3.三年ぶりの孤児院
旧カレンデュラ領には複数の村と二つの大きな街があるものの、このメイラ島の地形上森林の方が多い。
小さい土地だが自然豊かで、種族同士のいざこざは少ないと聞く。
それは長年カレンデュラ家が惜しみなく自身の知識や知恵を駆使して開拓を進めた結果だ。そしてこの地域は昨年ロイクが学院に提供した【魔力を砂に変える】魔術が功を奏し、更に発展を遂げているという。
「いやぁ……のどかな土地ですねえ。お嬢たちが育ったところ」
「一年しか暮らしてませんけど」
荷馬車の中、フィーの正面に座っているジルベールが布越しに周りを見回した。
既に一行は関所を通り抜けて旧カレンデュラ領に入っているが、周辺一帯は全て田畑が広がっている。一年しか暮らしていないのにその風景はとても懐かしく、自分たちが暮らしていた故郷よりも親しみを感じた。
「ところで本当にウイエヴィルで宿を取って良かったんです?あの元伯爵に言えば部屋くらい貸してくれたんじゃないすか?」
「それは……」
三人が向かっているのは孤児院のあるアイーシュ街ではなくカレンデュラ領の中でも王都から比較的近いウイエヴィルという街だ。
今孤児院にはゲリー夫妻が居る。あらかじめロイクに手紙を送った時の返事にも書かれていた。手紙からしても孤児院で泊まることは出来そうだがウイエヴィルで宿が取れるか次第ということにした。
それに先日話して以降、ゲリーと顔を合わせるのはフィーにとって少々気まずい。
その表情に察してくれたのかジルベールも了承してくれた。
「分かりましたよ。でも宿はまだ取ってないから、取れなかったら俺とドッグウッドは寝る床でも貸してもらいましょうぜ」
「そうっすね」
御者になって馬を引いていたウォルもその場で同意した。護衛二人が勝手に同意していることにフィーは困惑する。
「え、私は?」
「お嬢はお嬢で……あ、どうせなら元伯爵と添い寝してもらえば?既成事実でもなんでも作っちゃえよ」
「ジル先輩!?」
「お、お断りします!!」
顔を真っ赤にしながら慌てる二人を見てはジルベールはけらけらと笑う。
子供の時ならそれでも良かったかもしれないが、今は十四歳。もう世間としては既に大人として認められている。
同性の幼子と一緒に寝るくらいならなんら問題ないだろうが、ロイクは論外だ。
同じく頬を赤くしているウォルが声をあげた。
「いや、俺は反対だ!大体ロイクも三十路とはいえ男だぞ!!」
「えっ!?いや、そ、そうだよね!?あ、ネネとか!?知ってる子まだいると思うし!その子と寝るね!」
「おう!!そうしろ!!」
いやそれはベッドや部屋が空いてなかったらの話だろうとジルベールは内心つっこみを入れた。
大人と言えども、思春期真っ盛りの初心な二人にとってはデリケートな話だ。ジルベールは見ていて飽きないなとそんな二人を眺めていた。
「いやぁ、二人とも見てて飽きないな」
「「なんでニヤニヤしてるんですか!?」」
おっといけない本心が漏れたとジルベールは顔を逸らすのだった。
―――
ウイエヴィルにたどり着き、その後取ることが出来た宿に馬車を預けて馬に乗る。
ウイエヴィルとアイーシュは小さな山という隔たりがあるが、基本的に商品は転送魔術陣である程度運べるようになっているので、商人に使われることはない。
ロイクは馬ではなく自分の脚で一時間で着くことが出来るのだから、その筋力は恐ろしいものである。(ちなみに山越は軍の訓練でも行われるらしいのでそれなりに鍛えている軍人ならば出来るらしい)
「フィーはいつになったら乗馬できるようになるんだ?」
「乗り物は苦手なんだよ……」
ウォルの背中に縋りついているフィーは乗馬や乗り物をてんで乗りこなすことは出来ない。
ちなみに孤児院を出た後何度か馬に乗る機会があったので乗ってみたが、その度に馬に嫌われた。
