第三章 孤児院の未来

1.久しぶり。これからよろしくね

第三章スタートです。

―――――



 魔術学院に編入して三年が経つ。

 十四歳になったフィーは四月に魔術学院高等部の三年生に上がる予定だ。ちなみにウォルは二等兵だったのが上等兵に昇進しており、自分の後輩も出来たという。

 学院については、最初こそそれなりの成績を修めていたのでクラスも成績が上のクラスに分けられたが、呪術ばかり熱心に学んでいたせいで成績も落ち込み、進級した時には成績が中間のクラスに振り分けられてしまった。


「ウォル、孤児院からの手紙が来たよ。この字はリナリアかな」

「先に読んでいいぞ。どうせ俺宛の手紙入ってないと思うし」

「分かった」


 相変わらずウォルとは同じ屋根の下で暮らしており、フィーの警護は今も変わらずアリックスが仕切る第三小隊のメンバーが代わる代わる付いてくれている。


 ちなみに義理の親に当たるターゲスは徐々に帰る頻度が多くなり、庭でウォルがターゲスの指導を受ける姿を見る時間も多くなった。

 日々の鍛錬の成果なのか、純血の狼族だからなのか、自分が振舞っている料理が高たんぱくだからなのか知らないが、彼の身長はめきめきと伸びてしまい、最近行った身体測定では十四歳でありながら180cm近くまで伸びたらしい。まだ同様に成長期中であろうアリックスすら超えてしまった。(因みにアリックスは若干悔しがっていた)


 自分の義弟の成長を複雑に思いながら私はリナリアから送られた手紙の封を切る。

 孤児院から手紙が送られる際、個人個人で送られると大量になってしまうことがあり輸送費がもったいないという理由で、毎度送る場合は子供たちが定期的にまとめて書いて送ってくれる。

 ウォルも孤児院にいた頃は一緒に剣の鍛錬をしていた(ウォルが喧嘩を売っていたともいう)年上の人と手紙のやり取りをしていたらしく、軍で再会した時ウォルの変わりようを見て驚かれたとか。

 便箋を開けばやはり真っ先に出たのはリナリアからの手紙で、彼女からの近況について事細かに教えてくれていた。


 リナリアは実の父親に酷い暴力を受けていたのを当時戦地に赴いていたターゲスが保護してロイクの孤児院が引き取った経緯を持つ。

 親に虐待され、しかも特殊な魔法を使い続けたせいで人格が魔力核の性質ごと分裂していたのがフィーが孤児院を出てから半年後、医者から完治できたと言われたらしい。

 そんなリナリアも十三歳になり本来であれば既に昨年には孤児院を出て行っているはずだが、手紙自体は孤児院から送っている。どうしているのだろうとフィーは彼女からの手紙を読み進めた。


