9.対談



 まさか社交界から追い出されたも同然の自分があの皇子に会える日が来るとは思わなかった。


「そこにいるのはカレンデュラの当主か」

「流石、殿下ですね。一度しか会ったことの無い私の気配を感じ取るとは」


 以前皇帝の前で挨拶をした時、隣にいた彼はまだ六歳だったと記憶している。

 当時辺境の伯爵の子供だった自分を十二年経っても覚えているというのは流石元皇太子だと背筋に冷や汗が滲む。


「其方が学院を追われた時と、伯爵を継ぐ時の2回だ」

「……それは失礼」


 自分が家督相続する際に当時の皇帝に挨拶していたのを忘れていた。そこでも皇帝の隣に立っていた。


 正直子育てしか能の無い自分にこんなことが務まるとは思っていない。


「其方がヴィスコに託した娘の純潔を奪ったことを一喝しに来たか」

「貴方が取ったのはフィアの純潔ではなく細胞でしょう。それくらい貴方の魔法と魔術があれば器具無しでできるはずだ……私は、殿下へ真実を伝えに来ました」

「フィア……そうか、其方はPhiladelphiaフィラデルフィアのことをFiaフィアと呼んでいたのか」


 この賭けはどう動くだろうか。



―――



 さかのぼること1時間前。


「……フィアと皇子の遺伝子を継承した人間か」


 軍本部の応接室でロイクはターゲスとオルキデアと共にアリックスからクライアンの報告を聞いていた。


「ハイドランジア中尉もフィラデルフィアを人質として捉えるようにしか言われていなかったんでしょう。突然彼女が消えた理由は彼の魔法で間違いない。残念ながら無体を強いることの回避は出来なかったようですが」


 アリックスは元々スパイなど諜報活動を行う第二部隊に所属していた。そのノウハウを生かして同期であるクライアンと連携を取って皇子に近付いていたらしい。

 しかし竜族の頑丈な身体の遺伝子が欲しくてフィラデルフィアに近付いたことにロイクは眉間に皺が寄る。


 それと同時にオルキデアは浮かない顔をしていた。そんな顔をするのも無理はない。オーキッドとオルキデアは且つて異母兄妹でありながら密かに婚約を結んでいた。

 多くの種族を混ぜたことによる虚弱体質を打破するための策略だったらしいが、その案を出したのはオルキデアだったらしい。

 皇族は多くの種族の血が混ざりすぎた結果その血はもはや異質同体。つまり嵌合体キメラのような状態だった。これは姿が同じ人族と婚姻を結んでも変わらなかった。そんな嵌合体キメラ同士で婚姻を結ぶことでその血の純度を上げ、一族を存続させようと考えたという。

 そう言っているが実際はオルキデアが異母兄であるオーキッドに恋をしていたから裏で仕組んでいただけである。幼いながらかなりの策士だ。


「オルキデア嬢、分かっていると思うが」

「……理解はしています。ですが二人の血が混ざっているという事実は変わらない」


 生まれてくる子供に罪はない。オルキデア本人は単純にあの二人の子供というのが嫌なのだろう。


「ロイク、お前はどう思う」

「……フィアはまだ10の子供だ。その皇子が欲しかったのは竜族の血。別にフィー本人ではないだろう」

「お前が嫉妬と怒りに満ちているのは分かった」


 その言葉にアリックスとオルキデアは思わずロイクを見る。ロイクは「勘違いするな」と訂正する。


「一年半程度とは言え、フィアを娘のように思って見ていたんだ。そんなの体に無体を強いたことに怒りはしている」


 ターゲスは「絶対違う」と言いたげな顔だったが敢えて触れない事にした。


『私の体の中に女神の身体がある』


 フィアからその事実を告げられた際、ロイクは案外すんなりと納得した。

 他人の魔力核を口にすると一時的に魔力が供給される。遺体を暴くのは教会の教理に反する行為だし非人道的であるためその記録は少ないが、それと同じ原理で女神の体がフィアの魔力核に女神の肉体が入ったのだろうとロイクは推理した。

