第7話 同じ空
風南海はこれまで自分の心に留めて置いた全てを良に話した。ふたりは窓際に立ち、校庭の部活動を眺めている。
「父が亡くなったのは、わたしが中学に上がる年。心筋梗塞だったから突然で、母はかなり動揺していたわ。働き者だけど豪快な父は、借金も多くてね。母は遺産放棄して、住む処を失って、いっそ一家心中でもしてしまおうか、まで追い詰められた時に、母はいまの父と出会ったの。不動産会社を経営していてね、女好きな人で、見た目はやくざね、やくざじゃないけど。新しい父には奥さんがいて、子供もいるから、母は愛人。でも世間的には恥ずかしいからと、学校でも、愛人の男を、再婚相手の様に振舞うようにいわれたわ。みんな本当のこと知ってるのに、馬鹿らしい。それでも最初は良かった。母もスナックで働くのをやめて家にいてくれたし、最初は義父もやさしかったし。だけどね、わたしが高2の時、母がインフルエンザで入院していた時期があって、その時、あの人、わたしの布団に入って来たの」
「えっ」
黙って風南海の話しを聞いていた良がはじめて強く反応した。
「その頃、なんとなくだけど義父の視線が気持ち悪いって思い出していたから、布団に入られた時には、大声を出して、もう叫びに近い大声で、それで家から逃げ出したの。近所の人も驚いて、警察を呼ぶ騒ぎになってね。わたしは厄介だからと高校を中退させられ、家からも一切、出して貰えなくなった」
「病気がち、だったって」
風南海は首をふった。
「そういって世間を欺いたのよ。それでも噂は治まらず、義父はとうとう奥さんと離婚して、母の実家のあった場所に越して来たの。そこがあの家。義父には多少のお金はあったから。なんとね、わたしを監視しやすいようにリノベーションしてしまうのだもの。監禁は更に厳しくなった」
「本当に監禁されてたの?」
「そうよ」
風南海絵は笑顔だった。
「わたしは騒ぎを起こす厄介者だからって、最初の頃は部屋の表から鍵を掛けられていたけど、わたし、本当に病気になっちゃって、白血病を発症してからは、病院にも通わないとならないし、身体もみるみる弱っていくし、すると監視がそれなりに緩くなった。そんな時に良くんと出会ったのよ」
「お母さんは、お母さんは助けてくれないの」
ガクンと頭を垂れた風南海は首を振った。
「母は可哀想な人。弱くて、とても惨めだわ。いまの生活レベルを落としたくないのと、義父への執着で、娘のわたしを見捨てたの」
「そんなこと……」
「そんなに同情した目をしないで、だから話したくなかった」
「ごめん」
「謝ることじゃないわ。わたしが話したくなったのだし」
「少し横になるねといい」
風南海は保健室のベットに入った。顔色が、先程よりも悪い。まるで死人のように頬が苔ていた。良は哀しくなった。屈託のない笑顔で自分を受け入れてくれた風南海が、これ程までに苦しんで生きてきた ことに気づいてあげられなかったことを。そして風南海は、きっと長くはない。彼女の話しが真実ならば、もうあの家には返したくないと、良は思った。
「どうしたらいいんだ」
良無力な自分を嘆いた。保健士の椅子に腰掛け、額に手を当てて、祈る様に考えていた。すると、保健室のドアが開いた。
「だれ?」
見ると、そこには穂波がいた。
「穂波。病院には行ったのか?」
「うん」
嘘だとすぐに気づいた。額の傷が剥き出しのままだったからだ。
「ずっとついて来たの?」
「うん、心配だったから」
「どっちが」
「良が」
「俺のいっている意味は違う。心配なのは、穂波の方だといってるの」
クスクスクスと穂波は笑った。
「そうか……あたしと良がね」
穂波はベッドの方を見た。敷居で隠されているが、人の寝息を感じる。
「風南海さんをどうするの?」
「わからない」
そういって良は首をふった。
「話し、聞いてた?」
「悪いけど、全部」
「そっか」
穂波はひじ掛けのない、丸い椅子に腰掛けると、良のところまで椅子を動かした。
「彼女を救う道はただひとつだよ良」
「えっ、なに?どうやって救うの」
良は穂波に身を乗り出す様にして顔を近づけて来た。
「病院に連れて行くのよ。そして警察にも洗いざらい打ち明けて、行政に助けを求める」
「そんなにうまく行くかな」
脱力した良は椅子の背もたれに身体を預けた。
「まさか、自分の力でなんとかしようなんて思ってないよね」
「ん、なんだよ」
「そんなことは出来っこない!」
「はあああああ」
膝の上で手を組んだ良は、唇を尖らし、穂波を睨んだ。
「もう無理なんだよ」
「何が無理なんだよ。やってみなきゃわからないじゃん」
「無理なの」
穂波の目の中の涙が、どんどん膨らんでいった。
「そんなに否定するなよ」
良は穂波から目を逸らせた。
「否定なんてしたくないよ、でも無理なんだもん」
「なんで無理なんだよ!」
良は立ち上がり、自分が座っていた椅子を蹴った。椅子は転がり、鈍い音を立てている。その物音に気付き、風南海が目を覚ました。
「もう死んでるから」
「ええ?」
半笑いの良は、倒れた椅子を起こして。またそこに座った。
「やめろ、風南海さんに失礼だろう」
「ちがう」
「なにが?」
「死んだのは風南海さんじゃなくて、良だよ」
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