002ある少年の目覚め/運命の少女機士

  文字の人…神様たちに言われた通り、俺は歩き続ける。幸い奴隷の証である鎖は、両足を繋ぐ箇所だけ切れていたので歩行に問題は無かった。ただ素足はキツい。砂利道の上を裸足で歩き続けるのは、流石に限界を迎えそうだった。まさか靴の有難みを感じる日が来るとはなぁ…


「景色全然変わらないじゃん…ここ何処…」

〇ぴょん吉❘序盤なら浮島連合領、サザナミ採掘場だな

〇わんわん❘魔力を宿した溟海石が採掘される地域だな

「魔法か…さっき魔力保有量って言ってたし、俺も使えるの?」

〇わんわん❘本来なら、な

〇猫ですよ❘あんちゃんに付いてる拘束具、術式構築阻害効果あるから

〇ぴょん吉❘それが外れないと術式を組み立てられない

「そんなぁ……え、術式を組み立てる?」

〇猫ですよ❘そうだった、覚えてないんだよね

〇わんわん❘詠唱とは違うんだよな

〇ぴょん吉❘数式→術式 解→発動、みたいな?

〇わんわん❘そんな感じ

「へー…例えば?」

〇わんわん❘単体魔法とか、混合魔法とかあるが

〇わんわん❘というか何処まで覚えてないんだ?

〇わんわん❘これ属性とかも教えなきゃダメなやつ?

「何か…すんません」


  その後は術式や属性、この世界に於ける魔法の基本を教わった。魔法はFからSまでランク付けされ、それぞれ下位術式・中位術式・上位術式に分けられるそうだ。レベル別で発動できる術式も違うらしく、高い威力の一撃を出すのにはMPの消費量も段違いだとか。


〇ぴょん吉❘まあ五大元素が元ネタと思えば

〇ぴょん吉❘そこに光と闇が追加で

〇七つの子❘あと隠しで天属性ある

「そうなんだ…天って、どういう属性?」

〇猫ですよ❘空に関する要素を纏めた属性だな

〇わんわん❘空から降ってくる厄ネタは全部ココ


  厄ネタ…?ちょっと説明に引っ掛かりを覚えるも、俺は目の前に聳え立つ岩肌を登ることになったので、その疑問を口にすることは出来なかった。角度は緩いし高さも無いから登るのは大変じゃないが、拘束具が邪魔で少し手間取る。その間にも神様達は説明を続けてくれた。




◆◆◆




  登り切った俺の視界に、美しい夕焼けが広がる。何処までも続く茜色。流れる雲、空を飛ぶ鳥。先ほど文字の人こと神様たちが説明した通り、浮島が頭上に幾つも見えた。大きな島、小さな島。砕かれた岩が無数に空を漂う。在りえないはずの光景が、俺の目の前に広がっている。地下に眠る溟海石や黒焔石の影響で、あんな大きな島でも空中に浮遊できるそうだ。

  俺が今いるサザナミ採掘場、其処も浮遊島らしい。幾つもの大きな浮島が連なる地方、其処にいる五つの領家が同盟を結んだ地。『ドラグーンズ アクシアⅦ』の序盤、物語が始まる地こそ浮島連合。恐らく日本出身であるだろう、という神様の言葉通りなら。この領内を探索すれば前世のこと、思い出せるかもしれない。


「……これが、異世界…」

〇わんわん❘いつ見ても綺麗だな

「何か、現実っぽくないな」

〇七つの子❘剣と魔法が売りのゲームだからね

〇お揚げ君❘リメイク版、グラフィックいい…

〇わんわん❘シナリオはクソだけどな

〇ぴょん吉❘でもオープンワールド化は良い改変

〇猫ですよ❘シナリオが残念になっちゃったけど

「……そんなにヤバいの?」


  逆に気になるな…


〇わんわん❘っ、やべえアレ怪鳥じゃん!!

〇お揚げ君❘あんちゃん逃げろ、ロックオンされた!!

「え?」

〇ぴょん吉❘戦闘開始だよ、走って!!


