第13話 由衣はもう二度と外に出たくない

 達也が会社に行く前、早朝。家のインターホンが鳴る。

 達也が玄関の扉を開くとそこには荷物と共にゆかりが立っていた。


「あれ、こんなに荷物持って出て行ったっけ?」


「いや、実家にはもう帰る気が無いので私物は全部持って来ました」


「実家には帰る気がないっていうのはどういう……」


 いきなりの発言に思わず言葉を失う達也。


「お父さんに結婚したい相手が居る事と妊娠してる事を伝えたら『そんな結婚前に子どもを作るような男と結婚はさせん』って怒っちゃって……私の方から迫ったって事実を言っても信じてくれなくて。それで縁を切るって言って出てきました」


 一度も話したこともないどころか、連絡も取っていない再婚相手の親に嫌われているという最悪の状態のまま生活していかなければならないのかと思う達也。


 ゆかりの荷物を一緒に運ばされる由衣。ゆかりをこの家に住まわせることに反対しているが協力させられる。

 まるで自身を処刑する為に十字架を運ばされるイエスかの様に。


 由衣はまた地獄が始まるのだと確信し動き出すことを決める。




 ◇◇◇


 翌日、二人が会社に行ってから由衣は動き出した。


「達也の記録が正しければここに住んでるんだよね」


 由衣は見た目からして一番交渉が簡単そうな人から順に会う事に決めた。


「こんなタワマンに住んでるような人だったんだ……」


 由衣は部屋番号までは分からないので写真に写る男と似た男がマンションを出入りするのを待った。


「あ、あの人かもしれない……」


 写真の男によく似た人がマンションから出て来たので数時間座り込んで待っていた由衣は立ち上がり男の方へと向かった。


「すみません。私の顔、覚えてないですか?」


 男はハッとした様な顔を見せてから頷き、覚えていると答えた。


「あの、夫に……夫、えっと、不倫していた事を知られてしまって。もし可能ならお金を貰えませんか?」


 一瞬驚いた様な表情を見せた男だったがポケットに入っていた札束をそのまま由衣に渡す。


「今でも覚えてるくらい美人だし、良い身体してて更に不倫という背徳感を味わえたんだ。高級なお店に行っても感じられないくらい良い思いをしたし。いいよこれくらい。またお金が必要だったら来てよ。これ、連絡先ね」


「はい……わ、かりました。じゃあ失礼します」


 由衣は男が立ち去るのを見送ってすぐに貰った連絡先が書かれた名刺を破り捨てると路上に吐いた。


「顔と身体、覚えられてるんだ……私、もう外に出たくない。後何人残ってるんだろう」



 次にやって来たのは少し怖そうだけど羽振りの良いらしい奴の家だった。由衣はインターホンを鳴らす。


 すると玄関から女性が現れて要件は何かと聞いてくる。


「すみません。那栗さんはいらっしゃいますか?」


 由衣は女性にそう言うと女性はちょっと待ってと言って中に戻る。そしてすぐに那栗という男が顔を出した。


「あの、私の顔、覚えてませんか?」


「あ、あ、あぁ……」


 男は激しく動揺したかと思えば中にもう一度戻り女性を連れて出て来た。


「お前か!! のこのことうちに出向いて来やがって」


「ガハッ——」


 由衣は突然自身のお腹を蹴られて蹲る。


「あんたがうちの夫を誑かすから一度別れる事になったんだよ! テメェのせいで」


 蹲った由衣を追い討ちをかける様に蹴り続ける女性。


「あんたもやりな! これは命令だ。あたしの言うことは聞く約束だろ」


「は、はい」


 男の方は何故か蹴りでは無くグーでお腹をパンチする。


「ゔっ、ゔっ、あっ、いだい……」


 気が済んだのか女の方が由衣を持ち上げて道の真ん中に落として二人は家の中に戻って行った。


「達也……もう無理かも。ごめんなさい」


 由衣は動けないまま住宅街の道の真ん中で涙を流して達也に謝罪を始めた。



「あと一人だけ、頑張る。達也、待っててね」


 由衣は全員回る気力なんて当に無くなっており、あと一人だけと最後の男の元に訪れていた。場所はホテル街。

 正直こんな場所に来たくなかった由衣だが写真と特徴から一番お金を払ってくれそうな男を選ぶとこの男しか残っていなかった。


「達也が調べても住所が分からないほどホテル街で長く過ごしてるんだ……」


 由衣が達也の証拠ファイルから得た情報を確認していると騒がしい男がホテルから出て来た。


「あの人だ……」


 ボロボロで痛むお腹を抑えながら男に近づく由衣。ホテルから出て来たばかりの男と女の会話が耳に入ってくる。


「良いって良いって、楽しませてもらったんだからこのくらい受け取ってよ。ね、はい。じゃあね。また遊ぼうね」


 由衣はその会話を聞いて自分もお金を貰えるかもしれないと思い、女を見送った後の男の前に立った。


「すみません。私の顔、覚えてませんか?」


「あぁ、確か夫とだけじゃ不満とか言って誘って来たのにヘタクソって俺のことバカにして来た奴だよな」


「え、いや、私そんなこと言った覚えは……」


「傷つけた奴は忘れても傷ついた側は覚えてるもんだ。こっちこい」


 由衣は凄い力で引っ張られ路地裏に連れて来させられた。


「俺はな、アンタに言われて本気で努力したよ! 筋トレもそうだし色んな店をハシゴして練習もした。色んな女捕まえて実践もした。ほら、今からはテストの時間だ。勿論合格する為に本気でやらせてもらうぜ」


「ちが、やめて下さい!! そんな事しに来たんじゃありませんから。離して!!」


 由衣は達也をまた裏切ってしまうと思い必死で抵抗する。


 しかし、無駄だった。


「合格か不合格かは一先ず置いといて気持ちよかったし良いや。じゃあな」


「達也……私、死んじゃった方が良いかな。ごめん、ごめん」


 達也をまた裏切ってしまった事、殴られた痛みが未だ引いていない事、力負けして抵抗出来なかった事、色んな感情が混ざった涙を由衣は一人路地裏で流し続ける。




——————————

朝からキツいのすみません。

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