 種族こそ違うが女神と全く同じ顔をして、しかもその女神本人の記憶を持っている少女だ。そんな女神の生き写しのような彼女を【女神の夫】であるロイクが純粋に親心だけを向けられるわけがない。とターゲスは思っているのかもしれない。

 妻であるダリアを失う以前はそう思っていた。だがフィアは【女神】ではないし、自分も【女神の夫】ではないと互いに認識している。

 それにロイクが亡き妻ダリア以上に愛せる人はもういない。


「その話は後々考えましょう」


 アリックスはそんな二人の会話をスルーして話を戻す。


「問題はあのカルト教団の拠点がこの香草蘭の城シャトーバニラのどこにいるのかです。現在夜間の王都への立ち入りを禁じているので王都の外は考えられません。それなのに拠点は見つかっていない」

「……転送魔術陣があるだろ」

「伯爵。流石にそれは無謀です」


 貨物や物資を運ぶ際によく使われる転送魔術だが、運ぶモノの構造が緻密であればあるほど魔力の消費が多くなるため、生物を転送する際はかなりの量の魔力が消費される。

 魔術陣はその魔力に耐えられないため作ったとしても一回しか使えない。それはリナリアを保護した際にロイクが体験している。


「人口魔石の作り方さえ分かれば可能だろう。大体あの皇子は自分の肉体がすぐ死ぬのは分かっていた。ならば自分の魔力を毎日魔石に変えてストックすればいい。

 魔術陣においても魔術の知識なしで同じものを作ることは可能だ」


 そう。魔術は魔法で扱えないことを可能にするツール手段だ。己の体に魔力がある限りなんでもできる。

 だがターゲスはそれを否定した。


「お前は開発に関わったから仕組みは知っているだろうが、人口魔石自体まだ公表していない」


 それはロイクも知っている。ロイクが作った未完成の魔術は学院にいる者達によって更に改良され、正式に人口魔石として完成することができた。その人口魔石を国はまだ公表していないのだ。

 魔石は女神の恩恵そのものだという理由で魔石は教会が管理という名の販売をしている。そんな自分らが必死に山で発掘したり発掘業者から買い取ったりしたものを民に売ることで資金を稼いでいるのに、人の手で簡単に魔石が出来上がる手段があると知れば商売上がったりだ。

 そんな教会と国がその技術の管理や人口魔石と自然魔石の棲み分けなど色々揉めに揉めているので、まだ公表することが出来ていない。


「孤児院が何者かに侵入された際、当時お前はあの皇子のことを疑っていただろう。ならば俺が以前学院に提供した『魔力を砂に変える魔術』の他にも『燃料を魔力に変換する方法』も盗まれた可能性がある」

「少しお待ちください。それは魔石無しで魔術を動かせるということですか……?」


 ここまで黙っていたオルキデアは突然舞い込んできた知らない情報に思わず口を挟む。ロイクはやってしまったと苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 ちなみに『燃料を魔力に変換する方法』はロイクが学院に提供せずカレンデュラ家がその技術を独占している。学院もとい国に提供しない理由の一つに学院が長らくカレンデュラ家に対して魔術に関する書籍を貸してくれなかったというロイクの個人的な恨みが含まれていた。魔力を砂に変える魔術を提供してからは書籍を借りることが可能になったが、未だこの技術だけは報告していない。ただの嫌がらせである。


「……それについては敢えて学院に報告していないモノだ。何も聞かないでいただけるとありがたい。口外もしないでくれ」

「は、はい……」


 顔には出ていないが戸惑っている様子が伺える。何度か仕事でカレンデュラ領に来たことがあるターゲスはその辺の事情を薄っすらと把握していたため苦笑していた。

 あのフィーが暴走した日。侵入した者達の目的は分からず終いだった。彼らも盗賊程盗みに慣れているようではなかったし、魔術を除いて何か特化したような集団でもなかった。もしあの時孤児院に施されたシールドの仕組みを知られたなら不味い。