  遠くに飛んでいた鳥が此方に向かっていく。何か近付いていくごとにシルエットが、デカくなっているような……え、ちょっと待って大きすぎないかアレ!?


「戦えないの!?」

〇猫ですよ❘その拘束具が取れないと無理!

〇お揚げ君❘今は走って逃げろ!

「マジかよおおおおおおおおおおおお!!」


  不愉快な鳴き声とともに熱気が襲い掛かる。必死に砂利の上を走る俺。背後から熱風が何度も吹き荒れ、さっきまでいた場所に火の球が叩き落されていく。


〇お揚げ君❘クソエイムでギリ逃げ切れるか!?

〇猫ですよ❘実況する前にマップ解析しろ馬鹿!!

〇七つの子❘あんちゃんダメだ、そっちは


  爆風に耐え切れず俺の身体が飛ぶ。スローモーションで進んだかと思えば、激痛とともに目の奥で火花が爆ぜた。岩肌に衝突し、転がり落ちていく。小石のように斜面を転がった俺は大木に引っ掛かる形で止まった。呼吸が出来ない。全身が痛くて、視界がグルグルして。走れない。


「かはっ…ぁ……げほ、」

〇七つの子❘早く逃げろ!!

〇猫ですよ❘さっきの爆風でダメージ判定入ってる、HP半分持ってかれた…っ

○わんわん❘イチかバチかだが…あんちゃん!

「……な、に…?」

〇わんわん❘両手の拘束具を前に突き出せ!

〇猫ですよ❘正気か!?

〇わんわん❘それしかねえだろがよ!!

〇わんわん❘第二の人生、ここで終わって言い訳がねえ!

〇わんわん❘あんちゃんだって死にたくないだろ!?


  死にたくない


「………しにたく、ない…」


  火球が迫り来る。咳込みながらも俺は半身を起こし、必死で両手を前に出す。手首に拘束された金属が魔力を探知。小さな電気が拘束具を纏い、バチン!と大きな音が響き渡った。その音と同時に火球が揺れ、俺を襲うことなく消滅した。


だが、


「っ、あ、ああ…ぐうぅ…っ!!」


  肉の焼ける匂い。皮膚が爛れていく感触。火傷を通り越したレベルで俺の両手が死にかけていた。畜生、歯を食いしばって激痛に耐える。ちょっと物見遊山だったし、ゲームの世界って言われてたから気が緩んでいた。今は此処が現実だ・・・・・・・・。この痛みで漸く思い知ったのだ。夢じゃねえ、と真正面からブン殴られた感覚。普通に死ぬ。油断したら殺される。


〇猫ですよ❘両手の拘束具が解けた…!

〇ぴょん吉❘マップ解析こっちでやる、サポート誰か!

〇七つの子❘あんちゃん、足場に気を付けて!


  金属特有の音が響く。両手の拘束具が落ちたのと同時に、俺の体内で変化が起こった。心臓が力強く脈を打ち、血液の巡りが先ほどよりも速くなったような。そんな錯覚を抱いたまま、俺は走り出す。怪鳥の攻撃は続く。もう同じ手は使えそうにない。足が死んだら人生終了だ。今は必死に走って距離を稼ぐだけ。


〇わんわん❘下位術式の青魔法Fだ!

「どうやって術式を発動すんだよ…!?」

〇猫ですよ❘威力は低いが《水刃アクアカッター

〇猫ですよ❘今は《水弾丸アクアショット》しかない

〇七つの子❘詠唱無しなら《水弾丸アクアショット》だ、

〇猫ですよ❘人差し指で怪鳥を狙って!

〇七つの子❘水の弾丸を発射するイメージをするんだ!

〇わんわん❘とにかく水属性で対抗しろ!


  振り返った俺。指をさすのと同時に怪鳥が大きく嘴を広げる。イメージしろ、水の弾丸。大きくて、大木並みに強いヤツ…!


