004ある奴隷の長い一日/大型魔獣、再び

  巨大な夕日は地平線へと吸い込まれていく。その反対側から白き月が昇り、夜の帳が降ろされる頃。上空を駆ける巨大な影が翼を動かし、ターゲットを見定めて高速接近していた。擦れ違う中型魔獣は悲鳴を上げ、急いで来た道を戻る。全長30メートルから最大で40メートル。大型魔獣、怪鳥フラリが島を目指す。




「次から次へと…今日は騒がしいですねぇ」

「ダグちゃん、いいから保護した子を連れてシェルターへ逃げるわよ」


  誘拐(未遂)犯を締めあげるリードさんが提案するも、それに対して男は首を横に振った。


「逃げる?いいえ、違います」


  ダグと呼ばれた男が微笑む。あの…そろそろ肩に置かれた手を離していただけると有難いのですが…握力が強い…!何なのこの人!?


「利用しましょう――この子も、ね」

「え?」


  リードさんが目を丸くし、俺と顔を見合わせた。



◆◆◆



[司令より入電、サザナミより来客。繰り返す、サザナミより来客。尚アポ無しの模様。各機、配置に付け]


  格納された竜魔導機兵ドラグーンの瞳に光が灯される。この部隊に割り振られた竜魔導機兵ドラグーンは試作機を含め6機。近接戦闘を想定とした軽装ライト竜魔導機兵ドラグーン、エイル・ナイトレイが搭乗する試作機も駆り出されることとなった。


[お嬢、ご武運を]

「ああ、整備班の働きに感謝する」


  帰還してから二時間。たった120分で換装を終えた整備クルーはクタクタである。新品の術式回路に替えたお陰で、操作に支障は無さそうだ。壁際まで後退したクルーが「壊さないでくださいよ!?」「お嬢、ぶっ壊して帰ってこないでくださいね!!」と叫んでいるが、残念ながら格納庫の扉が開く音に掻き消されたので彼女の耳には届かない。

  核である溟海石が輝き出す。電子水晶板に光り出し竜魔導機兵ドラグーン全体に魔力が流れていく。魔導士たちが付与した耐魔法C装甲に覆われた機体。その体内では動作・出力など細かい指示を教え込まれた術式回路が動いている。電子水晶板が格納庫内の映像を出し、操縦桿を握り締めて息を吐く。先ほど討伐した大型魔獣と同一個体なら、慢心せずに挑むしかない。


「エイル・ナイトレイ。試・甲型弐式、出る」


  光を操る誘導員が指示を出す。それを合図に、両脚に装着した車輪が外れる。回転を始めた輪はスピードを上げ床に触れた瞬間、竜魔導機兵ドラグーンが飛び出した。


[もうちょい真面な入電ないんスかね?]

[お茶目で良いじゃない]

[俺ら実験的に用意された部隊ですし]

[出来れば実戦投入されたくないなー]


  地面を滑るように走る軽装ライト竜魔導機兵ドラグーン。それらと並走する試作機は剣を携え、此方に向かってくる怪鳥を目指す。非戦闘員を巻き込まないよう、なるべく基地から距離を取らなければならない。会敵までの予想時間は1時間後。予知能力を持つ仲間から得た情報を信じ、エイルたちは竜魔導機兵ドラグーンを走らせる。


「あの、副隊長」

[どうした?]

「何故当機に保護した少年を同乗させるのでしょうか?」


  奴隷の少年は借りて来た猫よろしく、硬直したまま膝に座っている。搭乗前にリード助手から呼び止められ、一緒に乗せるよう言われたのだ。真新しい服に袖を通し、身体を綺麗にしてもらった子ども。首と足首には変わらず『隷属の首輪』と『隷属の足枷』が填められていた。その顔色は青褪めており、とてもじゃないが戦線に連れて行くのは賢明とは思えない。


[司令殿の命令じゃ]

「そうですか。では、従います」


  淡々と返すエイルを、驚愕の色を浮かべた少年が見つめる。


[試・甲型弐式は、目標地点まで少年を連れてくること]

