#09C 結ばれる二人。溶け合う愛、そして覚悟。




朝から高速バスに乗って向かった先は、東京ディスティニーシーだった。



ルア君が退院してしばらく自宅療養していたある日、テレビでディスティニーリゾートのハロウィン特集をしていたことがあった。



わたしが何気なく「行ってみたいな」ってつぶやいたことが事の発端らしく、ルア君はわたしを連れていきたいってそのとき思ったらしい。



わたしは生まれてこの方、ディスティニーリゾートには行ったことがない。幼少時は両親の不仲で連れて行ってもらえず、転校してからはアイドル活動に向けての努力の日々で遊んでいる暇なんてなかったんだよね。



「おぉ〜〜〜着いたっ!! これがディスティニーシーかっ!!」

「……本当にランドじゃなくてシーでいいんだよね?」

「うんっ! だって海と冒険と、それから、えっと。大人のデートでしょ?」

「あぁ、それはテレビでやってた特集じゃん」

「ワクワクするなぁ」



バスを降りて入場ゲートに向かう。その前に手荷物検査をパスして、いざパークの中へ。



「すごいっ! おっきい地球儀だっ!!」

「うん。この先にハーバーが見えるよ」

「あ、その前にここで写真撮ろう? だってわたし達、せっかくこんな格好してるんだしね?」

「あー……」



ルア君は今朝になって、わたしの分のパーカー(めっちゃキャラクターの書いてあるやつ)を見せて、さらにネコのキャラクターの被り物(まるで着ぐるみ)と左右3つずつのレンズの付いたサングラスを出して、「これで準備万端」と言い放った。



問い詰めると、男友達と遊びに出かけたことがあって、そのとき下見に来たらしい。そのときにわたしの変装グッズを揃えたのだとか。それでわたしに行き先を内緒にしていたのか。えっちなお店だったらどうしようとか思っていたけど、疑っていた自分が恥ずかしい。



「お写真撮りましょうか?」

「お願いします。ほら、ルア君もっと近寄って」



女子高生に撮ってもらって、お返しにわたしが高校生カップルの写真を撮ってあげる。



いよいよハーバーの見える町に到着して、造りの細かさにわたしは感嘆した。



「すごーーーいっ! ねえねえ、なに乗る?」

「任せるよ。バスの中でいろいろ調べたんでしょ?」

「うん」



まずはタワーオブテリーという怪しげなホテルのアトラクションに乗ることにした。ルア君は絶叫系もホラー系も苦手らしく、落ちる系+ホラーのアトラクションだけに顔をしかめていて、なんだか可愛い。



ただ、わたしも落ちるという経験をしたことがないために、どれほど怖いのかが分からなくて、不安がないといえば嘘。だから、並んでいる時間はルア君にくっつくことにした。



やっぱり昨晩のこと……気にしているよね。わたしは……まだ答えが出ていないけど、だからといって今までと違う行動をするわけには行かないって思っている。急によそよそしくなったり、冷たくなったりしたらそれはそれでルア君を傷つけちゃいそうだし。



嫌われた、って思わせることは人間として最低のことのような気がして。どんな理由であれ、態度を急変させることは良くないよね。



「ハル……あのさ」

「な、なに?」

「そんなにしがみつくと……む、む、」

「む?」

「胸が当たってるって」

「したくなっちゃった?」

「そういうの公衆の面前で言うのナシね?」

「え〜〜〜別にえっちなこと言っていないよ? なにを想像したのかなぁ?」

「……してないし。そんなことよりもほら、前の人動いたから」

「はいはい」



いよいよ順番が来て、エレベーターのような座席に座ってベルトをした。



その後は何回も上から落とされて、また上って、を繰り返して外に出たら足がフラフラしてなんだか楽しい。ルア君はげっそりとしていて、「二度と乗りたくない」なんて弱音を吐いていた。



遺跡をめぐるアトラクションに乗って、ジェットコースターで叫んで、アラビアの町でマジックショーに驚いて。




すごく楽しーーーーーーーーーーーっ!!!




