誰も死なないデスゲーム

GIN

第1話誰も死なないデスゲーム

「ついに……ついにこの日が来た」

 

 そう呟き、黒く肌触りの良いマントを身に纏う。

 この日のために特注た紳士ハットを深く被ると、案内役の女職員とともに会場へと足を進める。

 長く暗い廊下を抜けると、巨大な会場のステージ裏へと到着した。


 すると、女職員はすぐさま周りに指示を出し、ゲーム開始の準備を始める。

 彼女は自らのスーツを今一度確認すると、数枚のプリントを手に持ち、改めて自らのセリフを確認し始めた。

 彼女の足は震えており、表情に曇りが見え、緊張しているのが見て取れた。

 その様子にいてもたってもいられず、彼女に近づくと、軽く励ますように言葉を掛ける。

 彼女の顔に笑顔が戻ると、彼女はプリントを置き、ステージへと上がっていく。

 

 それと同時に、会場は騒めきで包まれた。

 こっそりと会場内へ目をやると、ゲームを受けるべく足を運んだ数十人の老若男女が彼女に注目している。

 その中の数人は状況の説明を大声で求む者や、不平不満を叫ぶ者もいた。

 彼女はそんな者たちに静まるよう言うと、大声で例の言葉を放つ。


「これより、デスゲームを開催いたします!……まず、主催者様から詳しい説明を致しますので、温かい拍手でお迎えください!」


 その声を聞くと、マントを大きく広げ、笑顔を広げながらステージへと上がる。

 残念ながら女職員以外は拍手をしなかったが、そんな事でめげる俺ではない。

 心に強い自信を持ち、ステージ上で大きく声を上げる。


「我が名はブラック・ナゾナゾ・プロフェッサー!このゲームの主催者だ!……さて、これより諸君らにはデスゲームを行ってもらう!ルールは簡単。危険な5つのゲームステージを通り、生き延びてこの建物から脱出できれば100万円だ!……ただし!それぞれのステージには危険なトラップやゲームで溢れている。無事に脱出できるのは……せいぜい数人だろうか。……まあ、せいぜい頑張るが良い!」


「は!?ちょっと待て!命に係わるなんて聞いてないぞ!」


 大体の説明を終えると同時に、会場に集まっていた老若男女の中から一人の男性が声を上げた。

 彼は髪を金髪に染め、唇と耳には銀のピアスをはめている。

 誰が見ても分かるほどに低知能で、アホずらの男。

 

 彼は俺の事を強く睨むと、地面に置かれたバックを持ち上げた。

 大きく舌打ちをすると、会場の出口へ歩きながら叫んだ。


「命懸けのゲームなんてやってられるかってんだ!俺は帰らせてもらうぞ!」


 ルールを聞くと同時に騒ぎ出し、出口へと真っ先に向かって行くアホ。

 そんなアホが出る事くらい、想定の範囲内の出来事だ。

 事前に決めていた指示を出すと、ステージ裏から銃を片手に持った男がステージ上へ現れた。

 それと同時に、彼は片手の銃を天井へと発砲した。

 突然の発砲音に会場内の全ての人間はステージへと目をやった。


「言い忘れていたが、ここに来た時点でゲームから下りることは出来ない!残念だったな!分かったら金髪のアホずらと、便乗して帰ろうとしている奴ら!全員元の位置へ戻れ!」


 流石に実銃をちらつかされ、抵抗できる者は存在しない。

 金髪のアホずらも、便乗して帰ろうとした者共も渋々元の位置へと戻った。

 それを確認し、説明を続ける。


「さて……それでは早速最初のステージのゲーム内容を説明する!最初のゲームは……金取りゲームだ!諸君らはここに入る際玩具の金を貰ったはずだ。その額5000円。その玩具の金は1円を100円として扱い、諸君らは一人50万円持っているという事になる!金取りゲームはこの金を使用して行う!ここまでで質問のある者はいるか?」


 質問に対して、参加者は誰一人として声を上げない。

 アホずらの男ですらも、何も言わない。

 流石にここまでのルールは理解できるようだ。


「よし……それでは続ける!ルールはシンプル。諸君らの後ろに見える扉から、100万円を持って次のステージへ向かうだけ!え、100万円じゃ50万円足りないって?大丈夫!足りないなら奪えばいい!諸君らの右側に巨大なテーブルがあるだろ?そのテーブルの上にあるナイフや刀、チェーンソーは自由に使っていいものとする!そして、参加者を殺して金を奪うのは勿論ありとする!ルールはこれだけ!これから追加する気もない!それでは、これで説明を終える!」


 最後にそう言い放ち、ステージから立ち去っていく。

 すると、参加者のほぼ全員が騒ぎだし、その内容に抗議し始めた。


 「殺し合いなんてふざけるな」

 「こんなの理不尽過ぎる」

 「ふざけるな。ルールを変えろ」


 様々な意見があるが、どれも命に係わるルールを変えろとの意見ばかり。

 単純に計算すればこのゲームで半分は死ぬことになる。

 その理不尽なルールに怒りや恐怖を考えているようだ。

 

 しかし、そんな事は知った事ではない。

 このゲームはデスゲーム。

 デスゲームに参加した方が絶対悪なのだ。

 いまさら何を叫ぼうが、変わらないものは変わらない。

 