[了解。座標を受信、直ぐに向かいます]


  並走していた軽装ライト竜魔導機兵ドラグーンと離れ、獣道を滑り落ちていく。試作機の方へ顔を向けた何機かが、応援するように手を振る。それに片手を上げて応える竜魔導機兵ドラグーン


「…ねえ」

「ん?」


  走行中、沈黙に耐え切れなかった少年が口火を切った。


「こわくないの?」

「いや、全然」


  何に対して恐怖を抱いているか?曖昧な問いにエイルは答える。


「大型魔獣との戦闘には慣れている。討伐数は…先輩方に比べて少ないが」

「大型、魔獣…」

「そうか、君は知らないのか。サザナミ採掘場にいた怪鳥フラリのように、人間より巨大な魔獣は別枠なんだ。通常サイズはギルド所属の者が討伐するが、怪鳥のような大型魔獣は我々が担当するようになった」

「そうなの?」

「ああ。そうだな、例えば…怪鳥の討伐は空中戦も想定される。全ての魔導士が空を飛ぶ術式を持っているとは限らないし、魔力保有量の少ない冒険者では地上から戦うしかない。まだ全ギルドに竜魔導機兵ドラグーン部隊は割り振られていないが…いずれは浮島全ての領土を守る力となるだろう」

「魔獣との戦闘に慣れているって、言ってたけど…対人戦は?盗賊とかの戦闘経験、ある?」

「……そちらの道は、私には向いていなかったようだ。今は竜魔導機兵ドラグーンの操縦士として、家の役に立てればいい」


  瞬きをした少年は、エイルを見る。


「怖くないの?」

「怖くないさ」


  電子水晶板を見つめたまま、エイルは呟く。彼女の視線は保護した子どもに向けられない。ただ真っすぐ前だけを見つめる。


「今の私にはこれ・・しかない」






[蛟竜壱号、配置に付いた]

[弐号、同じく]

[参号…待ってくだ…着きました!]

[肆号、同じくっス]

[伍号、右に同じ]


  ウシオ島、海岸付近。基地から遠く離れた位置へ到着した軽装ライト竜魔導機兵ドラグーンは、頭部を動かして暗くなってきた空を見上げる。両目に灯された光源が動き、目標を探す。


[対象、怪鳥フラリ。耐火属性、耐土属性持ち。火属性の魔法を放つ大型魔獣だ、青魔法を中心に対策を取れ]

[げぇー!?オレ、不利じゃないっスか!]

[副隊長、フラリって食べられますか?]

[怪鳥の素材、金になるかね?]

[うっさいわ問題児ども!!会敵予想時刻まで残り30、各機訓練通り連携を取れ!!]


  星が瞬く夜空に、赤い光が強く輝く。炎を身に纏った怪鳥フラリ。独特な鳴き声とともにウシオ島を目掛けて急速接近した。各軽装ライト竜魔導機兵ドラグーンが武器を取る。


[……数、多くね?]


  赤く光る飛翔体。一つ、また一つ…どんどん数が増えていく。怪鳥フラリ、その数8羽。軽装ライト竜魔導機兵ドラグーンは術式を展開し、急降下する大型魔獣との戦闘を開始した。




◆◆◆



  リードさんに連れられ、エイルが乗る試作機に放り込まれてから一時間。ダグさんの指示に従い、彼女と同行したのは良いが…一般人が乗って良いのだろうか?いや一回目の時は救助なのでノーカンだと思うけど。どうして俺が作戦に組み込まれたんだろう…ただの奴隷なのに


「む、此処か」


  試作機の動きが止まった。海岸を見下ろす山の中。茂みに身を隠す竜魔導機兵ドラグーンは尾を下ろし、腰に下げた大型魔導具を構える。


「何の音…?」

「怪鳥フラリとの戦闘が始まったようだ」


  二本角の試作機が遠い場所で戦う軽装ライト竜魔導機兵ドラグーン達の戦いを電子水晶板に映した。火球を放つ怪鳥フラリ。その攻撃を前衛二機が障壁を展開して防ぐ。あれはエイルがやった時と同じ、魔法を弾く透明な盾のようなもの。ただ試作機が展開した枚数より少ないような。気のせいだろうか?