「――《水弾丸アクアショット》!」


  体内に電流が流れたような錯覚。心臓は大きく拍動を刻み、俺の指先から水の弾丸が出現し発射された。真っすぐ飛ぶ《水弾丸アクアショット》。吐き出された火の球とぶつかり、相殺された。俺と怪鳥の間に白い爆発が広がっていく。


「よっしゃあ!!」

〇わんわん❘喜ぶのは後にしろ馬鹿!!

〇お揚げ君❘今のうちに距離を稼げ!


  煙を突っ切って巨大な影が飛ぶ。怪鳥の目に宿る妖しい光の色が変わった。どうやら俺が弱い獲物ではなく、脅威だと認識を改めたのだろう。


〇七つの子❘溜めモーションよく見て

〇わんわん❘必ず隙がある、そこ狙え!


  神様の助言が無かったら、恐らく俺は無暗に連発していただろう。精神年齢高いんじゃね?と思っていたが違うかもしれない。追い詰められたら判断を間違える。冷静に、冷静に…そう自分自身に言い聞かせて構えた。先ほどの一発で魔力が減った感覚が解かる。すっからかん状態になれば怪鳥のエサ確定だ。無駄撃ちは出来ない。

  怪鳥の嘴が開いた。小さな光が徐々に大きくなっていき、首を撓らせたのと同時に射出。吐き出された火炎の球を死に物狂いで避け、もう一度相手の動きを見る。一発で見切ったと思うな、パターン確定するまで見ろ。第二射、ほぼ同じ。第三射、同じ。地面に転がっている大きな岩に隠れながら観察し、勢いよく飛び出して《水弾丸アクアショット》を放つ。


〇お揚げ君❘当たった!残りHPは見えるか?

〇わんわん❘鑑定眼持ちじゃないと見えねえよ!

〇七つの子❘あっても首輪でスキル発動できないだろ!

〇ぴょん吉❘あんちゃん其処に立つな!離れろ!

「え――」


  足場が崩れた。しまった、逃げ回るのと反撃するのに必死で足元を良く見ていなかった。獲物の動きが止まったのに気付き、怪鳥は翼を大きく動かして見たことないモーションを取る。両翼を強く振り下ろした瞬間、炎の風が周囲を焼き焦がしていく。俺は手を振り下ろして《水刃アクアカッター》を飛ばす。広範囲攻撃から逃げられない今、自分がいる範囲だけ相殺するしかない。

  吹き荒れる炎風。周囲に生い茂る草木は燃え上がり、大木が倒れていく。倒木に巻き込まれないよう走り出す。だが怪鳥の火炎攻撃が行く手を阻み、叩き付けられた地面が割れた衝撃で爆風から逃げ切れなかった。子どもの身体なんて簡単に吹き飛ばされる。宙に舞う俺は必死に手足を動かすも、何も出来ずに落下していった。


「ひ、ぎぃ…っ!?」


  落下した先が違う倒木だなんて思わなかった。鋭く尖った太い枝が背中から貫通し、小さな体が痙攣する。


〇お揚げ君❘ああ…!!

〇猫ですよ❘心臓は回避したけど…っ

〇わんわん❘死ぬな、あんちゃん!!


  呼吸が出来ない。息が出来なくて、苦しい。背中と頭部を強く打ち付けたのもあって、すぐに起き上がれない。視界がチカチカしていて、怪鳥が何処にいるのか分からない。死にたくない、死にたくない死にたくない…!なのに、俺の意思に身体が従わない。動け、動けよ…!


