003ある奴隷の長い一日/保護誘拐襲撃

「このノロマが!!」


  撓る鞭が空を切り裂け、呆然と見上げていた少年の頬へ叩き込まれる。叩かれた衝撃を受け止め切れず、やせ細った身体が地面へ倒れた。赤い線が頬肉に走り、そこから雫が滴り落ちていく。


「何のための鑑定眼だ!?その目は飾りか?ガラス玉でも詰まっているのか!?」

「…も、申し訳ございません」

「誰が喋っていいと言った、この役立たず!!」


  大きく振り被ったのと同時に、少年は身を丸くした。何度も、何度も、何度も。身体に鞭を叩き込まれていく。ボロ布を纏う小柄の子ども。罰を受けている奴隷の少年、そこから離れた位置で黙々と作業を続ける子どもたち。採取した鉱物をリレー式で次々と運び、鞭の音に怯えながら作業に集中している。


「ったく、そのレベルで鑑定眼を持っているから買ったというのに…ちゃんとスキルを使いこなせ!いいか?リストにある物を見付けろ。それを見付けるまで飯は抜きだ!」


  腫れ上がった目蓋が視界を塞ぐ。辛うじて見える範囲に、大柄の男のシルエットが入り込んだ。裕福な生活を送ったであろう、でっぷりと太った四肢と腹部。何処かで見覚えのある影に、ぼんやりとしたまま見上げる。逆光で顔も服装も見えない。誰なのか分からないまま、振り下ろされた足に顔を踏み潰された。




◆◆◆



「――――、――君、大丈夫か?」


  案じる声音に意識が引き戻される。やべ、寝てたのか俺。竜魔導機兵ドラグーンの操縦を続けるエイル・ナイトレイが心配そうに見ている。


「大丈夫、です」

「本当か?魘されていたようだが…」

「ほっ、本当に大丈夫です!」


  推しに心配をかけたくなくて嘘をつく。本当は大丈夫じゃない。乗り物酔いはしない方(だったと思う)なんだが、この不快感は…さっき見た夢のせいだろう。夢と言っても、奴隷時代だった頃の記憶と言った方が正しいか。睡眠している間は脳が記憶の整理する…そう文字の人もとい神様が言っていたのを思い出す。もしかしたら何か思い出すかもしれない、と少しだけ目を瞑っていたんだが。


(…………俺、本当に奴隷なんだ)




 竜魔導機兵ドラグーンが降り立った先は、神様情報によると浮島連合領内カイリュウ諸島 ウシオ島というところらしい。誘導員に従って氷漬けの魔獣を慎重に下ろし、飛行形態を維持したまま着陸。拠点…と言ってもキャンプ地みたいだ。何かの任務で派遣されて来たのかもしれない。原作の…と言っても、神様が言うには今は本編開始前だ。かつてのプレイヤーだった”生前の俺”すら知らない時系列。

  『ドラグーンズ アクシアⅦ』初回限定盤にある設定資料集。その中にはネタバレを避けた年表が差し込まれていた。Ⅵと地続きになった王国。次回作Ⅷへ続く帝国。プレイヤーが物語へ没入感を与えるため、紙の質感まで再現されたもの。その一つ一つの事件・戦争・厄災は、隠しミッションのヒントでもあり…残念ながら全ッッッく思い出せないのだ。記憶があっても無くても


(どっちにしろ役に立たねえ…!)

〇お揚げ君❘いやいやいやいやいや

(何で俺が死んだ後にリメイク版出たんだよ!!)

〇七つの子❘過ぎたことはしゃーないやろ!!

(神様すでにプレイしてんだろズルい!!)

〇わんわん❘それは否定しないけどさぁ!?

(リメイク前知識で対策取れるかバーカ!!!!)

〇ぴょん吉❘ゲームシステムは同じだから!!

(残念シナリオでも推しの新規絵が見たかったあああああ)

〇猫ですよ❘いいから『隷属シリーズ』外せ


  そうなんだよなぁ…さっきから外そうとしてんだけど全然取れないんだよ。怪鳥が放った火球を受けた手枷は取れたけど、足枷と首輪は未だに健在。相変わらず首輪に触れれば電流がバチバチ鳴って無理。ガチャガチャ音を鳴らすと、操縦している推しに迷惑だから何も出来ない。


(なあ、神様)

〇わんわん❘おう

(リメイク版ってロボ戦があるのか?)

