第18話




 剣を持つ手が震える。

 遠目からでも、並外れたその姿は一目で危険だと理解できる。


 今までのスライム、アンデットなんかの魔物とは全く違う。

 あれは、魔物なんて華奢な言葉で形容できない、まるで魔獣だ。


 ...そんな変わらないか。



 あまり強くない、アンデットでさえ倒すのに手間取る俺が、いきなりこんなボスみたいなやつに立ち向かうとは思わなかった。


 今までのように剣を扱ったとしても、この辺りの魔物と魔王幹部レベルは全く違う。

 いくら本気を出しても、相手の速度に対応しきれないだろう。

 剣術スキルや魔法をどう扱うか考え、頭の中で毎秒練り続けなければ1秒と持たない。


 

 「...ルプス、吹き飛ばして。」



 彼女のひと声で、そのオオカミはためらいなく走り出した。

 数十メートルあった距離はすぐに詰められ、巨体の右前足が近付いてくる。

 残っているエンチャントの魔法効果を信じて、思い切り前足に向けて剣を振り抜く。


 刃と足が触れた瞬間、持ち手から体全体に感じたことのない重みを感じる。

 今、俺は全力を出しているはずなのに、身体強化だってかけているのに。

 体が相手の圧力に負けて、かかとで地面を抉る感触がする。


 いなすにも剣が重すぎて、体勢を変えられない。

 

 「う、腕が限界...」


 魔力も出力を上げすぎてもう底が尽きる。

 力んでる腕から足までが、だんだんと冷えて感覚が鈍る。

 まずい、もう意識が飛ぶ...。





 「...ん、逃げられた...?」



 

 





 *








 冷えかけた体の中に、血のめぐるような温かみを感じる。

 体が一瞬宙に浮いたように感じた後、背中にかなりの激痛が走る。

 


 「イツキさん!?」

 



 攻撃を直に受けてしまったのかと思い、体を見ても腕にアザや出血は一切ない。

 背中の激痛は、後ろの木にぶつかった影響らしい。


 「な、なんで...?」


 

 ふと足元から前を見ると、あのオオカミのいた場所から20mくらい離れていた。

 そして、直線上にオオカミから自分の足まで氷が張っているのに気付く。

 この辺りは寒いわけじゃないし、霜はおろか氷が張るなんてもってのほか。


 ふと靴底を確認すると、透明な膜のようなものが貼っていた。

 触るとかなり冷たく、少しすると指先に液体が付着する。


 まさか、足元から地面を凍らせて、スケートのように滑ったのだろうか。

 でも、地面を凍らせるような魔法は習得していなかったはずだ、経験値もまだ多くは溜まってはいない。


 「イツキさん!!前を見て!!」



 「うぉっ!?」



 またあのオオカミが近づいて来る。

 さっきみたいに受け流そうとするのは危険だ、あの感じからして2度目は力負けする。

 

 「あぶねっ!!」



 横に転がって攻撃を避ける。

 振りかざされた前足が木にあたると、その木は大きな音を立ててへし折れた。


 ...さっきのはクロンメちゃんの魔法効果のおかげだ、多分次はない。

 それに、あの攻撃...守ることに必死で気付かなかったけど、肉球が異常に硬かった。


 剣で切ろうとしても今の俺には...多分、こっちが消耗して全滅だろう。

 

 どうする、このままじゃ逃げ続けるだけで何もならない...。

 魔力だってこのままじゃ1分も持たない。

 ...諦められない、俺はカッコつけて人を背負ってるんだ...。


 やりたくない...でも、彼女は魔王幹部の手下ってことだ、振らなきゃいけないんだよな....。


 

 「また来ますっ!!はやく!!」



 

 


 「イツキさん.....!!」





 














 「だあああああああああっ!!」




 潰されかける瞬間、俺は最後の魔力を使って高く飛んだ。

 瞬発力強化スキルをとっておいてよかったと、過去の自分に感謝をする。


 自分の優柔不断さに命を落としかけるとは、流石に無様すぎたな...。


 

 「なっ...ルプス!」


 

 両手で剣をしっかりと握り、彼女をよく狙って剣を振ろうとする。

 彼女も見た目通り体はただの人間のようで、即座に避けるようなしぐさはない。


 このまま剣を振り抜けば、このオオカミも消えるはずだ。



 「...」


 なんだ、何か喋って...




 「たす...けて.....。」



 「っ!?」




 


 


 *









 「かはっ!!」


 空中で無理やり体をひねって、なんとか避けることができた。

 ...腰と背中が犠牲になった以外は。



 「イツキさん!!大丈夫ですか!?」


 「だ、だいじょぶだいじょぶ。だけど...。」



 彼女がさっきつぶやいていた、助けてと言ったように聞こえた。

 魔王幹部の手下じゃなかったのだろうか。


 いや、彼女の口から出た言葉だった...。

 ...この戦いは彼女の意思ではないってことなのか。


 

 「...彼女は敵じゃないかもしれない。」


 「な、イツキさん...何を?」



 「...立てるかな。俺が...合図を出すから、うまく動いて欲しい。」



 俺の予測が本当なら...彼女は何者かに操られていると考えた。

 さっき彼女を斬ろうとした時、首につけていたネックレスが紫色に光っているのに気づいた。


 いかにも怪しそうな色だった、付いていた石が人を操るための魔法石...的な可能性もあるだろう。

 あのネックレスを外せれば、もしかしたら...救えるかも。


 

 「...それ、本当ですか?」


 「わからない...けど、やってみる価値はあると思うんだ。」



 「...イツキさんが言うなら...わかりました、お供しますね!」



 

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