第8話 可哀想な子
良は笑い出した。腹を抱え、笑っていたけれど、急にその動きは止まった。
「それ、どういうこと」
「何も覚えてないんだね」
「覚えてない」
「違和感は?」
良の瞳が忙しく動き出した。
「あった。ありすぎる程」
「やっぱりね」
唇に入った涙を、穂波は荒く拭った。
「僕は、どうして死んだの?」
振り絞るように、良はいった。
「中庭で」
良は穂波を見た。穂波の額の傷から濁った血が流れ出ていた。
「まさか、僕は中庭で首を。中庭の自殺って俺だったの。てっいうかお前」
そういいながら良は穂波の額を指さして、涙を流した。
「穂波お前さあ、ばかだなな。血が出てるから病院に行けっていったじゃん」
話しを聞いていた風南海は横向きになり、声を殺して泣いた。
「僕はなんで自殺を」
そう聞くと、穂波はとても悲しい顔をした。
「自殺じゃないよ。殺されたの」
「殺された…」
その言葉を聞いた時、雨の日の校庭が思い出された。地べたにうずくまり泣いている自分。「何がそんなに悲しいのだろう」俯瞰して自分を見ているみたいに、映像が浮かんできた。
「ああ、思い出した」
全てを思い出した時、良の悲しみは穂波に向かった。
「穂波、思い出したよ」
良は自分の腕を抱えて、猫の様に背中を丸めて泣き出した。
「あたしのことはいいんだよ。これが運命なんだから」
穂波は良の背中を撫でた。良は震えている。その痛みを、少しでも和らげたい気持ちで、穂波は掌に、ありったけの精神を込めた。
両親を亡くし、親戚の家に預けられた良は、肩身の狭い生活を強いられた。それでも将来への夢は捨てずに持っていた。中学に上がるとバイトをはじめ、高校生になると毎日5時間以上は働いていた。大学に進学したい。両親の様な獣医師になるのが、良の夢だった。必死で働き、必死で勉強をした。給料のほぼ全額を銀行に入れ、預金額と夢とが重なる思いで頑張った。なのに伯父夫婦は、その金を不正に引き出し、自分の子供達との生活費や学費、旅行代金にした。そればかりではなく、良には、両親が残してくれた遺産があったのだが、その事実を良に隠し、保険金や家、土地の売却金を全て盗み取った。その事実を知った時、良は警察に訴え出たのだが、警察からは、民事不介入の姿勢を取られ、挙句に、いまの親を大事にしろと叱られた。うちひしがれ、ふらふらと町を彷徨っていたら、いつの間にか、高校の校庭に来ていた。生きる気力も無くなっていた。
「穂波、穂波ごめん」
その時、良は、雨の校庭で、穂波の名を呼びながら泣いた。というのも、その数か月前、穂波は自動車事故に遭い、死亡していたからだ。
頼る人は全て、この世から抹殺された。
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