〇わんわん❘まあ、章が進めばな

〇ぴょん吉❘ロボっていうか何て言うか

〇わんわん❘正確に言えば外装型魔導具

竜魔導機兵ドラグーンが?)

〇わんわん❘ロボに見えるけど、ロボじゃないぞ

〇わんわん❘その辺の解説は後でな

〇ぴょん吉❘先ずは厄介な『隷属シリーズ』どうにかせんと


  そういや耐魔がどうとか言ってたよな…?俺の思考はエイルの声で中断された。


「エイル・ナイトレイ五等機士、ただいま帰還しました」

「お疲れ様です、お嬢」

「怪我人がいる。至急医療術士ドクターを手配して欲しい」


  姫抱きのままなのは何故なのか?


〇七つの子❘草

〇お揚げ君❘いや草

〇猫ですよ❘スクショ取ろうぜ

(やめろ、マジでやめろ)


  脳内で叫ぶ俺は軽く咳ばらいをし、エイルの注意を此方に向けさせる。


「あの、重たい…ですよね?もう歩けるから下ろしても…」

「いや?」


  下ろす気配のないエイル。全く無いな、エイルちゃん?もしかして医療班が来るまで姫抱きのままなの??お姫様だっこって男がやるものだよ???何処に需要があるの????


「羽根のように軽いな。…すまない。食事事情までは分からないが、あまり多くの量を食べられなかったのだろう。此処で療養している間は必要な分だけ用意させる。君は、もう少し肉を付けた方が良い。大丈夫、すぐに健康的な体になるさ」


  ぐあああああああああああ至近距離は駄目だって騎士様モードで微笑まれると心が女の子になっちゃう…っ!!!!!!


〇ぴょん吉❘マジで女子高の王子様じゃん

〇わんわん❘あんちゃーん、戻ってこーい!

〇七つの子❘思っていた以上に重症だな

〇猫ですよ❘おかしい人を亡くしましたね


  すでに死んでるんですけど!?死んだから転生したんだろうがよ!!?


〇七つの子❘そうだね

〇猫ですよ❘ごめんね

〇わんわん❘ごめんな

〇ぴょん吉❘すまん

〇お揚げ君❘ごめんよ


  ………え、何この流れ…まるで俺が悪いみたいじゃん…


「む…ようやく医療班が来たか。では私の役目は此処までだ」

「お疲れ様です、お嬢。こちらへ」

「僕、大丈夫?痛いところはない?」


  小走りでやってきた医療関係者らしき白衣が二人、エイルのもとに向かって駆け寄ってきた。医療班と言っていたけど人数は少ないな。ぼんやり考えていると竜魔導機兵ドラグーンから降りる前、身体が冷えないようにと上着を貸してもらったこと思い出す。返すべきだろうかと視線を向けると、察した少女は笑みを浮かべたまま首を横に振る。

  負傷した箇所を口頭で伝え、念のため調合薬を頼むエイル・ナイトレイ。だけど俺の身体は既に怪我が治っている。異世界の治癒魔法って万能ではないのだろうか?傷は塞がっても中身…内臓がどうなっているのか分からない。そうこうしているうちに簡易版ストレッチャーは下ろされ、その上に俺の身体が横たわる。ストレッチャーが持ち上がったの同時にエイルと視線が合った。


「これから精密検査を受けてもらう。…案ずるな、此処にいる者は皆、君を害することはない。また後で会おう」


  知らない場所へ連れられた俺を案じる瞳。大丈夫、そう言いながら優しく頭を撫でてくれた。まるで弟妹に言い聞かせる姉のような声音。その声が温かくて、穏やかで。自然と俺の首は縦に振られた。よし、いい子だ。小さな声で囁くエイル・ナイトレイ。その微笑みは朧げな記憶の中に残る笑みより、何処か寂しそうなものだった。