「……しにたく、ない…」


  血が流れていく。心臓の動きが弱くなっていく。体中を駆け巡る魔力が失われていく。衰弱していく俺を見る怪鳥が嗤う。コイツ、ただ攻撃しているだけじゃないんだ。弱者を弄び、玩具にしてた。必死に逃げ回っていた俺で遊んで、反撃できる相手と分かって本気を出してきた。


「…っ、くそ…クソ…っ!」


  貫通した部分だけ破壊したいけど、神様が制止する。この戦いに勝てても失血死は免れない。怪鳥に嬲り殺されて死ぬか、大量失血で死ぬか。そんな二択なんて選びたくもないのに、この状況から抜け出せる策も力も、もう残っていない。


「……だれ、か……」


  無人の採掘場。俺以外の誰もいない。助けを求めても、誰も来ない。助けなど来ない、頭では解っていても。それでも藁にも縋る思いで、零れてしまうのだ。


 誰か、助けて









[――これより討伐を開始する]


  無機質な声が採掘場に木霊する。その声とともに鋭い風が吹き抜け、怪鳥の下半身が切り落とされた。水平上に飛ぶ青の斬撃。それは大型の魔獣を切り裂くだけじゃ足らず、採掘場の岩山まで叩き込まれた。鼓膜が破れるかと思うほどの絶叫。え、何?今の《水刃アクアカッター》?俺より威力あり過ぎだろ!?


〇わんわん❘何でアイツが此処にいんだよ!?

〇ぴょん吉❘管理者お前だろうがよ!!!

〇わんわん❘シナリオまで弄ってねえわボケ!!


  剣と魔法の世界に不釣り合いな・・・・・・大型の甲冑・・・・・。重量な見た目なのに空中に浮いている。浮島だけでも衝撃的だったが、俺の視界に移る鎧姿の巨人が一番驚く光景となった。


〇猫ですよ❘竜魔導機兵ドラグーン!?

〇ぴょん吉❘こんな序盤で出てくるヤツじゃないだろ!!?

〇七つの子❘待って待って待って


  上半身と下半身が分かれたことにより、大量の血飛沫が地面へと叩き付けられていく。血の雨が降り注ぐ中、俺は目蓋を閉ざすことなく空に浮かぶ鎧だけを見る。何処かで見た覚えがあるんだ。記憶の奥底に沈む欠片が、ゆっくりと浮上していくような感覚。何か、あと少しで思い出せそうなのに。

  みるみると切断面が氷漬けになっていく。どうやらただの水属性攻撃ではないようだ。落下していく下半身から悍ましい気配が漂う。伸びる血管と骨。再生能力を持つ怪鳥に驚くこともなく、甲冑の巨人は左手を翳して氷柱を射出。貫かれた下半身は瞬きする間もなく氷と化し、粉々に砕け散っていった。


[っ!? どうして子どもが此処に…]


  分裂、あるいは増殖を警戒していた巨人が俺に気付いたようだ。重力に従い大地と盛大にキスする怪鳥。痙攣して動けない隙に巨大な甲冑が着地し、枝に貫かれた俺へ手を伸ばす。二つの《水刃アクアカッター》が放たれ、俺の身体を貫く大木を切断。巨人の手の平に落下した俺は血を吐きながら咳き込む。

  獲物を横取りされた。そう認識した怪鳥が頭を持ち上げる。だが遠距離攻撃を予想していた巨人が先に剣を振るい、火球を真っ二つにした。そのまま剣先を地面に突き刺し、衝撃で吹き飛ぶ地面から石の塊が浮かんだ。それに遅れて水柱が出現して大きな岩石ごと怪鳥へ真っすぐ飛ぶ。


[君、まだ生きているな!?]


  胸の装甲が持ち上がり、そこから誰かが出てきた。ハーフアップの髪。濃紺の服。白いズボン。何処かで見た覚えがある配色。巨人の胸元まで手が移動していき、俺の身体は差し出された。浅い呼吸を繰り返す俺。動けない子どもを軽々と持ち上げるのは――俺と同じ年くらいの、少女。


「…応急処置はする。手当は後だ」


  年齢にそぐわない大人びた口調。だけど幼さの残る声音が愛らしさを感じさせる。俺の額に手の平を当てると、優しい光が包み込んでいく。光は薄い水の膜へと姿を変え、傷付いた肉体を覆っていった。痛みが引いていく。出血が止まった。全身に走る激痛は少しずつ遠のいていき、ぼんやりとしていた意識が戻ってきた。

