12.とりあえずことは落ち着いたので



 オーキッドが研究の為に使用していた部屋は厳重に魔術で封じられており、皇族の中でも皇帝など限られた人間しか入ることが許されなかったという。

 フィーたちがあの場所から抜け出すと、乱闘があったと思われる個所が多くあり、軍の人間が魔法や魔術を用いて後片付けを行っていた。


「まだ7時……?」


 道端に建てられている時計を見てフィーは驚く。あの場所にはそれなりに長い時間にいたような気がする。自分が閉じ込められていた時もそうだが、あの場所の雰囲気がそうさせたのだろうか。


「そりゃあそうだろう。あの部屋には実際の時間よりも時間が早く進んでいた。時の魔石で時間操作でもしていたんだろうよ。あんな場所にいれば現実よりも早く老けるというのに、本当命知らずだ」


 フィーは一瞬ロイクの言っている意味が分からなかったが、彼が懐から懐中時計を取り出して見せるとようやく理解することができた。

 確かにあんな場所にいれば彼自身も、もっと死期まで近づいていたはずだ。もしかしたらもっと長く生きることが出来たかもしれないのに。


「どうしてあんなことを」

「ああいうところは何かに没頭するには格好の場所だ。それくらい急いでいたんだろうな」

「そんな……」


 ロイクは持っていた懐中時計に自身の魔力を込める。

 すると時計のどこもいじってもいないのに、時計の針が巻き戻っていく様子にフィーは大きく目を見開いた。


「それって、魔術道具じゃないよね!?ロイクの魔法って……」

「俺の心臓は女神の時間の概念そのものだ。つまり、まぁ、そう言うことだよ」


 誰にも言うなよとロイクはフィーの頭をわしわしと撫でた。久しぶりのこの感触はなんだかこそばゆかった。

 するとウォルファングがこちらに近付いてきた。だが彼のいつもピンと立っている狼の耳はイカのように下がっており、その様子はなんだかぎこちない。それに戦闘でもしたのか彼の服は全体的に汚れていたし頬に応急処置かガーゼがテープで張られている。


「よ、よう……」

「ウォル」

「あの……その……悪かったよ。あの時引き留めて」


『お前が死んだら俺は独りだよ』


 フィーはその言葉が頭で反響する。あの言葉が彼なりの愛の告白であるということはフィーもよく分かっていた。それを言った後だから気まずかったらしい。

 それについては特段気にしていない自分は薄情な人間だなと思う。

 ロイクがその場から離れようとしたがそれはウォルが引き留めた。


「ロイクもそのまま聞いてくれ」

「いいのか?てっきりお前が振られに来たのかと思ったんだが」


 垂れ下がっていた耳は一気にピンと跳ね上がる。だがすぐに垂れ下がった。


「それならもうとっくに振られてるよ」

「……そうか」


 ロイクも一瞬目を見開いた。彼もウォルが自分に恋をしていたことを知っていたのだろうか。


「…………ロイク知ってたの?」

「むしろ、なぜお前は知らなかったんだ?」


 こんなに分かりやすいのにと言っていたが、フィー自身、ウォルの照れ隠しはよく見ていたし気づいてはいたが、あくまで姉弟としてなのだと思い込んでいた節がある。

 気づかなかった自分も姉失格だ。


「ごめん」

「やめろよ。余計辛くなるだろ」


 そんなこんなで雑談を交わしたのちにウォルから自分たちの知らないところで何が起きたのかを教えてもらった。


 教団はこの国の各地の森の中を拠点にしており、ひっそり勢力を伸ばしていたらしく王都の主要門には合わせて二百人もの信者が居たとか。

 既に間者を送り込んで調査をしていたが結局洗脳されてしまっていたので捜査が難航した。だがオーキッドの指示か教団全員がここに来るように仕向けていたらしい。

 どこから現れるのかまでは分からず、王都にいる部隊全員に通達をして応戦した。その中にウォルもいたらしい。クライアンもひたすら魔法を酷使しながら走り回っていたという。そんなに魔力を持っているわけではないのに、よく動いたものである。