基本的に空を飛ぶことが出来る種族は乗り物に乗る風習がないので、苦手になったのではと言われており、竜族のフィーは背中に仕舞ってある翼を出して空を飛ぶことが出来るらしいが空を飛んだことがない。というか飛べない。
ウォル曰く昔孤児院で女神の記憶に乗っ取られ暴走した際、ロイクが呪術でフィーの翼を代償に暴走を沈めたらしい。
学院に入学してから呪術専門の教授に偶然出会い、呪術の解除方法を学んだがどういった呪術なのかわからないので結局解除できなかった。
「大隊長は自力で走るか飛んでたな。体重の問題で馬に乗ることが出来ないとかなんとか。正直飛ぶのも勘弁してほしいけど」
「あれは周りが吹っ飛びそう……」
ターゲスの翼は身長の高い本人が引きずりそうなくらい大きい。
鳥類の魔族は自身の魔力で空を飛ぶことが出来るが、ターゲスは元々純血主義貴族の庶子らしく、筋力がある半面魔力は少ないという鳥類の魔族にとって致命的な生まれ方をしてしまった。
そのハンデを克服するべく幼い頃から飛べるよう訓練を重ねながら鍛えていたら翼が大きく成長したらしい。
フィーも自分の翼が出せるようになったら師事を乞おうと思っている。だがターゲスの翼は広げるととても大きく、はばたくことで周辺はかなり強い風が舞うので狭いところで飛ぶことができないのは難点であるとか。
「ジルベールさん、戦場にいたことあるんですよね?」
「隊長の話?あーでも俺あん時ガキだったから……お、見えてきた」
街の入り口が見えてきたため返答は何も分からないまま終わった。
アイーシュ街はチェスの碁盤のように建物や道が配置されており、その中央は大通りという生活必需品を取り扱う商店が並んでいる。
それ以外の場所は居住区の他に工房や小さな魔術道具を作る工場が立ち並び、日中色んな物を生産しているのだ。
「懐かしいね」
「あぁ」
この地に来るのは3年ぶりだ。相変わらず活気があふれている。
だがその三人に気付くとひそひそと話始める人らが出てきた。
「あら、こんなところに軍人が入るなんて」
「あ、あの赤髪の子、孤児院に居た子じゃない?」
「でも里帰りにしては物騒よ……あの人も顔に傷を付けて」
「いないって言われてた竜族なら軍人を侍らすのも……それに今じゃ将軍の養子って聞くじゃない」
孤児院で一年間暮らしていたためか覚えている人間もいるようだが、それ以上に『国唯一の竜族』であるというのが大きいようだ。二年前国中で大きくニュースになったのだから仕方ないが、当時は優しくしてくれたのにこんなに距離ができてしまうなんて少々寂しい。
「あ、フィーとウォルだ!!」
「久しぶり!おねえちゃん!!」
「こら走るなって!あ、フィー、ウォル!もう来たの!?」
十一歳くらいの男女二人が突然フィーに抱き着いた。
二人そろってフィーに抱き着くのをウォルは一瞬睨むが、追って後ろからガーベラが走ってきた。
「「ガーベラ姐さん!!」」
オレンジ色の髪を一つにまとめた彼女は相変わらずで、歯茎を見せて笑う笑顔も以前と変わらなかった。
抱き着いてきた子供たちもよく見ると二人が孤児院にいた時はまだ七歳だった子供たちだ。数年見なかったうちに大きくなったもので感激する。
「二人とも見ないうちに大きくなったなぁ!覚えてる子たちみんな楽しみにしてたんだよ!」
ガーベラが躊躇なく二人丸ごと抱きしめてくるので二人は少々じわりと目尻から涙が浮かぶ。
後ろで感動の再会を見ていたジルベールが咳払いするとようやくその抱擁から解放された。
「初めまして。フィラデルフィアの護衛としてまいりましたジルベールと申します。馬もいますし、お荷物持ちますよ。お嬢さん」
ジルベールがガーベラの左手を持ちあげる。正直振舞い方は紳士として間違ってはいない。事実、要人の護衛に回されることが多いウォルの部隊は基本的に外面が良い。
