7話:一対二②花鷹視点

続きです。



『了解したわ』


 通信で作戦を伝えると、佐祥萌は短く返してきた。作戦の肝は、私と佐祥萌が離れすぎず近づきすぎないことだ。


 初対面も同然の間柄だけれど、さっきの試合といい、佐祥萌の動き一つ一つからは『慣れ』が感じられる。少なくとも、それくらいはやってくれるだろうという確信があった。


 まずは、狐ヶ裡孤リコの居場所から特定しなくちゃねぇ。


 私は反対側のクレーターの縁へと意識を向ける。


 狐ヶ裡孤リコが隠れているとしたら、あそこか、さらに奥。神竹先輩も隠れていた塹壕だろう。前者ならAK27を持つ私の方が有利だし、後者なら佐祥萌に手りゅう弾でも投げさせて炙り出せばいい。


 だけど、S&W59Reには至近距離ヘッドショットはによる一撃死があるから、無警戒に距離を詰めるわけにはいかない。


  距離を取れば、ガンラノクの仕様の一つ『見えない防御壁』が働いてくれるからだ。


 通称『斥力フィールド』と呼ばれるそれは、私たちのアバターの周りに存在しているらしい。公式ホームページにはごちゃごちゃと世界観設定が並べられているけれど、『いくら距離が離れて威力が落ちても頭を撃ち抜かれたら死ぬ』というリアリティを否定するためのものだと、私は勝手に解釈している。


 簡単に言えば、距離による威力減衰が働いた弾は、この斥力フィールドによってダメージが大きく遮断される。


 S&W59Reは近中距離に強い武器だけれど、中距離以降は苦手。それを利用しない手はない。


『左から回り込んでみるわね』


 しばらくたっても顔を出さない狐ヶ裡弧リコに痺れを切らしたのか、佐祥萌はクレーターの傾斜に身を隠しながら、左回りにしゃがみ歩きし始めた。


「はぁぃ」


 特に異論のなかった私は、クレーターの反対側を意識しながらも、佐祥萌の少し後ろをついて―――。


―――一瞬、目の端で何かが動いた。


「っ! 佐祥萌!」


 私が叫んだ瞬間、佐祥萌は振り返るより早く、私とほとんど同時に身をかがめた。


 ―――ガァン! ヒュンッ。


 S&W59Reの銃声と重なるようにして、頭上わずか数センチのところから微かな風切り音が鳴る。


 そこは、コンマ数秒前に私の頭があった場所だった。


「こっわ……」


 ゲームとはいえ、流石にビビる。


 この距離ならヘッドショットでも一撃死はないだろうが、それでも大ダメージを受けていたはずだ。後ろは急な傾斜になっているから、衝撃で転がり落ちていたかもしれない。


 ていうか、いくらなんでも正確過ぎない……?


 考えてみれば、狐ヶ裡弧リコは、この私が認めた佐祥萌の友達だとか言っていた。『銃口を寸分たがわず撃ち抜く』というのは偶然だとしても、ある程度のエイム力―――照準を合わせる力―――はあるのかもしれない。そこに運が重なれば、この距離でも十二分に当ててくる可能性はあるということか。


私は狐ヶ裡弧リコの評価を、心の中で数段上げた。


 ここは落ち着いて、私の得意な距離で戦いたい―――。


『ちっ』


「っ! 佐祥萌!?」


 突然、彼女は銃声の方向へと、クレーター沿いに駆けだした。


 まさか孤立させるわけにもいかない。私は咄嗟に追いかけた。


「ちょっと! 落ちついてよぉ!」


『落ちついているわよ。花鷹さんの作戦通りでしょ』


「確かにそうかもしれないけどぉ……」


 私が援護をして、その隙に佐祥萌が距離を詰めるという点においてはその通りだ。でも、私としてはもう少し慎重に行きたい。


 これはどっちが正しいとかじゃなくて、プレイヤーとしての性格だろう。実際、佐祥萌の即断即決のやり方は相手に考える隙を与えないという点で、非常に効果的だ。一方で、こちら側も連携がとりにくいデメリットがある。特に、こんな急造のチームならなおさらだ。


 だからこそ、ゆっくり行きたかったのだけれど……。


「ええい、ままよ!」


 仕方ない。ここは佐祥萌に合わせる。


 なあに、この私は全中VRFPS大会で準優勝だった女。相手に合わせて動くなんて、いつものことだった。このくらいは軽くこなしてやろうじゃん!


『いくわよっ!』


「おうらい!」


 クレーターの円をぐるりと回り、銃声がした場所が見えてくるといったタイミング。佐祥萌はグンッと一気に加速すると、銃を構えて飛び出した―――。


 ガァンッ!


 S&W59Reの破裂音のような銃声が、周囲に響き渡った瞬間。


「がっ……!」


「ちょっ……!」


 小さくうめき声をあげた佐祥萌が、私の方へと吹き飛んできた。

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