わたしがお腹すいた〜って言うとレストランを予約してある、なんて気の利いたセリフを言いながら、ルア君はわたしの手を握った。



「えっ……」

「人混みだから。はぐれたら……面倒じゃん?」

「……うん」



実際に抱きついたりくっついたり、同じベッドで寝たりしていたけど、ルア君から迫られるとドキドキする。たかが手をつないだくらいなのに、なんでこんなに……。ルア君はなにも言わずにわたしのペースに歩幅を合わせてくれているけど、こっちを向かずにただ前だけを見ていて。すれ違う人とぶつかりそうになったわたしを抱き寄せた。



「あっ!」

「ごめん。危なかったから。咄嗟に」

「ううん。ありがとう」

「ハル……昨夜のことは気にしないでほしい。どうかしていたんだと思う」

「……ルア君」



違うんだ。そうじゃないんだ。でも、なんて返していいのか分からなくなっちゃった。答えを出すなんて言っても結局考えがまとまらないし、最善がなにかなんて分からないよ。



予約していたレストランは船(と言っても動かないらしい)の中らしく、ルア君が名乗るとすぐに席に通された。すごくキレイな内装で豪華客船そのもので呆気にとられた。



「高そうだけど……」

「うん。大丈夫。お金がないない言っているけど、貯金は少しあるんだ」

「でも、貯金があってもそれとこれとは別じゃないの?」

「たまにはいいじゃん。外食だってあんまりしてないし」

「それはそうだけど……」



コース料理でメインディッシュを肉か魚で選べるみたい。わたしはお魚にして、ルア君はお肉を選択した。

びっくりするくらい美味しくて、会計のときに目玉が飛び出るかと思うほど高価だった。当然割り勘かと思ったらルア君がなにも言わずに全部出してくれて……なんだか悪いなって恐縮してしまった。



「ルア君……ごちそうさまでした。でも……わたしお金がないわけじゃないから、自分の食べた分くらい出すよ?」

「いいって。それよりも次はどうする?」

「うーん……。あ、そろそろショーの時間だよね?」

「観る?」

「うんっ!」



ハーバーの鑑賞エリアでショーを観ることに。ルア君はダンサーに釘付けになった。そういえば、ルア君は病後、ダンスをしていない。そろそろ踊りたいんじゃないかな。



その後もいくつかのアトラクションに乗ってお土産を見て、ほどなくして夕方になった。日が短くなったなぁ。ハロウィンの装飾が施された建物が怪しい光を放つ。夜のディスティニーシーもとても綺麗で、雰囲気はまさに「大人のデート」と言ったところだね。



「ハル。明日も暇だよね?」

「毎日暇って言ってるじゃん」

「言っていなかったけど、ホテル予約入れていたんだ」

「……は?」

「だから、ホテル。お泊りしたいって言ってたから」

「マジ……? どこのラブホ?」

「あのね……なんでラブホの予約入れなきゃいけないんだって。そうじゃなくて、そこのホテル」

「……え? 本気の本気?」

「本気の本気の本気。なかなか取れないらしいけど、なんだかキャンセル待ちみたいなので取れるって聞いて。やってみたら運良く取れちゃったんだよね」



ルア君が指差したのは、なんとディスティニーシーのパーク内にあるホテルだった。信じられない。



「すごい……すごいサプライズだよ……ルア君ありがと」

「いや。同室だけどいいかな……? ごめん。2部屋は取れなかったんだ」

「いいよ……むしろ嬉しい」



ホテルにチェックインして部屋に行ってみると、なんと海火山が見渡せるハーバービュールームで、しかもバルコニーも使えるお部屋だった。



「すごいっ! すごすぎる……ルア君ありがとう」

「喜んでくれたら、嬉しいな」

「まさかルア君がわたしのために……こんなサプライズまで用意してくれていたなんて」

「いや……こんなことでしか、感謝を伝えられないのが辛いけど」

「ううん。気持ちは伝わっているよ。ルア君ほんとにありがとう……」



バルコニーに出ると、ちょうど夜のショーが始まったらしくハーバーにいくつものイルミネーションを付けた船が浮いていて、大音量の音楽とともに水が空へと打ち上げられる。

ディスティニーシーのシンボルの火山から花火が打ち上がって、まるで物語のようにショーは進んでいく。



控えめに言って感動した。このショーを作るのにどれだけの労力が掛かっているのか。自分たちの、ユメマホロバのライブを作るのにもたくさんの人たちが汗水たらして支えてくれていた。それと同じだと思う。



一人ではステージを作ることなんてできない。このショーもそうだ。ダンスをする人がいて、船を操縦する人がいて、お客さんに危険が及ばないように誘導するキャストの人がいて。



