#08C すれ違う相思相愛



それから20日ほどが過ぎた。相変わらず同棲生活は続けているし、ルア君との関係は良好のまま毎日静かに暮らしていた。




ルア君になんて話せばいいんだろう。




まさか、ルア君の病気を治すために自分の命を神様に捧げた、なんて言えるはずないし、それを言ったらルア君はきっと罪の意識に苛まれて、すごく苦しんじゃうと思う。それなら黙っていたほうがいいような気がする。それに突然わたしがいなくなったら、その後ルア君はどうなっちゃうんだろうって。



悲しませることに変わりはないよね。



「ハル? どうした?」

「ううん。ちょっと考え事」

「そろそろ仕事に復帰したいとか?」

「まあ、うん。そうだね」

「あのさ……僕のことはいいから、構わずアイドルに戻っていいよ?」

「ありがと……そのうちね」



ルア君の体調もすっかり良くなったようで、後遺症もなく元気に毎日を過ごしている。もちろん大学にも通っていて勉学に励んでいるし、この前なんてわたしを置いて友達(男友達で安心したよぉ)と遊びに行っちゃうくらいだから、健康面ではもうなにも心配することはないと思う。



「そういえば、蒼空ちゃんってどうしているの?」

「最近見てないな。葛根先生の逮捕に蒼空が関わっていたって噂だけど、全然姿を見せないから分かんない」

「そうなんだ。まあ、もうどうでもいいや。それとね、もう一つ聞きたいことあったんだけど」

「うん?」

「蓮根音羽ちゃんって子知ってる?」

「蓮根……? いや。聞いたことないけど」

「そうだよね。小学生の頃、海岸清掃のときに海に落ちて帰らなかった子らしいんだけど、覚えていないよね?」

「その蓮根って子は同い年なの?」

「うん。ほら、中華屋のおばさんがそう言ってたから」

「全然覚えていない。っていうか、本当にそんな子いた?」

「だよねぇ〜〜〜」



やっぱりルア君も覚えていないみたい。ということは、もしかするとおばさんの勘違いで、違う学年の子と勘違いしているんじゃないのかな。



「でも、なんか引っかかるな。蓮根音羽って名前、どこかで聞いたことあるような気がするわ」

「……ルア君も?」

「あぁ。なんか気持ち悪い。それに海岸清掃で海に落ちて亡くなった子がいたら、学年なんて違っていても普通に考えて周知の事実のような気がするけど?」



確かに。地元で起きた事件ならみんな知っていてもおかしくないし、田舎だから噂が広まるスピードも段違いだよね。



「話は変わるけど、ハル……あのさ、明日は暇?」

「……毎日暇だけど?」

「あー……ごめん。暇させてるよね。すこし出かけない?」

「えっ? デート? デートなの? デートしてくれるの?」

「お、押しが強い……。デートというか。その……」

「なに? デートじゃなければなんなのさっ!?」

「だから近いって。そんなテーブル乗り越える勢いで来られると引くって」



そんなこと言ったって、ルア君が珍しく予定なんて聞いてくるから前のめりになっちゃうのも仕方ないじゃんかっ! 身バレが怖いからあんまり目立つことしないほうがいいかなって、外出も控えて自粛しているからフラストレーションマックスなのっ!!



「ほら……ハルがいなかったら僕は死んでいたって、姉さんが言ってた」

「うん。それで?」

「ハルにお礼がしたくて」



わたしはお礼がほしくて看病をしていたわけじゃないし、むしろお礼なんてされるのはごめんだ。ルア君のことを思えば当たり前のことだし、そこに恩着せがましく見返りを求めるつもりなんてないの。



けど、デートはしてほしい、という愚直な欲望が心に渦巻いてしまっている。



「それでデート? デートなの? デートしてくれるのッ!?」

「……分かったから、近いって。もうデートでもなんでもいいから出かけようって話」

「じゃあさ、じゃあさ、光速で準備するから待っててっ!」

「いや、だから明日だって……。まだ睡眠すら取っていないからね?」

「デートできるならわたしにはそんなもの必要ないよっ! 今すぐにでもいこ!」

「……あのな。現時刻23時20分ね? っていうか僕は睡眠ないと死んじゃうからね?」

「……やだなぁ。冗談に決まってるじゃんか」

「目は本気だったよ?」



外でお泊りをするような旅行(温泉とかいいじゃない?)に行きたいなって思ったのは事実だけど、この時間では予約もなにも取れるわけないよね。無理か。断念。



「それでどこに連れて行ってくれるの?」

「行き先は内緒。木を隠すなら森の中だと思ってさ。混んでいるけど身バレしないように変装グッズは揃えたから」

「? よく分からないけど、ルア君がそう言うならどこでもいいよ」

「うん。じゃあ、僕は風呂に入って寝る。ハルも明日いっぱい楽しめるようにしっかりと休んでな。朝4時起きね?」

「おけ!! って早すぎじゃんか。どこに行くのよ。気になる」

「だから内緒だって」

「も、もしかしてわたしを拉致して港の倉庫の中に拘束して、あんなことやこんなことをしようって思ってるんじゃないよね? それで……それで用済みとなったわたしの身体は海外に売り飛ばされて、わたしの知らない土地で無残にも慰み者になるなんて……」

「想像力豊かなことで……。まあ、別世界は別世界なんだけどね。っていうことで僕はお風呂に入ってくるよ」



ルア君のツッコミの切れ味が悪い気がする。いつもと少し違う。表情もなんだか強張っている気がするし。うーん。これは。



「よし、じゃあ一緒にお風呂入っちゃお」

「……ハルはもう入ったじゃん。なんでもう一回入ろうとするわけ?」

「もう〜〜〜ルア君とわたしの仲じゃないかぁ。また背中流してあげるよ。オプションで身体も洗ってあげるからさ」



なんてふざけていると、ルア君に本気で嫌われそうな気がしたから、おとなしく寝ることにした。わたしがつきっきりでルア君を看病していたって話を立夏さんに聞いていたようだから、ルア君がわたしに負い目を感じているのは確かだと思う。

ルア君が、それを悩んでいる節が最近あったのだ。それが原因かな?



