7.恋は時として冷静になる
『それで?手を繋いでも全く反応なしで、一応序盤だけ逢瀬のようだったのに、その後は子供たちへの買い出しになり、せめてもの抵抗で服を贈ったがそれでも無反応だったと』
「要約するとそうだが、それが何だ……」
『ふっ、あははは!!甘酸っぱいなぁ!いい年なのに少年みたいだ!学院時代に散々美人たちに言い寄られてたお前が!』
フィアと共にウイエヴィルへ行った日の晩。突然ターゲスから魔術水晶からの接続要求が来たと思えば『今日の逢瀬はどうだったか』などと言われた。
どうやら既に監視していた護衛達から報告があったようで、ターゲス直々に事実確認をしに来たらしい。ただでさえここ最近ガーベラから深いと言われた眉間のしわがさらに寄った。
「うるさいぞ、子供たちが起きる」
『離にいるんだろ。これくらいで届くほど脆い造りではあるまい?』
「あぁそうだな……」
その彼らの護衛対象であるフィアと自分は今日、ウイエヴィルに出かけた。
最初こそ食べ歩きをしていたのに、雑貨屋や書店、魔術道具を扱う店を見ても孤児院にいる子供達が欲しそうなものだなと頭がよぎり、現在の子供達全員を知っているわけではないフィーも同様のことを考えていたので、結局子供たちへのお土産巡りへと主旨が変更されてしまっていた。(おかげで子供たちは大喜びだったが。)
どうにかフィーへも何かしてあげられないかと思い、その新しく服を仕立ててやることにしたが、せめて安い既製品にしろとフィーが断固拒否をしてしまい、せめてもの抵抗として既製品の中で一番高価で、自分好みの衣服を選んで渡したのだった。(背中に翼がある魔族用の衣服を渡したのはここだけの話である)
「それで?俺を茶化しに来たわけではないんだろう」
『……うちの娘を守ってくれるのはありがたいが、その担当が過保護揃いでな。その
「前から思っていたがターゲス、お前仮にも大隊長だろ。部下との距離が近くないか」
『安心しろ、側近からの伝言だ。それに俺も純粋に聞きたかったからな。まぁお前の反応見て色々安心したよ』
戸籍上の父とはいえ、彼なりにフィアの将来が気になるのだろう。
ましてや相手は付き合いの古い友人相手とはいえ十五歳年上の男。いくら本人の意思が大事とはいえ、相手の異性との関係が気になるのは多くの子供たちを見てきた自分も分かる。
フィーは同じく同居している
天涯孤独だった彼も、不器用なりにここ数年で親のような情が表に出てきたのは偶に来る手紙でも見ていて分かるし、自分も彼から聞かれれば出来る限りのアドバイスをした。
フィーは亡くなったダリアと入れ替わるように入った孤児だ。
もちろんダリアのことを忘れたわけではない。今も尚自分の心にダリアの影がある自覚はあるし、忘れるなんてとんでもない。
墓に埋葬することが出来なかったチョーカーとたった一枚の夫婦の写真。それは今も自分の寝室にある彼女の数少ない私物と共に飾ってある。
「ダリアを忘れるつもりもない。忘れるなどとても……」
ダリアのことを愛していた。恐らくダリア以上に妻として愛せる人は今後居ないだろうとロイクも思っている。
『もし忘れると言うなら、俺はお前を今すぐにでもぶん殴るところだった』
「敢えて聞くがお前はどちらの味方なんだ」
『私は他人を愛する者の味方だ。だからお前のことが気に入ったんだ』
「…………そうだったな。この博愛主義」
『何度でも言え』
ターゲスと出会ったのはロイクが学院にいた時のことだ。
最初は嫌がらせをして来た同級生に返り討ちをしてたのを偶然、学院の警備兵を統括していた彼に見つかったのがきっかけだった。
その後は何を思ったのか仕事の合間に武術の指導を受け軽い師弟関係を結んでいたが、身分の違いや歳の差があるにも関わらず、何時しか二人は友人と言っても差し支えない間柄になった。
ちなみに自分が学院退学になる決定的瞬間の場にいたためその事情は彼もよく知っている。
『普通に本心を言えばいいだろうに』
そんなの分かっている。そうロイクはぶすくれるのだった。
―――
孤児院で滞在している部屋でフィーはロイクが買い与えた服をスーツケースに入れる作業をしていた。
「めっちゃ服買ってきたな」
「こんなに要らないんだけどね……」
「別にいいんじゃないの。選ばせてくれた分」
フィーとウォルが孤児院に来たばかり時、ロイクからサイズや配色の合わない服を寄越され、それを見たガーベラが選び直してくれたのだ。それ以降ロイクは衣服を選ぶセンスがないことが分かった。
「でもなんで背中開けられる様になってるんだろう」
「……知らね」
昔フィーが初めて衣服を買い与えた時の格好を思い出す。アレは将来翼が生えるから本能的に背中を塞ぎたくなかったのだろう。それで風邪を引いてしまうのはどうかと思うのだけれど。
フィーが翼を使えないのはロイクがフィーが飛べないことを代償に暴走を抑えたからだ。
「ロイクは、多分私にかけた呪いを解きたいんだと思う」
「は?」
フィーが暴走した日、ロイクはフィーの背中に生えた翼を代償に暴走を止めた。
「この時、ロイクが向けたのは私じゃなくて女神だった」
「なら尚更その呪いは必要なもんなんじゃないの?」
「女神の体は私の魔力核の中にある。暴走したのは女神じゃなくて私だよ」
「……」
「私は女神じゃない。女神も私じゃない。今は割り切れてるけど、記憶が流れて来た時はその辺がとても曖昧で、私も自分が女神だと思い込んでたんだと思う」
それくらい女神の記憶は強烈だった。ロイクがその記憶を目覚めた時どうなったのかは知らないが、女神の方が生きている時間は長いのだ。自分の方が辛かったかもしれない。
「記憶に引っ張られて暴走したっていうのかよ」
「うん」
「……火が怖いっていうのは?」
「女神の記憶でも磔にされて燃やされたことがあったし、実際私も脚が燃えたしね」
「…………」
女神の記憶が全て蘇った今、全人類が憎いなんて思っていない。
女神も己を犠牲にしてまで人間に魔力核を作った。憎いだけならそんなことしない。
「それに、このままでもいいって思うんだ。ロイクが私を呪ってくれてるみたいだから」
ウォルは気持ち悪い物を見るような顔を浮かべる。それにフィーは苦笑するのだった。
―――
軍事学校ブートキャンプにて。
リナリアはその姿を見て灰色と青色のオッドアイを見開き、同様に口もぽかんと開いていた。
もちろん訓練中に惚けているという訳ではなく、それは軍事学校の同級生や訓練兵の少女たちも同じような顔だった。
本日は大隊長の一人が直々に訓練を施してくれるとのことで、一同緊張感を持って挑もうと真剣になっていたのに、その緊張感も忘れてしまうくらいのインパクトがある女性が現れたのだ。
「本日教官を務める、アコナイト・シュヴァリエ・ベノム少将だ。第二部隊隊長を務めている。これから、お前たちには平等に鍛えるから心してかかれよ。この訓練の最中、お前たちが誰であろうと弱ければ容赦なく叩きのめす」
皮鎧のコルセットにスリットのあるタイトなミニスカート。ガーターベルトの付いたブーツ。
正式な場でもないのに軍帽を被り、肩には軍服を羽織っているが真正面から見ればその見た目のインパクトは変わらない。
その筋肉で引き締まっているすらりとした身体を惜しみなく晒した格好は、男の多い軍の風紀に関わりそうだ。
彼女のことは軍事学校の入学式で見ているのでどんな人かは知っている。だがその格好を見て一同は何かのドッキリかと思った。
だがこれは軍事学校の訓練兵も行うブートキャンプ。自分達の根性や基礎体力を底上げするための合宿だ。そんなサプライズはいらない。
「返事!」
「「「さ、サーイエッサー!」」」
教官が声を張り上げることでようやく意識を取り戻し返事をする。
その様子に大隊長を名乗る女性が表情を和らげた。
「驚いたのも仕方ないだろうが、初見のサプライズはここまでだ。この格好は特注で作った私の戦闘服。私の魔法と戦闘スタイル特性上、都合が良いから常に着ている。
ちなみにこれから私が指導するのは主に諜報や暗殺で使用する技。主にナイフなどの短い得物を使用するが、大抵のスパイは逃げるか捕まった時に自殺するかのどちらかだ。
それに今回招集させたのは暗部に適合したメンバーだと聞く。中には接近戦ができない者もいるだろうが覚えておくに越したことはない技だ。死ぬ気でかかれよ!」
「「「サーイエッサー!」」」
最初こそ驚いていた少女たちも顔が引き締まる。
元々軍医希望だったリナリアはアコナイトに自分の魔法の才能を気に入られここにいる。アコナイトのことを知らないリナリアにとってはあまり気乗りしないブートキャンプだったが、アコナイトのその姿を見て羨望の眼差しを浮かべるのであった。
―――
孤児院。マーガレットの私室にて、よっこらせと足腰の弱いマーガレットと共にゲリーは寄り添ってベッドまで向かう。