  夕陽が眩しい。真っ赤に燃える太陽が逆光となって、俺を助けてくれた相手の顔が見えない。姫抱きにされた俺は瞬きすることしか出来ず、礼の一つも言えやしない…あれ?さっきから神様たち、全く発言していないんだけど…何かあったのかな…?少女は俺を抱えたまま、開かれた穴へと戻る。暗闇の中に走る無数の術式。え、ちょっと待ってコレ


「申し訳ないが試作機でな。補助サブシートは無い」


  淡々と説明しながら操縦席・・・に座り、俺を膝に乗せたまま操縦桿を握る・・・・・・。機士を認証した機動兵装は再び動き出し、俺たちの前に三面モニター・・・・・・が点灯した・・・・・。立ち上がった竜魔導機兵ドラグーンと同時に、氷漬けになっていく身体を炎で溶かしていた怪鳥が飛翔した。地面に突き刺した剣を抜き、襲い掛かる火球を一刀両断。


竜魔導機兵ドラグーン、試・甲型弐式…推して参る」


  俺は、この声を知っている。


  ペダルを強く踏み込み、竜魔導機兵ドラグーンが猛スピードで加速する。その振動は操縦席にも届いているが、少女は顔色一つ変えずに操作を続行。俺は邪魔にならないよう手足の動きを止め、必死に操縦士の身体にしがみつく。ファンタジー世界に生きる巨人が、まるで最新鋭の鎧を纏ったような異形なフォルム。竜を模した兜を被るそれ・・は、その巨体に似合わず凄まじい速度で岩肌を滑っていく。

  いつ命が尽きてもおかしくない状況なのに、怪鳥は竜魔導機兵ドラグーンへの攻撃を止めなかった。獲物を横取りされたことに対する怒り。魔獣の性質は共通しているようだ。最期の力を振り絞り、火の玉を連続で放出。竜魔導機兵ドラグーンが翳した左手に、十枚の光の壁が浮かび上がる。ガラスのように音を立てて割れていくが、機械仕掛けの巨人は止まらない。

  高速接近する敵から逃れるように上昇する魔獣。それを竜魔導機兵ドラグーンは逃さない。刀剣を振り上げれば氷の波が打ち上がり、ふらふらと飛翔する怪鳥の行く手を阻む。間髪入れずに剣先を突き上げ、今度は水を纏った竜巻を引き起こし魔獣の動きを止めた。渦潮に閉じ込められた怪鳥の悲鳴が此方にまで届く。


〇ぴょん吉❘そんなに連発して持つのかよ!?

〇わんわん❘時系列的に試作機のはずなんだが

〇お揚げ君❘何だこれ何だこれ何だこれ


  凍った波に乗り上げ上昇する竜魔導機兵ドラグーン。剣を構えて狙いを定める敵の姿に、魔獣は必死に脱出しようと藻掻く。煌々と輝く胸元に操縦士は眼を細くし、操縦桿のグリップを二回指先で押した。


〇ぴょん吉❘まさか自爆する気か!?


  蒸発していく渦潮。拘束を解いた怪鳥は叫び、自身の身体ごと燃やし尽くす。しかし迷うことなく足場から跳躍し突進する機械仕掛けの巨人。このままでは自爆に巻き込まれてしまう。鋭く剣を振り下ろすモーションに入るも、展開された火球が軌道上に入る。俺は大きく目を見張った。思わぬタイムラグが発生した竜魔導機兵ドラグーン、だが少女は最期の足掻きすらも読んでいたようだ。

  切り伏せる――のではなく、水平突き。火の玉ごと突き刺し、剣先に鋭い氷を纏わせる。フェイントを交えた一刀が、怪鳥の心臓部を貫き凍らせていく。左手を背後に回し、新たな武器を射出。短刀を振りぬき喉を突き刺す。竜魔導機兵ドラグーンは術式を展開し、断末魔すら上げられない魔獣を完全に凍結させた。


[……戦闘終了]