 読み進めて最後の文章に目を見張り、二度見、三度見をしてその内容に間違いがないことを確認すると、フィーは慌てて部屋を飛び出した。


「ウォル!!ウォル!!」

「どうした、そんなに慌てて」


 ウォルはやはり庭で訓練用の剣を素振りしており、その体は汗でびっしょり濡れていた。

 だがそんな彼にお構いなく私は庭へ飛び込むと、ウォルが慌てて私の体を受け止める。私が飛び込んでも難なく受け止められるくらいには筋肉が大きくなったようだ。


「落ち着け。どうしたんだよ」

「これ見て!最後の文!!」


 私がウォルにリナリアからの手紙を見せ、最後の一文を指す。

 やはりウォルも私と同様に目を見張ったのか、じっくりと目を細めたりして見返していた。


「マジかよ」

「そうなるよね」

「いや、まさかあの本の虫が」

「そうだよね、あの子が、あのリナリアがまさか」

「「『従軍することになったからよろしくね』ってどういうこと」だよ?!」



―――



 普段は軍楽隊の練習場として使われている公会堂では、大勢の従軍志望者がずらりと椅子に座っている。

 そんな入学式は厳かな雰囲気で行われ、現在第二部隊隊長であるアコナイトからの挨拶が行われている最中だった。

 そんな入学式では本来出席できないはずのウォルファングがターゲスの息子という立場を利用して上官であるアリックスと共に出席していた。


 拡声器無しで話すアコナイトは女性でありながら大隊長としての威厳があふれ出ており、遠くに座っている二人でもその雰囲気はよく伝わる。

 だがそんな彼女は正装の軍服を身に纏い、普段のミニスカートではなく女性用の軍指定の女性用スラックスを履いている。ウォルはそんな彼女の姿に違和感を抱いた。


「ベノム大隊長の格好、今日は普通なんだな」

「ドッグウッドはアコナイト隊長の普段の格好が好きなの?フィーに言っちゃおっかな」

「ちげえよ。やめろ」

「彼女の普段のあれは戦闘服だよ。もともと彼女は陸軍でも諜報担当だったから身軽なあの格好が都合が良かったらしいよ。実戦じゃあ服脱いでたし」

「あれの何処が都合がいいんだよ」


 普段の彼女はプリーツの付いたミニスカートにハイネックの革でできた下着のような服を身に付け、その上から軍服を羽織っている。

 戦闘服にしても、露出が多いし何よりあの鍛え抜かれた腹部という名の急所を隠せていない。

 ガーターベルトの付いたブーツといい、ミニスカートといい、身軽で動きやすい服くらい他にあるはずなのに、何故あんな格好をするのだろうかウォルは理解に苦しむ。


「それに戦闘服は普段から着る必要があるのか?」


 今はもう国内での戦闘はほとんどない。それに彼女のような立場が戦場に立つことなんて中々ないはずだ。そんな彼女をターゲスは何も思って居ないのだろうか。


「本人に聞いてみれば?後でパーティーあるでしょ」

「そんな恐れ多いことよく言えるな」

「僕はまだ新兵だった彼女と任務を遂行した事あるからそこまででもないよ」


 確かアコナイトは現在28歳だからそれなりに長い間軍にいたはず。しかし隣にいるアリックスは一体いつから軍にいたのだろうか。


 謎が謎を呼びウォルの脳内が混乱している中、知っている名前が呼ばれると自ずと視線は前に向く。そして呼ばれた者は上段の中央で学校長に宣誓を始めた。


「リナリア・カレンデュラは軍医を志望しております。私の魔法を国へ貢献するため、本学で学びたいと思っております」

「……マジかよ」


 首席代表で全員の前で敬礼する少女を見てウォルは顔を引き攣らせた。

 灰色と青色オッドアイに軍帽の下からでも分かる艶のある真っ直ぐな黒髪。いわゆる美人と言われる顔立ちなのだろうが、そのメガネの下にある無愛想な顔は父親に似たのか、その姿は正真正銘自分がよく知るリナリアだった。



―――



 入学式が終わり、その後開かれたパーティーで壁の花になっていたリナリアと久方ぶりの再会を果たした。お互いの変わり様にお互いが驚きつつ、ウォルはそれに加えて少々気まずさを抱いていた。

