第8話 赤子の生命反応が……

 達也はゆかりが居なくなって暫く経ってから由衣に昨夜何があったのかを聞いた。

 由衣の話す内容が全て真実だと簡単に信じる事は出来なかった達也だったが辻褄は合っているので一応信じる事にした。



 それから数日、由衣は達也が触るなと言った事以外の家事を完璧にこなした。


 そして、ゆかりの姿はこの家にも達也の勤めている会社にも現れなかった。

 あんな事をしたのだから当然の事だと思うべきか、はたまたあんな事をしておいてどうして追い討ちをかけに来ないのか……。それだけが同じ屋根の下で暮らす二人の頭を駆け巡った。


 達也の事を好きだという気持ちは残っているどころか一度たりとも離した事の無い由衣。しかし、もう達也には暫く触れることが出来ていない。


「達也はもう、私の事を嫌いになってから結構長いんだよね……。挽回の余地はまだあるかな……」


 触れることが出来ない。

 そんな日々が開始してから更に由衣の心を抉る様な事件があった。

 由衣は触れられない日が続くという苦しみに加え、目の前で他の女とヤってる所を見せつけられてしまった。


 達也がゆかり何をされたのかを由衣は説明した時、達也には自分はまだ必要な存在であると考えた由衣だったが一夜明ける度に目の前で行われた情景があたまに広がり精神的に病んでしまった。


 あの日以来、由衣は達也におどおどした態度で接する様になった。


「じゃ、行って来ます」


「い、い、いってらっしゃいませ。あなた、愛してます」


「…………」


 バタン


 由衣の言葉を最後に玄関には沈黙が流れた。

 一度扉が開き、やがて閉じる音だけが玄関に鳴り響く。


「行って来ますって言ってもらえるだけでもありがたいよね。変にそれ以上を求めたらダメだよね……舌打ちくらいしてくれても良いのにな」



 ◇◇◇


『先輩! 今日の仕事は何時くらいに終わりますか?』


 達也がちょうど会社に着いた頃にゆかりから連絡があった。

 達也は何の疑いもなく、ただ会社を休んでいるゆかりが久々に連絡して来た事に驚きながら返事をする。



「よし! 仕事終わったーー! 今日はやっぱり量があったなぁ。それにしてもゆかりは何故終業時間を聞いて来たんだ?」


 達也は疑問を抱えつつも帰路に就いた。



 ◇◇◇


「あ・な・た……」


 家に着く前、もう家は見えている所で達也は誰かに声を掛けられた。

 まるで待ち構えていたかのように暗い物陰から灯りの下に姿を現す女性。


「ゆかりか?」


「せんぱ……あなた、今日は話があって来たんです!」


「はなし?」


「はい! 兎に角、凄く重要な事なので家に連れて行ってください」


 達也は嫌な事が頭をよぎったがもし考えている事が的中してしまった場合、しっかり話し合いが出来ると思い、家に連れ帰った。


 家の扉が開く、それと同時にドタドタと駆ける音が家中に響く。


「おかえりなさ…………え、どうして」


 由衣は達也の後ろでニヤニヤしながらお腹をさするゆかりの姿を目にした。


「ちょっと話があるらしくて連れて来たんだけど構わないよな」


「え、あ、はい……大丈夫、です」


 全然大丈夫じゃ無い!!という心の声が聞こえて来そうな程嫌な顔をした由衣だったが達也はちょうど扉の鍵を閉めていて気づかなかった。




 ◇◇◇


「単刀直入に聞く。重要な話ってなんだ?」


 ダイニングテーブルに腰掛け、達也は結論を急いだ。それを察したゆかりは過程をすっ飛ばして結論を伝える。


「子どもができました」


 お腹をさすりながらそう言うゆかりを見て、恐らくこの前の時に出来てしまった子だろう考えた達也はやってしまったと思った。

 しかし、無理やり犯されたんだろう?と由衣から聞いた情報を信じて心ではまた別の考えが訴えかける。


「えっ…………うそ、でしょ」


 由衣はただでさえゆかりが家に来た事に嫌な気分になっていたのに更に信じられないような爆弾を落とされて目は地獄を見たような、顔色は血の抜けたような色に変わった。


「と言うわけで!!」


ゆかりは手をパンッと叩くと何か元から考えていたかのように提案し始める


「あなた! 明日から同棲しましょうね!!」


「子どもを産むのはやめてもらえないか?」


 達也は腰を低くしてゆかりに堕胎して欲しいと頼み込む。


「それだけは無理です!!」


 しかし、と強調して一蹴される。


「あなたに選択肢をあげます」


「この家で三人でこの子を育てながら暮らすか、この家で由衣さんを追い出してこの子を育てながら暮らすか」


 さぁどっち!!と言わんばかりに笑みを浮かべ、期待して待つゆかり。由衣もまた達也と離れる可能性があるという事に固唾を飲んで達也の選択を待つ。

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