 俺はステージを後にし、ゲーム観覧用の部屋へと帰った。

 それと同時に、ゲーム開始の指示を出す。

 指示が出されると、会場中にゲーム開始のアナウンスが流れ、ゲームが開始した。

 待ち望んだゲームの開始に、思わず笑いが込み上げてくる。


「ふっふっふっ……ついに始まったな。さて、女職員よ。このゲーム、どう見る?」


「そうですね……あたしは最初の方、話し合いから始まると思います。数十分話し合ったのち、どうしようもなくなって、殺し合いに発展するかと」


「ふむ……良い線を言っているな。我も似たような考えだ。しかし、我予想ではもっと早くに殺し合いは始まると思うぞ。何故なら、このゲームに救いはないのだからな!」


 そう、このゲームには救いがない。

 このゲームはシンプルだが、相当残虐なゲームだ。

 どれだけ手を尽くそうが、必ず半分は死にざる負えず、凶器が用意されている以上、必ず殺し合いに発展する。

 人間とはおろかで馬鹿な生物だ。

 初めは善人の皮を被った馬鹿が話し合いを切り出すだろうが、どうせ破綻する。


 恐らく、破綻する理由は金髪のアホずらの様な、アホで自分勝手な者。

 難しい事を考えておらず、他人がどうなろうと知った事ではないのだろう。

 自らの保身。何より、金欲しさにすぐさま人を殺し、話し合いを泣きものにするだろう。

 それと……そうだな、自らに自信がなく、自らが大切な者。

 話し合いでどうにもならない事を悟り、それならば自らが殺される前に殺す。

 自らが大切なのだから、自らのためならば他の者を殺す事すら悪いとは思わない。

 

 話し合いが破綻し、殺し合っている様子を想像していると、会場に動きがあった。

 一人の男が静寂に包まれている会場で口を開き、全員で協力しようと話し合いを持ち出した。


 予想通りの展開に内心笑いながら、誰が話し合いを持ち出したのか、映像を通して確認する。

 話し合いを持ち出した彼は髪を金髪に染め、唇と耳には銀のピアスをはめていた。

 誰が見ても分かるほどに低知能で、アホずらの男。

 

「……ふぇ?……えええええええええええええ!?」


 嘘やん。

 話し合いを破綻させると予想した男が、話し合いを提案したんですけど。

 え、何でなん?そう言う見た目じゃないだろ。そう言う人間じゃないだろ。

 お前……説明の途中で声を上げて、文句言うような男だぞ!?

 帰ろうとする男だぞ!?

 何でそんなお前が協力を、話し合いを持ち出してるんだよ!?


 うわー……恥っず!

 俺、金髪のアホずらが話し合いを破綻させるとか、自信満々で想像してたよ。

 恥ずいよ、超絶恥ずいよ。

 マジで口に出してなくて良かった……口に出してたら恥ずか死んでたよ。


 いや、まあ、落ち着こう。

 冷静になれば、彼が話し合いを持ちかけようが、意味がない。

 あの見た目に、説明時の行動。

 ここまでの様子から考え、一般的人間は彼が何か考えていると考えるはずだ。

 そうなれば、怪しさ満点の彼の話に乗る者はいない。

 うむ、大して問題はない。


 そう思ったのも束の間。

 彼の傍に座っていた清潔そうな美少女が賛成の声を上げた。

 すると、周りの参加者もそれに便乗し、彼の話し合いに賛同し始める。

 最終的に参加者全員が協力する形となり、円状に座り、話し合いが始まった。

 

「……いかにも話し合いに参加しなさそうな男が話し合いを始め、全員を協力させましたね」


「ま、まあ、まあ、まあ、落ち着くんだ女職員。協力しようが、どうせすぐに話は破綻する。と言うか、今現在も破綻しているのかもしれないな」


「それはどういう……」


「女職員は全員が全員、素直に話し合いに応じていると思うか?恐らく半分は全員を騙し、自分だけ生き残ろうと考えているはずだ!ほら、あそこの赤髪眼鏡なんて、まさに頭がよく、裏切りそうな見た目をしているじゃないか!今に見ておけ、すぐに話し合いは破綻する」


 そうだ。すぐに破綻するはずだ。

 このゲームは確実に半分は死ぬ。

 どれだけ考えようが、それは変わらない。

 話し合いはすぐに破綻し、殺し合いの幕開けだ。


 参加者は必死に考え、それぞれ意見を出し合う。

 彼らは理不尽なゲームを無事に生き抜くべく、ありきたりな考えから奇想天外な考えまで、様々な考えを発表していく。

 しかし、どれだけ考え、意見を出そうが現実的な意見は一向に出ない。

 ついには会場から声は消え、再び会場は静寂に包まれた。 

 あらゆる考えが通じず、全員諦めたのだろう。

 そう考えていると、突如参加者全員が集まり、小声で何かを相談し始めた。

 何をしているのか見当もつかず、首を傾げていると、大きな動きが起こる。

 集まっていた参加者は全員出口へと向かい、綺麗な一列へと並んだのだ。

 何事か全く理解できずにいると、約半分の参加者がステージを突破した頃。

 出口を守っている男職員から通信が入った。

 