「だがあの時調査では何も盗まれた痕跡は無かったはずだが」

「ターゲス、お前は当時あの皇子を疑っていただろう。実際あの皇子も話を聞けば『覗き見』に特化しているような魔法だ。他人の視界を通じてその物体を見れば分かるだろう」

「……こちらが奴の魔法を封じていることは考慮しないんだな」


 オーキッドは魔力を使えるものの魔法は封じられていた。学院ではどうしても魔力は使う必要があるからそれを考慮してのことだ。だがそれは定期的に別の物に取り換えていた。

 この場にいるオルキデアも魔法は封じられているが、彼女の場合魔力核の機能ごと封じられていたので、今は魔法も魔術も使用できない。


「あの狂科学者マッドサイエンティストのことだ。封じた魔法も簡単に解放できるだろ」

「む……」

「俺とて魔法を拘束する魔術道具を短期間で解除させることはできない。鍵をどこからか入手して解除した可能性もある」

「……分かりました。拘束具については兎も角、街の中に魔術が施された形跡があるかどうか再度調査をかけます」


 アリックスの言葉にロイクは頷く。アリックスは他の者に伝えるためかその場から立ち上がるものの、オルキデアの方を一瞥する。妻を残すのが気掛かりなのだろう。


「私が近くに居る。安心して行って来い」

「感謝します」


 ターゲスの一言でアリックスは退席した。

 オルキデアは目の前にあるティーカップに手をのばし口をつけると一息吐く。


「なぜ学院は、貴方のような方を手放すような真似をしたのか分かりませんわ」

「私とて学院に対して恨みはあるが別に未練はありません。私はただ……妻のあの体質をどうにかしたかったからその手段を探したかった。あの環境には馴染みませんでしたが」


 純血主義による貧弱な魔力に、明かさない自身の魔法。それは別に周囲にとってはどうでもいいことだった。実際魔力が少ないのに学院に在籍している人間は大勢いたし、自分の魔法を嬉々として詳細まで明かす人間もいない。

 ただ、周りは自分のことが気に食わなかっただけのこと。


「……そうまでして愛したのに、亡くなったらもう次の若い女性に目を向けるのですね」

「フィアは娘のようなものですよ」

「誰もフィラデルフィア様とは言ってませんよ?」


 内心舌打ちをする。降嫁したとはいえオルキデアは元々皇位継承権を持っていた皇女の一人だ。この皇族特有の瞳の色ロイクは苦手だった。

 何もかも見透かすようなアメジストの瞳。亡き妻ダリアの瞳と色が似ているので尚更見るのも憚られる。皇族達の瞳を見るたびに彼女を思い出したくないので。


「先ほど話した人造人間について、貴女の個人的な意見が聞きたい」

「……気分はよくありませんが、その子供に罪はないでしょう。むしろ被害者ですわ」


 流石に物事の分別は着いているらしい。

 遠い自分以外の記憶がふと過ぎる。女神は自分に子供を産む能力はないと言っていた。そう言った理由は知らないが、それでも彼女は多くの子供を産んだ。自身の身体を作り変えてまで新しい生命を作った。夫の血が一滴も入っていない子供をだ。

 それでもその子供たちが愛おしくて仕方なかった。愛している女の子供だ。たとえ彼女のママゴトの一環だったとしても、自分の子供だと言ってその子供達も愛した。


「私……いや、俺は、愛してしまうのだろうな」

「貴方は本当に子供が好きなのですね」

「えぇ……」


 カレンデュラ家は行き場を失った子供を受け入れる場所だ。これも少し前なら義務感を持っていただろうが、心からどんな子供でも愛してると思える。


「貴方のような方をお人好しと呼ぶのでしょう」

「むしろ貴女の夫がお人好しに見える」


 仕事の方を優先すべきだろうにアリックスは片時もオルキデアの側を離れなかった。彼女も要注意人物に該当されているからここにいるとはいえ、監視なら他の者に任せてもいいはず。むしろ夫、というか身内が監視するのはタブーだろう。