  先に落下した氷塊を見下ろし、淡々と呟く少女。その横顔を見つめる俺は言葉を失った。覚えている、いや知っている。『ドラグーンズ アクシアⅦ』初回限定盤特典の、公式設定資料集で見た覚えがあるからだ。服装は違うが、顔立ちは同じ。彼女に違いない。


「…君、傷は痛むか?」

「………え、えっと」


  咳き込む俺の背中を優しく摩り、操縦士は微笑む。今が星歴767年なら当時10歳。同い年であるはずの彼女は、その年齢らしからぬ佇まいと雰囲気で俺を驚かせた。だって設定資料集で描かれた少女姿の表情と全く違うのだ。天真爛漫な年相応の少女ではなく、必死に大人になろうとしている女の子の顔。

  薄い水の膜は霧散していく。恐る恐る貫通した箇所を触ると、まるで何事も無かったのように傷が消えていた。しかも消費した魔力も回復している。神様が何か言っている、聖女クラスしか扱えない高度な治癒魔法らしい。傷口を塞ぐだけじゃなく、恐らく傷付いた内臓まで完治させるほど。それを涼しい顔でやってのけた少女騎士は俺を見る。


俺の推しが、目の前にいる


「まだ痛むところがあったら教えて欲しい」

「だ、だだだだ大丈夫です!」

「そうか…君は強いんだな。よく生き残った」


  うおおおおおおおおおおお原作より幼いけど至近距離で騎士様スマイルは破壊力ヤバいんだけど!!!!


〇猫ですよ❘あんちゃんのタイプって…

〇ぴょん吉❘好みは人それぞれだよ

〇お揚げ君❘公式からの突然の供給、わかる…

〇わんわん❘推しの新規スチル来たらそうなるわな

〇七つの子❘ほーん?そういうのがタイプなんだ~


  悪いかよ、可愛い系よりも女騎士様がタイプで悪いかよ


〇わんわん❘いや誰も悪いとは言ってねえし


「君、何処から…いや、詮索は良くないな。ひとまず保護するとして……討伐対象の怪鳥も持ち帰らなければな…」


  保護した俺の傷が治ったことを確認し、若き機士は思考を巡らせる。操縦桿を動かしながらペダルにかける重みを調整し、剣を鞘に納めた竜魔導機兵ドラグーンが変形していく。


「我々の拠点まで同行してもらう。試作機の中が狭くて窮屈だろう…しばらくの間、申し訳ないが我慢してほしい」


  機械仕掛けの巨人から竜へ、飛翔形態へと姿を変えた竜魔導機兵ドラグーンは結晶化した魔獣の死骸を掴んで浮き上がった。


「自己紹介がまだだったな。私の名はエイル・ナイトレイ。道中、君の身の安全を保障することを約束しよう」

「……えいる…」


  【生前の俺】最推しエイル。原作『ドラグーンズ アクシアⅦ』の序盤では主人公と敵対するも、ある事件を経てパーティーに加わる女騎士。ビジュアル・声優の演技・分岐ルートで描かれる彼女の生き様。キャラクターの性能だけじゃない魅力に堕ち、限界まで育てた記憶がある。追加パッケージでダウンロード出来るシナリオにて、彼女の過去が明かされ…俺は其処で完全にエイルという名の沼に沈んだ。


  …んだけど、ちょっと待って


「…ないとれい…?」


〇ぴょん吉❘あー…

〇お揚げ君❘リメイク前は違うんだよな

〇猫ですよ❘ファミリーネームが違うんだっけ

〇わんわん❘前はエイル・スターンな


  え、もしかしてエイルも?


〇お揚げ君❘リメイク版で設定が変更されてます

〇七つの子❘本編では悪役令嬢ポジです

〇わんわん❘戦場で舞うタイプの悪役令嬢


「悪役令嬢って何!!?」


  思わず声に出して叫ぶ俺。それに驚くエイル。突然叫んだことに謝る俺に、彼女は優しい声をかけてくれた。


「怪鳥に襲われて色々あっただろう。気が動転するのも無理はないな」


  あ、ああ…推しに気を使わせてしまった


「…疲れているのなら休むといい。到着したら起こそう」


  …やさしい……すき…


〇お揚げ君❘ヲタクがログインしたぞ

〇ぴょん吉❘大丈夫なのか?