 だが教団に参入した信者はオーキッドの魔法ではなく、呪術による洗脳を受けていた。その呪術はかなり古いものであったようで、その洗脳を解くには術者を殺しても消えないものだったようだ。

 そのため呪術を解除する助っ人としてロイクの力も借りたいとウォルはターゲスから言われたらしい。


「面倒なことを押し付けやがる……」


 そういいながら彼はため息を吐いた。

 ロイクは孤児院に使用人二人と子供たちを残し単身で王都に来ている。流石に帰らないと皆が心配しているはず。


「あと……親父さんとおばさんの遺体を見てきた。捜査とか検査が終わったら教会の人が村の墓に埋めてくれるらしい」

「……うん、分かった」


 ようやく彼らを解放できると思ったら、それまでの時間は長いようで少しだけがっかりする。だがその日はきちんと予定を開けておこう。元々お墓参りに行こうとウォルと話していたのだ。


「さて、俺は帰るか」


 そう言って伸びをしながら踵を返すロイクにフィーは声をかける。


「え、どこかに泊まるんじゃないの?」


 実際王都から孤児院のあるアイーシュ街まで大きな川を何度も渡る必要があり馬で五日を要する。

 転送魔術で行くにしてもロイクの魔力は足りないしもう夜だ。帰るにも普通に危ない。


「この俺にそんな金はない」

「でも夕方ここに着いたばかりだろ!?ターゲス大将に言えば軍でも一部屋くらい」


 ウォルも必死にロイクを引き留める。そんな過酷なとんぼ返りを育ての親に強いることは避けたいのに、ロイクはもう帰るとの一点張りだ。


「俺は養子に出したフィーを心配してここに来ただけの一般人だ。流石に軍の世話になるつもりはないよ」

「なら俺の家で一晩泊まればいい。と言っても持て成す暇がないから寝る場所を提供することしかできないが。それにロイクにも事情聴取を取りたいしな!」


 その声に振り向くと、ターゲスがにかっと笑っている。しかも「簡単に帰れると思うなよ」とロイクの肩を組んだ。そう言えば二人はロイクが学生時代に知り合った十年来の友だった。

 そんな二人の様子を物珍しく見ているフィーに今度は肩が触れられた。


「フィー」

「クライアンさん」


 今目の前に居るクライアン自分がよく知っている彼だった。だがその彼も先ほどのウォルのように馬族特有の耳を下げては気まずそうに、いや罪悪感を浮かべた顔をしてこちらを見ては、頭を下げられた。


「近くにいながら、申し訳ない。あの時実はオレが手引きしたんだ。……言い訳をすると内部を混乱させる必要があった。それに」

「もういいです。ちょっと怖かったですけど」


 それに竜族は空を飛べるからという聞いたこともない理由でいきなり空に転送するなんてひどすぎるのであれは絶対に許さない。

 だがそれ以上言ってしまうと責任感の強い彼が可哀想なことになるので我慢する。


「でも任務中だったとはいえ、子供である君を敢えて危険に晒した」


 そう言いながら隣にいる同い年のウォルは若干ぼろぼろなのだがそれはいいのだろうか。いや、指示したのはクライアンではないし、ウォルも軍人だしいいのか……いいのか?


「あの、仕事の時っていつもあんな顔なんですか?」

「えぇ、まあ……さすがにあの皇子の前で表情を動かすのは命取りなので」

「それなら安心しました」


 その時の表情、とても怖かったので。



―――



「それは災難でしたね……私もその時寮にいたので、騒ぎの声は聞こえましたよ。軍の人が外に出るなと言ってましたけど」

「そうなんだ……でもそのあとも検査入院という口実で身体検査をさせられたから休むにも休めなかった」


 正直あの検査は二度と受けたくないとフィーは思う。

 病院では鱗が浮き上がるのはなぜなのかとか、その傷を消す方法はなんだとか、心臓と同一である魔力核の中にどうやって女神の体が収まるのかとか質問攻めにあった。

 非人道的という観点から、種族にまつわる研究は避けられているという話を授業で聞いたことがあったが、血を抜き取られるわ、鱗を一部剥がされるわ、遂には実際に火傷で鱗が浮き出るのか試そうと火を向けられた暁には当時検査に同席していたロイクによる制裁が待っていた。