ガーベラからの打診によってトイレから一番近い部屋にマーガレットの私室を移動してから1年くらい経つという。
これまでは自分で用を足すこと出来ていたが、病で寝込んでしまってからは歩くことが更に難しくなってしまっていたらしい。
風呂も子供たちが寝てから入っていたのに、今ではもしもの為に昼間にゆっくり入っているようだ。
「この年になって恥ずかしいわ……主人に老婆の下の世話をさせるなんて」
「トイレに連れて行っただけだろう」
「同じことですよ」
マーガレットはベッドに足を戻した。
マーガレットが倒れたことをきっかけに子供たちへの負担が増えたようで、これまでが甘やかしていたと思えばそれまでだが、赤子は特に夜中も目が覚めるから息子の苦労が伺える。
本来この孤児院は推定一歳児までの子供は里親募集がかけられるが、このご時世子供を欲しがる心優しい人間が居る訳がないので子供は多かった。
泣き声に敏感な子供も夜中に目が覚めるなんてことも少なくないし、とうとうネネの催眠の魔法で夢を見せて寝かしつけるようになってしまったと聞いたが、むしろよくここまで耐えることが出来たなと関心する。
「まるで私が子供に戻っちゃったみたい。昔は坊ちゃんをトイレに連れて行ったのに」
「ずいぶん昔のことを引っ張ってくるな。それにマーガレット私はもういい年だ。坊ちゃんはやめてくれないか」
マーガレットは表向きこそ『旦那様』だが二人きりだと未だに『坊ちゃん』と呼ぶ。
長年カレンデュラ家に仕えてきた彼女にとって自分はまだ子供なのかもしれないが、自分も初老の爺。自分の子供として見てきた娘や息子たちにもすでに子供がいるということは爺と言われてもおかしくないのに。
「そうかしら?老婆から見ればあなたはまだ坊ちゃんよ」
「はは、貴女に言われると頭が上がらないな」
「貴方は孫のようなもだもの」
「……そんなことを言ったら貴女からみればここの家の人間皆が孫でしょうに」
マーガレットは自分の祖父、曾祖父の事をよく知っている。だから正直自分が孫と言われてもなんら差し支えない。
自分の先祖たちは皆短命で、特に曾祖父は24歳でありながら魔力欠乏による心不全により亡くなった。
人族の人間としか結婚しない純血主義は魔力を生成する力が少ない。だがそれは表向きの話だ。正直自分の血は人族として純度は高くない。
「当り前よ……坊ちゃん、ロイクはどんな感じ?」
「私が見る限りでは、うまくやっているさ。リナリアもいるし無理に次の妻を宛がう必要もないでしょう」
マーガレットは長くここにいる分、子供たちとこの家のことをよく考えていた。
マーガレットは自分の息子がダリアと結婚することに対して嫌な顔をしなかったしむしろ祝福した。だが体の弱いダリアに『妻の役目に責任を持たせたくない』という理由で第二の妻を取ることを息子に遠回しに勧めていたのだ。
マーガレットはこの家の縛りを知らない。だが自分達が代々己の血を受け継ぐことを重要視していたのを理解していたから言ったのだろう。実際に複数妻を娶ることは珍しいことではない。
だが息子はそれに対して何を思ったのかは知らないが丁重に断っていた。
「……ダリアのことが大好きだったものねえ。……ダリアも当たり前のように愛してくれる家族ができて伴侶もできて、自他共に認める幸せな子だったから。余計に」
「えぇ……」
自分とてダリアは幼い頃から娘のように気にかけていたつもりだ。立派な女性に成長した彼女を見て当分はこの家も安泰だろうと思って王都へ行ったのに、彼女の死は突然で、結果彼女の死に目に間に合わなかった。
「まだ後悔してるの?だめよダリアは貴方たちの幸せを願ってたのに」
「それは貴女も同じでしょうに。長年、私たちの行方を影ながら見守ってきてくれたんだから。正体を隠してまで」
「うふふ、なんのことかしら?」とマーガレットははぐらかすが、彼女は21歳の時、表向きは病で使用人を辞めて実家へ帰っている。
だが祖父の妻が亡くなって彼女がこの家に戻って来た時、本来なら使用人としてこの家に受け入れるべきではなかった。それはゲリーの父も同じことを言っていたこと。
「――私、一時は離れてしまったけど、この家に仕えることができて幸せでしたよ」
「それはロイクに言っておいてくれ」
「あの子にはもう散々言いましたよ。もうお腹いっぱいだって」
「それはアイツも幸せだな」