「大変ですプロフェッサー!とりあえず、第一ステージの出口へ来てください!」


 彼の声色は非常に焦っており、想定外の出来事が起こっているのは理解できた。

 瞬間的に席を立ち、会場へと駆けていく。

 会場に到着したと同時に、眼前の状況に驚き、思わず声を零してしまった。

 最初の会場には参加者一人おらず、次の会場に全員集まっていたのだ。

 有り得ない状況に呆然としながらも、男職員へ話を聞きに行くと、一人の男と男職員が話しているのが目に見えた。


「何があったんだ、男職員よ!これは……本当に何があったんだ!」


「プロフェッサー!それが……この男が……」


「なんですか?僕たちはルールに則っていますよ?問題でもあるんですか?」


「落ち着きたまえ。一先ず話を聞こう」


 話の内容は以下の通り。

 話し合いを終えた参加者は一列に並び、100万円分の玩具のお金を見せる事により、次のステージへつ進んで行った。

 最初は何の問題もなく、順調その物だったが、半分の参加者がステージを突破する直前。

 最初期にステージを突破した男が扉越しに、第一ステージにいる男へ玩具のお金を手渡ししたらしい。

 当然、そんな事を容認する事は出来ず、男職員は注意をした。


 しかし、赤髪眼鏡の男がルールには則っている。

 禁止としなかった運営側の問題である。

 などと言った妄言を繰り返し、男職員の話を全く効かなかった。

 結果。全員の参加者が第一ステージを突破する事となった。

 

 話を聞き、大体の内容を把握した。

 それと同時に、大きくため息を吐き、俯き、心の中で叫ぶ。



 ……何も言い返せねえええ!

 そして、そんな単純な手で突破するとかありかよ!

 

 いやさ、こんなの想定外だわ。

 だってさ、こんな子供がやるような事をやるとは思わないじゃん。

 わざわざルールとして説明する必要があるとは思わないじゃん。

 出来る事ならば禁止とし、再度ゲームをやらせたい。

 しかし、それは出来ないのだ。

 だって、「ルールはこれだけ!これから追加する気もない!」って言っちゃったんだもん。

 流石にGame Masterとして、前言撤回は出来ない。

 だってGame Masterとして、格好がつかないもん。

 こうなっては仕方がない……。


「仕方がない……ふむ、良かろう!第一ステージは全員突破したという事にしよう!今回ばかりは我らの手違いもあったしな」


「しかし、プロフェッサー……」


「問題ない、男職員よ。どうせ、次のゲームで半数以下になるのだからな!さて……我は次のゲームの準備をしに行く。せいぜい、今生きていることを喜んでおくが良い、参加者ども!」


 そう言い捨て、第二ステージの裏へと足を進める。

 その時、ふと背後から声が聞こえた。


「凄げえよ赤髪!お前の言った通りで行ったら、本当に全員突破で来た!」


「そんな事ないよ。運営が馬鹿で良かった。やっぱり一人で騙して生き抜くより、全員で生き抜く方が良いからね」


「そうだな!絶対全員で生きて帰ってやろうぜ!」


 声色から察するに、アホずらの男と赤髪眼鏡の男が話しているようだ。

 散々に言っているようだが、笑って話せるのもここまでだ。

 次のゲームでお前らの薄っぺらい友情はぶっ壊れるのだからな!


 第二ステージの裏へ着くと、即座に指示を出し、第二ステージ開始の準備を進める。

 ステージの点検を手作業で行い、自作の機械の動作確認を行う。

 改めて至る所を確認していき、全ての準備が完璧であるか確認を取る。

 優秀な職員の尽力もあり、運営側の準備は数分で完了し、参加者側の準備を待つのみとなった。


 落ち着いて席に着き、カッコいいという理由だけでブラックコーヒーに口をつける。

 その苦みに顔が歪むのを耐えながら、数十グループに分けられた参加者の確認をする。

 予め指示していた通り、アホずらの男と赤髪眼鏡の男は同グループに分けられている。

 その事実を確認し、これから起こるであろう出来事に笑みを浮かべていると、参加者側の準備が整ったと報告が入った。

 全ての準備が整ったのを確認し、マイクを手に取ると、映像に目をやりながら説明を始める。

 映像には六つのレーンが映され、その内二レーンにはアホずらの男と赤髪眼鏡の男が映されている。


「さて、諸君らも位置に着いたようだな!これより、このステージのゲーム内容を説明する!ルールは単純!君たちはそれぞれ一直線のレーン上にいると思うのだが、そこを静かに、真っ直ぐ進み、無事にゴールに着けばクリアだ。えー?何故静かにだって?それはな。このレーンで大きな音を出すと、スタートから少しずつ足場が落ちていき、最終的にレーン全体が消え去り、そこにいる参加者は落下死してしまうからだ!ほら、テレビとかである後ろから足場が落ちてくやつだ!どうだ?怖いかー?」


 煽るように言葉を放つが、誰一人として反応しない。

 ここのセリフは結構頑張って考えたんだけどな……もっと反応してほしかった。

 いや、こんな事でめげるな俺。

 どうせこいつらはこれから地獄を見るんだ。

 頑張れ俺。

 

「さ、さらにだ!さっき言った音なのだが、もし同じグループの誰かが音を立ててしまった場合。連帯責任でグループ全員のレーンの足場を落としていく!つまり、諸君らは……あれだ、あれ……一進一退?全体一体?……まあ、忘れたからいい!取りあえずルールが分かったのなら、ゲームスタートだ!」