  軽装竜魔導機兵ライトドラグーンは鋼鉄一色の機体。肩や膝に引かれたラインの色は別だ。赤、黄色、緑…ちょっあの機体だけ動きが違い過ぎて見えねえ…!防御に専念する機体と入れ替わり、背後に回った機体が素早く翼を斬り落とす。両刀使いの機体。仕留められた仲間の姿に激昂する大型魔獣。鋭い鉤爪を振り下ろして攻撃しようにも、例の機体は即座に交わして距離を取った。


「………何あれ」

「ん?あれはヤマト副隊長の機体だ」

「ふくたいちょう…」


〇猫ですよ❘オジサマ騎士!

〇猫ですよ❘じゃなかった機士だ

(誰?)

〇ぴょん吉❘お嬢の師匠だよ

〇わんわん❘リメイク版で初登場するキャラだぞ


  あ、神様たち。やっと喋った。ずっと黙ってるからいなくなったと思ったぞ。


  その間にも副隊長機は襲い来る怪獣を切り刻む。上空から火の球を吐く魔獣もいたが、後衛の軽装竜魔導機兵ライトドラグーンが放つ《水流刃ウォーターカッター》が相殺。前衛の黄色が土属性の術式を展開し、槍上に変形した鋭い土塊が刺突した。えーっと…これで残り6…いや5羽か。何か風属性っぽい魔法で怪鳥フラリが撃墜されてる。


[これ環境破壊で怒られないですか?]

[怪鳥フラリによる被害だからセーフ]

[…………セーフだよな?]

[ちょっ、兄貴!そこは自信をもって!]


  軽装竜魔導機兵ライトドラグーンが動き回るたびに周辺の木々は倒され、怪鳥フラリの攻撃で山火事になりかけているところもある。そこには戦闘しながら青魔法で消火活動している機体の姿も。これが市街地戦だったら大惨事になっていただろうな…


[残り3!]

[伍号機、援護を頼む]

[了解]


  突破しようとする怪鳥フラリを水の檻で封じ込め、基地へ向かわないよう足止めをする。雷の矢を展開する機体が狙いを定め、魔獣の心臓を射抜く。黒焦げとなった怪鳥は重力に従い落下。残り2羽は交互に先頭へ出るよう飛翔し、地上からの攻撃を全て躱す。二つの巨影は地上の軽装竜魔導機兵ライトドラグーンを飛び越え、迷うことなく飛び去る。


「狙撃します」

[あー、お嬢]

[いいんスよ、アレで]


  どういうこと?わざと逃がして何のメリットがあるんだ?というか狙撃できるんだ、コレ。視線を彷徨わせていると、俺と同じくエイルも困惑していた。


[数を減らせ、って指示だったので]

[ああ。後続の群れが飛来する可能性がある、ワシと参号・伍号は此処に残る。弐号は肆号とともに大橋へ迎え]

[了解]

[かしこまりっス]

[エイル五等機士は次の指示があるまで其処で待機。大型魔導具の使用は状況に応じて判断せよ]

「了解」


  海岸沿いにいた軽装竜魔導機兵ライトドラグーンのうち、二機が移動を始める。大橋、大橋…アレか。ウシオ島には谷がある。迂回するには魔獣が住む森を抜けなくてはならなくて、最短ルートとして橋が架けれたらしい。その巨大な橋は遠目から見ても頑丈に作られているのが分かる。


「…む、念話か」


  視線を上げたエイルは少し考えこみ、操縦席の手前に設置されたパネルを操作した。浮き上がった文字に触れ、指先で何回かスクロールしてタッチ。


[――ワーグナー商会の方ですね?]