 それに未だ兄に想いを寄せていることを隠さない妻を許しているのだ。

 オルキデアは自分のカップの水面を覗き込む。


「まさか。あの人から私は気を遣ってくれていますが、私の事を好いているとは思えませんわ……」

「オルキデア嬢、流石にそれはないと思う」


 黙って様子を見ていたターゲスが割って入る。オルキデアは顔を上げて怪訝な態度を見せた。


「それはどうして?」

「彼は仕事柄人を手玉に取ることは得意だが、基本自分の気持ちには不器用な人間だ」

「まぁ……」


 現当主であり、代々宰相を勤めたロータス家最後の生き残り。前当主の愛妾の子らしい彼は、ウォルファングから聞いた限り公爵家の人間とは思えないくらい飄々とした性格だった。だが惚れた女の前ではそうではないらしい。


「どこかの誰かとは違い、ちゃんと自分と向き合っているようだが」

「なぜ俺を見る」

「いいや?」


 肩をすくめるターゲスを見てロイクは眉間に皺を寄せる。

 オルキデアはロイクの方を見た。


「……兄は、きっと貴方を殺すわ」

「その理由は?」

「昔、一度だけ兄は私に話してくれました。貴方は【女神の夫】の魂を持っている」


 ロイクとターゲス二人が目を見開くも、すぐ冷静にロイクは言葉を返した。


「……オルキデア嬢。意味が分かりません」

皇族私達の祖先は【女神の夫】を受け継いでおりました。確認する方法は教会が持っているらしいですが、兄は自分の魔法でカレンデュラ伯がそうであると見抜く事ができた。兄が私だけに教えてくれた理由は知りませんが」


 輪廻転生の仕組みは女神ですら分かっていなかった。だが【女神の夫】の魂が受け継ぐのは必ずカレンデュラ家の長子だ。ロイクの前は直近でロイクの祖父。それ以前は高祖父祖父の祖父がそうだったと父であるゲリーが言っていた。しかしそれ以前の系譜は不明だ。敢えてそれについての記録を残さなかったのかもしれないが。


「俺は【女神の夫】ではない」

「でも、私の先祖の肖像によく似ています」

「……仮に、俺が【女神の夫】だったとしても、殺した所でどうにもならない」


 だが自分は女神の【時間】の概念そのものであるため、死後この世界の魔法や魔力がどうなるかは分からないということは黙っておく。

 オルキデアはロイクの言葉に同意を示した。


「えぇ。私も同じ事を思います。だけど兄は女神に固執している。これまでの皇族の中で人一倍そうでした。……きっと、自分よりも女神に近い人間がいることが許せないのでしょう」


