第17話 産休中
産休に入った初日の朝。玄関で達也と由衣は言葉を交わしていた。
「ゆかりの事、任せても良いかな? 子どもが生まれるまではもっと残業しておきたくてさ」
達也はゆかりが未だ寝ている二階に視線をやり、由衣にゆかりの面倒を頼んだ。
「任せて! 一人で何かを買いに行ったりは未だにできないけど、私がゆかりさんを支えますから! 達也は仕事頑張って来て!」
達也は由衣が笑顔で自分を送り出す姿を見て結婚当初の頃を思い出してしまった。
懐かしい、只々幸福に満ちていた頃が脳裏に映し出され無意識に涙が出そうになる。
「だ、大丈夫?」
「うん、気にしなくていいよ。ちょっと昔を思い出しただけだから」
「昔……」
「行ってきます!」
達也は扉を開け、急ぎ足で会社へ向かった。
「昔か……。私もこんな風に達也を送り出して達也の事だけ考えて達也に尽くす生活をしていればまだ…………なんて考えるべきじゃないよね。もう戻れないんだから」
由衣は思考を切り替えてまず洗濯をする為に脱衣所に向かった。
由衣が洗濯機を回している間に朝食に使った食器を洗っていると二階からゆかりがリビングに降りて来た。
「おはよう」
髪はボサボサであまり眠れなかったのか目元は少しダルそうなゆかりが階段を降りてすぐの所で手すりを掴んだまま佇んでいた。
「おはようございます。ゆかりさん。朝は何が食べたいですか?」
「出来れば甘いものが食べたいなって思うんだけど、あったりするかな?」
ソファに身体を傾けて座るゆかりが由衣の質問に答える。
「あ、丁度ホットケーキミックスあるのでホットケーキ食べますか?」
「貰っても良い? ごめんね。仕事も無いのにこんなにゆっくりさせて貰っちゃって」
「日ごろ頑張ってくださってるんだし、今はお腹の中にいる達也との赤ちゃんの事を第一に考えてください! 私は二人とその赤ちゃんを支える為にここで家事をこなすことに決めたんですから」
◇◇◇
ゆかりが家にいるので由衣はお喋りをする事が出来た。そのおかげで由衣は空いた時間、思い悩む事なくゆっくりする事が出来た。
「達也が帰ってくるのは夜の11時くらいかなぁ。ゆかりさん、先にご飯食べますか? お腹の子の為にも早めに寝に入った方が良いでしょうし、達也を待っていたら夜遅くなってしまうと思いますよ」
「そ、そうですね。じゃあ先に食べます」
由衣はお肉も野菜も食べられるあっさりした食べ物をと考えた時、冷しゃぶうどんがピッタリだと思い今日の夕食は冷しゃぶうどんに決めた。
「由衣さん、これすごい美味しいです! これ自分で考えたんですか?」
「そう言ってもらえて嬉しいです。一応色々レシピを覚えてそこからアレンジしました」
「頑張って作ってくれてるんですね……」
「そんなに大した事はしてないですよ……。ゆかりさんはこれから頑張らないとですね」
二人はおしゃべりをしながらゆっくり食事を進めた。
◇◇◇
ゆかりがベッドに入ってから数時間が経ってから達也が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり、達也。お疲れ様!」
「ありがとう」
まるで夫が仕事を頑張って帰って来た所を妻が労わるそんな場面のようである。
「ゆかりさんにはお腹の子の為にも先に寝て貰いました」
「うん。ありがとう由衣」
納得したように頷いて由衣に再度お礼を言う達也。
「先にご飯にする? それともお風呂に入る?」
「じゃあ、お風呂行かせてもらおうかな」
由衣は達也がお風呂に入っている間に料理の準備を進める。
「達也、褒めてくれるかな」
由衣は盛り付けが終わりテーブルの上に料理を置いてから椅子に腰掛け一人呟く。
「あ、ごめん。由衣ってもうお風呂入った? 栓抜いちゃったんだけど……」
「え、え、達也、何その格好……」
「え、あ……」
達也が脱衣所からタオル一枚でリビングに入って来た。由衣はその事実に動揺すると共に自身が封印して来た欲が抑えられなくなる。
「達也、誘ってるって事で良いんだよね。どう考えてもそうとしか考えられない。私不倫しちゃったけどずっと好きだって言ってたよね。もう襲っちゃっても文句言えないよ?」
「ちょっ、落ち着いてくれ。由衣、もう夫婦じゃなくなったんだって」
「夫婦でもない女の前にそんな身体を見せて来て……。大好きな人が裸で目の前に居るんだよ? 理性で欲を抑えろなんてずるいよそんなの!」
「ダメだって!!!」
達也の声は由衣に届かなくなった。由衣は達也にゆっくり近づく。
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