「ヤマト教官、」

「副隊長」

「ヤマト副隊長、怪鳥討伐の任。無事に完遂しまし――痛っ!?」


  医療テントへ運ばれていく奴隷の少年を見送り、上官のもとへ駆け出す。そんな帰還したばかりの部下の頭へ、老骨の副隊長は拳骨で殴る。竜魔導機兵ドラグーンを格納する整備班は何も言わない。しわがれた声で叱り付ける上官。小犬のように頭を下げる部下。最早いつもの光景と化した報告会だ。


「左上腕、及び右上腕の駆動系がイカれているようじゃが…何故だ?」


  エイルは目を逸らす。


「また無茶な戦い方をしたな?」

「……う、うぅ……はい」


  まだ腹芸も駆け引きも知らない年頃。良く言えば純粋な少女騎士。剣のように真っすぐな性格であり、自分にも他人にも偽ることは出来ない性格。端的に言えば嘘をつくことが下手な子、なのである。


「テスト操縦士が試作機を壊すんじゃあない」

「し、しかし…試作機だからこそ改善点を上げるため」

「何事も物には限度がある。お前さんの場合、関節部分ぶっ壊す癖があるからのう…見ろ、整備班の顔を」


  泣きながら装甲を剝がし、焼き切れた術式回路を見て悲鳴を上げている。この試作機なので未完成なので、魔法の連続行使に耐え切れない。大型魔獣討伐によるものとはいえ、明らかに製作者側の予想を超えた操縦をした形跡がある。


「まあ何事も訓練通りにはいかんからな。怪我人を同乗させたまま戦闘するケースは、流石にワシも想定しておらんかったわい。しっかし、よく乗せられたのう…あの少年が暴れられたりとか考えなかったのか?」

「いえ、私が発見した時は既に腹部に大きなダメージを受けていました。失血の量も多く、内臓も傷付き、骨も折れていました。暴れる体力などありません」

「――治癒魔法を使ったのか?」

「…はい。あの場で施さなければ、あの少年は死亡していました」

「……サザナミ採掘場の奴隷、か。お前さんも厄介なモノ持ち込んできたのう」




◆◆◆




  医療テントの中は静かだった。何処を見ても真っ白な空間。棚に並べられた調合薬、天井に吊るされた薬草。微かに薬の匂いが残るテント内にて、俺はベッドで眠らされていた。寝ているのではない、眠らされているのだ。医療術士ドクターにかけられた魔法で意識を奪われ、自分の意思とは関係なく眠りについている。では何故こんなにも流暢に状況説明をしているのかと言うと、


〇お揚げ君❘だから隠しミッションが先だって!

〇猫ですよ❘首輪と足枷を外す方法が先なの!

〇お揚げ君❘その後どうするかって話だろ!?

〇猫ですよ❘奴隷から簡単にクラスチェンジできねえの!

〇わんわん❘あんちゃんの固有スキルが分かればなー

〇七つの子❘魔導士と機士、どっちにする?

〇ぴょん吉❘まだパラメータが見えないんだよなぁ

〇わんわん❘決めるのは、あんちゃんだからな?

〇猫ですよ❘『隷属シリーズ』はスキルも発動できないし

〇猫ですよ❘パッシブも無効化されんだよ!!

〇お揚げ君❘それは分かってんだよ!!

〇ぴょん吉❘俺的には敏捷↑も捨てがたいんだが

〇お揚げ君❘どのミッションから攻略するか考えようぜ

〇ぴょん吉❘そういや王国と帝国、今どうなってる

〇猫ですよ❘常時デバフのまま行けるか!!

〇お揚げ君❘どうせ今は外せないんだろ?

〇お揚げ君❘だから先にこれからのことを決めようって

〇猫ですよ❘奴隷状態から抜け出すことが先だろ!?

〇わんわん❘例の教団まだ動いてないだろ

〇お揚げ君❘外すのは後でいいだろ

〇七つの子❘エイル救済√なら早めに動くべきだけど

〇猫ですよ❘そう簡単に外れる物じゃないんだっての

〇七つの子❘確か最初の天使戦だっけ?