 ボタンを押すと、全てのレーンにゲーム開始の信号が入った。

 それと同時に、会場は静寂に包まれる。

 参加者は進み方は違えど、音を立てずにゴールへと進みだす。

 匍匐前進で進む者や、一歩ずつ慎重に進む者。

 赤ちゃん歩きで進む者や、数センチずつ進む者など様々。

 そして、全員は半分を突破した頃。

 ついに俺は動き、指示を出す。


「女職員よ。プランβを発動する。作業に取り掛かれ!」


「了解です!」


 そう答えると、女職員は手元のレバーを深く押す。

 すると、会場全体に「規定以上の音が発生したため、足場落下を発動します」とのアナウンスが流れると同時に、全てのレーンの足場が闇に消え始める。

 参加者は焦り、全員がすぐさまゴールへ駆け出す。


「ふっふっふっ……あの焦りようを見ろ、女職員よ!哀れとしか言いようがないな!」


「はい。しかし、良かったのですか?音を立てていないのにも関わらず、足場の落下を始めて……」


「良いのだよ。こうでなくては面白味がないからな!それに、これも第一ステージを全員突破したのが悪いんだ!」


「そうですか。それなら良かったです。しかし、この罠で脱落する人などいるのでしょうか。ハッキリ言って、落下速度は中々に遅いと思いますよ」


「確かにな。恐らくアホずらの男の様な青年は無事に済むだろう。しかし、年老いた老人はどうかな!同グループには八十代後半の老人がいたはずだ!あの老人は無事で済むはずがない!どれどれ……」


 そう言いながら会場の様子が映るモニターに手を置く。 

 画面に触れ、設定をいじりながら老人が映る映像へと画面を変える。

 そして、老人の様子を見ると、俺は思わず固まった。

 その衝撃的な映像に、石化したかの如く完全に固まってしまった。

 

 その映像には、落下する足場から逃げる老人の姿が映っていた。

 その老人は足場から逃れるべく、ゴールへたどり着くべく、全力で走っていた。

 それはもう信じられない速度で。


 以前、テレビで見た事があるオリンピックの100m走。

 そこで走っていた世界各国の足が速い猛者たち。

 その猛者たちと同レベル。

 いや、その猛者たち以上の速度で走っていた。

 これまで生きてきた中で、これほどまでに速い人類は初めてだと言っても過言ではないほどの速さ。

 速過ぎて、高性能なカメラを使っているのにも関わらず、映像がぶれっぶれになっている。

 その様子に衝撃を受けすぎて、全く体が動かない。


 いや……人間じゃないだろ。

 だって……超老人だぞ。

 何であんな速さで走れるんだよ。

 世界一の走りをテレビで見た事があるが、それ以上の速さに思えたぞ。

 あれ、本当に人間か?間違えて化け物一人混ざってないか?

 だって……え……ええ……えええ……?

 元陸上選手だったりするのか……いや、それでもあの速さは異常だって。

 だって、あんなのチートじゃん。最強チートじゃん。


 駄目だ。衝撃過ぎて体が動かない。

 驚きすぎると人って動けないんだな。初めて知ったわ。


「……あの、主催者様。どうやら全員が無事にゴールに到着したみたいです」


「え、あ……あ、ああ!そ、そうか。それなら全員を同じ部屋に……」


「ゴール先は同じ部屋に繋がっているので、既に全員が同じ部屋にいます」


「あ、ああ、そうだったな」


 予想外の連続。衝撃的な映像。

 緊急事態の連続で、相当混乱しているのが自分でも理解できる。

 このままでは、確実に状況は悪化する。


 落ち着きを取り戻すべく、一度席を立ち、体の力を抜く。

 大きく息を吸い込み、全力で息を吐く。

 その作業を数回繰り返したのち、再度元の席へ着いた。

 深呼吸のおかげか、多少冷静さを取り戻せたように感じる。


「よし、もう大丈夫だ。まあ、ハッキリ言ってここで死のうが死ぬまいが、大した問題じゃない!俺の狙いはここからなのだ!見てろ、女職員!俺の予想通りなら、この後こいつらは喧嘩をする!誰が音を立てたのかという理由でな!そして、仲違いし、裏切り行為が始まるのだ!」


 そうだ。重要なのはここからだ。

 誰かのせいで死にかけたんだ。

 確実に全員が腹を立て、怒り狂っているに違いない。

 一先ず誰が犯人かを捜す事になるだろうが、当然の事ながら誰一人として名乗り出ない。

 それもそうだ。何故なら音は出ていないのにも関わらず、俺たちが勝手に足場を落下させ始めたのだからな。

 しかし、そんな事を知る由もない彼らは犯人捜しを続け、それと同時に憎悪も増加していくはずだ。

 そうなれば、何もしなくとも互いの友情は消えさり、互いに疑い、裏切りあう事となるはずだ。

 さあ、参加者ども!俺たちの手の上で踊り狂うが良い!