 ウォルは意外にも筆まめ故、孤児院へ手紙を送る頻度は高い。それはリナリアに対しても同様で、業務連絡のような内容の手紙のやり取りをしていた。

 その手紙で同じ相手を想っていた恋敵だと知ったのである。

 そんなウォルの感情を知って知らずかリナリアはおそらく演技であろう笑顔を貼り付けて右手を上に掲げて敬礼した。


「お久しぶりです。ウォルファング上等兵」

「……お前にそう畏まられると俺もやりにくいんだけど……」


 その言葉にリナリアもすぐ同意したのか肩の力を抜いたと同時にその貼り付けていた笑みもごっそりと抜け落ちた。

 その愛想の無い顔はリナリア灰色らしい。だが顔をよく見ると左目が青く輝いている。多重人格がなくなり、魔法も毒と治癒両方使えるようになったからなのだろうか。

 魔力核と瞳の色の関連性は不明だ。フィーとウォルの目の色は近いが、魔法の属性も魔力の量も全く違うので。


「……えぇ。私も思ったわ。でも何で貴方がこのパーティに参加できたの?」

「大隊長に言ったら参加の許可もらった」

「あぁ、そういう……」


 本来ターゲスの養子になるのはフィーだけだった。

 だがウォルが訓練兵だった時にターゲスと偶然出会い会話をしていくうちにとんとん拍子で養子になった。

 軍内部で師弟関係や昇級する為の後ろ盾をもらうために養子縁組が行われる例はよくある話である。だがターゲスはこれまで誰かと師弟関係になる事はあっても、養子縁組まではしなかったらしいがウォルを養子にしてくれたのはどういう風の吹き回しだろうと今でも思う。


「フィーと同じ姓を名乗ることになるなんてね……手紙にも書いてあったけど、振られたのは本当なの?」

「そうだけど、お前性格悪くなってないか?」

「嫌ね、一応恋敵だった訳だし?ざまぁと言いたかったんだけど」

「そういう所だよ。なんでそこはロイクに似るんだよ……」


 リナリアは悪い笑みを浮かべている。ロイクも嫌いな相手が酷い目に遭うと愉悦を覚えるタイプだ。彼の所為でこの世に完璧な善人なんていないのだとウォルは思い知ったものである。

 子供には愛情を注ぐ彼の悪い一面がこれでは教育的にどうなのだろうか。しかもそれを子供の前で隠すつもりもないのだから今思えば彼もどうかしている。


「それで、あの後返事はなかったけど、フィーはなんて言ってたの?私が従軍するって聞いて」

「驚いてたよ。手紙見て真っ先に俺の所に来たからな。別に否定はしてなかったけど」

「そう。貴方は?」

「俺は、別に。本当ならロイクはお前のこと引き留めたかったんじゃねえの?正式に養子になったくらいなら」


 本来ならリナリアは平民であるため家名は持っていない。

 戸籍がなかったので既に引き離されている実の父親から聞き出した情報を元にロイクが作った。だが軍がリナリアを保護した際に行った遺伝子検査をした結果、血縁関係がないことが分かったためリナリアの肉親は不明のまま。両親のいないただのリナリアとして戸籍には登録されていた。

 だがロイクと養子縁組をしたことにより、彼女は正式にカレンデュラの家名を名乗ることが出来るようになった。


「父さんは私達の進路に何も口出ししないのは知っているでしょ。……ただ私が『孤児院を守りたい』って言ったらその後押しをしてくれただけよ。父さんも別に本気で私に孤児院の跡を継がせるつもりもないみたい」

