第6話 元妻は地獄の中に居座る

 由衣がトイレから戻ってきた時、達也は僅かではあるが普段の様子とは感じが変わっていた。

 これに気づいたという事が由衣が他の男に身体を許しても心は達也から片時も離さなかった一つの証拠である。


「あのなぁ、俺に酒を飲ませまくったって家に泊める気は無いぞ」


 酒の強い達也にあるだけの酒をどんどん注ぐゆかり。中には色んなお酒をブレンドしたのだろうか変な色のものもあった。


「いいから、いいから、わたしも後がないんですよー。今日は会社の先輩の家に泊まるって家族にも言ってしまって、やっぱりダメだったなんて言い出しづらくて。あ、勿論男性だとは言ってないですよ」


 達也は注がれたお酒を何も疑わずにグビグビ飲み干していく。

 グラスが空になると机に置き一言発する。


「俺に話も通さず勝手に進めるなよ。兎に角、今日はダメだ帰ってくれ」


 達也が喋り終えるとまたゆかりが色々混ぜて達也に飲ませるそれを達也が飲んで……といった一つの循環図が出来ていた。


「ごめんなさい、トイレに篭ってしまっていて。今戻りました」


 その構図を第三勢力の如く潰そうと話しに割り込んだりする由衣。しかし、潰れることはなく由衣がその循環図に加わっただけだった。



 暫くした頃、達也はこてんと机に突っ伏した。しかしながら、モゾモゾ身体は動いている


 その様子を達也の横に移動し、当然のようにニヤリと眺めるゆかりとビックリして駆け寄ろうとする由衣。


「触れないんだった……」


 由衣は達也とのルールを思い出し、寸での所で手を引っ込め自身の座っていた席に戻る。


「おい、ゆかり」


 由衣が俯いて約束を守ることが関係進展の第一歩と自分に言い聞かせている中、達也が顔を上げてゆかりの腕を掴む。


「な、なんですか先輩!」


 口調は驚いているものの、顔のニヤケはたまらないゆかりをさっきまで俯いていた由衣が悲しげな目で、されど力一杯睨む。


「もう、耐えられない。お前、俺に何した!!!」


 ゆかりの腕を掴んでいた達也の手はゆかりの背中に移動した。そして達也は思い切りゆかりを抱きしめて離さない。


「このまま、しよ?」


 調子づいたゆかりはちょっと色気のあるボイスを達也の耳元で発すると、身体を少し達也から離して首を傾げながら指を咥えて達也を誘う。


 その言葉を聞いた達也は再度ゆかりに近づき服を脱がせる。満更でもないゆかりはイヤンと言いながらされるがまま。


 昔はそのポジションに自分が居たことを考えながらその様子を見る由衣。まさに絶望という文字がピッタリな程に椅子から転げ落ちる。


 由衣の目の前で二人は遂に始めてしまった。


 リビングで嬌声を上げるゆかり。やっと先輩と一つになれた、という事を喜ぶ隙もなくただ顔が綻んでニヤけた表情から変化しない。


 また、由衣はゆかりが達也に攻められている所を見ると悔しく胸が痛むのではなく、自分があの地位を得ることが本当に可能なのかを改めて考えてしまう。


 由衣はただでさえ達也の集めた証拠を見つける前から禁欲していた事もあり、目の前に広がるソレを見て精神が崩壊してしまいそうだった。


 由衣はそんな二人を見ていると気が狂いそうだったので目を逸らす。

 するとゆかりのカバンの中に何本も栄養ドリンクのようなビンが空で入っていた。その他にも達也がおかしくなった理由として適切であろう箱もカバンの中に入っていた。


「これならいける、かな」


 狂ったように身体を動かす達也を見て、由衣は声を掛ける。


「達也! こっち見て」


 身体は止めずにゆかりを満足させつつ顔を由衣の方へ向ける達也。

 由衣は達也と初めて行為をした。あの卒業の日のように甘い声をかける。


「達也ぁ、寂しかったなぁ」


 由衣は自分の声が届いた事に嬉しくなり、このまま行けそうだとそう思いながら衣服を脱ぎ始める。

 旦那を裏切ったものの禁欲で自身を苦しめた事で神からの許しを得られた。そう考える由衣だったが……。


「うぅっ……」


 達也が呻いた?


 由衣はその達也の呻き声に似た何かを聞き、自分の裸体を達也は望んでいなかった。そう思い、冷静に自分はバカだったと反省して服を着ようとした時。


「せんぱぁい。ちゃんとわたしに出してくれたぁ。これで子どもできる、かなぁ」


 ゆかりの言葉で由衣はさっきの達也の呻き声に似た声の正体に気づく。


「うそ、うそ、うそ……。うそだ。私が達也と仲直りして、再婚して、子ども産む。そんな未来は幻想だったんだ………」


 由衣はまだ確定した事でもないのに自分にとって嫌な事を考えてしまう。


 こちらを向いていた筈の達也も由衣が服を着始めてからは再びゆかりに視線を戻していた。


「せんぱい! 妻との愛の巣に行きましょう!」


「え、うそ、なんで、そこだけはダメ、絶対に嫌!!!」


 由衣は激しく動揺した。そこには大切な思い出があったのだ。

 自分と達也が互いに卒業した場所であり、添い寝だけだった二人が初めてハグをしたまま眠りについた場所でもある。


 そして、この家に来てから最初に愛を誓ってキスをした場所でもあった。

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