〇わんわん❘いや天使戦はⅧ

〇ぴょん吉❘こっちは厄災戦と神の御使いだぞ


  現在進行形で神様たちが脳内でマシンガントークを繰り広げているからである。


(いやうるせえなマジで!?)

〇わんわん❘悪いな、アイツRTA勢だから

〇七つの子❘最適√叩き出したいんだよ

(寝かせる気ある!!?)

〇ぴょん吉❘まあ俺らが騒いでるお陰でさ

〇ぴょん吉❘情報収集できるだろ?


  じゃ、頑張ってね。そう言いながら文字…神様の声がフェードアウトしていく。


「………眠っているか?」

「ええ、精神系の術式なので」


  検査を終えた担当医…担当医療術士ドクターが小声で話し始めた。あれか?映像パートから攻略のヒントを見つける、っていうアレか??そういうことなら盗み聞きしておくか…体が眠ったままで何も出来ないし。


「しかし…怪鳥の早贄とは。本来なら在りえないことなのだが」


  ハヤニエ?


「通常、ギルドに所属する冒険者や魔導士が討伐する魔獣は小型・中型クラスだが…あの少年、よく生き残ったな」

「ナイトレイ五等機士が間に合わなかったら、あのまま死んでいたかもしれません」


  覚えのある声に、必死に記憶の糸を手繰り寄せる。声の主は二人。赤毛の女性と、眼鏡をかけた男。俺が起きている時、念のため調合薬を飲ませてくれた助手っぽいお姉さん。そして男の医療術士ドクターが会話を続ける。


「光物に反応して襲った…という線は?」

「その線は薄いな。お嬢が持ち帰った怪鳥は、そういう習性が無い。そもそも『隷属シリーズ』は魔法を打ち消す効果を持つ。少年に付けられた首輪・足枷はともに耐魔B。Aクラス以上の魔法でないと破壊できず、『隷属の足枷』効果で身体強化の術式効果を得られない。生身のまま魔法をぶつけられれば死ぬ」


  マジか、凄い賭けに勝ったんだな俺…


「術式も構築できない、魔法も使えない…そんな状態のままで怪鳥の怒りを買う行為でもしたのでしょうか?」


  …いや、俺に言われても…知らんし…


「奴隷の脱走を防ぐため『隷属シリーズ』耐魔Bクラスは『術式構築阻害』と『魔法反射』効果を持つ。いくら図体の大きい魔獣でも、自分が放った魔法が己に反転させて自滅するとは思わなかっただろう」


  彼、そうとう頭が切れるようだ。医療術士ドクターの感嘆の声に苦笑い。表情筋が働かないので、心の中で苦笑する。神様の助言です。黙っていた神様たちが感謝しろと文字をブン投げてきた。感謝してますとも。


「耐魔Bの『隷属の首輪』…ね」


  …何その含みのある言い方?アイテム自体が珍しいのか、耐魔クラスが高いのが珍しいのか。どっちを指すのか分からん。頭を傾げていると、俺の耳が慌ただしい足音を拾った。


「た、大変です!」

「ちょっと、静かにしてちょうだい。この子、やっと寝たのに…」


  いや俺を眠らせたの、そっちでは?


「先ほど行商人が検問所にやって来て…行方不明の奴隷を引き渡して欲しい、と言っているそうです」

「まさか…この少年が?」


  え?


「どうしましょう、我々医療班の判断で引き渡す訳には…」


  俺の人権は!?


〇七つの子❘現時点では無いな

〇お揚げ君❘奴隷も財産なんやで

〇ぴょん吉❘今のままだと家畜扱いだぞ


  俺の人権は!!?!!?!?!???!??!?


〇ぴょん吉❘うるっせえな!?

