、52――姿が消えた…?」    

「群れのボスだな」


  全長48m級の大型魔獣、怪鳥フラリ。一瞬だけ<鑑定眼>で見えたのは<気配遮断>と<隠密行動>。あんなクソデカい図体を隠せるほどってことは…スキルレベルはB以上か?


〇わんわん❘サイズ的にF-35くらいか?

〇ぴょん吉❘どっちかと言うと飛燕じゃね?

〇七つの子❘ステルス持ちとか厄介すぎるわ

(気配遮断と隠密行動持ちへの対策って…)

〇わんわん❘原作とリメイク版に変わりはないぞ

〇わんわん❘気配察知あれば余裕

(持ってないんだが!!?)

〇わんわん❘生存本能あるだろ

〇ぴょん吉❘直感の亜種スキル

〇猫ですよ❘まさか固有スキル化してるとはな


  スキル<直感>は第六感による危機回避効果を持つ。視覚・嗅覚・聴覚いずれかが潰されていても発動できる、初心者プレイヤーにとって何が何でも取得しなければならないスキルだ。<直感>スキル系には其々発動条件がある。<生存本能>は確か…死に関する要素だっけ。そもそも<生存本能>って原作だとワーウルフとかブラックドッグ系が所持しているスキルだったような…リメイク版で種族関係なく変更されたのか?


〇お揚げ君❘レベル52だけど倒せるのか?

〇ぴょん吉❘いや竜魔導機兵はレベル関係ない

〇猫ですよ❘耐久値が低いと落とされるけど

〇わんわん❘如何に早く相手のスキル把握できるか

〇わんわん❘情報戦で勝敗が決まるからな


  ともかく、遂にボスがお出ましだ。ゲームシステム自体リメイク前を変わらないのなら、ボスを斃せば他の魔獣は撤退する。効率よくレベル上げしたい・アイテムを根こそぎ狩り尽くしたいのならば最後に倒すのがセオリーだ。だけど…ここは現実。リセットは出来ないんだ。失われた命は戻らない。これ以上、地上の被害を広げる訳にはいかない。

  姿を消したまま大型魔獣は俺たちを攻撃する。放たれた火球、熱波を避ける試作機。一方的に攻撃されるだけで、反撃しようにも姿が見えない。こんな状況でもエイルは決して焦らず、集中力を途切れさせなかった。だが竜魔導機兵ドラグーンにも活動限界時間がある。溟海石による魔力切れ、もしくは術式回路の焼き切れか。試作機が俺たちの棺桶となる可能性もある。


「あの、お願いがあるんですけど――」


  俺の言葉を聞いたエイルは黙ったままだった。姿なき大型魔獣への警戒を怠らず、脳内で作戦をシミュレーションしているのだろう。やがて短く息を吐き出し、視線を固定したまま口を開いた。


「正直に言わせてもらう。あまりにも無謀だ」

「でも、これしかないと思う」


  何より、


「守られているだけじゃダメなんだ」


  俺がいない方が竜魔導機兵ドラグーンの操縦に集中できるだろう。これ以上エイルの荷物になりたくない。レベル3の奴隷が何が出来るんだ?と思われても仕方ない。だけど何もしないまま此処にいるだけより、遥かにマシだ。


「……わかった」

「! あ、ありがと」

「だが此方が危険と判断した時、君を連れて後退する」


  俺は静かに頷く。エイルは片手だけ俺に向け、幾つか身体強化の補助術式をかけてくれた。詠唱なしで使えるんだ…ゲーム設定では詠唱が必要と書かれていたけど、戦闘モーションでは省略されていたし。多分それが反映されているのかもしれない。


「では――作戦開始」


  甲型弐式が青魔法 《雪花氷輪フロストリング》を周囲へ放つ。試作機を中心に広がっていく白い輪。左方向で変化が見え、姿を消していた大型魔獣にヒットした。広範囲攻撃の《雪花氷輪フロストリング》はMP消費量が多いが、氷結によるスタン効果を持つ。敵に囲まれフルボッコされそうになった時、もしくは袋叩きにされた時とかに、よくお世話になった氷属性の魔法だ。

  空中にいる竜魔導機兵ドラグーンはエイル機だけなので、味方を巻き添えにすることなく成功した。見る見るうちに凍結していく大型魔獣。だが心臓を起点に全身が赤く燃え上がっていくのが見えた。スキル<核炎>で凍っていく身体を溶かそうとしているのだろう。操縦桿を前に押して一気に距離を詰める。俺は<鑑定眼>を発動し、見えなかったスキルを再度確認。ボス戦なだけであってスキル量が圧倒的に違う。


「52、隠密行動・核炎・気配遮断・自己再生・飛翔斬、耐火・耐土」

「了解」


  術式を発動し、魔法陣を展開。竜魔導機兵ドラグーンの背面に光の円が歯車のように回転し、その中心から《氷柱の投擲槍アイシクルジャベリン》が連続で発射された。大きく嘴を広げた怪鳥フラリが火球を放つ。機械仕掛けの飛竜と大型魔獣による魔法の殴り合い。剥き出しの操縦席に当たらないよう防御壁を展開し、エイルは臆することなく真っすぐ凍りかかっている怪鳥フラリを目指す。

