第7話 一人を除いて最悪の朝

「頭痛ぇ」


 達也は目を覚ますと頭だけを上げて辺りを見回す。隣にはゆかりが毛布を被って床に寝そべっている。そして、足下には俺の脚をガッチリ掴んで離さない由衣の姿があった。


 丁寧に由衣の手を離す……のではなく脚を軽く振って由衣の手を脚から剥がす。

 身体を床から起こして立ち上がり辺りを見回す。

 窓の外見る。まだ日はしっかり昇っていないようで空には未だ暗さが残っていた。


「あれ、なんで俺、リビングで……てかどうして全裸で毛布被ってるんだ? 確か昨日の夜……思い出せない」


 達也はズキズキする重い頭を上げ、立ち上がり下着と衣服を身に着けて二人を起こす。達也には昨夜の記憶はあまり残っていなかった。


「起きろ……ってまだ時間早いか。ん? おいなんでゆかり全裸なんだよ……昨日の夜何があったんだっけ」


「あ、おはよう……ございます」


 少し大きい声を出したことによって由衣が起きた。


「大丈夫か? 目が腫れてるし、赤くなってるけど」


 由衣が朝の挨拶を目を見てして来た時に達也は由衣の目の周りの異変に気付いた。


「いえ、これは花粉が……」


二人で寝室へ行くのを止める時に泣きじゃくって必死に止めていたなんて由衣は言えるはずがなかった。


「花粉……そんな訳ないだろ」


「ご、ごめんなさい。えっと、正直に話すと昨夜、泣いていました。理由は言いたくはありませんけど」


 ただのツッコミをしたつもりだった達也だったが由衣には怒鳴られているかの様に感じた。


「不倫相手と昨日の夜何かあったのか?」


 別に問い詰めたり意地悪なんて言うつもりのなかった達也だったがその問いかけをされたことで由衣は茫然とした状態で涙を流す。


「なに言ってるんですか、やめてください。そんなこともうしてませんから」


 達也が昨日の夜の事を忘れているのならば自分が達也に触れていた事も忘れてくれているのかもしれない。そう思い、泣いている理由は伏せた由衣だった。

 しかし、今は伏せた事を後悔して、でもそれ以上に不倫相手の事を持ち出されて胸が張り裂けそうになった。


「んんっ、あっ! せんぱ~い。おはようございます」


 そんなやり取りをしているとこの現場を作った張本人であるゆかりが起きた。


「ゆかり、起きたならさっさと服を着ろ! 大体なんでこんな格好なんだよ。俺もお前も」


 そんな達也の言葉を聞いて呆然とするゆかり。


「え、先輩。忘れちゃったんですか? 昨日あんなに気持ちよかったのに。先輩も私の中で何ども気持ちよさそうにしてたじゃないですか」


「おい、ゆかり。何をそんな冗談言ってるんだ? 確かに俺は服を着ていなかったがそんなことした記憶は……」


 ふと思い出せるだけの昨日の夜あった事を思い出す達也。何か引っかかることがあったのか顔色が変わる。


「あれ? 思い出しましたか? あんなにわたしに抱き着いてましたもんね! それにあんなに激しく……」


 エヘエヘと笑いながら話すゆかり、その一方で顔をみるみる青くする達也。そして頭を抱える由衣。


「おい、嘘だろ。ヤッたのか……」


「はい! それはもうしっかり」


「生だった、のか?」


「はい! 直に感じましたよ!」


「……お金渡すから早くアレを産婦人科に貰いに行ってきてくれ」


 昨夜、ただでさえ苦しかった由衣は生々しい思い出し方をしていくこの会話で更に苦しさを感じた。


(お願い、早く! 今日にでも行って!!)

 由衣は心の中でそう願う。


 由衣はゆかりが達也の子どもを産むという最悪の場合を回避出来ればもうそれだけでも良いと思った。

 目の前で二人が性行為をしていた事はもう二の次だった。


「だぁめ、まだ確定してないけど先輩の子はしっかり産みます。尤もあれだけ溜まっていたのを一度でいっぱいわたしにぶつけたんですから確定だと思いますけど」


「デキ婚なんて俺は嫌なんだが……それ以上にまだ恋愛をしたくないんだけど」


 そう言いながら由衣の方を見る達也。しかし、由衣は達也に視線を向けられているのにも気付かず膝をついて四つん這いになり下を向いていた。


 由衣の顔の下には僅かながら水滴の溜まりがあった。


 自分にはゆかりが子を産む事を止める資格も達也が結婚する事を止める資格もない。

 それだけが今由衣の頭の中を埋め尽くす。


 由衣は昨夜からずっと絶望から抜け出すことが出来ていない。

 唯一抜け出せるかもしれないと思った昨夜は達也がゆかりに出したショックで無駄にしてしまったから。


「兎に角、今日はもう帰ってくれ。今は少し冷静になりたい」


 ゆかりに一度帰るよう促す達也。相当頭が痛いのか掌でゴンゴンおでこを叩いている。


「そうですね! 夫婦になっても考える時間は必要になりそうですから」


 脳内お花畑、ルンルンで家を出て行くゆかりをただ茫然と眺める達也と二度と、この家にゆかりを入れないと床を向いて誓う由衣だった。

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