第9話 現在モテ期の男の選択
達也は少し待ってくれと二人に向かって言いトイレに篭って考え始める。
「産まなければならないとなった以上責任は取るしかないよな……。あとは由衣のことか。子どもが出来たら忙しくなるらしいから居てもらったほうが……」
達也は男らしく自分のせいでなくても自分の子どもなら責任を取ると決意した。
そして由衣にはこれからも家事をして欲しいと考えた。
◇◇◇
「勝手に孕んでおいて脅迫なんて卑怯ですよ!」
拳を握り、犬の威嚇のように顔をクシャッとした由衣がゆかりに叫ぶ。
「脅迫って……まあそう捉えてもらっても構わないですが良いんですか? そんなに噛み付いて。わたしが妻になったら立場はあなたの上になるんですけど」
「…………」
妻になるという言葉が出た瞬間由衣は何も言えなくなった。
由衣にとって別に立場が変わるなんて正直どうでも良かった。
それ以上に自分が手放した妻という地位、妻として達也の側に居ることが出来ていた、愛し合っていた日々を思い出して胸が苦しくなった。
「何も言えないなんて、そりゃそうですよね!
ダーリンの妻になったらわたしが——」
「……ないから。あり得ないから!! 子どもは育てたとしても結婚なんて達也はまだしない」
コロコロ達也の呼び方を変えて勝手なことを言うゆかりにイライラを覚えつつ由衣は言い返す。
そうこうしているところで達也が戻って来た。
「あ! おかえりダーリン」
「今はそういうのは待ってくれ」
さっきまでお腹をさすっていた割に気にせず達也に抱きつきに向かうゆかりだったが達也に冷静にいなされる。
「さっきの問いかけの答えだが……」
由衣は唾を喉が鳴るほどゴクリと飲み込み達也の答えを待つ。
「大丈夫。私はまだ達也の側に居られる。それにさっきの抱きつき拒否を見れば私にもまだチャンスはあるはず。このまま誠実に向き合えば」
ボソボソ言っている由衣を他所に結論を言い出す為席に着く達也。
「俺は三人で暮らす。今まで通り由衣には家事をして欲しい。正直言って助かっていたからさ」
由衣は達也の助かっていたという発言でほんの少し笑みが溢れた。
「私、達也の役に立てていたんだ!!」
「チッ……ダーリン、明日荷物持って来るから明日から同棲よろしくね」
その様子を目の当たりにしたゆかりはムッと一瞬嫌な顔をしたもののすぐに達也に目線を切り替える。
何故かその表情には笑みが含まれていた。
「私もいるけどね」
◇◇◇
翌朝、三人で過ごす生活が始まる。
「行って来ます」
「じゃあね! 料理も作れないか・せ・い・ふ・さん」
由衣はゆかりに耳元でそう囁かれる。
由衣は未だに食材に触れることを禁じられているので由衣の昼食は達也に命じられてゆかりが作った。
「分かっていたこと、なんだけどね……」
二人を見送る由衣は一緒に暮らすことを許された安堵とこれからあの二人の距離が近付いていく可能性があるという恐怖感に挟まれると憂鬱になった。
二人は朝早くに家を出る。ゆかりの家に寄る為だ。しかし、ゆかりは恥ずかしい様子で家の近くで待っててと言い達也を家に近づけなかった。
「俺を家族に会わせたくないのか? でも当たり前か、付き合ってもいないのに子どもを作ってしまったんだから。何やってんだよ俺、これじゃあクズ野郎じゃないか」
◇◇◇
「せーんぱい! お昼食べましょ」
作業が終わって椅子に座りながら身体を伸ばしている達也の元にゆかりがやって来る。
「あ、そうだな、良いぞ」
昨日はあなたや、ダーリンなど呼ばれていたので達也は少しばかり動揺した。
屋上に着き食事を始める。
「先輩、まずはごめんなさい。仕事、わたしが休んでる間先輩が色々処理してくれてたんですね」
「俺も一服盛られていたとは言え自分の性欲を抑えられなくてすまなかった。……由衣の事もあってずっとシてなかったから抑えられなかったのか?」
反省したようにボソボソッとそれでも聞き取れるほどの声量で言って来るゆかりを見て達也は悪くないのにつられて謝ってしまう。
「先輩最後の方なんて……?」
「いや、何も」
◇◇◇
家の扉が開くと同時に駆ける音は……なかった。
「お帰りなさい」
作業をしながら帰って来た達也に声を掛ける由衣。その姿はまるで一般的な妻のようだった。
「……ただいま」
達也はふと昔を思い出したのか帰って来た合図であるただいまを口にした。
「っ——! きょ、今日は一人なんですね」
まるでお互いがお互いを愛し合っていた頃のような空気感を感じた由衣は驚いてしどろもどろになってしまう。
「荷物を取りに戻ってから来るらしい……」
「そ、そうなんですね」
離婚したのに一緒に暮らしているという異例の関係を改めて考えた二人の間に長い沈黙が流れた。
◇◇◇
由衣はすぐに知った。何故ゆかりが二人で住むか、三人で住むかという選択を達也にさせたのか……を。
「ダーリン! あーん」
「やめろって」
「…………」
付き合って間もない甘々な彼女とツンツンする彼氏のイチャイチャのようだった。
達也との思い出も嫌な風に、もう手に入らない過去だと訴えかけるように蘇る。
「…………辛い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます