第4話 新たな形の生活が始まった

 自分の努力が原因で不倫をさせてしまったことを知った達也と一緒に居たいからと達也がしてくれた努力を水の泡にしてしまった事を知った由衣。


 最早ケーキなど食べている場合ではない、といった具合に二人は食べる手を止めてしまった。



「これは、さっきしたいと言った質問、です。どうして、あなたはこんな私を家に置くと言ってくれたのですか?」


 頬を流れる涙を拭いながら達也に問う由衣。


「それは……他の男どもに寄生して欲しくないから。俺が追い出した後、お前がお金がないからって身体を使うような身の削り方をして欲しくないからだよ」


 由衣は到底理解できなかった。一度のみならず何度も不貞を働いた女だと言うのにどうして達也は未だに自分の事を思ってくれているのか、と。


「これは俺の勝手だけど一度でも本気で愛したお前の身体をこれ以上他人に見られたくない。ただそれだけだ。たとえお前が既に色んな人に裸を見せていたとしても」


「うぅ…………なら、どうして二週間経てば出て行っていいって……」


「俺が未練を断ち切れると思ったからかな。それと結婚もしていないのに由衣を縛るべきではないと思ったからかな、あ——」


「あぁ、ほんとにバカだな私……こんないい人がいながら。もう二度と世の男どもには見せないと誓います。この誓いをあなたが信用できなくてもここに誓います」


「あ、あと、少しは由衣も苦しんで俺の気持ちを知って欲しいからかな」


「え、あ、そうですよね…………私が苦しむのは当たり前」


「離婚をする事は流石に決定事項だけど俺も出来るだけ普通に接することが出来るように試みるよ」


 蘇る由衣との記憶を思い返す度に自身の感情が分からなくなる達也はそう答えた。


 それとは対照的に達也が自身に苦しんで欲しいと言った矢先、普通に接するように試みると言いながら笑顔を無理矢理作った所を見て由衣は恐怖を感じていた。




 ◇◇◇


 離婚の手続きを済ませた達也は今日もいつものように会社へ向かう為に玄関で靴を履いている。


「行ってらっしゃい。達也さん」


 今まで毎日行って来ますのハグをしてくれていた達也にいつもの癖で両手を広げてハグを求める由衣。


「行って来ます」


「あ、ごめんなさい。癖で……」


「じゃあ……」


 達也はそれだけ言って扉を開け、出て行った。


「不倫を気づいた時から我慢してハグしてくれてたんだ。気持ち悪いけど我慢してたんだ。私の口から不倫について聞く為に……。どうして……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 由衣は達也が出て行き閉まった扉に倒れ込むように膝をついてもたれ掛かる。




 ◇◇◇


 私は料理を作ることは許されていないのでもちろん自分でご飯を作って食べられない。

 朝の忙しい時間に達也にお昼ご飯を作って欲しいと頼むことも出来ず、今日はお昼抜きだ。


「えっと、掃除は許される、よね。あと達也の為になる事、何かな」


 私はまず、達也が日中気にしなさそうな場所を掃除する事に決めた。

 家は綺麗になるし、万が一、私の手を使って掃除した場所を嫌悪してしまう場合、達也はそこを使いたくなくなるかもしれないと思ったから。


 私は掃除に加え、他にも出来る限りのことをした。擦りすぎて痛くなるほど手を洗った後に洗濯物を洗ったり、達也が何かをする時にわかり易いように物を収納したり。


「今日はこれで一日を過ごせたけど、他に何をしたら良いか達也が帰って来たら聞いてみよう」



 日も暮れた頃、由衣のスマホが鳴る。由衣はスマホを潰そうとしたが達也から連絡をする事があると言われて壊すのは辞めていた。


「今日は知り合いを連れて帰ってくる?」


 由衣は達也からの連絡を見て誰かが家に来るのだと知った。


「達也の仕事の人かも知れないし私もしっかりしないと! たとえ私が妻ではなくなったとしても一緒に住んでいるのだから」


 由衣は残っていた化粧品を使い気持ち程度の化粧を施す。もてなしたかったが料理を作ることを禁じられた由衣にはどうすることも出来なかった。



 やがて達也が帰って来たことを示す扉の開く音が玄関の方からした。

 しかし、私は迷った挙句リビングから出るタイミングを失い、玄関で達也を出迎えられなかった。


「お前、仕事の事が済んだらすぐに帰れよ。今日はまだあいつと長く会わせるつもりは無いんだ」


「そんなすぐに帰るわけないじゃないですか! 先輩の元奥さんに文句を言う為に来たんですから」


 聞こえてくる声が女性である事に気付いた由衣は息を呑んだ。


「新しい彼女、もう作ったのかな……」


 あれだけ愛していたと言われた由衣は胸が苦しくなる。


「そうだよね、あの期間に他の人も好きになっててもおかしくないもんね……あぁ嫌だな」


 自分に向けられていた、自分でも知らなかった程大きな達也の愛情があの人に注がれる。それを考えただけで由衣は嫉妬に駆られ泣きたくなるが、掌を抓って耐える。


「ただいま。今帰ってきた。こっちは後輩の猫山ねこやまゆかりだ。今日は仕事を教えるって事で連れて来たんだけど」


「こんばんは、不倫をした先輩の元奥さん。今日はあなたから先輩を奪う為に来ました」


「奪う……え、なんで、やっぱり付き合ってるんですか?」


「待て待て、俺も初耳なんだけど。それと付き合ってないから」


 グルル〜

 昼食を食べていなかった由衣のお腹が鳴り、ヒートアップしかけていた場が収まる。


「ごめん、料理今から作るから待っておいて」


 二人を残したまま達也はキッチンに向かう。



「料理も作れないんですか? 先輩はなんでこんな役立たずの不倫者を家におくんですかね。いくら好きだったからと言っても許さなくて良いんです」


「…………」


 ブツブツ小言を言うゆかりの正論を聞いて何も言い返せない由衣は更に胸が苦しくなった。それでも由衣は聞きたいことを聞いてみる。


「達也とはただの先輩後輩なんですか? それとも……」

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