「『孤児院を守りたい』ねぇ……」


 記憶も朧げだが、彼女は孤児院の砦になりたいと言っていた。

 確かにこれまで酷かった環境から自分が守られていたのだから、恩返しをしたいと思うのは自然だと思う。

 そのために従軍するというのも今の世情も合わせて色んな意味で理には適っているのかもしれないが、その発想がやや斜め上だ。退役したら用心棒にでもなるつもりか。


「でも、私は父さんが居なくなった時の保険でもあるのよ。でも私には力がないし、魔術の才もない。だからせめて体力を付けて物理的に守れるようにしないといけない」

「お、おう……」


 物理的という言葉にウォルはもしかして自分やフィーを見てきたせいで彼女の頭は筋肉になってしまったのでは無いだろうか。

 話を変えようと視線を逸らすと、少し離れた場所で複数の人間に囲まれているアリックスが目に留まり、リナリアにまた視線を戻した。


「そういえば前に前にお前がハンカチを借りた騎士がいるけど挨拶行かなくていいのか?俺の上官だから紹介できるけど」


 リナリアが初めて孤児院の外に出た日。当時視察に来ていたアリックスと偶然出会い、彼女にハンカチを渡したのだという。

 その話を聞いた時はウォルも驚いたが、リナリアの事付け通り送られてきたハンカチをアリックスに返しておいた。


「今はいいわ。小隊長でも元々宰相を務めてた大家の人間でしょう?媚びを売る人も多いだろうから多分忙し――」

「僕がなんだって?」


 魔法でも使ったのかやたら頭に響いてくるその声に二人は思わず肩を大きく震わせた。

 後ろを振り向くと白い兎耳をピコピコと動かす自分の上官にウォルは肩を落とした。見た目は目立つ癖に相変わらず気配を消すのが上手い。

 アリックスはそんなウォルを差し置いてリナリアを方を見ると、思い出したかのような反応をする。


「あ、君!アイーシュで会った子だ!随分大きくなったね」

「お、お久しぶりです、リナリア・カレンデュラと申します。以前お会いした時は孤児の一人でしたが、正式に養子になりました」


 突然の再会にリナリアは慌てて挨拶しようと一瞬脚を曲げようとしたものの、敬礼をし直したのでウォルは内心吹き出しそうになったが、リナリアに睨まれる。


「アリックス・ロータス、と言いたいところだけど、改めまして。アレクサンダー=アリス・フォン・ロータス。階級は大尉だよ。今は第一部隊で小隊長を務めてる」


 よろしくねと言うアリックスはいつもウォル以外の部下に向ける顔をしている。彼なりに彼女を歓迎しているらしい。

 リナリアはそれを知って知らずか、当たり障りない会話を返す。


「奥様、元皇女様ですよね」

「さすが、よく分かったね!」

「有名な話ですよ。気品溢れる素敵なお方だと聞きます」


 オーキッドのあの一件以来、ウォルはたまにオルキデアの護衛で傍に付くようになった。オルキデアは13歳の誕生日当日に正式にアリックスと婚姻を結び、一介の騎士の妻になったが、極まれに現職の議員の夫人たちとお茶会に呼ばれるのだ。

 オルキデアは未だ監視対象であるため行動に制限はあるものの、アリックスの献身的な態度や周囲の環境もあってか、表情は大分柔らかくなっていた。


「ありがとう。夫として誇らしく思うよ」


 その彼の笑顔に遠くから黄色い悲鳴が聞こえたが、彼の目の前にいるリナリアは相手が男だからなのか微動だにしない。

 知らない間に自分たちの周りにはその場に魔術シールドがかかったような広い空間が出来上がっており、遠目に二人のことをひそひそと話しては好奇の視線を送っているので少々気まずい。

 男ばかりだが、あの様子ではおそらく彼を知らない者はアリックスが女だと思っている人間もいるのだろう。上背もそこそこあるし骨格や筋肉の付き方も立派な男なのに「お前の目は節穴か」と言いたくなる。それか男だと知っていても好意を寄せるモノ好きか。

 所帯を持っていてもつくづく面倒な男である。


 ウォルは周囲の視線が居た堪れなくなり、その場から離脱する。ホールから抜けてようやく周囲の視線から離れると大きく息を吐いた。


「あの、上等兵殿!お名前を伺ってもよろしいでしょうか!」

「は?」


 少し視線を下にして見ると自分と年の変わらない少女達から話しかけてくる。

 上等兵と声をかけられたし、この場にいる上等兵は自分だけだから間違っていない。だがあの二人を思い出し、自分の中で合点がいった。


「別に構わないけど、俺に媚を売っても昇進は出来ねぇぞ。あとあの白兎は所帯持ちだから諦めろ」

「そ、そんな邪な事は考えておりません!私は個人的に貴方のお名前を知りたく!」


 そう言って自分の名前を名乗り敬礼する彼女達を見て、どちらにせよ邪な考えだろうと顔をしかめる。

 だが名前を聞かれるのもまんざらでもないウォルは後頭部をかきながらぶっきらぼうに答える。


「第一部隊治安維持部第三魔族小隊ウォルファング・ヴィスコ上等兵」

「感謝します!ヴィスコ上等兵……あれ、ヴィスコって」

「一応俺はヴィスコ大隊長の養子だよ。でもだからと言って俺に大した力もないし、年もお前らとそんな変わんねえ、ただの下っ端に過ぎない。……それに第一だから憲兵と護衛が主だし実践経験なんかほとんど……」