  聞き覚えのある声だ。ダグさんが誰かと話している。エイルの機体は海岸から、大橋のある方角へと頭部を向けた。竜魔導機兵ドラグーンの瞳は遠く離れた地を拡大し、操縦席にいる俺たちに見せてくれた。其処で何が起こっているのかを



◆◆◆




「ワーグナー商会の方ですね?」


  渓谷を渡ろうとする荷馬車を進めていた商人一行。その行く手を遮るように、青年が止めた。護衛として配置した部隊は彼の言葉に従い、馬車馬を制止する。突然荷馬車が動かなくなり、鬼の形相でワーグナーが下りて来た。青年は恭しく一礼し、己の名を告げた。

  


「ダグラス・ナイトレイと申し上げます。以後お見知りおきを」




◆◆◆




[――ダグラス・ナイトレイと申します。以後お見知りおきを]


  ダグさんの言葉に絶句する。ダグさんじゃなくてダグラスさんなんだ…と、ちょっと現実逃避しかけたけどそれどころじゃない。ナイトレイ、つまりエイルの親族。え、ちょっと待って頭が追い付かない。兄妹?親戚のお兄さん??え???ま????


(ぐーぐる先生ええええええええ!!)

〇ぴょん吉❘誰がggr先生だ

〇わんわん❘ggrks

(できねえよ!!!!!!)

〇七つの子❘それはそう

(原作エイルは天涯孤独なんですけど!?)

〇猫ですよ❘リメイク版初登場だからね

〇わんわん❘新キャラだから仕方ない

(無から生えたってヤツ!?)


  リメイク版どうなってんだよ!?原作のエイル・スターンは歩兵タイプの騎士か、もしくは騎馬・飛竜を操る騎乗タイプにクラスチェンジが出来る。だけどリメイク版のエイル・ナイトレイはロボットを操る機士。白兵戦に向いていないと言っていたし、しかも兄?マジでどうなってんだよ!!?


〇猫ですよ❘その反応が見たくて黙ってたんだよwww

(何か静かだな…と思ってたらそういうことかよ!!?)

〇お揚げ君❘落ち着け、推しの兄やぞ

〇ぴょん吉❘推しの新情報を急に浴びて落ち着けるか?

〇お揚げ君❘無理だな


  エイルが夕焼け空のような赤茶髪で、ダグさんは昼間の太陽みたいな白金の髪。髪の色も、瞳の色も全く似ていないのに。何か雰囲気がエイルっぽいなと思ったのは、そういうことだったんだ。


[どういうことだ、我々を守ってくれる話ではなかったのか!?]

[ええ、ですが…確認し忘れたことがありまして]


  突然の情報に頭を殴られた俺は放心状態から戻る。エイルは竜魔導騎兵ドラグーンの頭部を動かし、商人と向き合うダグさんの姿を拡大した。三つある電子水晶板のうち、左側の板に地図らしきモノが浮かび上がってきた。どっちも気になって視線を彷徨わせていると、ダグさんの会話が続く。


[こうして引き留める形になってしまい申し訳ございません。どうか私めに貴重なお時間を割いていただいても、よろしいでしょうか?]

[奴隷を返せと言えば日を改めろと言うし、夜間は魔獣が徘徊して危ないから早く帰れという割には引き留める…何なんだね、君たちは!?]


  商人の怒鳴り声に身体が反応した。何だ?どっと汗が出てくるし、指先が冷えていくような…?脳裏に覚えのない記憶が蘇る。これは…”生前の俺”じゃない、生前の記憶が蘇る前……異世界で生きる俺自身の記憶…?


[大体、積荷は先ほど確認したじゃないか!まさか我々を疑っているのか!?ここにはサザナミ採掘場で得た鉱物しかない…ほら、許可証もある!]


  頭の奥でノイズが走る。子どもの悲鳴が鼓膜を揺らし、叩かれていないのに背中が激痛で震えた。ワーグナーの金切り声が心の奥底に沈めた過去を引き上げていく。首輪の効果で肌を焼かれる匂い。拳で殴られる音。冷たい水を浴びせられる感覚。身に纏っていたボロ布を引き千切られる音。撓る鞭が与える痛み。焼き鏝のように押し付けられた火かき棒。腹を蹴られ、殴られ、髪を引っ張られ――


〇わんわん❘深呼吸しろ、あんちゃん

〇猫ですよ❘引っ張られてる?

