1話:部活見学

 昼食の時間、食堂。


「私の高校生活、終わった……」


「気が早いよ!? まだ初日が終わっただけじゃない」


 机に張り付く私の頬を、萌ちゃんがつついてくる。


 人前で話すのに慣れてないし、その上、リアルでなんて初めてだ。当然のように自己紹介では嚙みまくり。結局、クラスの人と誰一人として連絡先を交換できなかった。


 萌ちゃんは無言で私の頭を撫でてくれた。

 優しさが辛い。


「この後は部活見学ができるみたいだけれど、リコは部活どうするの?」


「部活、かぁ」


 中学の頃はほとんど引きこもっていたから、部活って響きがすごく新鮮に聞こえる。確かに少しだけ興味はあるけれど、入る気にはなれない。


 私の家は母子家庭だ。


 お母さんは気を使って「在宅ワークだから家事はやらんでいい」と言ってくれるけれど、寝る時間になるまで仕事をしているのを私は知っている。


 一年前、お母さんが別の仕事をしていた頃に過労で倒れてからは、家事は私の仕事だ。部活なんて入ったらその時間が削れちゃうし、お金だってかかるだろう。


「私は帰宅部かな。萌ちゃんはどこか入るの?」


「んー、悩み中。この後見学に行こうと思ってるんだけど、一緒に回らない?」


「ええ……私、入るつもりないのに?」


 早く家に帰って掃除をしたいのだ。お母さんはすぐに部屋を汚すから。


「えー。そのくらいはいいじゃない。私、クラスメートの誘いを断って、あんたのとこ来たんだから」


「うぐ………」


 それを言われるとぐぅの音もでない。

 そもそも、萌ちゃんのいるクラスに顔を出したのは私だから。

 周りでわいわいと友達ができていく中、一人でいるのは苦痛でしかなかった。


「………一か所だけなら」


「よし、決まりね。それじゃ、さっさと食器片づけて行きましょうか」


「はぁい……」


 私は力なく立ち上がると、萌ちゃんの後ろに続いた。

 食器を片付けた私たちは、その足で三階へと向かう。


「どこ見学するの?」


「運動部、ではないわね」


「……?」


「ああ、ほら、ついた。ここよ」


 何か含みのある言い方だと思っていると、萌ちゃんは『仮眠室』と書かれた部屋の前で立ち止まった。


 ………仮眠室?


 茶道部か何かだろうか。訝し気に見る私を後目に、萌ちゃんは扉を軽く叩く。


 こん、こん、こん。


 ―――どーぞー。


 中から聞こえたのは女の子の声だった。


「お邪魔しまーす」


「お、お邪魔します」


「はいはーい……新入生?」


 中に入ると、出迎えてくれたのは長い茶髪の女の子だった。片目が前髪に少しかかっているものの、端正な顔立ちをしているとわかる。モデルのような体系にハキハキとした声。陽キャ全開といった雰囲気。眩しくて目がつぶれそう。


 つい視線を落とすと、赤色の制服の帯が見えた。赤は、確か三年生……だったかな?