 「18にもなって子供みたいですね」と妹でまだ世間的にも子供であるのに、なんでか「仕方のない人ね」と微笑んでいるように見える。表情はほとんど変わっていないが。

 ターゲスはそんな彼女に問う。


「……そんな兄を、貴女は愛しているのですか」

「夫がいる私に、それを直接聞くのですか?」

「今はアリックスがいないだろう。別に本人に言いませんよ」


 ターゲスも意地が悪い。


「――正直……未だ私の中に兄への想いは残っています。今や唯一血が繋がっている人ですから」


 血のつながりを理由にしているが、彼女が兄に向けているのは恋慕だ。ターゲスはこちらに目を向けてきたが、「これは異常だな」と視線で同意してしまった。


「殺されると思う反面、カレンデュラ殿には兄に会わせてやりたいとも思います」

「俺が死んでも構わないと?」


 殺されると分かっているのにあの凶暴皇子と顔を合わせるつもりはない。


「いいえ。でも知っているのでしょう?女神がなぜ死んだのか」


 本当にロイクが【女神の夫】なのだと信じ切っている。その素直な目にロイクはお手上げだと両手を掲げた。

 ターゲスは少々呆れた顔で嘆息を吐く。彼は本当に自分が子供だと思った相手には甘い。相手からすれば舐め切っていると思われる態度だ。ターゲスが直せと言っても聞かない。


「……理由は言い伝えとそう変わりないですよ」

「なら魔法を授けた意味は?女神が女神であった理由は?」

「……」

「知っているのですね」


 女神がどうして女神なのかは分からない。彼女は自分の生い立ちを終ぞ自分の夫に話してはくれなかった。だが彼女の人間に対する愛憎なら知っている。


「それをあの皇子に伝える意味は?」

「兄にはそれを知って絶望して欲しい」

「…………貴女の願望が叶わなくてよかったと思う」

「……」

「だが、あの皇子が絶望に落ちる様を見てみたいとも思う」


 フィアの身体を傷付けたのだ。ナイフで刺された場所は綺麗になくなっていたが治せるなら刺していいという訳ではない。それに腹部には火傷跡が鱗に変わっていたという。

 そんなことをした男に一矢報いたいと思ってもいいだろう。


「ロイク」

「ふ、冗談だよ。流石に殺されると分かっていて会うつもりはない」

「会ってみるか。あの皇子に」

「は?」


 今コイツはなんて言った。



―――



 時を戻してオーキッドの研究室。


 王城の中にあった研究室は、クライアンから既に知られていたが、空間の魔術で作られていた隠し部屋だった。

 ロイクはオーキッドの側で二重スパイを続けていた側近兵のクライアンのおかげでここまで来ることが出来た。しかしあの脳筋な猛禽類に対して恨みを抱くのは初めてではないものの、今回ばかりは本当に当分許せる気がしない。


『おい、ふざけたこと言うなよ』

『彼の手元にはまだあの赤子がいる。それを回収し人質に取れば彼も止めざる負えまい』


 ターゲスから子供の回収を依頼されロイクは舌打ちをする。どうせ成功しないと分かっている癖になぜ送り込んだ。

 ターゲスに対してロイクは旧友と呼びはするが、彼は『友』というより『理解者』や『共犯者』の方が近い。

 だがターゲスがロイクを理解してくれていたところで、彼がその意思に添ってくれるかといえばそれは別の話なのだ。


 ずっと背を向けていたオーキッドはようやく座っていた椅子ごとこちらに顔を向ける。


「どうせクライアンだろう。彼の魔法も珍しい物だ。そう言えば其方の孤児院にも重力を操る子供が居ただろう。彼も珍しいな。孤児であるのが残念だ」

「……よくご存じで」


 孤児だからなんだというのだと内心苛立つ。

 フィアが暴走した日。あの時見ていたのはやはりフィアだけではなかった。もし自分の子供達の情報まで今も筒抜けであるのならかなり厄介だ。


「そう怒るな。流石に余の魔力を其方の邸にマーキングさせることは不可能だ。余自身カレンデュラ領にすら踏み入ったことが無いんだから」

「……常に自分の感情が覗かれるのはいい気がしないな」

「それがキミの素の振る舞いか。良いな。本当、感情と振る舞いが違うと気持ち悪い」


 その役目を果たしているのか分からない白衣と、常時放出しているのか禍々しい魔力を感じる。そして輝きを失っているのに相手を見透かさんとばかりにひらかれたアメジストの眼。見た目は本当に妹とよく似ている。

 だがそのオルキデアと反して彼の表情はとても豊かだが、演戯じみている振る舞いだ。


「あの愚妹に会ったか」

「嫌っていても妹だと思っているのですね」

「母は違くとも同じ父の血を引くんだ。その事実は変わらないだろう」


 何でも知っているような口ぶりだが、やはり彼の魔法は「覗き見る」ことに特化した魔法なのだろう。

 目を魔力で強化し、夜目に特化させてから薄暗い部屋を見渡すと、多種多様な種族の人間の身体、またはそのパーツがホルマリン漬けにされており、標本のように保管されていた。