〇わんわん❘あんちゃん落ち着け

〇猫ですよ❘とにかく奴隷から解放される方法を


「ナイトレイ隊長は?」

「まだ此方に戻っていないようで」

「今は副官が応対しているそうです」


  待って待って、俺どうなっちゃうの!?このまま奴隷コースまっしぐらなの!?暴れたいのに体は言うことを聞かず、叫びたいのに口は動かない。心の中で大声を上げる俺を、神様たちが必死になだめてくれた。


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▽実績『竜魔導機兵の目撃』により、

 新たに対象者への前世情報が一部公開されました


竜魔導機兵とは

 『ドラグーンズ アクシア シリーズ』では全ての作品にドラグーンが登場する。作品によっては魔導銃を装備した騎士兵種クラス竜騎士ドラグーン』、飛竜に騎乗した戦士『飛竜兵ドラグーン』、または銃型魔導具自体を『ドラグーン』と呼ぶなど、各ナンバリングによって様々である。原作『ドラグーンズ アクシアⅦ』、及びリメイク版である今作『Re:turn of DRAGOON'S AXIA Ⅶ』では外装型魔導具のことを指す。正式名称は■■■■■■■■■■■。

 もともとは鉱物資源の採掘として開発された魔導具、作業機ワーカーの一種であった。前作『ドラグーンズ アクシアⅥ』の■■■■を切っ掛けに、武装した作業機ワーカー竜魔導機兵ドラグーンへと変貌した経緯を持つ。(中略)魔法への耐性を持つ特殊な装甲で覆われ、溟海石をコアに稼働する。Ⅶの時代は竜魔導機兵ドラグーンの黎明期にあたり、長時間の戦闘に不向きな機体が多い。

 



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◆◆◆


――竜魔導機兵部隊 駐屯地、



「ですから、アレは我々の所有物なのです」


  顎髭を触りながら語る行商人は同じ言葉を繰り返す。応対していた副官、ジェイデン・ファウラーは内心げんなりしていた。応接室代わりのテントへ案内した時、開口一番に紅茶を出せだと最高級の茶葉が良いだの、何をしに来たんだと怒鳴り散らすところであった。引き攣った笑みを浮かべ、曖昧な返事を挟みながら適当に相槌を打つ。

  突然やって来た行商人一行は、駐屯している竜魔導機兵ドラグーン部隊を見て目の色を変えた。すぐさま勝手に商談を始めたので、検問所にいた隊員たちは追い返そうとした。しかし何処からか聞き付けたのか、保護された奴隷を出汁にして此処まで乗り込んで来たのである。検問所でデブが揉めていると部下たちに泣き付かれ、ファウラーは犠牲となったのだ。

  ただ商談しに来ただけでは無い。奴隷の少年を引き取る、それだけでもなさそうだ。尚この地に於ける最高責任者は「ちょっと便所、行ってくるわ」と言ったきり、帰ってくる気配が無い。トイレに行くと離れてから、かれこれ二時間が経過した。全く帰ってくる気配が無い。ファウラーは深い溜息を零し、自由過ぎる上官を恨んだ。


「申し訳ありませんが、私の独断で引き渡すことは出来ません」

「アレは我々ワーグナー商会の備品ですぞ?何故すんなりと寄越してくれないのです?」

「…あの少年は酷い怪我を負っていました。今は治療中ですし、まだ目を覚ましていません。我が部隊の医療術士ドクターから、今は安静にするべきと報告が上がっています。とても引き渡せる状態ではありません。日も傾いて来ましたし、また日を改めてお願いします」

「いいえ、引き渡してもらうまで帰りません」


  クソが!!!!心の中で中指を立てながら、ファウラーは笑顔を維持したまま続ける。


「夜のウシオ島は安全ではありません。あなた方ワーグナー商会の護衛を確認させていただきましたが、あの装備では此処の魔獣に太刀打ち出来ません。私は其方の安全を思って提案しているのです。後日、またお越しください」


  わなわなと肩を震わせる商人、ワーグナー。その怒りによる震えが贅肉にも伝わり、小刻みに揺れ始めた。副官の後ろで待機していた部下二名は口を押え、大袈裟に咳払いをして誤魔化す。その後も馬を休ませたいだの、何だの言われたがファウラーは全て断った。ウシオ島の夜道は安全ではないことは真実。隣町まで護衛する班を出すことを条件に、とりあえず追い出すことに成功した。


「………はあ、まだトイレなんですか…指揮官殿」




  竜魔導機兵ドラグーン 試・甲型弐式をエイル・ナイトレイは見上げる。現時点での最高技術と術式で組み立てられた魔導具アーティファクトの到達点。試作機は本来の設計より小型化されており、前世の単位で例えるなら全長3メートル。6年後には大型化された竜魔導機兵ドラグーンが登場するが、まだまだ改善する余地が残る問題児なのである。