 フィーの魔力核の中に女神の体があるという事実はロイクが【女神の夫】である事実と同時に伏せられる事になった。もちろん女神を崇拝する教会にも伝えることはしないらしい。

 既に知っている者には一切口外しないことを約束した。

 フィーの魔力核のなかに女神の身体が封印されていることを知っている者は現在、ウォルとロイクとターゲスとアリックスとオルキデアの5人。オルキデアもオーキッド同様に過去の皇帝が描いた肖像を見たことがあったため、その顔によく似ているフィーが何かあるのかと問うたため話さざる負えなかった。

 クライアンはフィーが竜族だから拉致されたと話しているので知らない。それでも案外知っている人数が多いことに気付く。


「でもカレンデュラ家のご当主が来てくれたなんて、愛されてるんですね」

「……子煩悩なだけだよ」


 そう。ロイクが数日間滞在してくれたのだ。なんでも孤児院に連絡を入れたらガーベラから「いくら何でも帰るのが早すぎだ」と怒られたらしい。

 聞けばロイクは転送魔術陣でここまで来たのだが、孤児院でストックしていた人工魔石を全て使用し、足りない分はリナリアの魔力を提供したらしい。

 だが思ったよりも大量の魔力を消費したためすぐに倒れてしまい、「命懸けでフィーの所へ送ったんだから、すぐに帰ったら許さないから」とボヤいていたという。

 リナリアも強気になってきたなとフィーは思った。そしてロイクも相変わらず使用人のガーベラには頭が上がらない。

 そのためフィーの検査入院が終わるまでの一週間はターゲスの家に滞在しており、ターゲスの元で洗脳された者たちの呪術の解除をするために手を貸していたらしい。

 あの家の勝手が分かるようになった時には普通に家事炊事をしていたらしく、それには家政婦のヒヤシンスも流石に仰天していたという。


「でもそれだけ?孤児院を卒業したってことはもう親子関係はないはずですよ」

「それは、そうだけど……」


 どうやらコスモスは恋バナが好きらしい。その空を飛ばないのにパタパタと動かしている羽を見れば分かる。いつも思うがその羽を背中で背負っているのにどうやって夜眠っているのだろう。


 カレンデュラ家の当主は卒業した子供が犯罪に手を染めたり、花街?で働いていると聞けば説教したり、別の仕事を紹介したりするなど世話を焼いていたと孤児院にいた時にガーベラから聞いたことがある。今は知らないけど。


「私、本来ならまだ孤児院を卒業できなかった歳だから、それもあったんじゃないかな。それにこんな種族だし」

「そう、ですか」


 コスモスの羽はつまらないとしゅんと降ろされる。犬の尻尾か。


「まぁ、でも色々と変化はあったと思うよ」


 まだ国民には非公開の情報だが、実はオーキッドに対する裁判が近日行われるということで、自分とオルキデアと共に証人として証言台に上がる。

 どうやらその時にオルキデアが魔族であり、皇帝の補佐であった宰相の息子であるアレクサンダー=アリス・フォン・ロータスと婚約関係にあるということ、フィーのような竜族が存在していることを公表するらしい。


 実はこの提案をしたのはオルキデアだった。もちろん「国民をないがしろにした皇族は罪人である」ということで自分も被告人側に立つとも言った。

 だがオルキデア自身、皇位継承権第二位でありながら、公務もあまり表に出ず、オーキッドと婚約することについて手を回してはいたものの、それ以外では何も関わりが無かったのは軍の内部で調査済み。

 それに今回の騒動もあり、今更軍の独壇場で彼女を起訴することはないという結果に至ったのだ。


「これでようやく安泰かなー」

「えー、なにがあったのか教えてよー」

「まだ国家機密でーす」

「国家機密!?」



 そしてその裁判開かれたのはその一週間後。その結果はもちろん有罪であり、その名前は王朝崩壊後にひと暴れした罪人として永遠に記録に残されることとなった。

 ちなみに元皇族であるオルキデアは偽名を名乗っていた「カリン」から晴れて「オルキデア=カトレア・フォン・ロータス」として名乗ることを許され、竜族のフィラデルフィアは記者たちからの質問攻めから逃れるためしばらく馬車で送り迎えをしてもらう羽目になったのは言うまでもない。