だがフィーは彼の態度の変わりように少々ドン引きした。その振舞い方はきっとアリックスを真似たのだろうか、普段の彼を知っている身としては気色悪い。
突然のことにガーベラも一瞬ぽかんとした顔をしたが、あっけらかんと笑い出す。
「イヤだわ、お嬢さんだなんて!アタシはもうオバサンだし、子持ちの人妻だよ!」
「「えっ!?」」
「……失礼、ご夫人でしたか」
「ガーベラだよ、よろしくね。ジルベールさん」
よく見るとガーベラの首には既婚者である証拠であるチョーカーが付いている。魔力で色が変わるチャームには紫電を思わせるような輝きが放っていた。
二人は既に結婚してすでに子供がいるということに驚きが隠せない。相手は誰なのか考えた時、ウォルはあの時計屋の青年が脳裏に過ぎる。
立ち話もなんだしと彼女に背中を押されるまま一行は孤児院へと向かうのだった。
「ごめんねー卒業した子たちには直接会った時に報告しよって決めてたの。大勢いるし切りがないからさ」
「いや、別に……」
確かにガーベラの背中にはガーベラそっくりの魔族の赤子がぱちくりとガーベラと同じ色の瞳を瞬かせて背負われていた。ガーベラ曰くこの子で二人目らしく、ヴァイオレットの毛色にふわふわの耳と尻尾はチンチラらしい。
混血児だから身体も弱い傾向にあるため油断できないらしいが、ガーベラが外に出るときにぐずって泣き止まなかったようで仕方なく背負ってきたらしい。
「でも孤児院にいるんだね」
「住み込みじゃないけどまだいるよ。流石にロイクだけじゃ務まらん」
ほら、と彼女は門の向こう側を指さす。
魔術シールドの燃料炉に木炭を潜り込んでいる男が一人。他の子供たちもそれに気付いたのか彼の方へ走っていった。
「おとーさーん!」
「ああ、おかえり。ガーベラも悪いな。トレニアも見れたら良かったんだが」
「いいえ。うちの娘だし、多分アタシから離れて寂しかったんでしょ」
「いつも悪いな」
メンテナンスで付いてしまったのか、白い肌や髪にも煤がこびりついているがいつも通りで安心した。
煤だらけの彼を見て顔には出さないが、おそらく動揺しているジルベールはフィーに耳打ちをする。
「カレンデュラ伯爵ってアイツ……?」
「はい。今も協会では相談役ですね」
ジルベールはロイクとは初対面だ。
数日前にここに来ると連絡はしていたのに煙突の掃除をしている彼が不思議で仕方ないのだろう。ジルベールの貴族に対する偏見はどれくらいあるのか不明だが、ここまで泥臭い仕事は辺境の貴族でもそんなことはしないかもしれない。多分。
「てか客が来るって分かってたのにどうして今汚しに行くの!」
「夕方だと思ったんだ」
「煤掃除はあの子たちが帰った後でも間に合うだろうが!」
人前であるにも関わらず使用人に叱られている主人は滑稽である。二人が主従関係であることを知らなければ妻に尻を敷かれている夫に見えるだろう。
「……確かにこれは変わり者だな」
「でしょ?」
子供たちから言われたのか、ロイクはようやく三人に気付きこちらに歩み寄ってきた。
「フィアそれにウルも久しぶりだな。……それと貴方は」
まさか自分に聞かれると思っていなかったのか、彼は慌てて敬礼をした。
「フィラデルフィア嬢の護衛で参りました。ジルベールと申します」
「俺の先輩。今日は俺も表向きはフィーの護衛として来た」
ウォルがフォローすると、ロイクは再度ジルベールのことを一瞥する。
握手をしようとしたのだろうか手を出したがすぐに引っ込めた。どうやら煤だらけの手に気付いたのだろう。
「……そうか。いつも二人が世話になっている。申し訳ないが私はこの状態なので待ってくれるか」
「い、いえ、お構いなく」
「……?」
ロイクは子供たちと共にその場から離れて行った。きっと中庭から部屋に入るのだろう。
