第5話 不倫した奴のマウントは無意味
「まぁ、先輩の次の嫁候補って感じかなぁ……ふふふ。だって、先輩のこと理解してますし、先輩のこと好きですし、何より一途ですから! 浮気不倫なんて絶対あり得ないです」
「……すから。違いますから! 私は他の誰かを好きになったとかで不倫したわけじゃ——」
「はいはい、分かってますって。どうせ性欲に負けたんですよね!」
ヒートアップし始める由衣の勢いハエを叩く時のハエ叩きの如く潰すゆかり。
「そんな、ことを言いたいんじゃ無いです」
会社の人だったら丁寧に接客、そんな心持ちだった由衣はもう居なかった。
由衣はただこの達也の後輩に不倫をしてしまった理由を言ってやろうと考えた。
「達也が、上手いから……。あなたは知らないでしょうけど達也、夜すごいんですよ。あなたは知らないでしょうけど。純情な人でも中毒みたいになるんですから。肌を合わせてないあなたには分からないでしょうけど」
不倫者、不倫者と嘲笑うようにして煽っていたゆかりの顔はみるみるうちに怒りを示していた。
「先輩はあなたが初めてだと言っていた……」
「そうです。達也の最初の女は私です。勿論私も初めてだったけど……。達也は最初、初心で可愛かったなぁ。後の方は達也にリードされて頼もしかった……」
形勢逆転と言わんばかりの表情の変わり具合の二人、そんな二人の所に一人の男がキッチンから戻ってくる。
「ご飯、出来たよ。ゆかりも食べていくか? と言うかお前、どうしてそんなに顔を歪めてるんだ?」
「あ、せんぱぁい。勿論食べていきます。なんかぁ、会社の後輩のくせに先輩に色目使うなって脅してきてぇ、それでぇ復縁をするつもりだからって言ってきてるんですけどぉ」
「お前、なんだよその喋り方。元に直せよ変だから。それに今、恋愛のことは考えてない」
普段とは違う甘ったるい口調で喋りかけてくるゆかりに達也は冷たく言い放つ。
「それって、元のこんなハキハキの喋り方の方が好みってことですか? 媚を売ろうともしない、感情で話をしないような?」
さっきまでゆかりとの話し合いで落ち込んだり、言い返したり、微笑んだりと感情をコロコロ変えていた由衣をニヤリと見ながらゆかりは達也に尋ねる。
「まぁ、そっちの方が気楽かな。なんか機嫌を取るみたいで面倒臭いなって最近思ってきたし。……じゃあ二人とも席につけよ」
「あぁ……」
微かに由衣の心に少しヒビが入るような音が由衣の胸の内に響く。
達也が歩く後ろを二人は追う形で席に着く。
達也が料理を取りにキッチンに戻る時、ゆかりはこそっと由衣の耳元である事を思いついたのか言い放つ。
「そうだ! 最後に下半身で咥えたのは先輩のじゃないでしょ。滑稽ですね。あんなに先輩とのことを語ってたくせに他の男に上書きされて」
由衣は突かれたくない所を突かれて妙に気分が悪くなる。思い出さないように必死に達也との事を思い浮かべるようにして来た由衣の頭に他の男との情事のシーンが割り込んでくる。
「うっ、おぇ……ヤバっ」
焦点の合わない目を虚にさせながら由衣は急いでトイレに向かった。
「あれ、あいつは?」
「なんかぁ、トイレに行っちゃってぇ」
「だからその喋り方辞めろって」
「テヘッ」
食卓にはゆかりとキッチンから戻ってきた達也だけが残っていた。
「……不倫した奴のマウントなんて意味ないんだから。いくら先輩を好きだからって所詮他の男と寝た事には変わらない」
「ゆかり、何か言ったか?」
「いえいえ、何にも言ってないですよ! 由衣さんは結構お腹が痛いみたいだったのでもう食べ始めましょうよ!」
「え、あ、まぁそうだな」
◇◇◇
「おぇぇぇぇ……うっ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」
便座に両手を置いて便器に顔を向けて謝る由衣の姿がトイレにはあった。
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