第9話 何気ない朝 されど終わりは近い


「おやおや、良い子でない子がいらっしゃいますねぇ」


 そろそろ日が昇ろうかと言う時間帯に帰ってきた気持悪いオジサンが、家の玄関を開けると、布団にくるまりながら寝入る幸の姿があった。

 玄関を開ける音で目覚められないほど深く寝入っている。

 恐らく今しがたまで起きていたのかもしれない。


「ちゃんと布団で眠らなければ風邪をひいてしまうと言うのに、まったくもって困ったお子様です。あなたも大事な商品なのですよ。でぇへへへへ」


 不吉な事を言いながら気持悪いオジサンは、布団ごと幸を抱きかかえ部屋へと連れて行く。

 起こさぬように、ゆっくりと歩みながら。

 そうして布団の上に幸を寝かせると、気持ち悪いオジサンは静かに部屋を出て行った。


「さてさて、それでは少々手の込んだ朝食の準備を致しましょうかねぇ。今日から彼女の新しい生活が始まる門出なのですから」


 そう言うと外から鶏の卵や自前の畑から新鮮な葉野菜を収穫しに出かけた。

 温かくて美味しい食事を作るために。





「ん・・んむ・・・・」


 とても良い匂いを嗅ぎ取った幸は、薄っすらと目を開ける。

 まだ眠り足りないが、お腹が空いてしまったせいか、身体は睡眠よりも食欲を優先したようだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ」


 いい匂いの元は何なのか。

 その匂いを誰が用意しているのか理解した幸は、ぱっちりと目を覚ますと、その匂いの元へと小走りで向かいだした。


「でぇへへへへ、でぇへへへへ、でぇへへへへへ~。今日はよいよい新鮮卵がいっぱい取れましたよぉ~。これで今日は美味しい卵料理を作りましょうねぇ~。でぇへへへへ」


 相変わらず気持ち悪い笑い声をあげている気持ち悪いオジサン。

 けれどその笑い方と容姿だけが気持ち悪いだけで、オジサンの性格や対応は気持ち悪いとは程遠かった。

 にちゃりとした笑みも、脂ぎった手も、時々気持ち悪い呼吸音を発するも、幸にとってこのおじさんは気持ち悪くも嫌いにはなりえない存在であった。

 幸にとって言われない暴力を振るわれることはなく、暖かな食事と寝床を無償で提供し、勉強や普通の子供が体験できる遊びを教えてくれるのだ。

 だから嫌いになれるわけもない。


「砂糖をふんだんに使った巨大卵焼きの完成ですねぇ。幸さんは甘いものがお好きなようですからお喜び頂けるでしょうねぇ。良い事です。良い事ですよ。でぇへへへへ」


 ただそれでもまだ大人の男が怖いのか、幸は物陰に隠れながら、調理をするオジサンの背中を眺める事しかできなかった。

 そして、そんな幸の存在にオジサンは気が付いていても、自ら声をかけることはせず幸が自然と話しかけるのをまったりと待ち続けた。

 オジサンから距離を詰めることは簡単だが、そろそろ自分から距離を詰める経験をさせるべきと判断したからだ。

 そろそろこんな風に二人で生活するのも終わりが近づいているのだから。


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