3人はガーベラに連れられてそのまま建物の中へと促されたのだった。
―――
カレンデュラ家の魔術シールドは魔石の魔力ではなく、呪術を用いて木炭を代償にエネルギー変換をしている。
魔石の代替品として役立つ技術であるのにも関わらず普及していないのは、ロイクがそれについて売らないの一点張りであるのと「教会とその他大勢を敵に回したくない」かららしい。
魔石は魔力が地下に蓄積されてできたものである。その過程でどうやってその見えない魔力が固形化されるのか分かっていないが、女神の恩恵によるものだと教会が言い張る。
しかもその魔石の管理は教会が全て行っており、教会が商人に魔石を配り商人からお布施を受け取るという商売のようなことをしていた。
なのでその魔石の代用にできる技術ができてしまえば資金源が無くなる教会も黙っていない。教会は今も国教であるから国を敵に回すのと同じだと考えたのだろう。
ちなみに魔術学院も経費削減のため、その技術の提供依頼をしたらしいが断ったので先方は未だに根に持っているらしい。(これは学院の上から目線での要望であったのにロイクが腹を立てて拒否したともいう。)
「うちの主人の見苦しい姿を見せてごめんなさいねー。二人来るって分かってるのにもう」
「いや俺らは昔から見てたから気にしないけど」
「まぁ、それなら良いんだけどさ」
ガーベラはちらりとジルベールの方を見るが「最初は驚きましたけど、あれくらいの方が俺も気楽でいい」と返したので安堵した様子だった。ジルベールはガーベラが既婚だと知ると取り繕うのをやめたらしい。現金な男である。
ガーベラはお茶菓子を三人分置くとそのままソファーに座った。彼女がここにいるということはしばらくロイクは来ないのだろう。
「そっちは元気そうだね」
「うん、それなりに」
フィーはガーベラが淹れた紅茶を口にする。ガーベラの淹れた紅茶にしては味が違うことに少しだけ驚いたのでガーベラを見たがにんまりと笑った。
「さすがに客人に淹れる茶はちゃんとするよ。魔法も使ってない」
「そうなんだ」
ガーベラの淹れた紅茶は渋くて他の子供たちからも不評だったのをよく覚えている。客人と使用人という少々感じた距離感に寂しさを覚える。三年という月日は長い。
「マーガレットばあちゃんはどうしてるんだ?」
ウォルがガーベラに聞く。此処に来た目的を忘れていたフィーは内心マーガレットに謝罪する。
「マーガレットさん、今は部屋でみんなの服を繕ってるよ。本当なら養生した方が良いんだけど、こればかりは譲れなかったみたいで。症状は落ち着いてるけどあまりよくないかな」
「そう言えば、どうしてリナリアがそれを知ってたの?」
軍事学校にいるはずのリナリアがどうしてマーガレットが倒れたことを知っていたのだろう。受け取る手紙も軍が内容を確認してから手渡されるので時間がかかる。
しかも軍の敷地内は使える転送魔術が限られているので、受け取るにも時間がかかるのだ。
「それは私から水晶で連絡したからだよ。あれならあっちも監視付きだけど伝えることは出来るから。うちじゃあ普段あまり使わないものだったけど学校には連絡できたんだ。手紙じゃあ時間かかるしね」
「水晶……」
水晶とは相手の姿や声が聞こえる魔術水晶のことだ。よく国の要人たちが遠隔で連絡を取り合うものだがもちろん高級品だ。本来なら商人ですら手が届かないものなのだが、この孤児院でも一つだけある。
当時婚約の決まっていたダリアが寂しくないように、学院に行っていたロイクが取り寄せたものだったことは今の子供たちは知らない。
「にしても、なぜここは使用人を増やさないんです?ここの土地も豊かだし人も多い。孤児院が協会とどういう関係にあるのか知りませんけど、色々こじつけて協会の経費で使用人くらい雇えるんでは?」
ジルベールの意見もそうだと思う。