  幾度も氷と炎がぶつかり合い、二つの巨大な影を真っ白な水蒸気が覆い隠していく。<核炎>を使った大型魔獣の全身が燃え上がり、凍り付いた身体を溶かした。詰められても怪鳥フラリは姿を消すこともなく、雄々しく叫びながら鋼鉄の飛竜を迎え撃つ。その目前に現れたのは飛竜ではなく――鋼鉄の騎士だ。ヒト型に変形した竜魔導機兵ドラグーン 試・甲型弐式が剣を振り下ろす。

  片翼を斬り落とし、左手に握られた短刀で嘴を下から貫通。火球を封じられ、呼吸も出来ない大型魔獣は悶絶する。だがスキル<自己再生>で傷は治っていく。斬られた翼も骨が伸び始めた。レベルが高いだけに再生速度が尋常じゃないほど速すぎる。サザナミ採掘場での戦いみたいに、心臓へ突き刺し完全凍結するしかない。試作機の左腕が回り、刃を深く抉っていく。


[ハッチを開けるぞ]

「ありがと!」


  脳震盪を起こしている間に、開かれた胸部の装甲から俺が飛び出す。神様が厳選した術式・緑魔法Fを取得し、≪風精霊の靴エア・ブーツ≫で空中を駆け上がることが出来た。その手に持つのはアイテム『隷属シリーズ』。魔力を流して『隷属の足枷』のサイズを変える。足首だけでも明らかに人間の首より太い。限界までサイズを大きくし、狙いを変えて鉤爪へ投げる。アイテムを填められた大型魔獣の全身に電流が走った。


「もういっちょお!!」


  残りの『隷属の足枷』を反対側の鉤爪に付けた。『隷属の足枷・右』、『隷属の足枷・左』。二つのアイテムが装着されたことにより、切断された鎖に魔力が帯びていく。魔力装填完了。『隷属の足枷・右』に伸びる鎖が走り出し、反対側に装着された『隷属の足枷・左』と連結した。


「よっしゃあ!」

〇わんわん❘あんちゃん避けろ!


  俺に向かって飛翔斬が飛ぶ。神様の声が無かったら直撃していただろう。急いで跳躍した俺は顔を上げる。ボスを助けるために新たな怪鳥が乱入して来たようだ。どうしよう、空中戦は想定していない。レベル一桁の所持MPじゃ秒も持たないって!!エイルは暴れているボス魔獣を抑えているから、俺を助けたくても助けられない状況だ。なら、やることは一つ。


〇七つの子❘はやまるな!!

〇猫ですよ❘何してんの!!?


  竜魔導機兵ドラグーン目掛けて急降下する怪鳥フラリ。その進路を阻んだ俺は《水弾丸アクアショット》を放ち、ヘイトを此方に向かせる。エイルが盛ってくれた強化バフのおかげでギリギリ回避。大型魔獣の背中に飛び乗った俺は死に物狂いでしがみ付く。


〇ぴょん吉❘馬鹿…っ

〇お揚げ君❘レベル差を考えろ!!


  試作機を通して響くエイルの声が遠退いていく。全身を使って振り落とそうとする怪鳥フラリ。『ドラグーンズ アクシアⅦ』の設定では、鑑定眼は生物・無機物にも鑑定対象になる。誤って落とさないよう腕に通していた『隷属の首輪』を掴む。


「汝、契約に基づき…その身を捧げよ!」


  混濁した記憶の中で、断片的に思い出した。奴隷に身を堕とされた時、奴隷商に『隷属シリーズ』を付けられた記憶。『隷属の足枷』と『隷属の手枷』は詠唱無しで使用できるが、この『隷属の首輪』だけは詠唱が必要となるアイテムだ。絶対服従。相手の尊厳など完全無視した魔導具アーティファクト。さっきまで俺の首に填められていたアイテムを、迷うことなく大型魔獣の首へ投げる。

  魔力を籠められた『隷属の首輪』は大きくなっていき、対象に接触したのと同時に首を締め付けた。大きな音とともに電流が流れ、怪鳥フラリの絶叫が響き渡る。その鳴き声にボスが反応したようだ。『隷属の首輪』から伸びる鎖を手繰り寄せ、大型魔獣の背に立つ俺は歯を食い縛る。暴れ馬の如く抵抗する怪鳥。痛いだろう、苦しいだろう。だってそうだったんだ。


「この…っ 大人しくしろ・・・・・・!」


  俺の声に従い、怪鳥フラリの動きが止まった。『隷属の首輪』による命令権はアイテムを装着した者にある。さっきまで怒り狂っていた姿が嘘のように、状況を理解した怪鳥は抵抗することを止めた。


「……ごめんな」


  怪鳥に跨った俺は半身を傾け、フラリの首元を優しく撫でる。喉を鳴らす大型魔獣。その瞳は穏やかな色に染まっていて、不思議そうに小さな生物を映した。

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