クリスマス短編小説「恋の賞味期限日」

こたろう

クリスマス短編小説「恋の賞味期限日」

「あっ、賞味期限、イヴの日だ」

今日は朝から何も食べていないことに気づき、深夜1時に家にストックされているカップヌードルを食べようとして、手に取って、ふとカップ麺の底を見ると、「賞味期限 22.12.24」と書かれてやがる。

くそっ「イヴ」と「賞味期限」の言葉を思い浮かべると、あのことを思い出すわ。

「恋の賞味期限は一般的におおよそ二年と言われている」

なんともクリスマスシーズンには相応しいことを、胡散臭い教授がテレビの向こう側で素っ頓狂な声で饒舌に話している。

ほんと、深夜番組はいつもニッチなことを特集しているな。

恋の賞味期限?そんなこと、知ったこっちゃないし、ただの迷信と思っていたが、あの出来事があってから、信じてしまった。


「手元にあるのは、三百円。イヴなのに涙がちょちょぎれそうだわ」

うちの会社は、年末だけは最終出社日に貰える。それも給料袋に手渡しでだ。

古い会社だからか、まだ時代に逆行した風習が残っている。くそっ、時代に取り残されやがって、クリスマスをひもじ暮らさせやがって。

「はぁ、コンビニでファミチキとシュークリーム買って、プチクリスマスでも味わうかな、とほほ」


「うぇえええん」

何とも古典的な泣き方で体育座りに膝に顔を埋めて、泣き叫んでいる男がコンビニの前でいるではないか。

イヴの夜なのに、私以上に寂しい奴がおるんだな。負の感情を伝染されたくないので、無視して、コンビニに入るか。

「ちょっと、無視するんですか」

「えっ?」

男は這いずるゾンビの如く私の足にしがみ付いてきた。

あまりにも背筋がゾクッとして、反射的に掴まれていない足で蹴り飛ばしてしまった。

「ゲフッ」

「ちょっ、急に。あんた、警察に突き出されたいんか!?」

何をされたか分かっていないのか、潤んだ目で私を見つめてくる。

腹立つことに中性的でアイドル顔。そんな顔で、女座りして、私より乙女か。

「すみません…誰でもいいから話を聞いてほしくて…つい…」

「知らんがな、そんなに話聞いてほしいなら、警察に突き出した後に警察官に聞いてもらえ」

変な奴に絡まれてしまったわ。

「いやだ、男には聞かれたくない」

ツッコむのはそこかよ。

「まぁいい、気にならないが、私が話聞いてやるわ。ほら、ゲロっちゃいな」

「ありがとう!そ、それはね…」

「ん?それはねの続きは?」

なんか、手で口を押さえてるんだが、何してるんだ?

「うっ、うぐっ、吐きそう…」

「はぁぁ???そっちのゲロするて意味じゃねえよ!?」

暗くて、よく見えなかったが、顔が青ざめてるわ。

「おい、大丈…くさっ!!てか、今気づいたが、こいつめっちゃ酒くせぇ」

こっちも冷静になって、酒臭さに気づいたわ。こいつ何杯飲んだんだ。

「げ、限界…」

「ちょちょちょ、コンビニ前で吐くんじゃない、こっち来い」

なんで、私がこんなことしてるんだ。私のファミチキが…。

「おい、トイレ借りるぞ」

「あいよ、どうぞ」

サービス精神ゼロの愛想もない大学生らしき女の子がレジの前でスマホ見ながら、こっちも見ずに適当に言葉を返してきたが、そんなことにツッコむ余裕がなく、トイレに駆け込んだ。

