閑話②(三人称視点)

(閑話。別視点)


 逸る気持ちをそのままに、オフィスを飛び出した本橋はニヤケ顔をやめられなかった。


 動画に映っていたのは、間違いなく『こっくりさん』だった。


 不正だと疑わしく思えるほどの射撃精度に目が行きがちだが、『こっくりさん』で最も目を引くのはその運動神経である。VRFPSでアバターを操作するのは、現実世界で肉体を動かすのとは大きく異なる。初心者が初めてVRFPSをプレイする場合、立つことすらままならないのだ。


 例えるならば、初めて自転車に乗った時の感覚に近いだろう。仮想現実と現実世界における運動能力のギャップによって、バランス感覚が大きく崩れてしまうのだ。


 それを、まるで自分の手足のように動かす『彼』は、まさしく仮想現実の住人であろう

 しかし、なぜ本橋はオフィスを飛び出したのか。


 それは、暫定『こっくりさん』の名前に答えがあった。


 ―――桜峰高校備品。


 『ガンラノク』の初期のアバターネームは、VRマシンに登録された名前がベースとなる。そこから変更することは可能だが、もしも初期設定のままならば、つまりは『そういうこと』だろう。


 桜峰高校に、『こっくりさん』はいるかもしれない。


 世は情報社会。名前から場所を特定した本橋は、そのまま電車へと乗り込んだのだった。


 だが、ここで一つ問題が発生する。


「道に迷った……」


 渋谷から小一時間程かけて横浜駅までやってきた本橋は、道に迷っていた。

 駅についてすぐやってきた無人バス―――AIが運転するバスを指す―――に乗った本橋だったが、興奮のあまり二つ前のバス停で降りてしまったのだ。


 ―――ここで降りて細道通った方がはやいっしょ。


 方角はあっているはずだ。そんな単純すぎる根拠をもとに、どこにつながっているかもわからない古い細道に入ってしまったのが最後。現在、迷路のような細道を二時間ほど彷徨っていた。


 方向音痴のくせに初めての土地を甘く見た者の末路である。


「せめて大通りに出れれば………お?」


 つい30分ほど前にも通った細道を進んでいた本橋の前を、一人の少女が横に通り過ぎた。彼女は制服を着ており、一見、高校生に見える。軽い猫背なのか前のめり気味。今時の子には珍しく飾りっけのない黒髪で、目元まで隠れてしまっているせいか、暗い印象を受けた。


「おうい、そこの少女よ……!」

「っ……」


 藁にもすがる思いで少女へ声をかける本橋。急に声をかけられたからか、少女はびくりと肩を震わせて、本橋の方へ振り向いた。


 ふいに、本橋は「ほぉ」と声を漏らした。


 染み一つない肌に小さなと低すぎず大きすぎない身長。それに、その長い黒髪に隠れてはいるが、整った端正な顔立ちをしている。身なりさえ整えれば、それなりに男性受けもいいかもしれない。


(よく見ると可愛いな……っと、そうじゃなくて)


 今はそれどころではないと、本橋は口を開こうとする……が、昨今の日本の性事情は非常にデリケートである。


 本橋が女とはいえ、女子高生相手に声をかけるというのはリスクがあるものなのだ。

 ここは慎重に、大人な社会人として振る舞うべきだろう。本橋は慣れない口調で話し始める。


「君…………すごく可愛いね」


 ちなみに、本橋の顔は非常に強張っていた。


「ひぃ!?」


 当然のように悲鳴を上げた女子高生は、震える足を引きずるように後ずさった。


「待って、逃げないでっ!」

「わ、私は食べても美味しくないです! 肉付きだってよくないし! か、かか肩だって凝ってますっ!」

「大丈夫! 世の中の狼さんは大好物だと思うよ!」


 逃がすまいと必死になって女子高生の肩を掴む本橋。

 だが、


「ああっ!」

「助けて萌ちゃあああんん!!!」


 涙目の女子高生による必死の抵抗によって、本橋の手は振りほどかれてしまった。二時間に及ぶ無駄な歩行と普段の運動不足が祟ったのかもしれない。


 女子高生は大声で叫びながら、ついでに奇妙な音を垂れ流し、横道を走り去ってしまう。


「ぐ……で、でも、あの子の走っていった方角にいけば、大通りに抜けられるかも……」


 災い転じて福となすとでも言いたげに、本橋はしたり顔を浮かべた。自分自身で引き起こした災いであることを除けば、なるほど、その通りだろう。


 だが、因果応報もまた世の理である。


「ん?」


 端末で女子高生の走り去った方角を確かめた本橋は、後を追いかけようとするが、その方を何者かに掴まれた。


 振り返ると、怒り顔を浮かべるオジイサンが、本橋を睨みつけていた。ふと周りを見ると、近くの家々から出てきたらしい住人達に、杖や箒を向けられている。

はて、なにかあったのかと考えたのは一瞬だった。


(あの変な音……防犯、ブザー……)


 イマドキは男女問わず必須の防犯グッズ。とくに学生の所持率は9割(文部省調べ)を超えているほどだ。その冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる本橋に、オジイサンはコメカミに青筋を立てながらにっこりと笑いかけた。


「とりあえず、警察呼んだから」

「…………あ、はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガンラノク〜VRFPSでチートを疑われて引退した少女、高校で無双し返り咲く〜 @misisippigawa1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