5.コイツら見てて面白い
ネネは生き物の精神に干渉できる魔法を持つ。つまり相手の感情を読み取ったり精神を操作することが可能だ。
それはオーキッドの魔法によく似ているが彼の場合は
だがネネのような魔法を持つ人間自体珍しくもないが多いわけでもない。だが自分の感情を読まれるのはいい気がしないし、犯罪でもその手の魔法を持つ者が関わることも多いためそのイメージは一般的にあまり良くない。
「私の魔法を父さんに教えてもらったの……悪い人に悪用されやすい魔法だって」
「…………」
「でも私はみんなと心が通じ合えればそれでよかったんだ。それに深入りしたらみんなが傷つくことも分かってるから使わなかった。でもね、前に牛舎で動物と話してるときに偶然レオの心の声が聞こえちゃったの」
これまで彼女が孤児院の家畜たちと対話している場面をよく見たが、人間に使うことは無かった。だが動物と意思疎通を図っている時に偶然レオの声を捉えてしまったのだろう。
「レオはなんて言ったの?」
「私の声は声と一緒に頭に色々響くから迷惑だって。一生念話してろって」
「レオがそう言ったの?」
「…………私はみんなとお話しがしたいだけだよ」
これは話をしてないなと察しフィーは頭を撫でる。
確かにネネはよく動物と話をする。だが傍から見れば動物に一方的に話しかけているようにしか見えない。だがネネは声に魔力を乗せて話しかけることで言葉の通じない相手とも意思疎通を図れる。
だがネネの念話は人間にしか届かないらしく、声を否定されてしまえば彼女の楽しみもなくなってしまう。
「うーん、もう一度レオと話そうよ」
「レオの声なんて聞きたくない……それに私も悪くない」
これはレオにも話を聞いた方がいいなとフィーは思った。
―――
「レオは今仕事だ。夜には帰ってくるだろうが正確な時間は知らん」
フィーは畑にいたロイクの元にいた。
本当はレオを探していたのだがどこを探してもレオがいなかったので、収穫し終えた畑の後始末をしている最中だったロイクにレオがいる場所を聞いていたのだ。
植物を操る魔法を持つ子供達がメインで世話をしているこの畑は毎日収穫し放題である。
対象の果物や野菜に適切ではない季節や環境で無理矢理育てようとすると味の質がかなり落ちるので養分を与える程度の魔力しか注いでいないが、おかげで枯れたり病気にかかることなく野菜を収穫することが出来た。
フィーも孤児院にいた頃は魔力操作の特訓の一環として手伝いをしていたが野菜だけでなく土の中にいた雑草まで成長させてしまうことはよくあった。
「門限は無いの?」
「アイツは卒業してるしな。出戻った時は驚いたが本人とはマーガレットが居なくなるまでの期間までだと約束した。ルークも自分の家に越さないかと誘ったらしいが、色々事情があるらしくてな」
「それはよくあることなの?」
「あっても里帰り程度で長くて二週間くらいだ。長期間居座るのは珍しい例だよ」
使用人として雇用関係を結んでいたガーベラは別としてとロイクは付け足す。
「そう言えば、リナリアは?ロイクの子供になるから家はここになるよね」
「確かに、俺が正式に養子にするのは初めてだが、アイツはもう軍の人間だ。退役するまで帰ってくることはほとんど無いと思うが」
「ロイクたち以外にもカレンデュラの人がいるの?」
「いいや。大体は卒業した奴らが勝手に名乗ってる。ただのネームバリューだろ」
この国において人を識別するための戸籍の管理は煩雑だ。大抵は名前、性別、種族、生まれた年や住まう村を登録するのだが、その管理は領主に委任されておりその管理方法はまちまちである。
フィーもウォルも孤児院を出るまでは戸籍自体も無かったし、住民の管理を徹底している領地でもない限り登録していない平民が多い。
「まぁ卒業してもたまにこうして帰ってくれる方がこちらとしても嬉しいんだがな」
「そっか」
「だからといって、レオはまだお頭が子供なのはいただけない。まぁ思春期なんてそんなものだろう」
レオとネネについてはロイクもお手上げだとルークが言っていたが、基本的に誰かが喧嘩すれば拳骨を一発食らわせお互いに謝らせたり、敢えて第三者を挟んだ話し合いの場を作って解決していたロイクが、こうもお手上げだと言うのは違和感を抱く。
「もしかしてレオたちに何もしてないの?」
「……俺も二人に話を聞いたが、あれは全体的にレオが悪い。だがアイツも一発食らわせられる歳でもないだろう」
(……そう、なのかな?)