「後少しだ、持ちこたえろ」

「うっ…ゆ、揺ら…さ…ないで」

おい、便器の手前で吐くなよ。


「はぁ、なんでイヴに酔っ払いを介抱をしないといけないんだ…」

また、私達はコンビニの前に戻ってきた。

「すみません…すっきりしました」

「すっきりしました、じゃねえよ」

「いたっ」

イラッとしたので思わず、男の頭を一発叩いてしまった。

「まだすっきりしないといけねぇことあるんだろうが」

「あっ、聞いてくださいよ」

「あーもう、引っ付こうとするな。はよ言え」

引っ付かれて、私に吐かれた困るしね。

「す、すみません…そ、それはね…」

「…それで?」

「…」

男は俯いて、身体を両手で摩擦で燃えるか如く、めっちゃ摩り始めた。

「ん?どうした、身体擦って蹲って?」

「…さ、寒い…」

「はぁぁ???」

「…死にそうです…」

「急にどうし…まさか、酒飲みすぎて、体温下がっているのか!?」

「…う、うっすら、は、花畑が見えます…」

「どんだけ飲んだんだよ…あぁもう、ちょっと待ってろ」

なんでこんな夜に介護しないといけないんだよ。こんな夜にコンビニに何か温かいものあるか!?

「あーもう」

私はホットスナック売り場を見たが、ショーケースは空っぽだった。

「くそっ何もないわ。てか、ファミチキもないのか…私のファミチキが…」

その場に崩れ落ちそうだったが、外を見ると、男が身体を擦っている姿が見えて、なんとか踏ん張った。

「はぁ、ホットスナックがなかったら、他は…」

店内全体を見渡すと、温めてそこそこ美味しくなるお弁当やお惣菜が置いてある棚もお湯を注ぐと体に染みるジャンキーなカップ麺の棚もちょっと温まな飲み物の棚もすっからかんだった。