 だが、それ以上にとんでもない進展が起きた。


///


「子供が生きてた……?」


 入院中、見舞いに訪ねてきたアリックスがフィーに伝えにきたのだ。


「そ。でも脳に魔術を直接施した形跡は無いから、彼の記憶が植え付けられている心配はない。ターゲス大隊長が殺すのを止めてくれたから、今は教会で保護してる」

「え、それじゃあ」

「君が欲しがってもあげないよ」


 その子供が欲しいかと言われると少々フィーの中でも困る。現状フィーは子供で学生なので子供の世話をすることは難しいというのもあるのだけれど。


「ロイクが、引き取ることは出来ないの……?」

「それは出来ない。軍の目が届く範囲じゃないと。彼も皇族の血を引いているんだ」

「それなら、オルキデアの――あ……」


『貴女の代わりに殺してあげましょうか。その子供』


 自分がダメなら叔母であるオルキデアの元へ預けるのが自然だろう。家主であるアリックスの養子にするという手もある。

 だが彼女もフィーの一つ上の12歳。世間的にはまだ子供だ。それにオルキデアのあの言葉を聞いてしまうと本当に子供を殺さないか危うい。

 フィーの考えを察したのかアリックスはフィーの視線に頷く。


「オルキデアも大分吹っ切れてるけど、あの子供って兄の忘れ形見みたいなものだし、何かあるといけないから一緒にはできないね。そうじゃなくても、一緒には住めないし」

「え、どうして……?」

「元皇族を一緒に同じところに暮らさせる訳にはいかないんだよ。僕の婚約者と言ってもオルキデアは元皇族だ。僕の邸に住まわせてるけどあれでも僕の監視下においてるんだよ。子供も皇太子の子供だからもちろん皇族の血を受け継いでる。だから彼女と同じ扱いになるの」


 フィーはオルキデアが魔力核を封じられている理由を思い出す。

 魔力が暴発したり、魔力核に生命力が奪われなくなったおかげで彼女の身体が丈夫になってきたというのは、本来の目的の副産物のようなモノだ。

 魔力核を封じる本来の理由は『皇族が軍へ報復させないため』である。


「オルキデアは分かったけど、子供は関係ないよね?」

「彼女と一緒に過ごさせている時点で無理なんだよ。彼女が子供に何かあることないこと吹聴するかもしれない。って疑う奴がいるの。ホント彼女の気持ちを理解できないものかね。理解できないからオーキッドのようなことが起きただけど」


 間髪入れずに否定するアリックスの言葉にフィーは少々納得がいかなかった。オルキデアも現状を受け入れているし、皇帝に返り咲くつもりは無い。それにアリックスに気を許しているし、仲は良かったように思える。


「カレンデュラ家に預ける手もあったけどね、いくらターゲス大隊長のご友人でも流石に軍の目に届かない場所に置くのはまずい。だからあの訳アリな子供を里子に出すわけにもいかないし、この旧王都において孤児を受け入れる家はまずいない」

「里子を引き取る家もいないの?」

「当たり前だけど、顔がオーキッドと君にそっくりなの。万が一バレたらその預かった家も危ないでしょ」

「……」

「軍でも、少年兵見習いでもない推定2歳の子供を置いておくと周りに不審がられるし情報が漏れるリスクが高い。だから孤児として教会に預ける」


 そんな理由で簡単に孤児扱いするのはかわいそうに思えた。だって父親は兎も角、母親は生きているのに。しかしその母親が自分。傍から見れば姉弟のようにみえるだろうが、四六時中家にいるわけではないから子育てが務まるわけがない。家政婦のヒヤシンスに任せるにしても、彼女も他に仕事があるし、軍の人間も同じだ。

 それに軍の関係者から知られたらその噂が一気に広まる可能性も高い。


「ならさ、私が大人になったら、引き取ることはできる?」


 アリックスは目を見開く。フィーはターゲス・シュヴァリエ・ヴィスコの娘だ。実母であり軍の監視下に置くにはうってつけの人間である。彼女が大人になったら引き取ることもできるはず。だけど。