フィーはよく鍛錬で先輩たちにしごかれているウォルを思い出す。彼が弱音や愚痴を言えばすぐに拳骨を食らっていたのだけれど。
「だがネネへのフォローはこちらも足りなかった。あそこまで気にしていたとは思っていなかったよ」
「それは……」
ネネの魔法について説明を受けたのは一昨年。ネネが八歳の頃だという。
もともと魔力のコントロールは授業で学んでいたのだが、自身の魔法の使い方ついてロイクは説明をするのを少々渋っていたらしい。
「ほかにいるよね?フレイ先生とか。その人に教えてもらえば良かったんじゃ」
「俺も本人に言ったが魔法の教授は自分の専門外だと突っぱねられた」
フレイとはアイーシュ街にいる医者だ。フィーも孤児院時代、他の子供達と同様に定期健診で世話になったが彼は自身の魔法を診察や検査目的で使用していた。
曰く触診だけで相手の健康状態を把握するすることが可能なのだという。
「それに本人はあまり彼女に魔法を使わせたくないらしい」
「それはどうして?」
「幼い年で穢れた人間の思考を知ってほしくないんだそうだ。アイツらに何が見えるのかは知らないがその意見は正直俺も同感だ。だが何も知らないという訳にもいくまい」
「そっか……」
ネネは他の難民達と流れ込む形でアイーシュ街に来て、孤児だと分かるとすぐこの孤児院に連れて行かれたらしい。だが当時六歳だったにもかかわらず本人は一人で生きることを望んだ。孤児院に来るまでに彼女の魔法絡みで嫌なことがあったのかもしれない。
確かに彼女のような子供が人の感情を多く触れてしまえば人より多く傷付いてしまうだろう。だが何も知らないという訳にもいかないからロイクはネネに自分の魔法がどんなものなのか教えた。でも伝え方が悪かったのだろうか、レオの心の声を偶然聞いてしまったせいで自分の声にコンプレックスができてしまったのかもしれない。
「まぁ、ここにいる間くらいは多少気にかけてやってくれ」
「分かった」
ロイクは本当に子供たちのことをよく見ている。
一人で二十人以上の子供たちを抱えているのによく見ることが出来るものだ。
とりあえずこのことはウォル達に伝え、解決させるかどうかは別として、レオと話をしようということになったのだった。
夜。既に子供達は風呂に入り、そろそろ眠ろうとしている時間。
ようやく帰ってきたレオを相手に二人は数年ぶりに再会した相手に対して笑顔で睨みつけていた。
「「久しぶりだね(な)レオ」」
「ひ、久しぶり……なんだよ二人とも」
数年ぶりに対面したウォルとフィーの姿にレオはライオンの耳と尻尾が垂れさがり震えていた。
―――
レオの夕食後、三人は孤児院の食堂で互いの状況について話を聞いていた。
レオは現在リナリアと同い年の十三歳。種族は魔族で
現在自分の魔法を買われて探偵のような仕事をしているらしく、依頼に合わせて色んなところを転々としているらしい。孤児院に戻ってきたのはマーガレットが心配なのと現在の仕事の拠点がアイーシュなので都合が良かったのだとか。
「それかなり胡散臭くないか?」
「でも僕は楽しいからいいやって思ってる」
「ロイクに心配かけないでよ?」
「安心しろ。今度は家爆発しない」
「尚更危ないじゃん!本当に大丈夫?」
「それよりも自分の心配したら?」
「こっちはウォルもジルさんもいるから大丈夫ですー」
「そんなんじゃあ一生結婚できないぞ」
「余計なお世話だ」
「なんでウォルが言うんだよ」
具体的な仕事内容は教えてくれなかったので少々心配はあるものの、レオ自身は元気そうだった。
フィーは座り直しレオの方を見ると、レオもそれに反応して畏まった。
「ネネのことなんだけどさ」
「……明日早いからもう寝る」
「明日は休みってルークから聞いたぞ」
明らかに嫌そうな顔をウォルに向けながらレオは座り直した。ネネから話は聞いてるんだろとレオは顔を背ける。
「俺もフィーから聞いたけど、多分レオが言いたいことって違うだろ。ネネ勘違いしてるんじゃないか?レオも別にネネの魔法について知らないわけではないだろ?」
「知ってる……父さんから聞いた。俺の心の中聞かれたのも別にいいんだけどさ……いや嫌だけど、でも……」
基本的に魔法や種族に関する話についてはマーガレットが授業で話してくれるが、ネネの場合は特殊だったのだろう。それかマーガレットが孤児院の先生として授業をしなくなったのか。
それにレオ自身も自分の心の声を聞かれてしまったことに対して不満を抱いているようではないらしい。
「ネネの声……迷惑って言ったのは本当。でも声に魔力が入るなら多分、聞こえる奴みんな人形みたいに操れるようになるんだろ?似た魔法持ってる人俺の同僚?にもいるんだ。多分ネネもそれは本意じゃないし……それなら念話でどうにかすればいいって思った。……それだけ」
呆れた。レオなりにネネのことは考えているようだが、レオの言葉が足りなすぎるから変にこじれてしまったのか。
確かにネネの魔法はそういうものなのだと思うし、誤って他人に危害を加えてしまう可能性もあるだろう。だがネネはこれまで魔力のコントロールがうまくいかないと言ったような記憶はないし、むしろ自分の魔法を使いこなせている。それなのに彼女の声を閉ざしてまで抑える必要があるのだろうか。
