閑話①(三人称視点)
(閑話・別視点)
そこはオフィスの一室だった。
場所は東京都渋谷駅から徒歩10分ほどの場所にある、『シブヤミライビル』の12階。清掃の行き届いた紺色のタイルカーペットに、清潔感のある白壁。少なくとも30人は働けるような広いオフィスだが、しかし腰かけているのはたったの二人。中央付近の隣り合うデスクを占拠する、ラフな格好をした青年の女と、スーツ姿の若い男だった。
「ねえ、これいつ終わるの」
女が訊く。
「ちょっと、やめてくださいよ。大切な入団試験中ですよ」
隣のデスクに腰かける男が、呆れ気味に零した。
「そういうけどだよ、鈴木君。この子ら弱いじゃん」
「本橋監督は普段からプロのプレイを見てるから、目が肥えているんですよ。彼らだって、厳しい試験を超えてここまで残った猛者達なんですから」
「猛者、ねぇ」
鈴木の言葉を確かめるように、本橋はディスプレイを眺める。そこでは一人称視点で銃撃戦を繰り広げる瞬間が映し出されていた。
正直、見飽きていた。
確かにアマチュアとしてみれば、彼らは一流のプレイヤーだろう。普通にエイムが良くて、普通に動きが良くて、普通にゲーム的な思考能力が高い。
例えば、現在本橋が見ている受験生は、スナイパーとしての腕が優れている。敵チームの受験生だって、接近戦が得意というのが十分に伝わってきた。おそらく、この二人くらいは、プロの世界に入っても訓練を積めばそれなりに活躍できるようになるかもしれない。
「でも普通に強けりゃいいっていうのは、なんか違うんだよ」
「何が違うんです?」
「ゲームプロフェッショナルは、結局は人気商売ってこと」
「それならやっぱり、強ければよくないですか? 勝てれば人気が出ますよ?」
鈴木君は頭が固いなぁ、と本橋は続ける。
「確かに勝つことは大事だ。勝利はわかりやすく世間の眼に止まりやすいし、価値だって生まれる。『倍率』も上がるし、スポンサーだってつきやすい。当然、チームとしての収益だって増えるだろう……でも、勝つだけがすべてじゃないんだよ、鈴木君」
「何が言いたいんです?」
「彼らには華がない」
本橋はそう言いながら、手元のタッチパネルを片手間に操作して、別の視点に切り替えた。生き残っているのは二人。これが最後の五試合目で、それももう終わろうとしているらしい。
「あー、最終選考のコメント考えるのだりぃ……」
「仕事はちゃんとしてくださいよ……で、『ハナ』って何ですか」
鈴木が興味深そうに尋ねる。本橋はここで話を切ったつもりだったが、これも後輩の育成かと、「そうだなぁ」と面倒くさそうに口を開いた。
「『希少性』ってところかな」
「珍しい、ってことですか?」
「そうそう。出る杭が多すぎれば、そう珍しいものじゃなくなる。私が欲しいのは、ちょっと曲がった杭とか、その中でも突出して『出てる杭』なんだよね」
「変なプレイヤーは目立つってことですか」
「言い方……まあ、そんなところかな。そういう意味だと、『こっくりさん』とは、ぜひとも一度、あってみたかったっ」
「また言ってるよ……」
鈴木は面倒くさそうに小さくため息を吐く。
『こっくりさん』とは、一年前、不正利用の真偽のためにリアル検証会に招待されたアマチュアで、強力だがプロでも扱いが難しいことで有名な『S&W59Re』を愛用した珍しいプレイヤーだった。結局、姿を現さないまま検証会が終わってしまい、『こっくりさん』は不正利用者という結論となったのだが。
「いいかい、鈴木君。あれは『天然モノ』の『本物』だよ、間違いない!」
本橋がそう断言するのには、理由があった。
当時、不正認定された『こっくりさん』のアカウントは凍結された。しかし、そこには不可解な点が一つ残っている。
なぜか、『ガンラノク』の運営会社は『こっくりさん』に対して訴訟を起こしていないのだ。小さなタイトルの運営ならまだしも、世界大会の舞台に選ばれるほどのゲームタイトルでは非常に珍しいことである。
「そんなに好きなら、話題の動画でも検証したらどうですか」
「例の動画?」
「あれ、知らないんですか? これですよ」
鈴木はポケットから端末を取り出して「タッタッ」と手早く操作すると、本橋に画面を向ける。
そこに映っているのは『ガンラノク』のプレイ動画で、タイトルは『【注意】S&W59Reのチーター現る【ガンラノク】』だった。
無言のまましばらく見つめた後、本橋は。
「―――ちょっといってくるっ!」
「ちょ、本橋監督!? 仕事は!?」
「代わりにやっといて―!」
鈴木の悲痛な叫びなど知ったことかとでも言うように、本橋はそれだけ言い残すと、颯爽とオフィスを後にした。
「…………この後、最終選考の面接あるんですけど」
ひっそりとしたオフィスの中で、鈴木の声は空しく消えた。
続きは明後日。
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