第15話 由衣の選んだ道

「いってらっしゃい」


 今までと同じく由衣は二人を見送ると自分に出来る事をするべく達也に許可された仕事をこなす。


「はたきで壁上のゴミを落として、掃除機で吸って、カーペットにコロコロして雑巾掛けして……」


 自分が掃除した場所を歩いても奇麗な状態のまま保てる様に全力で掃除を行う。


「休憩せず、最後まで頑張ってやってしまおう」


 かなり時間を掛けて掃除を行なっても結局は夕方の四時までに終わってしまった。


「もっと、もっと役に立ちたいのに……」


 由衣は二人が帰ってくるまで手持ち無沙汰になってしまった。

 由衣は何もしなくて良いという状態が嫌だった。

 料理を作ったり出来ないというのは自分が不倫をした何よりの証拠なのでどうしても手を動かして気持ちを紛らわせたかった。


「これしかやる事ない……」


 由衣は自分の掃除に抜け目がないかを確認して回るというなんとも無駄な時間の潰し方で辛くなってしまう気持ちを遠ざけていた。




 ◇◇◇


 扉の音が開くと同時に由衣はお帰りなさいと玄関で正座をして二人を出迎えた。


「た、ただいま」


 達也はあの結婚記念の日みたいだなと思いつつも言ってしまっては由衣を傷つけると思い、流石に由衣に話すのは辞める。


 今日も掃除をありがとうなんて伝えるでもなく正座の由衣の隣を通り過ぎる達也。


「いつも掃除をしてくれてありがとう。玄関も奇麗」


 正座のまま動かない由衣に対してゆかりが結衣の前ににしゃがみお礼を言う。


「あ、あぁ、ありがとう」


 由衣は久々に聞いたありがとうという言葉で自然と涙が目から溢れ、掃除をして奇麗になった床に滴が落ちた。


 由衣は達也が昔、何をしてもありがとうと言ってくれていたのを思い出す。

 思い返せば達也のありがとうが日に日に減っていた事に今更ながら気がついた。


「……そっか、達也はあの時には気づいてたんだ」




 ◇◇◇


 食事も終えひと段落している時に由衣は達也とゆかりに一つお願いをしてみる事にした。


「もう少し、仕事を頂く事は出来ませんか」


 達也もゆかりも反応に困って考え込んでしまう。まだ食事を作ってもらうというのに抵抗がある達也はゆかりとどうするか話し合った。


「俺らの子どもが産まれたら忙しくなるから結構動いてもらう事になる。それまではゆっくりしてくれたら良いよ」


「俺たちの子ども……あ、私の子じゃない。……今ゆっくりしたくはないけど。しょうがないか」


 由衣は二人にわからない程度にボソボソと呟き二人に返答を返す。


「わかりました。ありがとうございます。……今日はもう休ませて頂きます」


「由衣、おやすみ」


「由衣さん、ありがとう」


 由衣は二人にそう言って休む為にリビングを後にした。



「せんぱい! キスしましょ! スキンシップですよスキンシップ」


「なんかそこまで熱くラブラブできる気分じゃない」


 由衣がリビングを去ってイチャイチャを始めようとするゆかり。それに対して達也は気分じゃないと断る。


「えぇ、お腹の赤ちゃんの為にも仲のいい夫婦の方が絶対に良いですよ! だからスキンシップ取りましょ! もう一緒にお風呂に入った関係なんですから。せめてハグくらいなら」


「…………じゃ、じゃあ、キスじゃなくてハグなら……良い」


 見事にドアインザフェイスにかかり、ハグを待つ達也。予期していなかった達也の返答と行動にゆかりは動揺して近づくことが出来ない。


「良いんですか? ホントに? ぎゅーってしちゃいますよ」


 ゆかりはハグをどの位の強さですれば良いのか分からない子の様な反応をした後ゆっくり達也に近づき腕を背中に回す。

 達也の方もゆかりの背中に手を回し、何度かトントンする。


「せんぱいの背中、あったか~い」


 ゆかりは達也の温もりを感じて完全に身体がリラックスしていた。




 ◇◇◇


「『俺らの子どもが産まれたら忙しくなるから結構動いてもらう事になる。それまではゆっくりしてくれたら良いよ』……か」


 由衣は自室に戻りベッドの上でさっき言われたことについて考えていた。


「やっぱり自分の罪は解決するんじゃなくて受け止めなきゃだめ、だよね。……あと八カ月くらいかな。達也の子ども……勿論私の子ではないけど、達也の子を私が抱いても良いって事かな? 達也に似ていくのかな……」

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