第12話 あなたの子、だったね

 翌日、ゆかりは本当に家から出て行った。会社を休み必要なものだけを持って家から出て行くその姿は勇ましく何かに燃えている、そんな風だった。


 家から出る瞬間、ゆかりは由衣に耳打ちする。


「あんたのせいで先輩は人を素直に信じられなくなったの。いい? わたしが居ない間に信頼を取り戻そうなんて考えないでね」


 しかしながら由衣の耳にはその言葉は届いていなかった。なんせ地獄から抜け出せるし、達也の子どもではない可能性が出て来たからだ。


「せ〜んぱい。絶対戻って来ますから。わたしの私物は置いておいて下さいね。じゃあまた会社で……」


 ゆかりは由衣に耳打ちした時とは違う口調で達也に言い残し、家を出て行った。




 ◇◇◇


 それから数週間が経った。ゆかりのいない生活は由衣にとって最高だった。

 由衣はゆかりが訪れた前よりもゆかりが居座っていた時よりも一生懸命家事をした。


「達也、仕事でお疲れの所申し訳ないんだけど、頼みがあります……。お皿の洗い物も私がしてもいいですか?」


 由衣はもっと達也の役に立ちたいと思い更に自分の仕事を増やしたいとお願いする。


 達也は少し悩んでから口を開く。


「あぁ、お願いしようかな」


 達也は了承した。最近、達也の仕事は以前より忙しくなった。

 理由はゆかりが仕事を休むことが増えたのが原因でゆかりの仕事が達也に回ってくる様になったからである。


 そんな理由も知らない由衣は喜んだ。自分の仕事の量が増え、徐々に昔に戻れていると感じたから、自分が達也に許され始めていると感じたから。



 ある日、達也がお風呂に入っている時、リビングに置かれていた達也のスマホに電話が掛かってくる。誰からだろうか、と由衣は画面を覗く。そこには【ゆかり】と言う文字が……。


 由衣はダメだと思いつつもゆかりなら問題ないだろうと思い電話に出る。


「もしもし」


 由衣はゆかりではあると思いつつも一オクターブ声のトーンを上げて電話に出る。


『もしもし、ゆかりの父親ですが、あなたは一体どなたでしょうか? 今掛けたのは達也くんと言う者のスマホだと思うのですが』


 由衣の顔色が真っ青に変わる。まさか父親だとは思っていなかったからだ。


「あ、えっと、達也の妹です」


『あ、それは失礼。君の兄に代わってくれるかな?』


 咄嗟に達也の妹であると誤魔化した由衣だったがどうにかバレなくて助かったと安堵する。


「兄は今お風呂に入っていますので代わることは出来ません」


『そうかそうか。ではまた改めて掛け直させてもらうよ』


 そう言ってゆかりの父親は電話を切った。


 由衣は電話が切れた後も手から達也のスマホを手放すことはしなかった。


「懐かしいな、達也のスマホ。今はどんな写真をロック画面の壁紙にしてるんだろう」


 昔はツーショットを壁紙に使ってくれてたなと思い耽る由衣だったが電源をつけた瞬間顔色が変わる。


「何……これ」


 映ったのは真っ暗な画面に時間が表示されているというものだった。


 今はツーショットではなくても動物とか風景画にでも変えているだろうと思っていたので真っ暗な壁紙になっている事に動揺する。

 しかし、達也に理由を聞けば自分がスマホを触った事がバレてしまうので聞くことが出来ないもどかしい思いをする由衣だった。




 ◇◇◇


 それから更に数週間が経ったある日、達也のスマホにメッセージが届く。


『先輩、大事な話があるので今度家に行きます』


 ゆかりからだった。



 数時間後、ゆかりが家に訪れた。


「お邪魔します。……単刀直入に言うと出生前DNA鑑定をしようと思います。これで先輩の子だったらまた一緒に暮らせるんですよね。安心して下さい鑑定のお金は全部わたしが持ちますから」


 その日はそれで帰ったゆかりだったが達也も自分の赤ちゃんだった場合責任は取らなければならないと思い、DNA鑑定に応じる事に決めた。


 由衣は出産後まで誰の子か分かるのは先送りにして欲しかったが自分にはそれを決める資格がないので息を飲んでただ祈るしかなかった。




◇◇◇


 鑑定をして更に一週間以上経過してから達也のスマホに写真とメッセージが送られて来た。


『ゆかりが写真を送信しました』

『これで完全にわたしと先輩の血が繋がった子であるとほとんど確定しましたね』


 その写真は子の父親が達也である確率が非常に高いという情報が書かれた鑑定結果の書類だった。

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