「坊ちゃんも健やかに生きて頂戴。どうせ王都でも忙しなく過ごしているのでしょうから」
「……ありがとう
―――
彼女に想いを伝えられなかったのは、照れたわけでも強がったわけでもなかった。ダリアに対して顔向けができなくなるからなんて律儀な理由でもない。(結婚とまでいくと少々気後れはするが。)
一回り以上も年の離れた少女。彼女が女神の記憶を受け継いでいたことに対して歓喜もしたが、その言葉の端々に自身の感情があるように思えなかった。
『好きだよ。ロイク』
フィア本人の感情が噓偽りだと疑ったことはないが、おそらく彼女はもう一つの人格である女神の側面を必死に隠し、自分のためにどうにかしようとしている。
今も女神が呪いをかけた時の顔と声が脳裏を焼き付いて離れない。呪いと愛は表裏一体。あの呪いをかけたのは女神が夫を愛していたから。
女神は自分自身のことを語らなかった。実の親がいたのか、どこかで祀り上げられたのか、人間たちからどんな仕打ちを受けたのか、きっと夫が現れるまでは本当の愛を知らなかった。その果てで彼女の夫に向ける愛が歪んでしまった。
恋をして子供を育んだ暖かな記憶だけではない。女神が夫を殺した記憶も鮮明に残っているのだから、醜い自分も全て愛して欲しいと言っているようなもの。
別にフィアにそういう女神のエキセントリックな部分を求めているわけでもないが、ただ彼女の本心が知りたかった。
自分を呪っているのだと思ったから敢えて彼女の感情を動かすようなことをしたのに、自分の行動が空回りした。元妻帯者が聞いて呆れる。
ふと自分の服の裾を引く気配がして下を見降ろせば、5歳の男児が自分の顔を心配そうに見上げていた。
「父さん、大丈夫?」
いけない。子供達に不安をあおることはしてはいけないと気持ちを切り替え、見上げてくる男児を抱きかかえた。
「すまない。問題ないよ」
子供は親の感情に敏感だ。不安を持たせるようなことはしないようにしなければいけない。この失態は何度目だろう。やはり皆の言っていた通り新しい使用人を雇わなければいけないのだろうか。
だが自分は過去の失態のせいか、あまり人間を信用することは出来なかった。
「なぁ、旦那」
「あ、ジル兄ちゃん」
後ろからフィアの護衛の一人が声をかけてきた。抱きかかえている子供に青年は暢気に手を振る。
子供達に懐かれてからはもう取り繕うのもやめたらしい目の前の青年は初対面の時の胡散臭さは失われていた。
「どうした。ジルベール殿」
「殿とか敬称は要らない。少し、アンタと話がしたい」
―――
自分は本音や建前が言えないわけではない。だが相手の腹を探ることが苦手だから「気遣いは要らない。だけど他の人に聞いて欲しくないんすよね」と言えば離の書斎まで案内された。
話す相手は人払いの為か、入口の扉にかけられたプレートをひっくり返しては対面するようにソファーに座った。
「アンタさ、お嬢のことどう思ってんの」
あの大将と仲が良い奴のことだからこちらからフランクになれば多少心を許してくれると思ったのだが、思っていたのと違ったのか一瞬気が抜けたような顔をされた。
少し間を置いて男は口を開く。
「お前はどういう答えが欲しい」
「はぁ?」
意味が分からず思わず前のめりになる。同僚から「相手が怖がるからよせ」と言われたが今更である。
「貴方がどう思っているかは知らないが、フィアが他の護衛達から大体どんな目で見られているかはウォルファングから聞いている」
「あぁ……」
自分の同僚たちを思い出す。お嬢はお貴族様たちが通う学院に通っているものの、平民なので他の護衛および監視対象達と比べるととっつきやすいから構いやすいし、貴族にない素朴さが相まって可愛いく思えるのだろう。にしても過保護になるのはどうなのだろうか。
「俺はアイツらほど
だがなぜ自分がそんな野暮なことを聞くのか分からないのか疑いの表情を解かない。狐の様ににこにこ胡散臭い笑顔を浮かべられるのも嫌だが、ここまで警戒されるのも癪に障る。
「一応それなりの理由はあるんですよ」
騎士が弟子を取るとその弟子を己の養子にして、同じ部屋または家で暮らす風習がある。寮生活をしている人間は部屋を隣にするなど密接に関わるようになる。自分の身の回りの世話を弟子にさせたり、空き時間に多く稽古を取ったり隊長の側近のようなことをするためだったり、理由は色々だ。