  

  全然大丈夫じゃない!!!




  採掘場から飛び立つ竜魔導機兵ドラグーン。飛翔形態は空気抵抗を減らすため、人型ではなく翼竜の形になる。そのため防御を捨てた形となるので、この試作機も操縦席が剥き出しの状態で変形した。ゆっくりと沈んでいく夕陽。空中に浮く小さな浮遊島の欠片。先ほどまで行われた死闘が嘘のように、静かな時間が流れていく。その穏やかな一時の中、俺は脳内で神様に詰め寄っていた。

  

(どういうことなのか詳しく説明しろ)

〇わんわん❘どういうことも何も

〇ぴょん吉❘そういうのは制作陣に言って

(アレ地形・天候にも左右される鬼畜戦略RPGだったじゃん!!何をどうしたら悪役令嬢の要素がブチ込まれるんだよ!!?)

〇猫ですよ❘あんちゃん、あのな

〇わんわん❘会社が倒産しちまってな

〇お揚げ君❘大手に吸収されちまったんだ

(世知辛…!っていうか倒産したの!!?)

〇わんわん❘競合他社に負けちまってな

〇七つの子❘Ⅻでシリーズ完結しちゃったけど

〇わんわん❘最新鋭のゲーム機でも対応できるよう、色々と

〇猫ですよ❘ついでに流行りのジャンルを取り入れようと

〇ぴょん吉❘悪役令嬢モノとか逆行とか…その、うん

(だから何なの悪役令嬢って!?)

〇猫ですよ❘乙女ゲームに出てくる悪役?でいいのか

〇わんわん❘アレ攻略対象の婚約者なんだけどな

〇七つの子❘むしろ主人公が略奪する側なんだよなぁ…

〇お揚げ君❘どっちが悪役なのか分かんねえなこれ

(鬼畜戦略RPGに乙女ゲーム要素いらねえだろ!!!)

〇わんわん❘俺らに言うなよ!!!

〇猫ですよ❘ゲーム会社だって大変なんだよ!!

〇七つの子❘新規層を得るために頑張ってたんだよ!!

(リメイク版が改悪って原作シナリオ担当の人抗議するだろ!?)

〇わんわん❘原作シナリオ担当、自殺したんだよ

〇お揚げ君❘リメイク版発売する、ずっと前に


  その情報は冷や水を浴びせられたように、行き場のない怒りが静まっていく。


〇ぴょん吉❘Ⅶ発売されたの随分前だしな

〇猫ですよ❘追加された結婚システムは良いと思うけど

〇ぴょん吉❘おかげで女性ユーザーも獲得できたし

〇お揚げ君❘古参ユーザーには叩かれまくってるけどな

(まあ、そうだよな…硬派な戦記モノなのにリメイク版で恋愛要素ブチ込まれたら、古参ユーザー戸惑うだろうな……待てよ、エイルちゃんも攻略対象なのか…?)

〇七つの子❘残念ながら

〇ぴょん吉❘女主人公だと仲間入り出来ない

〇わんわん❘男主人公だと加入できる


  は?


〇お揚げ君❘いやほらあるだろ、そういうの

〇ぴょん吉❘男女別で加入キャラが異なる仕様

(……つかぬ事お伺いしますが、俺の転生先って…主人公?)

〇わんわん❘いや、違うけど

〇七つの子❘√次第では主人公と敵対する陣営

(悪役令嬢って、どうなるの?)

〇ぴょん吉❘乙ゲーだと身分剝奪・追放とか

〇猫ですよ❘でもリメイク版Ⅶだと確か、アレ

〇わんわん❘√次第で生死が変わるキャラだよな

(…それだと俺の推し、加入することなく死ぬ可能性もあるってことだよな?エイルの生殺与奪は俺じゃない誰かの手にかかっているってことだよな??)