「それは、カレンデュラ殿も許してくれるのかな」

「……?なんでロイクが出てくるの?」


 現在ロイクは軍で呪術の解呪の補助を行っているが、現在のフィーの保護者はターゲスだ。ロイクの許可が必要な理由は分からない。それに彼の家は孤児院だ。どんな子供も引き取り、世話をする人なのだから将来的に子供を引き取ることになにか言うことはないだろう。

 だが「いい気はしない」と言っていたのを聞いているアリックスは、そんな暢気なフィーを見て内心ロイクに同情した。


「………まぁ、君が言いたいことは分かった。ならその子はフィーの子供として登録するけど、それでいい?」

「分かった」


 この国の戸籍管理は杜撰で、戸籍登録していない平民はよくいる。フィーも孤児院に入るまでは戸籍がなかったので、現在も実の親がわからない孤児で、ターゲスの養子であるという情報が登録されている。

 だがその子供を将来的にフィーが引き取るとなると、母親であると記載しておいた方がいい。

 自分の子供という実感が湧かない癖に、実母でありながら、子供を育てる責任を彼らに押し付けるのはかなり申し訳ない気もするけど。

 身勝手だが近いうちに会いに行きたい。


「でも、君がその子に会えるのは当分無理だと思った方がいい」

「え?」

「オルキデアと一緒に居られないのと同じ理由だよ。彼も教会で監視対象になる。そうじゃなくとも、教会の人間に君の正体が察知されたらどうなるか分からない」

「そう、なんだ……」


 種族こそ違えど女神と同じ顔だ。過去の皇帝が記憶を頼りに描いた女神の肖像の存在もある。ちなみに軍の調査では王城にそんなモノは存在していなかったという。なら保管している場所は教会の可能性が高い。

 その肖像と同じ顔の少女の中に女神の肉体が封じられていると知られれば、フィーが教会でどんな目に遭うか分からない。


「だからさ、君が学院の高等部を卒業する16になるまで待っててよ。あ、そうだ名前は?ちなみに男の子と女の子だよ」

「一人だけじゃないの!?」

「失敗した時の予備じゃないかな?双子に――って思ったけど、一人は魔術で成長が速められてたから多分教会は兄妹ってことにすると思う」

「……」


『その子の名前、どうしようか』

『……花の名前がいい』

『ならこの子にふさわしい花を選ぼう。花の名前は大抵わかるから』

『本当にあなたって物知りね』


 女神がはじめて子供を産んだ日。木漏れ日に照らされて生まれた子供は、どう見ても人間には見えなかったけど、小さくて、温かかった。

 試験管で育った自分の子供の顔は知らない。だけど、今自分が与えられる名前だけだ。


「二人とも、私の子供だよ」

「……わかった。決められそう?」


 本来なら顔を見て名付けた方がいいだろう。

 ふと窓から見える花壇に植えてあった花が見え、その花言葉を思い出す。


『どうして、フィーはフィラデルフィアなの?』

『あの花を見て、これだって思ったのよ』


 自分の母もこんな事を言っていた。だから。


「子供の名前は――」


///


―――



(なんて言っておいてホントは、僕も子供を教会に渡したくなかったんだけどね………)


 それでも教会に渡したのは指令部の判断だ。あの将軍シュヴァリエであるターゲスやアコナイトでもどうすることが出来なかった。


 大隊長のすぐ隣にある側近兵の執務室で報告書を読んでいたアリックスの態度にクライアンは咳払いする。


「行儀が悪いぞアリス」

「えー?今二人しかいないんだからいいじゃん」


 両足を机の上に置きゆらゆらと椅子の背もたれ側の足だけで支えられているその状態にクライアンは再度顔をしかめた。


「ダメだ」

「このオカンめ……」

「誰がお前のお母さんだ」


 今回の事件で第一部隊と第二部隊はカルト教団だけではなく、国教にしている教会の存在も危険視していた。

 その理由に、オーキッドの魔力核を封じる事をしなかったことにある。

 「魔力核は女神から与えられた神秘である」という教えがある教会だ。そんな魔力核を封じるということは女神からの恩恵を否定することだと言って皇族の魔力核を封じることに反対したのである。

