第12話 対処法のご紹介的なお話
痴漢冤罪にかかった場合は逃げないことが何より重要である。
逃げた場合線路などに飛び出し電車にひかれて死ぬ例や、己は痴漢などしていないと言うのに周りが信じてくれない精神的負担に対して自殺することが多いからだ。
そしてなにより捕まり裁判が始まった際、いくら否認したところで検察官や裁判官から「なぜ逃げたのか?」とつっこまれると、不起訴や無罪判決の獲得が難しくなりがちだからだ。
故に逃げてはいけない。
逃げずに立ち向かわなければならない。
自分が痴漢などしていないと否定し続け。
日本人にありがちな「すみません」という言葉も口に出さないように気を付けながら、スマホでも何でもよいので会話の録音を開始したり(こっそり録音しても法的には問題なし)、被害者に警察を呼ぶかの確認や、微物検査を行ったり、無罪を勝ち取るために証拠集めや私選弁護士の要否の確認なども怠ってはならない。
勿論痴漢冤罪を掛けて来た女性には、被害者届けの提出ではなく、虚偽告訴並びに名誉毀損で訴え、慰謝料請求も辞さない構えを取るのが重要だ。
そういった徹底抗戦の構えを取ることで、無罪を勝ち取れる確率が大いに上がることを男性の諸君は覚えておいてほしい。
決して逃げてはいけない。
付け焼刃な知識であっても、戦うことが大事であると知っていておいてほしい。
貴方の一生が左右されることなのだから。
「ではこちらの供述調書に署名捺印をお願いします」
「おやおや、これにサインをしてしまうとやっていないことを認めることになるのですがねぇ。困りますねぇ。でぇへへへへへへっ」
そう言った知識を十分に持ち合わせている気持ち悪いオジサンは今、ちょっと見た目が残念な禿げた駅員さんに事務所に案内され、お話と言う名の調書を取られていた。
本来駅員さんに促されても事務所に行くことはしていけないことは十分理解している。
駅員さんが事務所に連れて行こうとするのは、犯人を逃走させないためでもあるし、あわよくばそのまま警察に引き渡して終わらせる意図がある。
なので付いて行くべきではなく、己が逃走しないことと、誠意をもって対応する旨を伝えるのが大事である・・・と気持ち悪いオジサンは理解しているのだが、普通に着いていった。
「どうもどうも、お騒がせして申し訳ございませんねぇ~」と緊張感の欠片もなく謝罪の言葉を不用意に口にしながら。
「それよりも駅員さん。そろそろ警察の方がいらっしゃっても良さそうなお時間ですのに、何故いらっしゃらないのでしょうか?」
「たしかに・・・そろそろ来てもいい時間ですけど・・・」
「失礼します」
一向に警察が訪れないことに気持ち悪いオジサンも駅員さんも首を傾げていると、先程被害にあわれた(自称痴漢された)女性を別室に連れて行った若い女性の駅員さんが現れ、何やら耳打ちしている。
はてさて何があったのでしょうねぇ~、などと人事みたいに呆けていると、女性駅員さんの目付きが冷たく鋭くなった。
痴漢などやっていないと言っているのですが、どうにも信じて貰えていないようですね。
残念です。
「被害者から要望があり警察への被害届は出さないと言うことです」
「おやおや、それは女性の立場からしてよろしいのですか?」
痴漢にあった女性は必ず被害届を出すべきである。
被害届を出されなければ犯罪の捜査はされないのですからね。
そして時間がたった後にやっぱり被害届を提出しようとしても受理されることはなく、処罰や慰謝料請求することはできませんから、一応被害届を出しておくべきだと思いますよ・・・・と駅員さん達に問いかけてみれば、なんだかお二人とも可笑しな顔になっておりますねぇ。
「何か可笑しなことを言いましたか?」
「いえ、別に何も可笑しなことでは無いのですけれど・・・・普通は加害者側が告訴されないように頭を下げたり、懇願するものですので・・・」
「確かにその通りですねぇ。ですがそれは私が本当に加害者であった場合の話ですよ。私はやっていませんので関係ないお話なのです。まぁこのような見た目ですから信じてはもらえませんけれどねぇ。でぇへへへへへへっ」
別に責めている訳ではないのだが、駅員さんも女性駅員さんはサッと視線をそらした。
己の見た目が酷いことなど重々承知しているので気にしなくていいのですがね。
「それで被害者である女の子はなんと言っているのでしょうか? もしかして告訴しない変わりに直接金銭の要求をしているのでしょうか?」
「いえ、ただ一言謝罪をし、今後女性に対して不誠実な行いをしないことを神様に誓って欲しいとのことです」
「謝罪と神様への誓いですか?」
「はい。彼女が言うには一時の気の迷いで今後の人生を棒に振るようなことにはなって欲しくないとのことです。そして一人の人生を潰してしまうような真似も自分はしたくない。けれど、己がやった罪を自覚し反省して欲しいので、神に許しを請い、懺悔してくださいと、そのような事を言っていました」
「ははぁ~、なるほどなるほど」
話しを聞く限りではとてもお優しく信仰深い女の子のようですねぇ。
被害者であるにも関わらず、加害者の事を考え更生することを望む、そんな心優しくちょっと考え方が甘い聖女のような女の子に思えるのですけれど・・・・まぁ、そうではないのでしょうね。
残念なことです。