〇お揚げ君❘どうした?

〇七つの子❘ダウンロード前の情報が復活した?

〇ぴょん吉❘あんちゃん、しっかり!


  霞で覆われた【生前の俺】、奴隷の子どもだった俺。ゲームを楽しんで推しに目を輝かせていたであろう、【生前の俺】。主人の欲望の捌け口として、暴力を振るわれ続けていた奴隷の俺。二つの記憶と意識が脳を埋め尽くし、俺自身を見失ってしまう。胃液が逆流し始めたのを察知し、急いで口を押える。過呼吸を起こした俺の背中に、優しい熱が寄り添う。


「……大丈夫。大丈夫だ」


  操縦桿から手を離したエイル。染み付いた恐怖でガタガタ震える奴隷を抱き締め、震えが落ち着くまで支えてくれた。上手く息が出来ない俺に顔を近付け、呼吸を真似するように指示する。エイルの呼吸に頑張って合わせ、咳込みながらも息を続けた。


「大丈夫、大丈夫…」


  とん、とん。赤子をあやすような手つきで背中を軽く叩き、俺を抱き締めるエイルは繰り返す。外界の全てから身を護るように丸くなる俺。蘇った記憶に泣きじゃくる子どもを優しく包み込む。


「……も、っ…もう大丈夫…」

「ん、そうか。…良かった」


  良い子良い子と頭を撫でるエイル。人生2周目か?と疑うほど落ち着いている少女。10歳だよね?同い年だよね??これで推しの中身が別人だったらショックで死にそうなんだけど…


〇ぴょん吉❘よし、いつものあんちゃんだな

〇わんわん❘エイルは転生者じゃないぞー

〇猫ですよ❘大丈夫そう?

〇七つの子❘ひとまず良かったぁ…


  躾という名の虐待を受けた記憶がフラッシュバックしたが、エイルの声で俺は意識が混濁せずに済んだ。ぽろぽろ零れる涙を手の甲で拭っていると、目の前にハンカチが差し出された。それと彼女の顔を交互に見つめる。使っていいと渡された白地の布を受け取ったのと同時に、ダグさんの会話が聞こえて来た。そうだった、今は泣いている場合じゃない。


[そうですね。しかし積荷の中にあるとは思わないじゃないですか、怪鳥の怒りを買うようなモノでも混ざっている…とか]






「怪鳥フラリ、ご存じですよね?」

「あ、ああ…火属性の魔法を操る大型魔獣だろう?近年サザナミ採掘場に住み着くようになった」


  ダグラス・ナイトレイは微笑を浮かべる。怪鳥フラリ、元々は大陸の南エリアで生息していた魔獣。それが浮島連合の領空で目撃されるようになり、ワーグナーの言う通り此処最近サザナミ採掘場に住み着くようになった。赤魔法、火属性の攻撃が可能。耐火属性、耐土属性を持つ魔獣。そして、


「魔獣は魔導具アーティファクトの素材に使用することがあるのですよ。厄介な変身能力を持つ魔獣マムジナミ、そして認識阻害効果を持つ怪鳥フラリの卵」


  青年の説明にワーグナーの顔付きが変わった。それを指摘することなくダグラスは続ける。


「何故あの少年が怪鳥に襲われたのか?何故、貴殿はあの少年を・・・・・取り戻そうとしているのか?」


  一歩、前へ進む。彼の歩みとともに金の髪が揺れ、流した前髪の隙間から猛禽類の瞳が獲物を捕らえる。


「答えは簡単。貴殿は怪鳥の巣から卵を盗んだ。闇オークションに出品するために、ね」


  贅肉が纏わりついた頬が揺れる。距離を詰めていくダグラス・ナイトレイ。その足音はワーグナーに死を告げる音。みるみるうちに顔が青褪めていき、ゆっくりと首を横に振った。