 どんどん謙遜していたのが自虐に変わっていき自分で話しておいて徐々に虚しくなっていく。だがその反面、彼女たちはなぜか目を輝かせてはうんうんと頷いているのでウォルは口を止めた。


「その年齢で誰かの護衛をしているなんてすごいです!」

「普通軍が受ける護衛はかなりの要人のはず、そんなこと出来る先輩は憧れます!」

「それに第一の大隊長は大隊長になる前から弟子を養子に取らないことで有名でしたから、そんなお方のお側にいるなんて光栄なこと、なかなかありませんよ」


 ここまで知っているということはもしかして彼女たちは騎士家系の人間だろうか。上官の娘かもしれない状況に若干冷や汗が出る。

 自身の護衛対象は基本的に大隊長の娘自分の義姉と元皇女だけなのだが、オルキデアはともかくフィーは自分にとって守る対象であると思っていても、彼女自身が国にとって重要な人間だとは思っていない。どちらかと言えば厄介な方だ。

 その後適当に質問に答えていたが、彼女たちはかなり向上心があるらしく個人稽古の約束まで取り付けられてしまった。せめて苗字はしっかり覚えておけばよかった。


 会話が終わり、自分から離れて行った彼女達を見送ってようやく誰もいなくなったところで、少しだけ顔がにやついてしまうがその顔もすぐに自嘲の表情に変わってしまった。


「なに調子に乗ってるんだ俺……」


 あの日自分が守りたい人が前を向いていること、自分が前を向いていなかったことを自覚したせいか、己の未熟さが心を刺す。

 何が上等兵だ。所詮自分は魔力の少ないただの子供だ。部下が出来たとしてもやっぱり先輩には頭が上がらないし、恵まれた体格を持つことが出来る純血であっても未だ燃え滾る炎は怖いから、あの日の父親のように一人で大勢に立ち向かえるほどの勇気もない。


「戻るか」


 ここで自虐を繰り返しても仕方がない。ブートキャンプもあるだろうからできるのは3ケ月後か。彼女たちとの予定の調整してあげないとなと考えるのであった。



―――



 ウォルは一人で食事をするリナリアの所へ戻ってきた。


「アリックスは何処に行ったんだ」

「軍楽部の方へ行ったわ。軍部を掛け持ちしてるのね」

「軍楽部は有志だし、アイツ顔も耳も良いからな」


 耳が良い兎族であると同時に音の魔法を使うアリックスは有志で集まる軍楽部に所属しており、かなり美声らしい。

 有志とはいえ音楽の技術や容姿など厳しい審査があるらしいが。絶対容姿ですぐ選ばれただろう。そう言えばアリックスの騎士名は歌つぐみメイビスだった。


「もしかしてお前振られたのか?」

「まさか。私はフィー一筋よ。それにあの人、見た目は白いのになんだか黒い気がする」

「あぁー……」


 リナリアの男性センサーにでも引っかかったのだろうか。

 孤児院でも引っ込み思案だったリナリアに人を観察する能力があるのかは知らないが、彼女の言葉も言い当て妙である気がする。


「でも、入学式貴方がいてくれて少し助かった。それは感謝する。フィーに会う前の練習になったしね」

「俺は練習台かよ!」


 アリックスにやるようにリナリアを小突こうとしようとしたが、彼女が男性恐怖症だった事を思い出し触れる事ははばかられた。


「気を使って貰って悪いけど、別に今はもう怖くないわ。お兄ちゃんと一緒に色んな人で確認した」

「そうかよ」


 リナリアがお兄ちゃんと呼ぶのは彼女と同じ人族であるルークだけだ。ルークが孤児院から出ても彼とはそれなりに会っているらしい。

 その克服の確認方法が気にならなくもないがリナリアを気にかけていたルークのことだから特段変なことをする訳ではないだろう。


「……お前もいつか玉砕しろ。そしたら俺もざまぁって言ってやる」

「それ私にデメリットしかないじゃないってどこ行くのよ」

「上官への挨拶だよ」

「はぁ?それなら先に済ませておきなさいよ!」


 リナリアの言葉を他所にウォルはその場から離れた。今の時間は学生同士の交流の場だ。彼女の傍に上官である自分が居ても彼女には何もメリットはない。

 しかし彼女もこの数年で変わったものだと感慨深くなる。昔はあまり多く話すことはなかったしむしろ(フィー関係で)仲が悪かったような気もするが、こうして真正面で話すのは初めてだった。