現状この国は地方の役所などの制度が完全に整備されておらず、ロイクのような元領主が未だ不完全な部分を管理しているところも多い。現状旧カレンデュラ領もロイクは相談役という立ち位置になっているが実質責任者のような状態である。
責任者権限で協会に募集をかけることも可能なのではないだろうかとジルベールは言っている。
フィーもジルベールの言葉に可能だろうなと同意する。実際これまでも協会で赤子を主にした子供の里親募集もしていたので。
現状すでに結婚して子供いるガーベラも住み込みではない。今この孤児院に何人の子供がいるのか分からないが夜間は赤子の面倒も必要になるから一人くらい雇った方が良いはずだ。ロイク一人で面倒は見切れないはずだから。
ガーベラもその辺は問題視しているのか困った顔でため息を吐いた。
「あれは主人なりの意地ですよ。意地。まぁ、私の夫も含めて卒業した子たちが自分たちが休みの日に来てくれるから今のところギリ大丈夫だけど、問題は夜心配だよね……」
「ガーベラ夫人の旦那様もこの孤児院出身ですか」
「ガーベラでいいよ。そう。結婚したのも同じ孤児院で育った幼馴染みのよしみってやつ」
「と言いながらお前がアイツのプロポーズを受け入れるまでかなり時間がかかっていたようだが?」
「それはこっちにも事情が……ってうおい!?」
ロイクがガーベラの隣にいた。いつの間に来たのかと思ったが両隣に座っていた軍人二人は既に気付いていたらしい。フィーは目の前に居るのに気付いていなかった。それもどうかと思う。
身を清めたロイクはいつもの平民と同じ格好ではなく、協会に行くときのようなシャツにベストだ。こちらを向くと笑顔を浮かべた。
「改めて。久しぶり、大きくなったな二人とも」
「「久しぶり、ロイク」」
二人そろってその場でロイクから頭を撫でられる。本来もうそんな歳ではないのだが、こそばゆかった。
満足したのかぱっと手を離したロイクは両手を腰に当てた。
「さて、来てくれたのはマーガレットが理由だったな」
「うん。あとで顔を見たい。それで……ゲリーさんいるんだよね」
「父上は今協会だ。久方ぶりだから顔を見せに来ると言っていたが夕方ごろには帰ってくるだろう」
ロイクの父親への呼び方に意外性を感じる。てっきりほかの子供達がロイクに呼ぶように「お父さん」とでも呼んでいたと思っていたのに。
だがゲリーが居ないのには少々安堵した。ロイクにかかった呪いを解くという考えは改めるつもりはないが顔を合わせるのは少々気まずい。
そんな中ジルベールが懐から封筒を取り出しロイクへ渡した。
「カレンデュラ殿。うちのヴィスコ大将から貴方に渡してほしいと」
「あぁ、後で確認する」
ロイクは手紙と思しきものを懐に入れた。
よくロイクとターゲスは連絡を交わしていると聞くが人伝に手紙を渡すのは珍しい。その様子を見ていると「貴族同士でも色々あんだよ」とジルベールは呆れながらも話す。そう言えばターゲスも貴族の血が混じっていた。
「マーガレットは部屋だ。俺とガーベラは席を外すが何かあれば呼んでくれ」
「分かった」
勝手知ったる
ジルベールはソファーから立ち上がった。
「さて、お邪魔虫は待ってますかね。病人や子供相手に初対面の軍人と顔を合わせるのも良くないでしょ。お嬢はドッグウッドがいるしな」
「別に怖がることは無いと思いますけど。前にターゲスさんが来た時、みんな喜んでましたよ」
フィーとウォルが孤児院を出る前、ターゲスがここに来た際は皆大男が珍しいのか大喜びでやってきた。ターゲスも子供相手に喜んで遊んでくれていたし。
そんなフィーの言葉にジルベールは首に手をやるとまいったなと視線を泳がせる。
「あー……いやわりぃ、逆。俺子供苦手なの」
「分かりました。フィー行くか」
「う、うん。でも……」
