第22話 こわ~いオジサンが来ましたよ


「どうやってここに入ってきやがった」


 オジサンがこの階に入ってこられたことに驚く男達。

 彼等からすればこの階は自分達専用の遊び場。

 この階に来るためには指紋認証などが施されてある専用のエレベーターを使用しなければならない。

 そう言う風に作られているのだから、まず見知らぬ者がここに来れる訳がない。


「いや~、大変でしたよ。ここに来るためのエレベーターは使えませんし、他のエレベーターを使っても真下の階までしか行けませんでしたので、仕方なく部屋をとってそこからよじ登ってきたのですよ。おかげで腕がボロボロです」


 ボロボロと言う言葉通りオジサンの手は傷だらけであった。

 どうやら登ってきたと言うのはロッククライミングの様にホテルの壁を這って登ってきたようだ。


「ただし、無理したかいがあったと言うものですね。遅れてはしまいましたが、助けることはできたのですから」


 少々大変でしたが、本当に良かったと思います。

 優愛さんに怖い思いをさせてしまいましたが、最悪を経験させずに済んだのですから。


「そして、クズが一箇所に集まっていただけたのも幸いでございます。この場所ならば取り逃がすこともありませんので」


 この階から出ていくには専用のエレベーターを使うほかない。

 そしてその専用のエレベーターはオジサンの背後にある。

 逃げるためにはオジサンを倒すほかないと言う訳だ。


「く、くはははははっ! 何が取り逃すことはないだ! 不意打ちで殴れたくらいで調子子いてんじゃねぇよ! おいテメェ等!」


 裕也の声に従うように、男達は思い思いに武器を取り出す。

 懐からナイフを取り出す者が大半だが、中には反グレが使っていそうなメリケンサックなどと言う殴ることに特化した武器を取り出す者もいた。


 イイですねぇ、メリケンサック。

 殴る攻撃力を上げてくれる最適武器ですよ。あれは。

 なので私も使いたいのですが、いかせん指が太すぎて使えないのです。

 第一関節で止まってしまいますからねぇ。


「そろそろ足が付きそうだったんだ。俺等の代わりに豚箱に入って貰おうぜ!」

「ぎゃははははっ! 見た目も豚と大差ねぇし丁度いいだろ!」

「つぅ~ことでブタ。ちっとおねんねしてな。ソイツで楽しんだ後にちゃんと豚箱に返してやるからよぉ!」

「おやおや」


 遠慮も躊躇もなくメリケンサックを装備した男性が、とても殴りやすそうな私のお腹を殴ってきました。


 この方は随分と腕に覚えがあるようですね。

 こんなにも他人に不用意に近づいてくるなんて。


 そんな事を思いながら己の腹に触れかけた拳を掴み、


 ボギッ


「へ? ひぎゃああああぁぁぁぁぁっ!?」


 そのままへし折った。


「フェイントも入れずに何故殴れると思ったのですか? 貴方の目の前にいるのは意志のある人間ですよ?」

「芳樹! てめぇっ! 芳樹を離しやがれ!」


 それなりに仲間意識は高いのか芳樹と呼ばれた腕を折られた男性を助けるためにナイフを持った男が襲い掛かってきました。


 ゴギボギッグサッ


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

「だから何故一人でくるのですか? せっかく頭数がそろっているのですから一斉にかかってきなさい。一斉に」


 あまりに己の利を生かさないことに、オジサンは指摘する。

 指摘しない方が己のためになるのだが、こういう口うるさく注意してしまうのは年だからかもしれない。

 相手がゴミクズであっても若者であるので、導きたくなるのだろう。

 まぁ、導くのは戦い方までだろうが。


 そしてオジサンに指摘されたからか、男達はオジサンに言われた通り一斉に襲い掛かってきた。

 広い廊下であるため五人も並ぶことができるが、戦うとなると身動きが満足に取れなくなってしまう為、基本二・三人で襲い掛かってくる。

 そんな男達の攻撃をオジサンは受け止めながら、腕をへし折っていった。

 一人ずつ丁寧に、順番ですよと言った感じで。


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「骨が一本折れたくらいで戦意喪失とは、なんとも情けないですね。楽でよいですが」

「や、やめくぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 腕の骨を折ってから蹴飛ばせば、腕を庇うように蹲る男達。