 心の中でそう叫びながら、画面の設定をいじり、会場の声がより聞こえるように設定をした。

 すると、会場から怒りの声が聞こえてきた。


「おい、いい加減に白状しろよ!こんなかの誰かが音を立てたせいで死にかけたんだぞ!いい加減に名乗り出ないとぶち殺すぞ!」


 その予想通りの怒りの声に、今日一番の安心と喜びが胸を包み込んだ。 

 どうやら怒り狂っているのはアホずらの男。

 予想通りの人物が怒っていたことにより、より一層喜びの感情が湧き上がってくる。


「落ち着いてよ!みんな生きてるんだし、良かったじゃない!」


「黒髪女さんの言う通りだよ。みんな生きてるんだし、今はそれを喜ぼうよ」


「うるせえ、赤髪に黒髪女!そんなこと言ってるお前らこそ犯人なんじゃないのかよ!」


 アホずらの男よ……お前は最高だ!

 数刻前までは最悪の奴だと思っていたが……お前はやっぱり最高だ!

 全て俺が求める言動をし、その場を荒らしまくってくれる。

 俺の想像した通りのヤンキーキャラになりつつある。

 デスゲームテンプレの展開が作られつつある。

 お前は本当に……俺の自慢の参加者だよ!

 さっきは悪口思ったりしてごめんな!

 俺はお前が大好きだ!

 この調子でどんどん場を荒らしていけ!

 

 そう思った直後。

 ヘッドホンを付けた女性の参加者が口を開いた。


「……ねえ、うるさいから黙ってくれない?」


「……は?黙ってって……今そんな状態じゃねえんだよ!この中の誰かが嘘ついてるかもしれないんだぞ!」


「……よく考えてみてよヤンキーくん。これはデスゲームなんだよ?それにしてはさっきのゲーム、簡単すぎると思わない?音を出さなければよくて、時間制限がない。デスゲームでそんなゲームをい出すなんていくら考えてもおかしいでしょ。それなら何でそんな簡単なゲームにしたのか。考えうる理由は一つ。このゲームには裏があった」


 ……いや、ちょっと待って。

 なんか一人の参加者が説明を始めたんだけど。

 それもなんかめちゃくちゃ分かってる風なんだけど。

 嫌な予感しかしてこないんだけど。

 既に簡単すぎるとか、裏があったとか言ってるし、この後のセリフが怖すぎるんですけど。


 え、大丈夫だよね?

 流石に作戦がばれていたりしないよね?

 え、流石にそこまで頭回ったりしないよね?

 だって、さっき他人のミスで死にかけたんだよ?

 誰しも頭に血が上って考えがまとまらないはずだよね?

 大丈夫だよね!?!?!?


「……裏っていったいなんだよ」


「私の推測だと、装置が作動し、足場が落下し始めたのは音が鳴ったからじゃない。運営が勝手に機械を操作し、そうなるように仕向けたんだと思う。理由はおそらく二つ。一つはそれにより脱落者を出す事。二つ目はこうやって言い争いをさせて、仲違いさせて、疑心暗鬼にさせるため。推測ではあると思うけど、間違ってはないと思うよ」


 うわー、全部言われた。全部推測されてた。

 もう……最悪だよ。

 今完璧な流れ来てたじゃん。

 このまま仲違いして、俺たちの思うがままになる流れだったじゃん。

 それを軽く説明するとか……お前は鬼かよ。


 いや、確かにいるよ、こういうキャラ。

 頭が良くて、運営の考え全てを見透かしているキャラいるよ。

 だけど駄目じゃん。出てきたらダメじゃん。

 ここで出てきたら運営側のメンタル。と言うか俺のメンタルが崩壊しちゃうって。

 何なんだよ畜生。最悪の気分だよ。


 てかどうするよ。さっき自信満々でこの後起こる事説明しちゃったよ。

 女職員に超ドヤ顔で説明しちゃったよ。

 途中までは良かったけど、途中からは全てが外れて残酷な結果になったよ。

 俺もう顔上げられないよ。

 恥ずかしすぎて俺もう二度と女職員の顔見れないよ。

 言葉を交わす事すら出来ないよ。

 もう最悪だよ……。


 いや、だがまだだ!

 アホずらの男が話を信じるとも限らないし、信じたとしても普通に謝るとは思えない。

 あそこまでキレていたんだ。ここで引いて謝ったりは出来ないだろう。

 恐らくは逆ギレし、雰囲気は最悪になるはず。

 というか、そうなってくれ!


「……確かにそうかもな。いや……絶対そうだ。じゃあ俺は……みんな、ごめん!」


 そう叫び、金髪の男は両膝を地面に着き、深々と頭を下げた。

 見事なまでの土下座。その様子から察するに、彼が深く反省しているのは明らかだ。


「え、いや、落ち着いてよヤンキーくん!今の状況じゃ疑うのは仕方がなかったって……あたしだってヘッドホンちゃんがいなければ、分からなかったしさ!」


「いや、今回は俺が悪った!あと少しで、俺のせいで大変な事になるかもしれなかった!本当にごめん!ヘッドホン女も、本当にごめん!んでもってありがとう!お陰っで助かった。この恩は必ず返す!」


「別にいいよヤンキーくん。失敗は誰にでもあるし、困った時はお互い様でしょ」


「ヘッドホン女……まじでありがとう!」


 そう言いながら、彼は地面に頭を擦りつけ、深く謝罪をした。

 

 ……いや、まあそんな気はしてましたよ。

 ここまで流れ最悪なんだから、予想通りにはいかないと思ってましたよ。

 滅茶苦茶深く土下座してるし、滅茶苦茶謝罪してるし。

 他の参加者も嫌な顔一つせず、許してるし。

 何これ、優しい世界過ぎるだろ。


 あれ、これってデスゲームだよね?