「はいはい。間に合っています」

「ごめんって。ゆっくりのんびりお風呂入ってきてね。ベッドで待ってるよ」

「それもいいです」

「……はぁ。ルア君はわたしが寂しいっていうのに寄り添ってくれないのか。いいですよ。寂しい秋の夜長にわたしは一人寂しくベッドでうずくまって寝るしかないんだ。とほほ」

「……分かった。あとで行くから」



あら。あらあらあら。本気にした?

いつもの冗談のつもりだったんだけど、ルア君はわたしに目を合わせようとせずにそう言って脱衣場の扉を開いた。



もっと拒絶してくれたほうがしっくりくるんだけどなぁ。なんだか調子狂うよ。



ベッドで横になってスマホでビューチューブを見ていると、扉がノックされた。「どうぞ」って声をかけるとルア君が上下スウェット姿で部屋に入ってきて、「寝てなかったんだ?」と抑揚のないような声を発する。声は少し震えていた。



元気がないんじゃなくて、ルア君は緊張している?



「うん。ルア君ごめんね」

「え? なにが?」

「わたし、いつもの調子でルア君をからかってるつもりだったんだけど、なんだか重かったかなって」

「重い? なんで?」

「いや……わたしがルア君を看病していたことに恩義を感じていて、それで言いなり状態になっているのかなって」

「それはないよ。ただ……少し考え事をしていたから」

「ふーん。どんな?」

「ハルは、脳のダメージを負っていた僕につきっきりで看病してくれたけど、逆の立場だったら僕はどうしたのかなって。僕にはそこまでの行動力はないだろうし。ハルは介護のノウハウも勉強していたって——姉さんが言っていたから」

「あ〜〜〜見られていたか」



ルア君が入院していたとき、寝ているルア君のとなりで介護や看護の本やネットを読み漁っていたから、きっとそのとき立夏さんに見られていたんだと思う。だって、ド素人のわたしがいきなりルア君をお世話できるはずないもん。



人よりも能力が劣っていることを自覚しているからこそ、わたしは日々努力しないと周りに付いていけない。でも、それを口に出してひけらかすほど、がんばっていますアピールをしたくない。



「……苦労かけたよね。僕なんかのために。それなのにいつもハルは明るくて。ごめん。もう限界かもしれないから聞いてほしい」

「苦労……はしていないよ? したくてしていたわけだし」

「僕は……そんなハルが……好——」



ルア君が言いかけた言葉を、わたしは人差し指でルア君の唇を押さえて遮った。言わせるわけにはいかない。



元気がないんじゃなくてタイミングを見計らっていたんだ。わたしが泣きながら歯を食いしばって、諦めずにルア君に寄り添って看病をした結果が、まさかこんな形で実を結ぶなんて思ってもみなかった。



嬉しいな。そんなふうに思ってくれて。



でも、ルア君の気持ちには応えられない。



思いを告げることと付き合うことは別。わたしには命の時間がないかもしれないし、恋人の関係となったとして、わたしが突然死去すればルア君は深く心に傷を負うのが目に見えている。ルア君を傷つけたくない。



好きって気持ちを伝えた上で付き合えないって選択は、至極自己中心的かもしれない。じゃあ、いったいなんのために告白をするのか。わたしの気持ちをルア君に知ってもらうことに意味があるのか。



ルア君の気持ちを受け入れたとして、恋人となった結果の先の未来は……。




————残酷だ。




そんな悩みをずっと引きずっていて、最近ずっと眠れていないんだよね。



ルア君にフラレるくらいでちょうどいい(結果的に振り向いてもらえたけど)、なんて思っていても、わたしは寂しがり屋でどうしようもなくルア君が恋しくて。いつまでもくっついていたいって思っているわたしはメンヘラを通り越して、痛い女かもしれない。



自分がメンヘラだなんてことくらい自覚しているよ。でも、気持ちを鎮めるのも難しいの。



「言わないで。ルア君の気持ちは。まだ——言わないで」

「こうやって生活している以上言っちゃいけないセリフだったよね。それに、僕はハルの優しさに甘えすぎていて……これは勘違いだ。ごめん忘れて」

「違うよ。ううん。そうじゃなくて、明日まで待って。お願い」



答えを出すから。わたし自身の答えをちゃんと自分の心から引き出すから。今、告白しても、告白されてもどうしていいか分からなくなっちゃう。



「……分かった。じゃあ、僕は寝るよ」

「待って。ルア君」

「うん?」

「いや、なんでもない。やっぱり行って。ごめん、引き止めて」

「……うん。おやすみ」

「おやすみ」



ルア君は静かに扉を開けて自室に戻った。ちょっとかわいそうなことをしてしまったし、冷たくあしらわれたと思われても仕方のない行動だったかもしれない。それに対するフォローを入れようと引き止めたけれど、冗談を言う余裕すらなかった。わたしは……。




わたしは最低だ。




枕を濡らしながら眠れない夜をなんとか越えようとシーツにしがみついた。

どんなに考えても出ない答えに喘ぎ、結局起床の時間を迎えてしまった。




ルア君はすでに起きていて、準備万端だった。



リビングでソファに座るルア君の姿は……えっとぉ……。

……ルア君ってば……完全にパリピじゃん。




ど、どこに行くつもりなの……?






————

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