「部活の見学にきましたー」


 萌ちゃんは物怖じ一つせず言い切る。人見知りの私にとっては、とても頼りになる友達だ。もう少し身長があれば、私はその背中に隠れきれたのに。無念。


「おおー? いいね、いいね。大歓迎だよー。二人でいいのかな? 入って入ってー」


「はーい」


「は、はい」


 私たちは先輩に促されるまま、仮眠室の中へと入る。床は畳なので、上履きは入口で脱いでの入室。靴入れも脇に置いてあった。


「私は三年A組の神竹吉久。じんちくって呼ばないように。そっちは?」


「私は1年E組の佐祥萌っていいます」


「1年A組の狐ヶ裡弧リコ、です」


 萌ちゃんに続いて、私は小さく頭を下げる。二つ上の先輩ともなると緊張も一入だけれど、萌ちゃんがいればどうとでもなる。


 友達って偉大だ。友達万歳。


「ところで、そっちの子は……」


 萌ちゃんが部屋の奥を指差した。


 そこにいたのは布団で横になる女の子。アイマスクをするように軽量化VR端末を着けており、ウィイインと静かな稼働音が聞こえてくる。


「ん? ああ。この子は君たちと同じ一年生で、名前は花鷹花蝶ちゃん。入部するっていうから、実力を見させてもらってるんだ」


「実力?」


「そう。VRFPSのね。丁度、あっちのパソコンで観戦してたんだよ」


 神竹先輩がくいっと親指で指し示した先あったのは、一台のパソコン。FPSというだけあって、一人称視点でのプレイの様子が映っていた。


 画面の中は忙しなく動いており、視界に映るその手には無骨な自動小銃が握られている。目の前に現れた敵に照準を合わせて撃つまでがすごく早かった。


 気になって右上にある戦績を見ると、K1 1/D3と書かれていた。


「………この子、滅茶苦茶うまいですよね? 相手はNPCですか?」


 萌ちゃんが訊いた。


 K11/D3とは、3回殺されるまでに11人の敵を倒しているということ。FPSではよく見る表記方法だった。


「いんや、普通に人間相手だよ。オンライン対戦。ゲームタイトルは一昨年の世界大会で使われた『ガンラノク』。それの5:5で戦うタクティカルモードだね」


「すごいですね……ガチ勢ってやつですか」


 萌ちゃんが「ほえー」と感嘆の声を上げた。


 ~♪


 丁度その時、試合が終わったようで、パソコンから爽快な音が流れた。どうやら勝利したらしく、画面には『WIN』と表示されている。


 最終戦績を見ると、K12/D3。当然のように5ー0の圧勝だった。


 少しして、布団に寝ていた花鷹さんが「んー」と体を伸ばした。どうやらログアウトしたらしい。


「わぁい、勝ったぁ! 見ましたかぁ、先輩? カチョウちゃんの可憐なプレイング! 次は一対一でも……誰?」


 勢いよく跳び起きた花鷹さんは、私たちを見て怪訝そう気な表情を浮かべる。

 改めてみると、すごくかわいい子だった。


 身長は私と同じくらいだろうか。多分156センチ前後。ウェーブのかかった金髪ボブカットで、前髪をピンクのヘアピンでとめている。


 何より、でっかい。


 陽キャっぽくて、でっかくて、可愛い。何だこの完璧美少女は。


 私の中で、花鷹さんは一瞬で上位者に格付け。自分の視線が泳いているのが分かる。もう帰りたい。


「この子達は、花鷹ちゃんと同じ一年生だよ」


「佐祥萌よ。よろしくね」


「あ、狐ヶ裡弧リコです……」


 とりあえず、私は萌ちゃんの後ろに隠れておこう。どうせ付き添いだし。


「カチョウちゃんは花鷹花蝶だよん。あなたたちぃ、入部希望ぉ?」


「考え中ってところかな。花鷹さんはもう決まってるのかしら?」


「まぁねぇ。カチョウちゃんは去年の全国中学女子VRFPS大会で、準優勝チームのレギュラーだった女だしぃ? ま、高校では一番になってやろうっていうかぁ?」


「あー。どっかで見たことあるって思ってたら、なるほど、それかぁ」


 神竹先輩はぽんっと手を叩いて、一人納得した様子だった。


 VRFPSは野球やサッカーと並ぶ国民的スポーツで、世界大会も行われているほどだ。中学・高校の大会があるのも当たり前。高校生ドラフトなんかも有名な話だ。競争相手も当然のように多く、全国大会準優勝となれば、相当な実力者に違いない。


「先輩、知ってたんですかぁ?」


「まあね。一応、当時は観戦もしてたから。さっきの戦績も納得したよ」


 神竹先輩は「うんうん」と頷く。一般のカジュアルプレイヤー相手では、確かにあの戦績になってもおかしくはなかった。


 すごいんだなーと一人感心していると、花鷹さんは腕を組んで大きな胸を張った。


「カチョウちゃんが来たからには県大会優勝はもちろん、全国制覇だって夢じゃありませんよぉ?」


 おお、すごい意気込みだ。つい応援したくなる。


「それは頼もしい―――そうだ、せっかくだから、君たちも一緒にやらない? 丁度四人いるから、2:2で対戦もできるし」


「えっ……」


 え。

 え。

 え……。


 蚊帳の外で見学だけしようとしていたら、当事者にされていた件について。


「あ、あの、私h「あー、いいですねぇ! そっちの二人は経験者だったりするのかなぁ?」」


「私もリコも、遊んだことはあるわよ」


「ちょ、ま……」


「端末なら備品があるから、ちょっと待っててね」


 ああ、どんどんと話が進んでいく……。


 私が止める間もなく、神竹先輩は棚からVRマシンを取り出すと、私と萌ちゃんに差し出してきた。


 つ、つい受け取ってしまった……。


 落とすわけにもいかなかったし……と自分に言い訳してみるものの、口を挟めない自分の弱さが原因なのは明白。


 こういう時は、いつも萌ちゃんが助けてくれるのに……。


 ちらりと盗み見ると、そこには楽しそうに準備を進める萌ちゃんがいた。


「? どうしたの、リコ?」


「あ、な、なんでも……」


 だ、ダメだ、言えない。あんな顔をした萌ちゃん、久々に見たし……。


「はぁ……」


 私は少しだけ憂鬱になりながらも、VRマシンの準備を始めるのだった。

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