「……貴様。何人の子供を殺した」


 そして部屋の隅にある一段と大きな保管容器の中に揺蕩っている二人の男女の身体。あれがフィアの両親なのだろう。やはり見ていていい気はしない。


「ここにある検体は全て戸籍にも無い平民以下の人間だよ。別に良くないか?」

「何人殺めたかと聞いている……!」


 声に怒気が孕む。そんな自分の姿に目の前の彼は鼻で笑う。


「記録はしているが全て覚えているわけないだろう。しかも『子供』なんて、其方は本当に子供が好きなんだな」

「貴様!」

「やめろ暑苦しい。其方もただの時間稼ぎに来たわけではあるまい。余の傀儡たちは定刻になれば動き出すんだから」

「……」


 魔術で保管していたのか、空中から一つのガラス製の保管容器が出てくる。

 容器の上から管が伸び、その先には赤子のへそまでつながっていた。まだ新生児にも満たないくらいの大きさだ。

 目の前の彼と先ほどまでここにいたフィアの血を掛け合わせて出来たものだろう。時の魔石を利用して時間を加速させたにしても成長がかなり速い。


「お前が欲しいのはコイツか?」

「……その子供が、親の愛を受けないような生き方を強いられるのなら、引き取るつもりではありますが」

「この偽善者が」

「なんとでも言えばいい」


 眼は閉じているが、魔力核のことを考えればきっとその子供の瞳もアメジストなのだろう。皇族はどの種族にも当てはまらない嵌合体キメラの集まりだった。そう思うと嵌合体キメラでありながら魔族の体を持って生まれたオルキデアの誕生は奇跡に等しかった。


「運よく魔法も余と同じモノだ。渡しはしない」

「……」


 その目は女神が初めて子供を産んだ時とよく似ていた。


「女神がはじめて子を産んだ時と同じ顔をしている」

「フィラデルフィアにも同じことを言われたが、何を知っている」

「……本人しか分からないことだが……女神は、人間への復讐に走っていたよ」


『この子たちが人間に成り代わるの』


 大きくなった腹を撫でた彼女の目はオーキッドの目とよく似ていた。だがそれは彼女の思っていた復讐として失敗に終わったのだけれど。

 生まれたものは始めは今で言う魔物ばかりで、いくら成長しても女神以外と意思疎通が取れそうに無く、人間よりも寿命は短かった。だが出産の回数を繰り返していくうちに徐々にその子供は人型を取るようになり、彼らが成長するにつれて女神も不安定になった。


「……生憎、ボクはオマエ達の前世の記憶を覗けない」

「魂の記憶は覗けないのか。それは興味深いな」

「ハッ、互いに呪い合った癖によく言うわ」


 ガラス容器を再度魔術で別空間に仕舞う。結局回収はできそうにないらしい。


「残念がらないでよ。時間はあるんだ、もう少し話そう」

「すでに瀕死な貴方と話すことはもうない」

「そう言うな、いずれ戦うんだから」


 自分が戦うつもりは毛頭ないのだが。


「……俺は、別に周囲の人間がどうなろうと構いはしない」

「ほう、ターゲス・シュヴァリエはどうでもいいのか」

「彼は指揮側だ。そう簡単に死ぬ人間ではないだろう」

「そりゃそうか……僕と真逆の体なんだ。鉛玉一つ撃たれたくらいで死なないだろう」


 あんな脳筋な化け物、この世界で探しても彼しか居ないのだろう。実際致命傷であるはずの銃撃を受けても生き長らえたことがある男だ。この時だけはオーキッドと同意してしまった。