「それではあの女の子にお伝えください。やっていないことに対して謝罪をする気はございませんし、神様に懺悔するお話はございませんので、どうぞ警察の方々をお呼びくださいと」
「!? よろしいのですか? あちらは穏便にすませようとしているのですよ?」
「ええ、構いませんよ。こういうことはしっかりさせておくべきかと思いますので。ああ、それと身分証を渡しておきますね。運転免許証と保険証、それとマイナンバーカードも渡しておきますので、どうぞ警察の方々がいらっしゃいましたら私の身分証としてご提示し、協力する旨をお伝えください」
「・・手慣れていますね」
「女性から嫌悪される風貌ですからよくあるのですよ。そう言うのが嫌で山に引きこもっているのですが、たまに電車でぶらり旅などもしたくなるのです。車では見えぬ景色や電車の音。電車の連結部分や駅やホームの構造などを眺めるのもなかなかに楽しいですからねぇ。でぇへへへへへへっ」
「・・・そうですか」
「ヒソヒソ(この方、鉄ヲタですかね)」
「ヒソヒソ(そういうことを今言うんじゃない)」
別に鉄道オタクと言う訳ではないのですがね。
というか、声をすぼめていても流石に目の前でも丸聞こえですよ。
「まぁ、そう言うことですので警察の方々をお呼びください。それとも私が望んでも呼ぶことはできませんか?」
「いえ、まぁ、できますけど・・・本当に宜しいのですか?」
「はい、どうぞお呼びください。ああ、それと一度被害者にあった女子高生のお方とお話することはできませんか? 恐らく彼女は運悪く私などが傍にいたせいで、本物の加害者を取り逃がしてしまったのですよ。彼女が痴漢をされていたことは本当の事ですから」
「本当の事とは・・・・まさかその痴漢行為を見ていたのですか?」
「ええ、拝見させて頂きました」
物腰が柔らかく、丁寧な言葉使いであるためか、駅員さんは見た目以外は無害な人なのかと思い始めていたのだが、先程の発言によりその考えを改めることになった。
「ということはあれですか。あなたは彼女が痴漢行為を行われていると知りつつ見て見ぬふりをしたのですか?」
「ええ、私には関係のない事ですし、関わり合いになりたくなかったので」
「そう言う方がいるから女性への痴漢が止まらないのです! 貴方が気付いた時点で止めに入ってくれればそれでっ!」
気持ち悪いオジサンの発言が気に食わなかったのか、女性駅員さんが耐えられずに声を荒げる。
だがそんな女性駅員さんに対して気持ち悪いオジサンは困ったように頬を掻くだけである。
「私にも色々事情がありますので、あまりお怒りにならないでください。そして私のこの風貌を見て、過去に何があったのか、どうしてそう言う考え方に至ったのかご想像して頂けませんか?」
「なにを!「・・君、下がりなさい」 !? なぜですか先輩!」
「いいから下がりなさい」
とても低い声で指示された為か、女性駅員さんは渋々部屋を出て行った。
その後、すぐに駅員さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいません。私の同僚が無礼を申しまして」
「いえいえ、まだ経験不足なのはわかっておりますので頭をお上げください」
「はい」
男同士だからわかること・・・というより、どちらも見た目が残念な者同士共感するところがあったのだろう。
第一印象と言う見た目はとても大事だ。
良い事をしても、結局見た目で判断される。
もしも気持ち悪いオジサンが痴漢を捕まえたとしても、とても見た目が整った人が犯人だった場合、その犯人が先にオジサンが痴漢だと言ってしまえば大半の人がその言葉を信じる事だろう。
第一印象とはそれほどまでに大事な事なのだ。
「ただこちらの立場から一応注意させて頂きます。できるならば見逃すことはせずにご協力願えればと思います。痴漢行為を行っている現場を撮影したりなどして頂ければ、仮に疑われたとしても疑いを晴らすことは可能ですから」
「ええ、ええ、そうさせて頂きます・・・ただねぇ、撮影するにもどうにも使い方がわかりませんで。そのせいで今も録音しようとしても、やはり使い方が・・・」
「あ~、なるほど。ですから痴漢に対する知識はありそうなのに録音をしていないのですね。納得しました」
「えぇ、えぇ、そうなのです。一応新機種という物を購入しているのですが、録音や撮影などあまり使いませんので、どうにもわからず・・すみません」
「いえいえ、わかりますよ。わかりますよ。私も電話と目覚ましくらいしか使っていませんからね。一応電子決済できるようにしていますが、その登録などは息子にお願いしましたからね。自分でやってみろと言われてもわかりませんよ」
「おや、電子決済ができるだけ凄いではありませんか。私もね。そう言う便利な機能を使いたいのですが、やはり難しく・・・」
「ですよねですよね。いやぁ、最近の携帯電話はどうにもやれることが多くなったのですが、扱い切れないと言うかなんというか」
「わかります、わかります。まったくもってその通りですよ」
そしてなぜか話はオジサン達による、オジサン達が抱える不満へと変わっていった。
世界は便利な機械に溢れているが、その便利なモノについていけなくなってきていると言うオジサンならではの不満。
そんな不満話に二人のオジサンは警察が来るまで花を咲かせるのだった。
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