 デスゲームってもっとこう……ギスギスしてて、人間の悪い所が出まくるゲームだと思うんですけど。

 もっとこう……自分の身を守るために、他の参加者は引きずり落とすような、そんなゲームだと思うんですけど。

 何これ。本当に俺デスゲームやってるのかな。

 間違えてゆるゆるゲームやっちゃってないよね。


「……あの、主催者様。次のグループの参加者が待っているんですけど」


「え、ああ、そうだな。……いや、そうだよ!参加者はこいつらだけじゃなかったんだ!そうだ……きっとこいつらがおかしいだけで、他の奴らは大したことないはず……。女職員よ!すぐさま次のゲームを始めるぞ!」


「了解しました」


 そして、次々にグループを入れ、ゲームを始めて行く。

 しかし、どのグループも思い通りに行くことはなかった。

 基本的なグループはそもそもとして言い争いは起きず、攻める事もしない。

 ただ、生きていることを喜び、誰がミスをしたかは問わず、気にしないように互いを励まし合う。

 

 言い争いが起きたとしても、運営の策略だと気づくか、優しそうな参加者が自分がやってもないのにも関わらず、自らのミスだと言い、全力で謝罪をした。

 言い争いによる仲違いを避けるためや、実際にミスをした者を庇うためなど理由は様々だが、一貫して他人のために行っている。

 日常生活ならともかく、命が掛かったデスゲームでこのような行動を起こせるものは善人と言って相違ないだろう。

 

 最終的に全グループがゲームを終えた頃。

 その時点において、死亡した参加者は0名。

 仲違いを起こし、険悪な状態にあるグループは0グループ。

 参加者全員完全に無事な状態での第二ステージ終了となった。

 

 それでも諦める事無く運営側は第三、第四ステージにおいて、多種多様なゲームを参加者へと繰り出していく。

 しかし、参加者はどのゲームもいとも簡単に突破していった。

 当然の事如く、誰一人脱落せず、芽生えた友情が消える事もない。

 逆に友情は強くなり、参加者は一丸となってステージに挑んでいた。

 この想定外の状態に、運営側も限界が来ていた。


「もう……駄目だ……。どうしようもない……」


「主催者様、大丈夫ですか?顔色が良くないようですが……」


「まあ、大丈夫……とは言えないかな」


 ハッキリ言って、全てが想定外。

 全てが上手くいっておらず、状況は最悪。

 予定では最終ステージの人数は一桁代になるはずだった。

 それがまさかの全員生存。

 ここまで来ると胃が痛いとかそう言う次元じゃない。

 俺はもう心身ともに限界だよ。誰かこの状況をどうにかしてくれ。

 

 あー……なんかもうどうでも良くなってきた。

 デスゲームなんかやめて、家に帰ってゲームでもやろうかな。

 そう言えばこの間買った新作ゲーム。まだ序章しかやってなかったんだよな。

 よし、家に帰って新作ゲームをやろう。

 無駄に見ないテレビをつけて、お菓子を食べながらゆっくりやろう。

 デスゲームなんか忘れて、楽しい事をしよう。


「……お疲れのようですが、そろそろ最終ゲームを開始しなくて大丈夫なのですか?最強の殺人鬼の用意は一応済んでますが、直接何か伝えたりなどは……」


「え……いや……別に……あっ……あああああああああ!そうだ!最終ステージは殺人鬼を使うんだった!最強の殺人鬼を使うんだった!」


 最終ステージの内容を思い出し、思わず心の声が出た。

 それと同時に、一筋の希望が見えてきた。


 そう。最終ステージでは、最強の殺人鬼を使用する。

 この殺人鬼は我ら運営側が一年の月日をかけて鍛え上げ、作り上げてきた最高の殺人鬼。

 元は集団の中にいるのが死ぬほど嫌いなだけの、殺人願望のある少年だった。

 そんな彼に、俺たちは様々な事を覚えさせていった。

 2mを越える身長に、スイカをいとも簡単に握り潰せる握力。

 鍛え上げられた最強の肉体に、極められた殺人技術。

 そして、敵を仕留める事に特化した数多の武術など、本当に様々な能力を覚えさせてきた。

 その強さは強大で、世界最強と謳われる様々な武術家や戦闘狂を、8割の確率で撃破することが可能なほどである。

 まさしく、運営側の秘密兵器。

 この殺人鬼がいれば、参加者全員を脱落させる事も苦ではない。


 想定外の事態が起こりすぎたせいで、すっかりその存在を忘れていた。

 やはり、諦めなければ奇跡は起こるんだな。

 当初の予定では、最終ステージで一人を残し、参加者のほとんどを殺害する予定だった。

 しかし、ここまでコケにされて、もう我慢の限界だ。

 今回のデスゲームクリア者は無しにしてやろうじゃないか。


 最後の切り札を前に、一気に自信を取り戻し、職員に指示を出していく。

 そして、最強の殺人鬼に通話を繋ぐと、指示を伝え始める。


「もしもし、我だ!最強の殺人鬼よ、調子はどうだ?」


「うおおおおおおお!プロフェッサアアアアア!最高だぞおおおおお!」


「それは良かった!さて、殺人鬼よ!君にいい知らせがある!当初の予定では一人を残して、全員殺せとの事だったが、協議した結果。なんと……今回は参加者全員を殺して良いとの事になった!」


