5話:BOMB 花鷹視点

前回の続きです。

狐ヶ裡弧リコちゃんのもつリボルバーの名前を決めあぐねていたのですが、確定したので過去投稿分も名称を修正しています(抜けはあるかも)。


S&Wマグナムリボルバー → S&W59Re





 ―――ガァン!


 一瞬の閃光と、耳をつんざくような轟音の直後。額に感じる硬式ボールを当てられたかのような衝撃と共に、私の体は後ろに吹き飛ばされた。


 VRマシンは痛覚を再現しないため、痛みはない。それでも、頭から全身に響くようなこの衝撃は、自分が殺されたのだと自覚させるのに十分なものだった。


 私の視界はすぐに切り替わり、気づけば待機所にぽつんと立っていた。


 何が起きた?


 何をされた?


 私は、負けたのか?


 ………なんで?


「―――なんなのあれぇ!?」


 ほとんど無意識に叫んでいた。


 今この瞬間が夢だと言われたなら、私はすんなりと受け入れるだろう。そのくらい、何が起きたのか理解ができなかった。


 ―――いや、それは正確じゃない。


 何が起きたのかはわかっている。私の銃がどうしてか唐突に壊れた……否、壊された。


 狐ヶ裡孤リコの、S&W59Reによる一発の弾丸によって。


 百歩譲って、頭を撃ち抜かれただけならわかる。ビギナーズラックで、S&W59Reによるヘッドショットを決められただけだと諦めもつく。S&W59Reは当てづらい代わりに一発当たりの火力が非常に高い銃だから、当然だと。


 私のVRマシンがなんらかの不具合を起こして、指が動かず撃てなかったのなら、それも仕方ないことだろう。


 でも、私は間違いなくトリガーに指をかけていた。私の拳は今もなお、ぎゅっと力強く握りしめられている。VRマシンは壊れてはいない。


 なら、考えられる可能性は一つしかない。


「チート!? バグ!? それくらいしか考えられない! じゃなきゃ、私のAK27が壊れるわけないし!」


「どちらでもないわよ」


 佐祥萌の声だった。


 いつの間にやってきていたのか、あるいは初めからそこにいたのか、彼女は澄まし顔で次のラウンドに向けて準備をしていた。


「じゃあなんだっての!? たかがリボルバーの一発で、私のAK27が壊されたとでも!?」


 あの瞬間、何かが起きたのだとしたら、それしか考えられない。でも、それはありえない。


 銃の耐久性は高めに設定されている。私のAK27なら、100発は鉛玉を当て続けない限り壊れることはない。


「なんだ、わかってるじゃない」


「……ああ?」


 自分でも驚くくらい、低い声がでた。


 普段なら気にも留めないような、小さなことにさえ腹がたつ。頭に血が上っていくのが分かる。


 佐祥萌は疲れたようにため息を吐くと、淡々と話し始める。


「S&W59Reの弾を近距離から寸分たがわず銃口に受けると、一発で耐久値がゼロになるのよ」


「そんなの聞いたことない!」


「そりゃあ、ネタ技みたいなものだし。競技レベルでプレイしてるあなたが知らなくても、仕方ないわ。後で調べて見たら? 検証動画もあるわよ、一応」


「~~~~! だからって、それがまぐれで起きたとでも!?」


 それは例えるなら、ホームランで飛んだボールが観客席に置かれるコップの中にスポンとはまり込むようなものだろう。


それにあたった私は、さしずめ交通事故にあった不運な被害者だとでも!?


「まぐれだったらよかったわね………」


「なに? 聞こえないんだけど。はっきり言ったら?」


「別に。それより、準備しなくていいの? あと一分しかないわよ」


「わ、わかってるっての!」


 私が選ぶ装備は決まっている。準備なんて、30秒もあれば十分だ。


 私はいつものようにAK27を背負うと、スモークグレネードとハンドガンモデル『ルガーLCP2075』をそれぞれ腰のホルダーに装着した。


 まぐれとはいえ、この私が負けたのだ。


 許せるわけがない。


 相手がビギナーだろうがルーキーだろうが関係ない。全身全霊、粉骨砕身の意識をもって、完膚なきまでに撃ち殺す。


 まさしく獅子博兎。


 負けっぱなしなんて―――私に似つかわしくない。


 ―――5。


 ―――4。


 カウントが始まると同時、私と佐祥萌は扉の前へと立つ。カウントが0になった瞬間、全速で有利なポジションにつくためだ。何を言わずともそれができるのを見ると、やはり佐祥萌はそれなりにVRFPSをプレイしているのだろう。


「すー……はあ。すー、はぁ……」


 ゆっくりと正面を向いた私は、深呼吸をする動作を繰り返す。


 実際に空気を吸ったり吐いたりできるわけではないけれど、これは一種のルーティーンのようなものだ。試合直前にこれをすると、集中力が増す気がする。


つまり―――全力を出す意思表示。


 ―――2。


 ―――1。


 ――――――0。


 その瞬間、目の前の扉は「ヴン」と音を立てて消失した。


「ふっ!」


 某カーレースゲームのように、タイミングを合わせて突進した私は、そのまま戦場を疾駆する。まるで風になったかのような全能感を全身で感じながら、前へ、前へと足を踏み出す。


 その時だった。


 ―――――――BOMB。


「!?」


 風に乗って運ばれてきたような爆発音が、鼓膜を微かに震わせた。音は進行方向、つまりは狐ヶ裡弧リコ達がいるだろう場所からだった。


 ネットゲームをしていると、手りゅう弾を開幕直後に投げることはある。それはまさしく悪ふざけで、フレンドリーファイアーーー味方を攻撃すること―――ができない仕様だからこそできるじゃれ合いのようなものだ。


「なにしてんのぉ!?」


 心の底から呆れたような声が出た。


 じゃれ合いは相手がいて初めてできる。


 攻撃ができないのは、味方に対してだけ。


 ……私の視界の右端に、一つのアナウンスが流れる。


 ――――神谷吉久が自爆死しました。


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