〇わんわん❘気持ちは解かるから落ち着け

(さっきの説明からして誰かと婚約しているってことだよな???これから婚約するかもしれないってことだよな????ぽっと出だが既存キャラだか知らねえが俺の方が先にエイルのこと好きだったんだぞ!!!!)

〇七つの子❘これがBSS…

〇お揚げ君❘そうかな…そうかも…?


  転生先が奴隷、しかも主人公じゃないからエイルを仲間にして確実に生存√へ進むことも出来ない……何だよ、これ…完全に部外者じゃん。助け出すことも出来そうにないじゃんか…大好きなキャラの行く末を、遠くから見守ることしか出来ないのか…?


〇わんわん❘…あんちゃん、


  そんなの嫌だ。他人に推しの命運を任せられない。リメイク版で推しを悪役令嬢に改悪したのも許せないが、俺の手で助けられないことが何より許せない。


(死亡√を回避することは可能か?)

〇猫ですよ❘できると思う

〇わんわん❘死の遠因を取り除けば、な


  竜魔導機兵ドラグーンを操作するエイル。まだ10歳なのに彼女の顔付きは戦士のものであった。リメイク前は贖罪の旅を続ける、流浪の女騎士。弱きを助け悪を挫く、剣のように真っすぐな女性。そんな彼女がリメイク版で悪役令嬢とか未だに信じられない。エイルというキャラクターは悪事を許さない性格をしている。だから超絶解釈違い過ぎてリメイク版シナリオライターの胸倉を掴みたい。

  神様たちに話しかけられる前、俺はどうやって生きていたのだろう。状況からみて採掘場で働かされる奴隷、それとも輸送中に脱走したのか…どちらかは分からない。だけど、このまま奴隷として一生を終えるつもりはない。エイルに助けられた。幼い頃の推しに出会えた。この出会いは偶然じゃない、そう確信している。この出会いを無駄にしたくない。


  …決めた、俺は推しを救う。


  二度目の人生、何も目標を持たないまま生きるところだった。大好きなキャラクター…いや、違う。惚れた女を守りたい。そのために強くなりたい。俺は両手を見る。焼け爛れた皮膚はエイルの治癒効果で完治していた。両手を強く握り締め、小さく頷く。あの怪鳥を一人で倒せるようにならなくては。高度な術式を操る魔導士、竜魔導機兵ドラグーンを操る機士。その両方を極めたい。

  風に揺れる髪を抑え、夕映え一色の世界へ目を向ける。沈み行く太陽、登り始める月。赤と青が溶け合った空に、浮遊石が夕日を浴びて輝く。砕け散った岩石の川が流れ、その隙間を鳥の群れが通過していく。鋼鉄の翼竜は身体を傾け、ゆっくりと飛翔を続ける。操縦桿を握り締め、真っすぐ前を見つめるエイル。これから先、どんな人生が待っているのか。彼女は知らない。


星歴777年、プレイヤーの選択で運命が変わる


(俺はエイルを破滅の未来から救う)

〇猫ですよ❘…あんちゃんが決めたのなら

〇ぴょん吉❘俺たちは何も言わない

〇お揚げ君❘最期まで見届けるよ

〇七つの子❘ちょいちょい口挟むけどな!

〇わんわん❘まず奴隷からクラスチェンジな


  そうなんだよなぁ…




_________________

▽対象のステータスが更新されました


▽アイテム『隷属の手枷』が外れたことにより、

 対象の術式構築が可能となりました


〖A5Cα〗 年齢:10

クラス:奴隷 レベル:3


固有スキル

 :■■■■

 :■■■■


術式

 :青魔法F

 :■■■F


常時発動パッシブスキル

 :■■■■

 :■■■■


補助効果

 :■■■■


▽アイテム『隷属の首輪』の効果により、スキルが発動できません

 上気のアイテム効果により、一部ステータスが表示できません

▽アイテム『隷属の足枷』の効果により、能力上昇が付与できません


▽これまでの旅路をセーブできませんでした

 引き続き異世界ライフをお楽しみください

_________________

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