12話:二日目

「き、来てしまった……」

「ず、図々しかったりしないかな……」

「いや、でも、さ、誘われたわけだし……」

「やっぱり萌ちゃんに連絡すればよかったかな……」


 翌日。


 私は例の『仮眠室』―――その扉の前で右往左往とする不審者になっていた。


 授業は終わったのでさっさと帰りたいところだけれど、いざ校門を出ようとしたところで、ふと気が付いてしまったのだ。


 家に帰ってもやることがない、と。


 というのも、昨日、指を怪我してしまったことで家事禁止令を出されてしまったのだ。家に何もせずいるのも居心地が悪いと思って、学校に居座るための大義名分を探したわけである。


 ただ、そんな都合のいいものは見つからなかった。


 昔は図書室なんて便利な施設があったらしいけれど、あらゆるものの電子化が進んだ現代には、そんな都合のいい空間は存在しない。教室に行けばクラスメイトが雑談しているし、どこかのお店に入ろうにも、そういうお店はお洒落すぎて、私には荷が重い。


 ―――という事情を萌ちゃんに相談してみたところ、『部室にいるけど、来る?』とメッセージが届いたのだ。


 親友に呼ばれて無視するわけにもいかないだろうと来てみたものの………中に入る勇気がなかった。


 ………やっぱりやめよう。


 入る気もない部活に顔を出すなんて、考えてみれば失礼だし。

 こうなったら、最終手段を使うしかない。

 私が人気の少ないトイレを探そうと、踵を返した時だった。


「あ」

「やあ」


 廊下からやってきた神竹先輩と、目が合った。



 LOGIN。

 聞きなれた機械音声の音の直後、視界に無機質な空間が広がった。あそこで帰るわけにもいかず、神竹先輩に言われるがままVRマシンを装着して、『ガンラノク』の世界にやってきたわけだけれど―――。


「狐ヶ裡弧リコ、やぁっと来たのぉ!?」

「ひぃっ……」


 先んじてログインしていた花鷹さんが、おどろおどろしい形相で私の目の前へと飛び込んできた。


「今日は逃がさないからねぇ! 私とタイマンで勝負しろぉ!」

「か、勘弁してくださいぃ……」


 私は身を守るようにしてその場に縮こまることしかできない。やっぱり来なければよかったと後悔しても、もう遅かった。

 私は救いを求める子羊がごとく、必死になって横目に『彼女』を探す。


「花鷹さん、リコが怖がっているから、離れてくれないかしら」

「も、萌ちゃんっ」


 探していた彼女――萌ちゃんの声を聞くや否や、私はそちらの方向に全力ダッシュ。革製のソファに座っていた萌ちゃんの後ろに陣取った。


 ここが私のオアシス……。


 でも、そんなことは知ったことかと言うように、花鷹さんはズンズンと私の元へと無遠慮に歩み寄ってくる。


「佐祥萌ぇ! そこをどきなさい!」

「ひぃ!」

「はいストーップ。今日の君らは味方同士だからねー。仲良くしなさーい」


 間一髪、いつの間にかログインしていたらしい神竹先輩が私と花鷹さんの間に入ってくれた。

 ……味方同士?


 まさかと萌ちゃんを見ると意図を察したようで、補足してくれる。


「今日はオンラインで対戦するのよ」

「そ、そうなんだ……じゃあ、萌ちゃんも?」

「ええ。久々に一緒に遊びましょう?」

「う、うん」


 花鷹さんと私のペアかと不安になったけれど、萌ちゃんが一緒ならとても心強い。


 オンライン対戦はネットを通じて不特定多数のプレイヤーと対戦することだ。一人でプレイすると適当なチームに組み込まれるところだけれど、あらかじめ組んだチームでプレイすることもできる。今回は神竹先輩たちが味方ということらしい。


「じゃ、早速やろうか」


 未だ「狐ヶ裡弧リコぉ!」と叫ぶ花鷹さんの首根っこを持って引きずりながら、神竹先輩は部屋の一画へと近づくと、そこにあった『タイル』の上に立った。


 『タイル』の上にはタクティカルモードと書かれたホログラムが浮かんでいる。神竹先輩が手をスライドさせるような動作を取ると同時、『MATCHING』と機械音声が響いた。


「準備しなくていいの?」

「あ、うん」


 萌ちゃんに言われて、私は急いで準備をし始めるのだった。

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