「安心しなさんな。別に敷地の外から出ることはしませんよ」
すぐに納得したウォルはフィーに行こうと促した。そんな応接室から出て行く二人をジルベールはひらひらと手を振って見送る。扉が閉まるのを確認すると同時にジルベールはため息を吐いてまたどかりとソファーに座った。
この主人であるロイクは自分の護衛している彼女の想い人だと後輩から聞いていた。
長い絹のような白髪に緑眼。すらりとした長身。確かに彼の容姿は悪くないのだろう。同じ白髪であるアリックスは女顔だが彼とは違い男前な方である。
だがほんの短時間彼を観察してみたが、いまいちつかみどころが分からない。ミステリアスと言えば聞こえはいいが、一年だけとはいえ孤児院で暮らしていたはずの彼女らと一線を置いているような雰囲気もある。あんな奴のどこがいいのやら。
まだ初心とは言え一途な
「しっかし、離れる口実を作ったとはいえ暇だな……さすがに外出る訳にも行かないし」
「兄ちゃん、俺と勝負しろ!」
「……あ?」
突然扉が開いたと思えば複数人の子供が現れた。真ん中にいる子供に関してはどこから取り出したのか分からない布を首元で縛ってマントにしている。彼がガキ大将といったところか。
「やめとけやめとけ。お前らが怪我すんぞ」
初対面の相手に勝負を申し込むとかかなり礼儀知らずな子供である。
相手をする気がないジルベールはその場で気だるそうにひらひらと手を厄介払いする動きをしたが、ガキ大将はすぐにむくれてしまった。
「……なんだと、俺を舐めやがって」
「失礼なのはそっちだろ。自己紹介もなしに突然喧嘩売るとか」
「だってウォル兄ちゃんが、兄ちゃん喧嘩好きだから自己紹介はコブシで語るって」
子供の口から後輩の名前が出てきたので思わず顔が引きつる。あの生意気な後輩は子供に適当なことを吹き込んだついでに自分に押し付けやがった。
それにコブシで語るのは友情の話であって己の名前ではない。しかも暴力でどうやって己の名を名乗るのだ。
「あぁ、やってやろうじゃねえの。ただし魔法はあぶねえからだめだ。あと一人じゃ面倒だから一斉に来な」
その言葉に子供たちがぱあっと輝き一斉にジルベールを中庭へ連れ出す。
そして先人を切っていたガキ大将が大声を張り上げた。
「おーい!軍人の兄ちゃんが遊んでくれるってー!!」
「えっ?」
一人の声に庭にいた子供たちが一斉に反応する。
ジルベールは若干冷や汗が垂れる。中には喧嘩や戦うことに一切縁のなさそうな女の子も混じっていた。まさかここにいる子供たちとやる気じゃないだろうか。
「うわあ!せなかおっきー!!うでふとーい!!」
「こらよじ登るな!」
「おままごとしてー!お兄ちゃん近所に住むどくしんさんで私はみぼうじん!旦那さんがせんそうで死んじゃったのー」
「未亡人とかどこで覚えてきた!?」
「えー?
「うっそまじかよ」
話を聞きつけたのか中庭にいなかった子供たちも集まってくる。
するとあまりの子供の多さに立っていられなくなったのかジルベールは草むらに倒れ込んだのだった。
その様子をフィーとウォルは窓越しに見ていた。
「ウォル良かったの?ジルベールさんに負担かけてない?」
「いいんだよ。嫌いって言ってたけどあの人本当は子供好きだからさ」
いわゆるツンデレってやつ。それを聞くとフィーは苦笑したのだった。
――――――
ジルベールは紛争中、ターゲス達と共に戦場を駆けたことがあります。
因みに当時軍で保護されたリナリアを迎えに来たロイクごと転送魔術で孤児院に送った際も、魔力供給係を担っておりました。
ですがそんな瀕死だったリナリアが今軍事学校に通っているリナリアであることを知りません。ていうか軍事学校で何度か見てるのに全く気付いてません。
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