#07 一緒にお風呂入る?




風呂場を確認させてもらったら確かに窓はあるけど、流石に壁をよじ登ってこの10階の部屋の窓にたどり着くなんて不可能だと思う。それに、登れたとしてもそんな高所から覗くとか侵入するって大胆すぎない?


人通りが少ないとはいえ車はたまに通るし、信号待ちで停まって何気なく上を見上げたら人がよじ登っているじゃないかッ!? なんてことがあったら、誰でも110番する(と思う)。


考えられるとしたら、あらかじめ侵入しておいて潜伏するタイプの犯罪者だけど……僕が来たときには誰かがいるような感じはしなかった(って僕はアニメの登場人物じゃないから、気配を探る能力とかはないんだけど)。



「じゃあ、扉は開けておくから、わたしに背中向けていて座っていて?」

「……い、いや。ことわ……。くっ。あああああもうッ! 分かった」

「じゃあまず脱衣場で着替えるから向こう見てて?」

「はいはい」



承諾したものの、よくよく考えたら(いや考えなくても)これは無性にエロいというか……。だって、着替えの際の衣服の擦れる音が聞こえていて、すぐ後ろにはおそらく脱ぎ途中のハルがいるわけで……いや、想像してないよ? でも環境音だけでエロすぎる。ああ、煩悩滅却ぼんのうめっきゃくじゃなくて心頭滅却しんとうめっきゃく



リアルASMRかッ!! エロ系のリアルASMRなのか……ッ!!

心臓がバクバク言っている。顔が熱い。



「あ、今、下着になったとこ。すぐ脱ぐから待ってね?」

「そ、そそ、そーいうの言わなくていいから? 絶対わざとじゃん」

「だって、待たせて悪いかなって」

「あああああ、いいから早くしてッ!」

「はい、脱ぎました。それでは身体をまず洗うから背中向けたまま前進して?」



要するに背を向けたまま浴室の前まで移動しろということだろ? え、なんで?

このままじゃなだめなのか?

とは思いつつ、言われるがまま脱衣場まで移動すると、左側に置かれたカゴの中が丸見えに。おいおいおおおーーーい。ハルさんよ……洗濯物を隠すとかしないのかよ。マジで待て。



ピンクの下着(上下)が丸見えじゃんか。目のやり場に困るし、今まで身につけていた下着だと思うと頭おかしくなりそう。いや、僕は変態じゃないと自覚している(下着そのものに興奮は覚えるような性癖はない)はずだったけど。実際、目の前に危険物があるとなると反応せざるを得ない。だって、さっきまで着ていたのがこれだとすれば——超絶かわいいハルの下着姿を妄想せざるを得ないじゃないかッ!!



「どうかした? 急に静かになっちゃったけど、君、大丈夫かい?」

「な、な、なんでもないって。それよりも早く風呂済ませてくれる?」

「あ〜〜〜早く入りたいよね。ごめん。でもさ、わたしはルア君となら一緒に入ってもいいと思ったのに。あ、水着着用なら明日から一緒に入れるね!」

「こ、こと、ことわ……る。水着って。それでもダメじゃんか」

「そう……? 写真集では水着になっているけど? 別にお風呂くらい大丈夫じゃないかな」

「少しは貞操観念持てってば」

「持ってるよ? こんなことルア君にしかしないけど? ルア君ならきっと何もしないし」

「なんで僕ならしないって思うの? そこがさっきから分かんないんだよな。いくら友達とはいえ、大胆かつ開放的すぎない?」

「うーん。そこは大人の事情で割愛するけど、だってルア君じゃん」

「は? 本当に意味分かんない」



シャワーで髪と身体を流したところで湯船に浸かったハルは、「こっち見ても大丈夫だよ」なんて言うけど、とてもじゃないけど振り返ることなんてできない。体育座りをしたまま顔を膝にうずめているこの体勢が、こんなにも苦痛に感じたことなんていまだかつてあるだろうか。いやないっ!



そのままエロと日常の会話を織り交ぜながら15分が経過した。

僕はもう死んでしまうかもしれない。



「そろそろ上がるね。あ、このあとルア君入るよね? シャンプーとかコンディショナーとかは適当に使っていいからね? 身体洗うタオルはそこに入ってるから」



今度は立ち上がって前進し、脱衣場から脱出をする。後ろでは裸のハルが身体を拭いていて、熱気が背中越しに感じられた。こんな生殺しが許されていいのだろうか。



そういえば世界線Bの蒼空は、付き合っているときに家に泊まりに来たこともあったけど、完全防御って感じで風呂に入っているときなんて気配すら感じなかったな。脱衣場の扉を完全シャットダウン。

でも、それが普通なんだよな。



でも……蒼空は僕のこと本当に好きだったのかな……。今さら考えてしまうけど、もうどうでもいいや。なんて割り切れれば簡単なんだけど。



「おまたせ。今度はわたしがルア君の入浴風景を見ているね?」

「ファッ!? どゆこと?」

「だって、一人でいるの……怖いじゃん」

「う、後ろ向きな?」

「イヤ」

「駄々っ子しないの!」

「だって、本当はシャンプーするときだって怖かったのに」

「ハルは小学生かッ! 怖い話系のビューチューブ観たときの小学生かっつうの」

「アソコは隠して構わないからね?」

「人の話聞けッ!」



見られるのは別にいいけど、なんだかすごい光景だな。パジャマ姿で正座しつつじっとこっちを見ているハルと、羞恥心を隠しながら服を脱いでいく僕。

湯船に浸かると体の芯まで温まる。あぁ……気持ち良い……は。

このお湯はさっきまでハルが、夢咲陽音が入っていたお湯じゃないかっ!



気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな気にするな……気にするな〜〜〜〜ッ!!