  今も整備班が作業しており、彼らに頭を下げて見つめる。試・甲型弐式。ナンバリング通り二本の角を持つ兜、そこには魔力も光も今は灯されていない。怪鳥との戦闘で焼き切れた術式回路は付け替えられている途中だ。火球を叩き切った刀身も新しく交換され、次のテストに向けて準備が進められていく。己の身を守る甲冑であり相棒。試作機を見上げるエイルは小さく呟く。


「此処にいたのか」


  驚いた顔で振り返ると、声の主は窓から侵入している途中だった。


「兄様、何処から入っているのですか!?」

「しーっ!エイル、声が大きい」


  窓枠から音もなく下り、兄と呼ばれた男は笑う。左腕章に視線を向け、エイルは姿勢を正す。妹の姿に片手で制止、楽にしていいと伝えた。


「今回のテスト、どうだった?」

「…術式構築、発動までのタイムラグは短くなってきました。ですが術式回路が焼き付きやすいので、冷却用に記録させた青魔法の術式を組み立て直した方がいいかと」

「まあね。大型魔獣討伐用に作ったのに、長時間の魔法行使が原因で討伐中に故障したら意味無いし…もうちょい良い素材を寄越すよう、脅s………掛け合ってくるね☆」


  うっかり本音が出てしまい明るい口調で誤魔化すも、可愛い妹から向けられる咎める視線が痛い。


「そっちの問題点は置いといて、操作で気になるところは?」

「………もう少し頑丈にして欲しいです」

「毎回試運転で関節部分と駆動系ぶっ壊すの、エイルくらいだからね?」


  戦闘後の竜魔導機兵ドラグーンがボロボロになるのは、現在の・・・時間軸では・・・・・ほぼ無い。他のテスト操縦士でも、エイルほど試作機を酷使しないのだが。


「うーん…難しいな、ダメージを受ける前提として………重装甲にすると自慢の機動力が落ちる。飛行可能時間も減るし魔力消費量も段違い。かといって遠距離型にしても問題点は変わらず。今の近接戦闘を想定とした軽装型じゃないと、エイルも満足に動かせないだろ?」

「あの怪鳥は凶暴化していました。本気で相手をしなければ、試作機も沈められていたかもしれません」

「…手を抜けない相手なら、仕方ないか。やれやれ、また開発部門を泣かせることになるな」


  それにしても、と竜魔導機兵ドラグーンを見つめながら呟く。


「あーあ、何で俺まで寄越すのかなぁ…」

「文句を言わないでください。これも任務なのですから」

「任務も何も…そういや姉さんは?」

「しばらく外れるそうです。例の件で」

「…そう。じゃあ仕方ないか」


  溜息をつく兄の横で、エイルは視線を落とす。


「………あの少年は、どうなるのでしょうか…」

「持ち主に引き渡されるだろうね」

「そんな、モノのように…!」

「しょうがないよ、王国は奴隷制度がある。自国うちには無い」

「あの子は人間です!」

「文化の違いに関しては早々に割り切った方が良い。それは信仰と同じだ。同じ人間でも絶対的に分かり合えない部分はある。高く聳え立つ壁、もしくは底なしの崖。そう簡単には越えられないものさ」

「助けられないのですか…?」

「エイル、あの『隷属シリーズ』は簡単には外れない。耐性値以上の高位魔法をぶつけるか、主人が解放を許可するか。前者は『隷属の足枷』効果により、持ち前の常時発動スキルの効果を得られないまま暴発に巻き込まれて死ぬ」

「で、では」

「あの子を所有する人間が、そう簡単に財産を手放すと思う?」


  テスト操縦士に選ばれたとはいえ、まだ子ども。外の世界も知らず、他国間との軋轢も知らない。今回の騒動が切っ掛けに何が起きるのかも、今のエイルには想像できないこと。この兄は非情な現実を教える側の存在だ。彼女の見える世界は、残酷であることを。