「自ら手を下していない、と?ええ、そうでしょうね。実行したのは貴殿が所有する奴隷達でしょう。だから貴殿は自身の所有物である奴隷の子どもを捨て鉢に、親鳥である怪鳥からの攻撃から逃げた」


  巣から卵を持ち出す最中に親鳥が発見したのか、卵を持ち去られた後に気付いたのか。どちらでもいい、ダグラスが重要視しているのは其処ではない。


「我が諸侯同盟では生きた人間・魔獣の密売を禁止しておりますが…条約をお忘れですかな?」

「アレは鉱物だ!鑑定眼持ちの者を呼んで来い、スキルレベルがCでもいい!あの荷馬車に積んである木箱、その全てに魔獣の卵など……仮にあったとしても、条約に触れるものか」


  生きているのか死んでいるのか、外からでは殻の中身は分からない。密売が禁止されているのは生きている・・・・・人間・魔獣。グレーゾーンに位置する魔獣の卵を選んだのは、そういうことか。苦々しい顔で荷馬車の警護に回っていた部下たちが見つめる。


「ところで…サザナミ採掘場を所有しているのは、ルービンシュタイン家ですよね?」

「は? あ、ああ…それがどうした?」

「ですよねぇ…ご愁傷様です」


  夜の帳は下ろされた。太陽は完全に沈み、月が輝く。ウシオ島の空に漂う浮遊島の欠片たち。月の光を受けて影となった其処に、高速接近する飛翔体が真っすぐ彼らのもとを目指す。轟き渡るのは魔獣の咆哮。それに呼応するかのように、周囲の森から獣たちの叫び声が次々と上がっていく。行商人一行は怯えを隠し切れず、武器を手に持ち周囲を見回した。

  けたたましい鳴き声とともに急降下した怪鳥フラリ。ダグラスの部下たちが術式を展開し、魔法防壁を張る。降り注ぐ火の雨が小さな人間に襲い掛かった。弾かれる火球。跳ね返った火の粉が木々へと飛び散り、瞬く間に火の手が回っていく。二体目の魔獣が荷馬車の上に着地。鋭い鉤爪を突き刺し、丸ごと持ち上げようとした。それを青魔法を放つ護衛が阻止する。距離を取る魔獣が橋の上まで後退した。


「ふ、フラリだと!?何故ウシオ島に…っ」

「さあ、ワーグナー氏!前方には怪鳥、後方には我が竜魔導機兵ドラグーン部隊。両側には魔獣が潜む迷いの森、貴殿の進むべき路は2つのみ!!どうやって貴殿は挟撃を交わすのか?」

「ひ、ひいぃ…っ!」

「このまま荷馬車ごと前進して強行突破?いいえ、それでは積荷ごと燃やされる。この先は吊り橋!怪鳥の火球に燃やされ、谷底へ真っ逆さま!では後退すべきか?いいえ、我々が貴殿を捕縛しますとも」

「何なんだ…何なのだ貴様は!?」

「ああ、それと。基地周辺に配置された伏兵は全て私の部下が捕まえました。竜魔導機兵ドラグーンの情報は持ち帰らせません」


  ダグラス・ナイトレイの双眸が光る。怪鳥フラリの奇襲、燃え始める荷馬車。パニックになって暴れ出す馬車馬。突然の急展開に追い付けないワーグナーが泣き叫ぶ。


「さあさあ、見せてください!この私に、貴殿の策を!貴殿が用意したシナリオ、その逃走劇を!」


  プラチナの髪が揺れる。真っすぐ天に伸ばされた手を合図に、森の中に配置していた竜魔導機兵ドラグーンが立ち上がった。夜闇色の装甲、黒竜。その数を見たワーグナーは漸く理解する。狙う相手を間違えたことに。王国の魔女の血を引きし、呪われたナイトレイ公爵家。まだ二十歳にもなっていない若造だと侮っていたのが全ての間違い。狡猾で残忍な笑みを浮かべるダグラス・ナイトレイも、


あの女・・・と同じだということを。


「――全身全霊、全力を持って叩き潰して差し上げますとも」

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