8話:一対二③花鷹視点

続きです。




 佐祥萌は、後方へと吹き飛ばされていた。


「ぐっ……」


 私は咄嗟にスモークグレネードのピンを抜いて、前方へと投げる。たちまち煙が広がり、佐祥萌と狐ヶ裡弧リコを視覚的に分断した。


「って……こっちきたぁ!」


 私は飛んできた佐祥萌に巻き込まれて体勢を崩す。そんな状態で重力に逆らえるわけもなく、ごろごろと斜面を転がっていった。


「目が回るぅうううう!!」


 叫びながら斜面を下ること数秒。勢いが落ちてきたのを見計らって、私は佐祥萌の首根っこを掴みながら斜面下の岩陰へと身を隠した。


 岩陰から半身を出して確認するが、スモークグレネードの煙が斜面を下るようにして広がっているおかげもあってか追撃はない。

 私はほっと一息ついて、佐祥萌の方を見やる。


「ちょっと、離して」

「はいはい。HPは………って、全然減ってない? なんで?」


 私は左手を空中でスライドさせる動作を取って佐祥萌のHPを確認したけれど、意外にも彼女のHPはほとんど減っていなかった。


 むしろこれは、斜面を転がったせいで受けたダメージだろう。


「咄嗟に銃を顔の前に置いておいたのよ」


「なるほど。運がいいのか、判断がよかったのか」


 銃の耐久値は非常に高い。佐祥萌が言っていた『ネタ技』とやらでもなければ、ちょっとした防御壁として使うこともできる。


「それより、あの子はどこに……」


 丁度スモークグレネードの煙が張れた頃、佐祥萌は岩から顔をだして、クレーター側を警戒する。


 その瞬間だった。


 ―――すっ。


 地面に小さな影が通った気がした。


 既視感。


 それも、ついさっき感じたような。


 手りゅう弾―――。


「グレネード!」


 佐祥萌が叫ぶ。


 その視線の先にあったのは、岩から少し外れた位置に転がる手りゅう弾。ピンは当然抜かれている。でも、あの位置ならこちらまで届かないはずだ。精々、爆風が髪を靡かせる程度だろう。


 一瞬の緊張からの解放、安堵。


 あとコンマ何秒もしないうちに爆発する。そんなタイミングだった。


 ―――ガァンッ!


 ガンッ!


「「は?」」


 二人分の間抜けな声が重なった。


 少し離れた距離にあったはずの手りゅう弾が、まるでバッタのように、こちらに向かって跳ねてきたのだ。


 一体何が……いや、とにかく距離を―――!


「こっちっ!」


「!」


 私は腕を引かれ、地面に押し倒された。


 ぎゅっと力強く、目を閉じる。


 直後。


 ―――BOMB!


「~~っ!」


「ぐっ……」


 激しい閃光と爆発音。強烈な一瞬の衝撃が、全身を襲った。


「やられた―――あれ?」


 死んで意識が切り替わる感覚が、いつまでもやってこない。聞き覚えのある耳鳴りがキーンと続く。すぐ近くでグレネードが爆発した後の、気持ちの悪い音だ。


 数秒して耳鳴りが収まると、閃光でバグった瞳孔が徐々に治っていくように、視界が少しずつ戻ってくる。

 真っ先に目に入ったのはぬいぐるみ。


 佐祥萌の、死体だった。


 庇われた。


 そう理解してすぐのことだった。力強い足音が、猛スピードで近づいきていた。


 狐ヶ裡弧リコが、来る。

 備える時間はほとんどない。


「くっそっ!」


 私は一か八か、佐祥萌が死亡してドロップされたKS23Reを手にもって、構える。


 この岩を利用すれば、ショットガンの方が有利だろう。

 狙うは短期決戦。まさしく一発勝負。


 この距離、FS23Reなら当れば勝てる。外せば窮地に立たされる。そういう戦いになるだろう。


 左からくる? それとも右……?


 足音に集中して、私は耳を澄ませる。


 タタタタタッ。


 風の音に乗って、小刻みな足音が聞こえてくる。瞬きすらできない、一瞬の勝負。


 ザッ!


「―――そこぉ!」


 私は岩の右側へと、跳んだ。


 不意を突くように自ら顔を出すことで、相手の呼吸をずらすのだ。


「……あれ?」


 でも、そこに狐ヶ裡弧リコの姿はなかった。


 おかしい。私が聞き間違えた? そんなはずは……。


 影が、落ちた。


 上を見る。


「え?」


 太陽を背にした狐ヶ裡弧リコが、私のすぐ上を飛んでいた。


 S&W59Reの銃口が、私の額に向けられている。


「ど、どんな運動センスしてんのぉ!?」


 思わず、恥も外聞もなく叫ぶ。


 狐ヶ裡弧リコは、私の頭上まで、岩を蹴って飛びやがったのだ……!


 VRFPSでのアバター操作は、現実で手足を動かすのとそう変わらない。足力や耐久力等の基礎スペックが異なるくらいだろう。


 つまり、ここでのアバター操作は現実世界の運動神経に依存する。


「狐ヶ裡弧リコおおおぉおおおおおお!!!」


 最後の足搔きとばかりに、私はKS23Reの銃口を上へと向ける。


 引き金を引くだけの狐ヶ裡弧リコと、照準を合わせなければいけない私。


 どちらが早いかなんて、誰にでもわかることで―――。


 ガァン!






学生の方も社会人の方も、一年間お疲れさまでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る