 そんな男達が反抗できぬようにオジサンは思い切り男達の足首を踏む。

 巨漢のオジサンが遠慮も躊躇もなく踏んでくるのだ。

 確実に怪我を負うだろう。


「くそっ! なんなんだくそ! テメェは何なんだよ!」

「なんなんだと申されましてもただのオジサンですよ? としかお答えできませんねぇ」


 仲間がほとんどやられたせいで逃げ腰になっていますね。

 というか彼氏さんの裕也さんは口だけで全く戦おうとしません。

 なんとも情けない事です。

 容姿はとても整っているのですけどねぇ。


「それでまだやりますか? それとも降参しますか? 三条建設がご子息。三条 豊さん」

「!? お、おまっ! なんで俺の本名をしって!」

「調べたからに決まっているではありませんか。ちなみにそちらに転がっている方は石井病院のご子息の方で、そちらの方は暴株式会社のご子息であることも調べはついておりますよ。更にいえば、貴方方が今まで行ってきたお遊びの証拠なるモノも手に入れております」


 これがその資料の写しですよと言いながら、彼等の個人情報や今まで行って来た悪事を見せつける。

 もはや言い逃れできる状況ではなく、裕也さん改め豊さんは苦虫を噛み潰したような表情になる。


「ですのでそろそろ観念しませんか? 今なら死後の世界に行った際、そこまで苦しまぬように口利きしてあげますよ」

「何が死後の世界だ。頭の可笑しい奴なんざそこの女だけで十分なんだよ!」

「優愛さんがなぜ神様を信じているのか・・いえ、何を信じているのか批判するのは止めなさい。彼女にとってそれが心の支えでもあるのですから」

「はんっ! ならそいつの心の支えを無くしてやるよ!」

「・・・おやおや」


 きらりと光るキリスト キーホルダー。

 優愛が大事にしていたモノを豊は持っていたナイフで壊そうとする。


「や、やめて! 返してっ!! かえしてぇぇぇっ!」

「そうですよ。やめなさい。でないと今すぐ痛い目に合ってもらうことになりますよ?」


 やめるように声をかけるも、犯される時よりも悲痛な表情を浮かべる優愛が見られて楽しいのか、聞き入れることはなく、ナイフを振り下ろした。


「はぁ・・・・・・・愚か者が」


 背筋が冷える程に冷たい声がオジサンの口から発せられると同時に、床に転がっていたナイフを蹴り上げる。

 蹴ったところでプロサッカー選手並みの威力も無ければ、精度も良くないのだが。


「左目を潰しなさい」


 オジサンがそう発するだけでナイフは何かに、いや真っ白な男性の手がナイフを掴み、オジサンの指示通り豊の左目を突き刺した。


 耳をつんざくような悲鳴が豊から発せられるが、オジサンは気にせずスタスタと近寄りナイフを持っていた手を踏みながら、優愛の心の拠り所であるキーホルダーを取り返した。

 幸い血で汚れてはいないが、薄汚い人間の指紋がべったり付いているのはイヤだろうと思い、ハンカチで綺麗に磨きながら、優愛の元へと戻る。


「お待たせしました優愛さん。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 恐る恐る受け取った優愛さんにとっての大事なキリスト キーホルダー。

 それを受け取ると優愛さんは抱え込むように胸を抱えだす。


「・・・おと・・・さん・・・おとうさ・・うああ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そして発する言葉は神に祈る言葉ではなく、親を呼ぶ言葉であり、優愛さんはそのまま幼い子供のように泣きだしてしまいました。

 心の支えを手にしてから一気に不安や恐怖がぶり返したのでしょうね。


「怖かったですね。大丈夫ですよ。大丈夫ですからね」


 オジサンは優しく優愛の頭を撫でる。

 自分の役目ではないと知りつつも、今ここで彼女を慰めてあげられるのは己しかいない。

 こんな気持ち悪いオジサンに触れられる方が嫌かも知れませんが、そこは我慢してください。


「大丈夫。あなたを傷付ける人はもういませんよ」


 優しく声を掛けながら優愛が泣き止むまで優しく、優しく撫で続け、静かに落ち着くのを待つのだった。


 ちなみに時々周りの男達が痛みでうめき声をあげるが、うめき声を上げた者の顔面付近にナイフを突き立て、にこりと笑みを浮かべながら注意を施すと口を噤むので、問題なく静かに優愛が落ち着くのを待つことができるのであった。


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