そういえば着替えがないけど、どうしたらいいんだろう。絶体絶命じゃん。



「風呂入っちゃったけど、着替えどうしよ……」

「ああ、あるよ。新品のやつ。新品の下着もあるし、寝巻きはスウェット上下でいい? お祭り前に買っておいたんだ」

「いいけど……なんであるの?」

「えっとぉ、実は彼氏君がお泊りに来たときのために着替えを用意しておいたんだよ。準備がいいと思わないかい?」



さっき、男友達とも遊んだこともないって言っていたじゃんか。そもそもハルに彼氏なんているわけがない。もし彼氏がいたら……待てよ。いきなり強面の彼氏が登場してカツアゲされるのかっ!? それはイヤだぞ。本当にイヤだぞ。

そうじゃなくて、もしハルに彼氏がいたら僕なんかよりも彼氏を頼るだろうって。自分の彼女がストーカー被害に遭っているなんて知ったら、心底許せるものじゃない。



「嘘だ。もしかしてだけど、洗濯物を干す際に、彼氏の存在とかいる風を装うためとか?」



女性の一人暮らしだとバレないために、あえて男物の洗濯物を一緒に干すといいってなにかに書いてあった。

特にストーカーに悩むハルにとって、少しでも効果のある方法は試すと思う。



「おぉ、正解。ルア君さすが! そうなんだよ。でもいつか彼氏が出来たときっていうのは本当だぜ?」

「はいはい。そんな貴重なものをわざわざあざーっす。っていうかサイズぴったりなんだけど?」

「さすがわたしの彼氏! いいね、似合っているよ」

「スウェット似合っているって言われてもね……っていうか誰が彼氏だっ!」

「誰って、ルア君。君しかいないだろう? それとも幽霊でも見えてる? え? うそ。怖いんだけど?」

「もうなんでもいいよ……」

「疲れた顔しないでよぉ~~~あ、糖分が足りなんだねっ!」



スウェットの他にシャツとかジョガーパンツとか、スニーカーまで用意していたのはさすがとしか言いようがない。けれど、それだけ本気でストーカー対策をしているということになるよな。



そんなに悩んでいたのか……。僕が力になれることはあまりないかもしれない。けど、なにかしてあげたいな。このままだと可哀そうだし。



ハルはスプーンでハーゲンダッチを美味しそうに口に運び、頬をほころばせた。本当は不安と恐怖でいっぱいなのに、そんなの周りに感じさせず明るく演じているところを見るとなんだか守ってやりたい気になってくる。

実際、たまに不安げな表情を見せるから、無理しているんだろうなって思う。



「はい、あーん」

「あーん? なにが?」

「アイス食べさせてあげようと思って」



今、自分で一口食べたスプーンを使い回すとはッ!!



「いいから食えっ!!」



なんて非常識なやつだッ!!」





ようやく家についた。服を脱いでお風呂に入る。お母さんが長期入院してからはあたし一人で誰もいない。1LDKの部屋は慣れてしまえば使い勝手が良い。移動距離が少なく、必要最低限の物さえあれば事足りるあたしにとって、不便なことなど一つもない。



スマホに着信があった。バイト先の店長からだ。明日のシフトに入れないか……これは無理だ。明日は春亜に会うから絶対に無理。もし春亜に予定があったとしても、なんとしてでも押しかけて話を聞いてもらわなければならない。



気持ちが急激に落ちていく。いつもこういう気分になる。



ゆっくりとお風呂に入ろう。お湯を張ってお気に入りの入浴剤を入れ、白く濁った少しとろみのついた湯船に浸かりながら、スマホのロックを解除した。



明日はちゃんと春亜と会って、心からの気持ちを込めた告白をしなければならない。こんなときなのに、タイミングよくスマホが震える。メッセージで済むところをわざわざ電話してくるのはアイツしかいない。

奥さんが愛想を尽かして出ていってからは寂しいのか、結構な頻度で電話が掛かってくるけど、あまり相手にしたくないからなるべく出ないようにしている。もう、あの頃の憧れていた葛根先生はいない。



でも、この大事な——人生の岐路ともいうべきタイミングで春亜にあたしとの関係をバラされても困るから、仕方なく相手をしてあげるか。本当に気持ちが悪い人だと思う。今日の一件で葛根冬梨という男は最低ラインまで評価を下げた。



「いきなり消えるなよ。びっくりするだろう?」

「ぐっすり寝ていたようですので」

「明日はレッスンが休みだからな。家に来ないか?」

「いえ、明日は用事があるので」



本当に粘着質で気持ちの悪い男。葛根冬梨の家になんて行ったら監禁された挙げ句、ネチネチと責められて衰弱死しかねない。あたしは葛根のサディズムを満たす道具じゃないし、玩具でもない。



「あの、春亜には絶対内緒にしてもらえますよね?」

「ああ、大丈夫だ。明日は用事が終わったら家に来い。何時でもいい。個人レッスンをしてあげるから」

「えっと……それならスタジオではダメですか?」

「ダメだ。ああ、そうだ。家にしばらく住むか? 食事代は掛からないし、金も浮くんじゃないか?」

「……いえ。大丈夫です。では、明日用事が済み次第伺います」

「その辺の話はあとでな。じゃあ、明日な」

「はい、おやすみなさい」



心底不快で震えてくる。葛根冬梨は今日ので絶対に味をしめてしまった。ダンスは続けたいけど、スパーブでダンスをしたくない。春亜もいないし、あたしもやめたいけれど、もしやめたら葛根冬梨はなにをするかわからない。



とにかく絶対に春亜にはバレたくない。




「ルアに電話をして……明日はなんとしてでももう一度、心の底からの気持ちを告げないと……」



さすがに春亜は家に帰ったよね?

時間を見ると0時を5分ほど過ぎていた。













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