 遠目からなんとなく会場を観察しているとその隙を狙っていたかのようにリナリアに近付く輩が現れた。


「あ、君リナリアちゃん?せっかく同期になったんだし、仲良くしようよ」


 話しかけてきたのはやや態度は大きいが社交的な少年だ。孤児院ではお調子者の類いに入りそうなタイプである。

 よく見ると周辺の人間も話しかけようとしているのかその様子をちらちらと見ている。別に声かけてもいいのではと思ったが、さすがに他人が話しているのを割り込むのは失礼か。

 そのままウォルは様子を見ていたが、彼女の一言にその場の空気が凍り付いた。


「はぁ……男は近づかないでくれる?」


 リナリアの声は距離を置いてもはっきりと聞こえた。

 彼女の表情が見えないのだが周辺の表情が明らかに怯えているのでもしかしたら相当怒っているのではないだろうか。

 男性恐怖症は克服しているのに男嫌いは治っていないらしい。その一方的な拒絶も酷すぎるし、話しかけた男子にも可哀想だとウォルは少々呆れた。

 だが諦めていないのか彼は話を続けようとする。


「でもさっき、話してたのって」

「あれは知人だから話していたの。それに分からなかったの?目障りだからどっか行って」


 アレは不味いとウォルは直感する。

 割り込んでやろうと二人の方へ向かうが彼女の声が気になったのか周囲がなんだなんだと集まり始めるのですぐに進めない。

 周囲からは「勇気があるなぁ」とか「振られる五秒前だな」と茶化す声も聞こえてくる。


「えーちょっと遊ぼうよ」


 コイツ周辺に上層部の人間がいるのに入学早々問題起そうとしていることが分かっていないのか。

 人を掻き分けてようやく二人の前にたどり着いたと思ったが、その言葉から数秒後彼女の目の前で彼が倒れ込んだ。


「聞こえなかったの?私、『男』は嫌いよ」


 まるで決め台詞のように言うがこれはまずい。彼女の手から毒の匂いを少しだけ感じる。

 内部の傷害沙汰はご法度だし、内容によっては一週間の謹慎処分だけでは済まされない。彼女もそれを分かっているのか。


「おいリナ――」

「ごめんなさい。処罰は受けます。でも彼のこと確認してください。私になにかしようとしていたので」


 すぐに教官たちが駆け付けリナリアを拘束しようとしたが、倒れていた本人がすぐに目が覚めて何が起こったのか混乱しているようだった。

 周辺が更にざわつき、駆け付けてきた教官の一人が彼のことを触診するが問題ないと判断する。教官が彼に何をしたのか問えばそれはあっさりと答えが出た。


「私の魔法は毒と治癒です。二つを混ぜると体が混乱して一時的に失神するんです。もちろん無傷ですし、毒は残ってません」


 そんな器用な技を習得したのかという驚きと、呆れを抱く。

 その後聞けば彼も彼女に対してちょっかいをかけるために魔法で拘束しようとしていたらしく、彼は懲罰房で一週間謹慎処分を受けることになったらしい。ちなみにリナリアは正当防衛として無罪放免になった。


――――――

【おまけ】

リナリア「自分の名前を名乗らず近寄る男は普通に怪しいわよ。どうせ小娘が上官に媚を売って生意気だーって気に食わなかったんじゃないの?」

ウォル「良かったな、アコナイト大隊長に気に入られたから、卒業したら第二部隊に配属だって」

リナリア「軍医部志望してるのに!?」

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