人はだれも1人では生きられない。



ハッとして気づいたことは、わたしも1人では生きられないし、ルア君だって同じ。



「ハル……僕は答えを求めていないし、僕の気持ちを知ってもらった上で、ハルになにかを求めたりはしない。だから、聞いてほしいことがあるんだけど、いい?」

「……うん」

「僕は……」

「……うん?」

「脳腫瘍で……ハルに看病をしてもらっていたんだよね?」

「うん」

「その間……夢を見ていたんだ。ハルの夢を見ていた」

「わたしの……?」

「うん。ハルが1人、部屋で泣いていたんだけど、僕が声をかけても気づいてもらえなくて。それでハルの手帳を借りて文字を書いたら気づいてくれて」

「……うん」

「その夢の世界で僕は……死んでいた」

「えっ……ルア君が死んじゃっていたの?」



夢の中と分かっていても良い気分になれる夢じゃないよ。そういうのって現実になっちゃう気がして、すごく嫌なんだよね。



「あくまでも夢の中だから。それで、僕はきっと幽霊かなにかだったんだと思う。どうやら、僕はハルをかばってストーカーになったファンに刺されて殺されたんだと思う」

「イヤ。そんなのイヤだよ……」

「ハル? だから夢だって。それで、幽霊の僕はハルと同棲して暮らしていたんだけど、夏まつりの日に僕とハルは花火を見ようって河川敷に行ったら……ハルは川で溺れている女の子がいるって幻覚かなにかを見て……そこで夢は終わるんだけど」



すごく不気味な夢だと思った。夢だとしても妙にリアルさがあって。暴走した愛憎による刃によってわたしは死ぬ、みたいなことを言われていたから余計にその夢が身近のような気がしてならない。



聞いただけでは単なる夢かもしれないけれど、なんだか妙に既視感のあるようなストーリーのような気がしてならないんだよね。



「僕は……夢の中でハルに告白をできなかったんだ。自分が幽霊だって思ったらできなくて。それで、ハルを追って川で溺れて、結局なにも言えないまま夢が終わって。すごく後悔した。川で沈みながら、なんで言わなかったんだろうって」

「ルア君……」

「バカみたいじゃん? たかが夢なのに。だけど、目が覚めてハルが近くにいて、ずっと近くにいてくれて僕を看てくれていたんだって思ったら。気持ちが抑えられなくて」



ルア君はボロボロと泣きはじめた。まだ感情が一定ではないのかもしれない。脳の腫瘍を取ったんだから、少しくらい後遺症があってもおかしくない。



「本当に悲しかったし、僕は……あのとき……気づいたんだ」

「ルア君……もういいよ。わたしはここにいるから」

「本当に好きなのは、ハルだって。ハルがいない世界なんて考えられない。だから、今、思いを告げるから、聞いて」

「……うん。もう遮らないよ。昨日はごめんね」

「うん。僕は……ハルのことが好きだ。どうしようもないくらいに。ずっと我慢しようって思っていたのに……ごめん」



その夢は、どこか現実のような気がした。ここじゃないどこか別の世界に自分がいて、ルア君はそこで必死に生きて……。



人は1人で生きられない。死というものは皆平等に訪れるし、必ずどこかで別れが来る。早いか遅いかの違いで、それを気にしていたら人を愛することなんてできないんじゃない?



そんなことよりも、好きな人に好きと伝える機会を逃してしまうことのほうが怖い。ルア君はそれを実感したんだ。



わたしだってそうじゃないか。ルア君が倒れる前、タイミングを見計らって打算的に物事を考えていたじゃないか。それを後悔して……後悔しまくって。



「わたしも……ルア君のことが好き。ごめんね。答えがなかなか見つからなくて」



自然と口から出ていた。後先のことを考えるよりも、ルア君の気持ちを受け止めて、自分の思いをちゃんと告げることのほうが今は大事なんだ。



そう思ったら足は一歩を踏み出していて、ルア君に飛びついていた。ずっと、ずーっとこの時を夢見ていた。中学生のあの頃からずっと。ルア君のことが好きで、好きでたまらなかったあの頃から。



ルア君の唇に自分の唇を重ねる。ルア君は拒絶することなく、わたしを抱きとめて優しく髪をなでた。横から花火が何発も上がって、夢は叶う、Dream come trueとスピーカーから流れる。



「ハル……好きだ」

「ルア君……」



そのままバルコニーから部屋に入って、ベッドに倒れ込んだ。ルア君はわたしを見つめたまま髪をくしけずる。わたしの頬に触れて、何度もキスをして。



交わる魂が幾度となく、溶け合って。触れ合った肌はわずかに汗ばんで。



ルア君と結ばれた夜、わたしは覚悟を決めた。




わたしはこの人のために生きる。死にできるだけ抵抗してみせて、絶対病気の再発なんてさせないって。





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