「しかし、女神が人間に復讐か。新しい解釈だな」

「事実だ。実際夫も過去に何度も殺された」

「子供は?」

「子供に罪はないが、成長するにつれて憎悪が増したらしい。だから13歳になったら追い出した」

「……益々わからんな。なぜオマエはあんな化け物を愛した」

「俺自身はもう【女神の夫】ではないが、それが愛というものだろう」


 オーキッドは気色悪いと言いたげな顔を浮かべる。自分に固執している妹のことを思い出したのだろうか。


「それでも、貴様は女神になろうと思っているのか」

「女神になるのは余ではない。それに同じ女神でも記憶さえなくせばそんな気味悪いことはしないだろう」

「どうだろうな」


 世界で知られていた女神のイメージが凶悪だったと言ってもそこまで気に留める様子はない。オルキデアの考えは無碍に終わった。


「化け物と言えば、オマエの噂を知っているか?『カレンデュラ家の人間は化け物を飼っている』というモノだ。化け物と言っても広がっていくうちに尾ひれが付いて誇張されたんだろうが」


 思わず眉を寄せた。カレンデュラ家にいるのは自分と二人の使用人と子供達だけだ。化け物なんて一匹もいない。

 社交界から追放されてもそんな噂が流れているとは、本当に貴族は噂好きである。


「だがカレンデュラ家から来た軍の人間は、突出しているわけではないが魔法や肉体などにおいて優秀な人間が多い。そして其方とターゲス・シュヴァリエの仲もある」

「ターゲスと仲が良いのは個人的なことだ。それに子供たちの体力づくりに注力して何が悪い」

「治癒と毒の相反する二重属性を持つ少女、重力を操る少年。純血主義の狼の少年。魔術学院に編入してきた竜族の少女。他にも其方の孤児院を出た人間も調べれば大量に出てくるのだろうな」

「どういう意味だ」


 彼が言った子供達に心当たりがある。だが彼らを道具にするつもりはないし、フィアとウルは現在戸籍上ターゲスの子供だ。自分と無関係だろう。


「世界全体の人間の魔力保有数は年々減少傾向にある。そんな中でやたら魔力が多い平民が其方の孤児院から出てきていれば、貴族たちは面白くないだろう」

「……身寄りの無い子供達を教育し預かっているだけだ」


 大体自分が引き取った子供の中には貴族の隠し子と思われる子供もいる。どうせ生まれてきた種族が両親と違うのを理由に不倫がバレるのを恐れたとか、混血だから扱いきれないとか、そんな理由で邪魔になったのだろう。

 自分にとって邪魔なモノを押し付けておいて何を言っているのか。


「それがいけないんだよ。何故平民に文字を教える?知識を与える?搾取できない者達は野垂れ死にさせれておけばいいのに」

「それが皇帝になるはずだった貴様が言うことか!!」

「そう言ったのは貴族クズ共だ。余の言葉ではない」


 ぎりと奥歯を噛みしめた。学院に居た頃の出来事がフラッシュバックする。そんな奴らが今でものうのうと生きて議員として国を掌握しているなんて腸が煮えくり返そうだ。


「油断したな」

「……っ!?」


 ぐさりと胸にナイフが刺さる。知らない間にオーキッドと自分は至近距離にいた。お互いの視線がかち合う。左目の赤い瞳が視界を占拠した。

 膝から崩れ落ちながらも、ぼたぼたと胸から溢れる傷口を抑える。


「そうまでして……俺を怒らせたいか……!」

「そうだな、試したかったんだ。オマエの偽善がどこまで本物かどうか」

「がはっ……ハハ、よく言う」


 喀血が地面を汚した。

 この期に及んでまだ調子が狂う。冷や汗が全身から溢れ呼吸が荒くなる。こんな思いを現世で味わうとは思わなかった。

 だが刺された場所は肺だ。心臓からずれているので即死は免れている。ひたすら自分の少ない魔力を溜め込んだ。


(……この場にいたのがフィアでなくて良かった)

「フィラデルフィアが怒ったのは、あの検体を見た時だけだったよ。おかげで本気で嫌われたけど」


 当然だと、朧げになりそうな意識の中そうひとりごちた。

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