「そう言えば討伐した怪鳥の話なんだけど…名前は分かるかい?」

「恐らくフラリだと思います」

「ふーん…」


  左手首に巻かれた腕輪へ魔力を流す。電子水晶に光が灯され、該当の魔獣が空中に映し出された。大型魔獣フラリを再現した光の粒子。それを見つめながら横に表示されたステータス画面を読み上げる。


「サザナミ採掘場に住み着いた魔獣。赤魔法、火属性の攻撃を放つ。耐火属性・耐土属性持ち…岩石と見間違う形をした卵から生まれるのが特徴。その殻は隠蔽・ステータス偽造効果を持ち、鑑定眼A以上じゃないと……なるほどね」

「何か気になることでも?」

「んー?焼き鳥にして食べられるかなーって。ここは大食漢が多いからねぇ…」


  小さな再現体を手の平で振り払う兄。また誤魔化す…と言いたげそうな顔で見上げる妹。その視線に気付きながらも、ウインク一つで乗り切る。


「…エイル、あの子を助けたい気持ちは俺も同じだ。だけど今の手札じゃ勝負にもならない。負けが見えている戦いには挑まない主義なんでね。悪いけど…今は堪えるんだ」

「はい…」


  それと、言葉を区切った兄を見つめた。


「救いたいという気持ち自体は悪いことではない。だけど本人に言うのはナシだよ?あの少年から見ればエイルは恵まれた環境にいると思うだろう。間違っても救ってあげる・・・・・・助けてあげる・・・・・・と考えないこと。同情と憐憫ほど他人を狂わせるものは無い。時に憐みは侮辱となる、覚えておいて」


  年の離れた兄が語る言葉に、エイルは頷くことしか出来ない。その全てを肯定している訳ではないが、人生経験の浅い彼女には反論は不可能。納得いかないと表情に出ている妹の姿に苦笑していると、自分を呼ぶ声に気付いた。


「あ、やべ。うるさいのが探しに来たな…じゃあ、また後で」

「そこから出るのですか!?」


  窓枠に足を乗せ、笑顔で手を振りながら飛び降りた。

  


◆◆◆



  此処に運ばれて二時間が経過した。脳内で神様たちと話し合っていると、何となく気配を感じ取った。相変わらず持ち上がらない目蓋なので、話し声で判断するしかない。男の医療術士ドクターでもお姉さんでもない、初めて聞く声質に俺は戸惑いを隠せなかった。


「コレが雇い主が言っていた…」

「まだ寝ているようだな、丁度いい」


  何が?


「とっとと合流するぞ」


  何が??


〇ぴょん吉❘もしかして

〇お揚げ君❘誘拐


  保護されてから二時間後、俺は誘拐されそうになっていた。どちら様!?いつになったら起きるの俺!!?俺の視界代わりに実況する神様たちより、眠っている俺に向かって謎の男Xが手を伸ばす。必死で足をばたつかせる俺、でも動かない俺。いい加減動いてくれ俺!!


「ぐあっ!?」


  頭突きをかまし、そのまま右足を振り上げる。男の急所を確実に狙って。やっぱ同性(だと思う)でも独特の感触が伝わると嫌だな!!


「この、大人しくしろ!」


  金的を喰らって悶絶する男はダウンし、もう一人が暗闇の中から手を伸ばす。身体が一瞬硬直するも、勢いよく起き上がった反動でシーツがずり落ちていく。そのまま滑り落ちた俺はベッドから落下。奇跡的に回避して駆け出す。打ち付けたところが痛いが泣き言を言っている場合じゃない。


「誰か、誰か呼ばないと…!」


  ステータス画面を開いてマップを開けろと指示され、走りながら指で操作する。『隷属の足枷』に繋がる鎖の音が煩過ぎて、何処に俺がいるのかバレバレだ。それでも走るしかない。助けを求めるしかない、此処には俺を助けてくれる大人がいる。だから侵入者のことを伝えなければ


「あら、さっきの――」


  曲がり角を飛び出した俺に、上から柔らかな声音が降り注ぐ。階段を下りていく途中の誰かが、照明の下から顔を出す。男の医療術士ドクターと一緒にいた人だ。安堵した俺は不審者について話そうとした。