「こ、これがイヴの力なのか…」

外に行って、自販機で熱々の缶コーヒーでも買ってくるかな、と思っていたら、出入り口近くにセール品が入った籠が目に留まった。

その中に、半額シールが貼ってあるカップヌードルが二個入っていた。

「なんと、サンタさんのプレゼントか。お粗末だけどね」

カップヌードルを手に取り、ふと裏面を見ると、賞味期限は「20.12.24」と書かれていた。

「げっ、賞味期限、今日じゃない。まっ、いっか。私が食べるんじゃないし」

カップヌードルを持って、レジに向かう。

「へい、らっしゃい」

ここは、寿司屋か。

店員が、気怠そうにカップヌードルを手に取り、バーコードを読み取る。

「半額なんで、百円です」

はぁ、晩ご飯はお茶漬けになっちゃうな。

百円玉を店員に渡し、黙ってカップヌードルと割箸を手に取る。

「レシートは結構です」

お決まりの「レシート入りますか?」というご利益も何もない念仏が出る前に、言葉を遮って言った。

「お湯はっと、あった」

出入り口隣のゴミ箱の上にポットがあったので、さっさとお湯入れて、あいつの所に戻らないとな。カチコチのハーゲンダッツのようになる前に。

カップヌードルのビニールを剥いでっと。

ポットの注ぎ口の下にカップヌードルを置いて、ボタンをポチッとな。湯気が漂うお湯がカップヌードルに注ぎ込まれる。

ふと、ガラスの向こうで凍えて待っているあいつを見てしまう。

「それにしても、あいつ顔は好みだな。情けないが」

いかんいかん、イヴなのか心が火照りやすくなっちゃう。無心だ、私。

「おっとっと、危ない、入れ過ぎるところだった」

私は、慌ててボタンから指を離す。

さぁ、待ってろ、貧乏なサンタさんが今参上する。


私は凍る一歩手前の男には相応しいクリスマスプレゼントを差し出した。

「んっ、三分待て」

「…あ、ありがとうございます。暖かい」

カップヌードルを見るやいなや男の顔色は戻ったように思えた。

「アルデンテが好きなら、今がおすすめだ」

「僕はコシがない方が好きなんで、五分待ちます」

「それまでに凍え死ぬなよ」

「花畑は見えなくなりました」

「あっそ」

ちょっとの間、沈黙が続いたが、大事なことを聞いていなかったのを思い出した。

「そういえば、あんた名前は?」

「え?」

「ごたごたがあって聞き逃したんでね」

「名乗っていませんでしたね。僕は星矢です」

「クリスマスに縁がありそうな名前ね」

「クリスマス生まれではないんですけどね。親が聖闘士星矢が好きだったから…」

「そっちか」

「かっこ悪いでしょう?ははは」

「そう?いいんじゃない、強そうで。だけど、あんたからはコスモは感じられないが」

「あなたの名前は何ですか?」

「え?」

「いえ、答えたくないのでしたら…」

「牡丹」

「釦?」

「ぼ・た・ん。誰が電子部品だ」

「すみません…。その…綺麗な名前ですね」

「…ふん」

星矢の一発頭を小突いた。

「ラーメン食べたら?これ以上は離乳食になるぞ」

「あっ、まずい」

星矢は急いでカップヌードルの蓋を開けると、湯気が立ち込めた。

「暖かそうだ」

「私の慈悲に感謝して、お食べ」

「はい、いただきます」

嬉しそうに食べるが、すぐに箸を止める。

「なんか、変な味がしませんか、このカップ麺」

「心配するな、賞味期限はギリギリ切れていない。安心して食べな」

「ギリギリって?」

「今日までだ」

「えー、賞味期限、今日なんですか!?」

「贅沢言うな。あんたには賞味期限ギリギリで十分だ」

「はぁ、カップ麺に恋が負けたのか…」

「何のこと?」

「…今日、彼女に振られたんです」

「そうなのか。だけど、それがカップ麺と何が関係してる?」

「恋の賞味期限って知っています?」

「なんだっけ、それ」

「なんか恋の賞味期限って二年てテレビで言っていたんです」

「あーなんかそのテレビ見たことあるな」

「それが当たっていまして、今まで付き合っていた人の交際期間が見事に二年。それも全てイヴに振られているんです…」

「ほう…」

「今日も…今日も…彼女に朝LINEで別れを告げられたんです…僕イヴに美味しさなくなるんですかな…」

「待て、その言い方は誤解を生むわ」

「そうですね、不適切でした。テレビの人が言うには二年という期間が恋愛感情が冷めるのにちょうどいい期間らしいです」

「まぁ、なぜイヴかわからないが、あんたの恋の賞味期限はイヴってことになるね」

「イブに呪わているのかな…僕…」

星矢はカップヌードルを啜るが渋い顔をする。

「はぁ…ぬるくなってしまった」

私はそんな悲しそうな顔している星矢の顔を見て、ちょっと考え込んだ。

「ちょっと待ってな」

「どうしました?」

私はコンビニに入り、セール品の籠に入っていた残りのカップヌードルを手に取った。


お湯を入れたカップヌードルを手に持って、座っている星矢の元へ戻った。

「牡丹さんの分のカップ麺ですか?」

「ちゃう、持ってるのとこれと交換」

「えっ?うん…」

星矢が持っているカップヌードルと私が持ってきた熱々のカップヌードルを交換した。

「冷めるを待っていたらそりゃ、賞味期限は切れちゃうわ。だけど、冷める前に新しい刺激を与えてあげれば、賞味期限は伸びるんじゃないかい?」

星矢は今までにない笑顔で私を見つめてきた。

「そうですね、ありがとうございます」

私はその笑顔を見て、暖かい気持ちになった。反射的に星矢の髪をぐしゃぐしゃに撫でてしまった。

「じゃ、私は帰るわ。それを食べたら、家帰って、トイレして暖かくして寝な」

「うん、そうする」

さっさと家帰ってお茶漬け食べるか。

背を向けて、帰ろうとしたが、後ろから星矢の声が聞こえた。

「さっき…」

「ん?」

「さっき、花畑が見えなくなったと言いましたが、今は綺麗な一輪の牡丹は見えています」

「…あっそ」

口元が緩みそうだったが、それをぐっと我慢した。

少し歩いたが、立ち止まり、背を向けながら、こう言った。

「知ってる?牡丹って冬だけじゃなく、春にも咲くんだよ」

「知っています」

「そう、知っていれば上等だ。あんたにも近いうちに春がやってくるさ」

「そうですね」

後ろを向かなくても、星矢の笑顔が頭に浮かぶ。

「じゃあね」

「うっ、ぐっ」

星矢から嫌な声が耳に入ってきた。

後ろを振り向くと、星矢は口元を手で抑え、顔が青ざめていた。

「おい、どうした、どうした?」

「うっ、ぐっ、おろろろろろろ」

「おいぃぃぃ、吐くなよぉぉぉ」


<終>

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