「えええええええ!本当かあああああああ!全員殺して良いのかああああああ!?」


「ああ、全員良いんだ!君なら出来る!頼りにしているぞ!」


 それだけ告げ、通話を切る。

 普段通り、調子良さげな殺人鬼の声を聞くと、安心感が爆増してくる。

 調子が良い時の彼の仕事は完璧だ。失敗した事は両手両足で数える程度しかない。

 これなら、大した問題は怒らないはずだ。


 肩の荷が下りたような気分になり、体の力を一気に抜く。

 思い返してみれば、第二ステージを突破されてから、飲み物一口も飲んでいない。

 気付くと無性に喉が渇いてくる。

 随分前に用意されたブラックコーヒーを手に取ると、全てを飲み干す勢いで喉へと流しこんで行く。

 不思議と苦みは感じず、美味しいとすら感じる。

 確実な勝利を目前としているからだろうか。

 そんな事を考えながらも、全ての準備が整ったのを確認し、最終ステージの会場へ、映像を繋ぐ。

 

「やあ、参加者諸君!ここまで良くたどり着けたものだな!一応は褒めてやろう!しかし、残念ながら諸君らはここで全員死ぬこととなる!最終ステージのゲーム内容を説明する!ルールは簡単。これから一時間、最強の殺人鬼から逃げきればいい!正真正銘ルールはそれだけだ!それでは……ゲーム開始!」


 突然の開始の宣言に、参加者は一気に騒めきだした。

 そんな彼らを待つことなく、無慈悲なゲームは開始される。

 会場の出口が大きく開くと、そこから鉄パイプを持った大柄の男が会場へと侵入した。

 そう、彼こそが最強の殺人鬼その人である。

 その不気味な雰囲気に、彼らが動けずにいると、その中から一人。

 大柄な中年男性が前へと出てきた。


「最強だか殺人鬼だか知らねえが……俺は柔道で茶帯を持ってるんだ!お前程度ぶっ倒してやる!」


「柔道うううう?柔道なら俺も出来るぞおおおおお!」


 そう叫ぶなり、殺人鬼は男へと駆け出す。

 想像以上の素早さに動揺しながらも、男はすぐさま戦闘態勢に入る。

 が、殺人鬼は彼をいとも簡単に捕獲し、大きく持ち上げると、彼を十数m先の壁に投げつけた。

 その衝撃の強さに、彼は苦しみ声をあげ、地面に倒れこんだ。

 大柄の見た目と反する想像以上の素早さ。

 大柄な男を軽々と持ち上げ、十数m先へと投げつける圧倒的力。

 人間をほぼ超越したとも言えるその力に、参加者は動揺し、動こうにも動くことが出来ない。


「ふっふっふっ……どうだあああああああ!これが俺たちの奥の手だ!見ろ、女職員よ!あの驚いた顔を!恐怖に怯える顔を!あのマヌケな顔を!」


「流石にあの殺人鬼には動揺を隠しきれないみたいですね」


「ああ、そうだ!だが、ここからだ!さあ、行け、殺人鬼よ!参加者全員を地獄へ送り出せ!」


 その声に応えるかのように、殺人鬼は参加者へと向かって行く。

 当然、参加者は怯え、一斉に逃げ惑う。

 その様子はまさしく地獄絵図。

 

 ふう……最高!

 あー、もう……最高!

 自分の作戦が上手くいくことが、ここまで気分が高まる事だとは思わなかった!

 本当にいろいろあった。思えば苦悩の連続だったな。

 初めてのデスゲームなのにも関わらず、全てが予想通りにいかず、デスゲームとは思えない雰囲気で進んで行った。

 ステージは軽々とクリアされ、誰一人として死なずに最終ステージまで来てしまった。

 ハッキリ言って、心が折れたこともあった。

 というか、少し前まで心は折れていた。

 全てが上手くいかず、デスゲームなんかやめて、家に帰ろうと思ったこともあったな……。

 

 長く、大変な一日だった。

 本当に……本当にここまで長かった……まあ、実際の時間は一日も立ってない訳だが。

 体感時間で言えば二日ほどたったような感じだ。

 だが……ここで終わる。全てが最高の状態で終わる。

 最強な殺人鬼によって、参加者は全員脱落し、デスゲームは終了するのだ!


「……主催者様。様子がおかしくありませんか?」


「え?おかしいって……何がだい、女職員よ。すべてが順調じゃないか!」


「いや、さっきまで逃げまどっていた参加者が、逃げるのを辞めて、殺人鬼を囲っているのですが……」


 そう言われ映像を見ると、確かに参加者は逃げるのをやめ、殺人鬼の周りに集まっている。

 何事かと思いながらも、その様子を眺めていると、突如として、参加者全員が殺人鬼へと駆け出した。

 突然の行動に動揺しているのか、殺人鬼は一瞬反応が遅れてしまった。

 その隙を突き、何度もゲームのクリアに貢献した、アホずらの男が殺人鬼から鉄パイプを奪い取った。

 そして、その鉄パイプで殺人鬼を全力で叩く。

 当然の事ながら、最強である殺人鬼には全く効いていない。


 殺人鬼はアホずらの男に対し拳を向ける。

 しかし、それを阻止するべく、他の参加者が彼へと襲い掛かる。

 驚きながらも、軽く参加者を投げようとすると、別の参加者が襲い掛かり、邪魔をする。

 次から次に参加者は襲い掛かり、殺人鬼の動きを封じていく。

 どうやら、参加者は数で対抗しようという考えのようだ。


「ふっ……無駄な事だな。いくら一般人が襲い掛かろうが、最強の殺人鬼の前では無力!そんな行動は無駄なのだよ!さあ、全てを蹴散らせ!殺人……あれ、え、殺人鬼?最強の殺人鬼?」