「君、ダメじゃない。大人しくしてなきゃ」


  違和感が俺を止める。どっと汗が吹き出し、本能が逃げろと叫び出す。のろのろと視線を上げ、ゆっくり後退。強張った子供の顔を見たお姉さんは、きょとんとした表情を浮かべ口元を手で隠す。その目は笑っていない。さっき俺と喋った助手さんじゃない、ぞわりと背筋に悪寒が走った。


「おや?知らない人ですね」


  いつの間にか背後に人が立っていた。驚きのあまりに飛び上がる俺。後ろに立つ人物に驚愕の色を浮かべる誰か。逃げ出そうとする俺の肩に手を置き、背後の人物が微笑む。その笑顔が脳裏に引っ掛かり、逃亡を図ろうとした手足が動きを止める。何故だろう、瞳の色も髪色も違うのに。何故だか分からないけど、エイル・ナイトレイが脳裏に過った。


「ぎゃあっ!?」


  階段から助手(?)さんが落下した。偶然滑り落ちたにしても不自然過ぎる。


〇わんわん❘今のは《風妖精シルフィードの重圧プレッシャー》だな

〇猫ですよ❘高位術式の風属性だぞ

〇ぴょん吉❘え、


  落下した衝撃で金属が破損する音が聞こえた。腕輪が粉々に砕け、お姉さんの姿が揺らぐ。


「ふむ…やはり変身能力を持った魔導具アーティファクトでしたか」

「ぐ、う……何故だ、変身は完璧であったはず…!」

「そうですね、見た目は九割ほど似てました。しかし彼女、先ほど私と擦れ違ったのですよ?」

「馬鹿な!精神操作の術式で眠らせ――」

「はい、引っ掛かりましたね」


  悪戯が成功したと喜ぶような声で、若い男が見下ろす。


「おやおや、軽く鎌をかけたつもりだったのですが…そもそも、部下全てのスケジュールを把握しているので無駄ですよ?本来は彼女、この時間は書類整理で部屋に籠っていますから」


  ふと、若い男の視線が上がる。まるで遠い場所にいる誰かの声が聞こえたように、数回頷いた彼は微笑み、再び笑顔を向けた。


「ああ、それと。貴方が眠らせた私の部下、無事に解呪したようです。見つけ次第ボコると大変憤慨していますので、大人しく身を差し出していただけると有難いのですが…」


  《風妖精シルフィードの重圧プレッシャー》の威力が上がっていく。施設内で魔法を行使するのは大丈夫なのだろうか…そして肩に置かれた手のせいで動けないのは何故だろうか…?ギリギリと痛めつけられた助手さん(偽物)は化けの皮が剥がれ、黒装束のオッサンが気絶して床に倒れた。やや遅れて俺が逃げて来た方向から叫び声が聞こえ、びっくりした顔を向けると


「リード君が仕留めたようですね。君に調合薬を渡した女性ですよ」


  あの助手さん、リードって言うんだ…暗闇の中から男の悲鳴が木霊する。何が起きているのか知りたくないと言えば嘘になるが、今はそれどころじゃない。


「あ、あの…!」

「皆まで言わずとも。…やれやれ、少数精鋭が仇となりましたか。全く侵入者を許すとは何たる体たらく…後でヤマトに頼むか」

「え…えっと…?」


  ブツブツと呟く若い男。そろそろ手をどけて欲しい。離れようとしても動けない。すると外から警報が鳴り響いた。さっきの侵入者に対する警報なら遅すぎじゃないか?周囲を見回す俺、その様子を助けてくれた人が見下ろしていることに、俺は気付かなかった。


「ダグちゃん、大変よ!」


  暗がりから助手さん(本物)が走って来た。何かを引き摺っている音とともに。視線を下ろした俺は悲鳴を飲み込む。俺を追いかけて来たオッサンがボロ雑巾のようになっていたのだ。あの部屋から走って逃げてから、そんなに経っていないはずなのに。あの短時間でリードさんは侵入者を発見し、ボコボコにしたようだ。


「緊急事態なので目を瞑りますが、何か?」

「怪鳥が襲撃してきたのよ!」

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