「で、本音は?」
「――っ」
「え?」
ウォルの言葉に反応してレオはテーブルに伏せる。そしてぼそぼそと話始めた。
「…………耳をふさげ貧乏草」
「誰が貧乏草だって?」
「塞いでやれ。聞かれたくないんだろ」
ウォルの言葉にフィーは仕方なく自分の両耳を塞ぐ。レオはおずおずとウォルの頭にある耳に近寄り、ひそひそと小声で恥ずかしそうな顔で話した。
レオが手を離したタイミングでフィーも耳を離す。ウォルはため息をついて頬杖をついた。
「コイツめんどくせえな」
「え、どういうこと?」
「シシュンキ男子の拗れ」
「…………うん」
フィーもその一言で色々察した。
わざわざウォルにだけ聞かせたのにウォルはすんとした顔で話してしまうしむしろ呆れている。むしろ懐かしんでいる気がする。そしてレオは羞恥に悶えているのかテーブルに突っ伏して震えている。
しばらくしてようやく落ち着いたのかレオは悶えながらウォルを睨みつけてきた。
「でもネネは傷付いてるよ」
「そうだな。にしてもあのネネがああなるなんて、お前よっぽどなこと言ったんだろ」
「…………ウォルも大概だぞ」
「知るか。それに俺はフィーを泣かせてない」
その言葉にフィーはウォルをにらみつける。
「嘘だ。この前私が作ったお菓子全部食べたじゃん。すっごいショックだったんだから!」
「あれはちゃんと謝ったし、後で食った分作ってやっただろ」
「自信作だったの!みんなに配ろうと思って作ったのに」
「人が良すぎるわ。この前何されたか覚えてねえのか!」
「なんでその話が出るの?それにあの時は私が返り討ちにしたじゃん!」
「そういうとこだよ!てかなんで軍人じゃないお前が下っ端と互角にやりあえるんだよ!俺らの役目なんだと思ってんの!?」
レオは二人のやり取りを面白半分で見ていたが段々呆れた顔に代わってくる。
「夫婦漫才繰り広げないでよ」
「「夫婦じゃない!」」
息ぴったりに返す二人にレオも思わず肩が震える。
「益々息ぴったりだな。ムカつくくらいお似合い」
「義理でも姉弟だからな」
ウォルの言葉にフィーが一瞬目を見開く。まさかウォルが素で自分らを【姉弟】だと言う日が来るとは思わなかったので。
『お前が死んだら俺は独りだよ』
あの日以降フィー自身もウォルと一定の距離を置き、お互い付かず離れずの状態で生活していたがようやく姉弟らしくなったかもしれないと内心安堵と喜びを感じる。
「なんだよ」
「いーや?」
なんだかようやくウォルと対等になれた気がした。
「おいウォル」
「んだよ」
「あとで部屋」
「ダメだ明日にしろ」
「はぁ?僕は今質問攻めにあったのに?」
「俺だってここに来てるのは仕事だからで、実際里帰りはついでなんだよ」
フィーもそのことを忘れていた。今はいないがジルベールは現在仮眠を取っており、彼が起きるまでウォルは寝ずにフィーの護衛をする予定だ。
旧王都ではあまり気にしたことが無かったがフィーは今も尚護衛兼監視対象であることに変わりない。女神の肉体が魔力核に格納されているから自分が暴走しないよう監視される存在であるという認識はしている。
数年前自分はこの場所で女神の感情に呑まれて暴走し人を殺そうとした。
だから護衛の二人にはそれが起きた時に抑え込む役目がある。(フィーの事情を何も知らないジルベールはその認識があるのかどうか不明だけれど)
「……軍人様はタイヘンだな」
ただの里帰りなのに軍服を着たウォルファングと孤児院とは無関係の軍人。そして数年前新聞で国中に公にされたこの国唯一の竜族であるフィラデルフィア。
レオはそんな二人を見てため息を吐いたのだった。
―――
次の日、ウォルから色々話を聞いたのかレオはウォルを笑い飛ばし、気が済んだのかネネの方へ向かっていったのだった。
「その…………俺が悪かった……です」
「お兄ちゃん素直じゃないね」
ようやくレオと和解出来たようでネネも念話で会話することもなくなった。
お互い数日引かなかったのにあっさりと解決できたのは、レオがネネに魔法を使わせたからだという。
「あのさ、俺がまた
「うん?いいよ?」
だがレオはこの後、一部始終様子を見ていたロイクからなぜか拳骨をもらったのだった。
――――――
【おまけ】
レオの心の声(あーネネの声がする。ほんときれーな声だよな。ほらやっぱり、ネネまた家畜と喋って。それに魔力が声と重なって何か変な気分になる。心臓がバクバクするのに嫌じゃない。好きだな。その声やっぱり好きだな……誰にも聞かれたくないな)
ネネに聞こえたレオの心の声(ネネの声がする……また家畜と喋って……声と重な……変な気分になる…………誰にも聞……)
⇒至近距離じゃないので砂嵐のように聞こえた。
ネネ「お兄ちゃん、私の声、変?」
レオ「えっ!?あ、いや、め、迷惑なんだよ……声と魔力が重なってくるから!一生念話で話せ」
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