 オルキデア自身は「魔力を使用する必要が無いのなら封じてしまって構わない」ということで魔力が使用出来ない状態になっていたが、オーキッドの方は「魔術学院に行くから自分の魔力は使えるようにしたい」という意見が後押しされ通されてしまった。

 そんな魔法だけを封じて魔力だけを使い放題にした結果オーキッドの起こした事件が発生した。


「浮かない顔をしてるな」

「そうみえる?……いや、そうなんだけど」


 報告書を読みながらため息を吐くアリックスにクライアンが声をかける。


「……アリックス」

「なぁに?」

「フィラデルフィア。彼女は、何者だ」

「君にしては漠然とした質問だね。っていうか、大隊長の側近兵である君が一介の小隊長である僕にそれを聞くの?」

「……お前だから聞いてるんだ」


 クライアンはフィーが王都に来てから彼女の護衛をしながら彼女の動向を皇子に直接報告していた二重スパイだった。この事件に加担していたものの、その詳細までは報告書までの範囲でしか知らない。

 半面アリックスはオルキデアの監視役という理由でその伏せられた内容を知ることとなった。

 女神の肉体が彼女の魔力核の中にある。信じられないが彼女の村の風習で死者の魔力核を食べるということがあるということ、一部皇族しか知り得ないはずのことまで知っていたので納得せざるおえなかった。


「この国唯一の竜族の生き残り。それだけだよ」

「ならなぜそれだけであの皇子があれほど執着したのかがわからない」

「よほど子供が欲しかったんでしょ」

「……」


 クライアンに再度睨まれるが知らん振りをかます。何かを察したのかクライアンは呆れながらも嘆息を吐いて諦めた。


「……お前も難儀だな」

「どこが?生きてるだけで儲けものでしょ」

「お前はそれに関わる組織の規模がおかしいだろう」

「……確かに」


 あの腐り切った公爵家当主の血を受け継いだ時点で夢や希望なんてどこにもなかった。あの父親の言いなりになりながら生きてきたのだ。結局裏切ったのだけれど、それでも自分が国に殺されてもおかしくないくらいの極秘情報を持っていたのだ。

 今じゃ全て終わったから無意味なモノばかりなのだけれど。


「もし僕が死んだらカトレアのことお願い」

「滅多なこと言うな……」

「あー、やっぱなし。クライアンに取られるのやだな」

「取らないし、死んだ後のことを考えるのはやめなさい。まだ15だろ」


 この国は13歳で成人と同じ扱いを受ける。なのに15歳でもまだ子供扱いをする傾向が強い。特に大人達が集まるような場所はそうだ。


「ふふ、そうだね」

「何がおかしい」

「いいやー?」


 そんな自分を子供扱いをする人間一号を見て思わず笑みをこぼすのであった。


――――――

【長い補足】

ウォルの種族である狼族は狼のように決まった番(異性または伴侶)には一筋です。

そのため狼族、というか一生同じ番と共に生きる種族の人間は共通で「あなたが死んだら私は独りぼっちになる」がプロポーズの言葉。

ウォルは幼い頃からフィーと一緒にいるんだと思っていたため、それは孤児院にいた時からも変わらず同じ気持ちでした。

孤児院をまだ10歳という幼さで抜けて従軍したのも、彼女を守るためという一心でした。


オルキデアは自身を罪人だと言っていたのは国民を守れなかっただけではなく、「異母兄のことを本気で愛していた」ことにも罪を感じていたからでした。

それでも彼女が断固として手放さなかった兄の所有物はもう二度と兄にはお目にかかることが出来ないだろうという理由で、彼が学院にいる隙に無断で持ち出していたモノ。

多分10年後くらいには博物館か、観光地になる予定のお城の中に置いておく展示品になってるんじゃないですかね。



これで第二章は終了です!その後は気まぐれで短編と、現時点での登場人物を出す予定です。

11歳の母。なんかヤバイですね。

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