 

 殺人鬼の様子がおかしい。

 最初は参加者を蹴散らし、余裕があった。

 それが襲い掛かる参加者に捕まれ、身動きが取れなくなっている。

 しかし、彼の力なら一般人である参加者程度蹴散らせるはず。

 一体どうしたのだろうか。


「主催者様……これまずくないですか」


「え、何がだい、女職員よ」


「いや、そもそもとして、最終ステージにこんなに大勢が残るって予定されてないんですよ。予定では数人が残るとされていましたし、それもあって殺人鬼は対大勢向けではありません。対大勢になると、世界最強のボクサーレベルから、サッカークラブに通っている小学生並みに弱くなります。それに……彼が嫌いなこと覚えてませんか?」


「嫌いな事?何かあったか?」


「……たしか彼、集団の中にいるのが嫌いじゃありませんでしたっけ。それも死ぬほど」


「……確かにそんな事も言ってたな…………。対大勢に向いておらず、死ぬほど嫌いな状況下にある。あれ……これまずくね?」


「はい。まずいです」


 その言葉を聞き、最悪のシナリオが頭をよぎった。

 焦りながらも再び映像に目をやる。


 丁度その瞬間。

 一か所に集まっている参加者の中から、一人の男が抜け出し、出口へと超高速で走り出した。

 その男は大柄で、目から大量の涙をこぼしている。

 見るに堪えない姿になっているが、間違いなく殺人鬼であった。


「プロフェッサアアアアアア!助けてええええ!人が沢山で怖いよおおおおお!殴ってるのに人が減らなくて敵わないよおおおおおおお!」


「ちょっ……落ち着け最強の殺人鬼!お前は最強だ!お前なら出来るだろ……ちょ……殺人鬼聞いてる!?一回足止めて、話聞こうよ!殺人鬼くんんんんんんん!」


 言葉を聞くことなく、殺人鬼は会場を後にした。

 会場は少しの間静寂に包まれたが、すぐに参加者の喜びの声で包まれた。


「やった……やったぞおおおおおおおおおお!なんとかなったああああ!赤髪!お前の言った通り数で何とかなった!」


「ハッキリ言って賭けだった……全員が最後まで残ることを想定してなかった事を考えて、想定外である参加者の数をいかせば、想定外の事態に反応できないのではあと思ったが……上手くいって良かったよ!ヤンキーくんも武器を取るの良かったよ!」


「そうか?ありがとうな!」


 互いが互いを褒め合い、喜びを分かち合っている。

 泣き叫ぶ者もいれば、抱き合い、喜びあっている者もいる。

 信じられないほどに嬉しそうだ。

 それに比べて、俺の気持ちは最悪だった。


 ……だってさあ……想定外も想定外も想定外じゃん。

 まさか、こんな形で殺人鬼の弱点疲れるとは思わんやん。

 いやさ、殺人鬼の嫌いな事は把握してたんよ。

 だけどさ、最終ステージに来るのは数人の予定だったんよ。

 絶対に弱点がつかれる事はないと思ってたんよ。

 絶対にないと思ってたから、さっきまで頭から抜けてたんよ。


 それに、全員が一斉に襲ってくるとは思わんやん。

 あんな化け物目の前にしたら、全員恐れて、逃げ惑うに決まってるじゃん。

 全員協力して立ち向かうとか……お前ら全員勇気バケモンかよ。

 

 最悪だ……ここまで来たらどうしようもない。

 どんな手を使っても、参加者全員を脱落させる手が思いつかない。

 さっきの様子じゃ、殺人鬼もしばらく動けなさそうだもんな……。

 はあ……初めてのデスゲームだったのにな……。

 ワクワクとドキドキで昨日は眠れなかったんだけどな……。




 ……うん、今回ばかりは完敗だ。

 全て参加者に上をいかれた。

 潔く負けを認めよう。

 だが……負けを認めるのは今回だけだ。

 次は負けない。次こそは完璧なデスゲームを開催し、参加者を恐怖で苦しめてやる。

 楽しく、最高なゲームを作り上げてやる!


「女職員よ……今回のデスゲームは失敗だ。しかし……次は勝つ。次は完璧なデスゲームを開催し、俺たちが勝ってやるぞ!」


「……はい。そうですね。……しかし、その前に一つ越えるべき壁があります」


「ん?超えるべき壁って?」


「……この数の参加者の賞金……どします?」


「あ…………ふう……」


 全てを悟り、ゆっくりと振り返る。

 そして、一つの決意を胸に持つ。


 嫌な事忘れて、家帰ってゲームしよう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰も死なないデスゲーム GIN @GIN0701

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画