これは表向き騎士志望の人間に対するバックアップのためだと言われているが、師匠側の階級が高くなればなるほどそれは軍内部の派閥に大きく関わってくるから弟子にとっては師匠は後ろ盾にもなる。
大将であるターゲスは軍人の中でも唯一最高位の階級にいる存在だ。そんなターゲスは将軍になる以前から弟子を取らない事で有名だった。それはあの肉体に合った戦い方が他人にはできない芸当だからという単純な理由なのだが、そんな彼が二人の子供を養子にした。
ここまで話せばあちらも察したのか、「……フィアと結婚してターゲスとの繋がりを持とうとしていると?」と言ったので「おかげで面倒なんすよ?」とジェスチャーを返した。
大将がお嬢を養子にしたのは、学院に進学する彼女のためだと聞いている。
最初はお貴族様のガキどもからの嫌がらせから守る程度かと思っていた。あの大将も相手は幼気な幼女とはいえ過保護なところがあるなと思ったが、少し前まで普通の平民としてのびのびと生きてきた彼女を、血みどろ臭い政治の駒にさせないようにするためであったことに気付いたのはあの皇子の一件以降だった。
「今じゃ現職の議員もつながりを持つために今まで下に見てきた騎士に目をかける時代だ。ドックウッドも騎士になったらわんさか元貴族のお嬢さんとの縁談が来るんじゃないんですか?」
別に家族になる方法は養子だけではない。結婚すれば親戚筋に入ることが出来る。
師弟ではなくとも派閥に組んだり対外的に友好を示すことは出来るだろう。とクライアン先輩から聞いた。
「ターゲスはそういうのを嫌っていたはずだが」
「でしょうね。今のところ大将は全ての縁談を蹴っているらしいが、直接お嬢に取り入ろうとする人間は後を絶たない。いずれ問答無用でお見合いさせる輩も増えるでしょ」
「……なるほど」
その辺の事情をドックウッドは理解していない。元々お嬢に惚れていたせいか、大人になってお嬢が男を引き寄せるようになったと思っているらしい。
自分が出来る範囲で守っている分護衛としては優秀だが、その理由を知ったらどんな顔をするのだろう。
「まるで、とっとと俺とフィアを結婚させて自分は楽になりたいと言いたげだな」
脚を組み背もたれに肘をついて頬杖をする。気遣いはいらないと言ったがここまでくつろぐかと鼻で笑った。
「バレました?でも、アンタお嬢を弄んでいるようにしか見えないんだよ。お嬢がアンタに気があるの知ってるんでしょう」
語尾が強くなってしまった。これではモンペたちと同じだ。
以前クライアンさんは、「フィーが誰かと結婚するならドックウッドが丸く収まりやすい。が、それでは二人がかわいそうだ」と言っていた。
ならせめてお嬢が好きな人とと思うが、相手がこれでは救われない。
「フィアは、俺が昔愛した女とよく似ている。成長するにつれて益々な。だから面影を追うことはあったよ」
「…………」
「だが、亡くした妻以上に誰かを愛せる自信はない」
まだ成人して間もない頃、戦場で出会った桜色の髪を持った兎族の娼婦がジルベールの脳裏を掠める。
目の前の男は妻を亡くした痛みが癒えないまま、目の前にいる少女とどう向き合えばいいのか分からないでいるらしい。
それと合わせて、敢えて本心を晒すことでこれ以上詮索するなと突き放しているようにも見えた。いや実際突き放しているのだろう。
それが分かったジルベールは大きくため息を吐く。
「……アンタ、ズルイ奴だな」
「情報提供には感謝する。なぜあの小娘があんなに異性を引き寄せるのか分からなかったのでな」
「お嬢のことディスってます?」
「10歳で俺を倒したお転婆娘だぞ。どうせ普段も返り討ちにしているんだろう」
「よくご存じで……」
自分が育てた癖に。彼女に昔の女の面影を重ねているのにそんな評価を下せるところ、大人というか、なんというか。まだ彼女を子供として見ているのだろうか。
しかし煙に巻かれたような気分だ。掴みどころがあるようでつかめない。掴めない自分は未熟なのだろうか。立ち上がり背伸びをしながら自分も一つ本心をこぼした。
「俺、十二の時に従軍してそれなりに長いすっけど、まだ軍ではガキ扱いされるんすよ。周りから見れば
「……」
「それでもアンタは俺を『大人』と判断してくれた。対等に話してくれたことには感謝します」
それでもアンタのことは好きに慣れそうにないけどな。
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