8.女神の真実
氷雪の傾国姫。その由縁は彼女の魔法が氷の魔法故に常に彼女の周辺が冷気で満たされているということ、常に表情をピクリとも動かさず人形のごとくその場で佇む姿から付けられたものだったと言われている。
ただ『氷雪』は兎も角『傾国姫』と呼ばれることになった理由については第二皇位継承者でありながら、歴代皇帝に気に入られていた彼女のことが気に食わないオーキッド派の貴族たちが付けたものだった。
だが二年近く共に暮らしてきたアリックスから見た彼女は、自分が聡明であることを隠すため敢えてそう噂させていたのではないかと疑っていた。
「お初にお目にかかります。わたくしはオルキデア=カトレア・ファレノプシス・メイラ。現在はカリン・フォン・ロータスと名乗りアレクサンダー様の妻です。
この度は愚兄がみなさまのご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
アリックスに軍本部の応接間までエスコートされてきた彼女は、シンプルな水色のドレスをたくし上げて挨拶をする。
彼女の紫色の瞳に、三つ編みをシニヨンにして一つにまとめられた輝くプラチナブロンド。そしてその儚げなその容姿は異母兄妹の兄である皇子とよく似た顔だ。
だが公では人族だと名乗っていた彼女の本当の種族は鳥類の魔族だった。大きく開かれた背中にある黄色い小さな翼は鳥類の魔族と同じもの。隠していたのはきっと余計な派閥争いの火種を生ませないためだったのだろう。
「ここまで足を運んでもらい感謝いたします。オルキデア殿下」
「殿下はいりませんわ。シュヴァリエ・ヴィスコ」
「ではオルキデア嬢。貴女にはいくつか聞きたいことがある」
「仰せのままに」
「カリン」
アリックスは彼女を案じる視線を送る。
オルキデアは表情を変えず後ろにいるアリックスの方へ振り向くと、すぐに視線を前に戻した。
「アレクサンダー様。今の私はオルキデア。貴方の妻である前に、『氷雪の傾国姫』と呼ばれた女です。……みなさまの質問に対し、誠実に答えることを誓いましょう」
自分を裏切った軍に対して誠実に答えるという彼女の言葉にアコナイトはターゲスの前に出る。
「オルキデア嬢。貴女はなぜここまで誠実に受けてくれるのです」
「アコナイト」と制するターゲスとアコナイトはアイコンタクトをした。
「安心してください。これはただの興味です。アリックス。お前も彼女と共に居て彼女のことはそれなりに分かっていると思うが、彼女はただの箱入り娘ではないだろう。貴女はどちら側の人間だ」
アコナイトの言葉も一理ある。彼女は皇位継承権の持っていた皇族だ。兄である皇子と手を組んでいる可能性もある。
彼女は持っていた扇子を広げては口元を隠した。
「私は、皇族という人間は国民が作り出した象徴であり国の
ですが私は夫がいながら、まだあの兄から心が離れることができない身。この件で私は兄に別れを告げると決めました」
「兄に会いたいから探し出してほしいと」
アコナイトはアリックスを見ると彼もアイコンタクトで肯定する。彼女の兄への執着ぶりはアリックスが隣で見ていたし、それらは無言で許していた。
「……別の言い方をすればそうなるでしょう。その為に私は何でもしますし、その後この首が飛んでも構いません。ですが命果てるその前に、鉄格子越しでもいいから、早く兄さまのお顔が見たいのです」
ここまで彼女の顔は少しもぶれないので彼女の感情が読み取れない。
だがその言葉は彼には一刻の猶予がないと言っているように思える。アコナイトは一歩下がった。
「……貴女のお気持ちは分かりました」
「その前に、隊長。この尋問には僕も同席を願いたい」
「アレクサンダー様」
ターゲスはアリックスを見る。
政治が絡む婚姻ではあるが夫として彼女を守る決意が伺えた。
彼もロータス家の隠し子として冷遇され、アリックス・メイビスとして騎士名を名乗って生きてきたのに、義兄弟達の起したお家騒動でロータス家が全滅し、唯一残ったアリックスがロータスを名乗り家督を継がざる負えなくなった。
それに加え皇族を撤廃するに当たってまだ幼子だったオルキデアへの救済措置で急遽婚約を結ばれることになった不憫な少年だ。彼の後ろ盾は内も外もどこにもいない。
「この取り調べは一対一で行う。アリックス、申し訳ないが」
「……分かりました。せめて取調室までは共に居させてください」
アリックスは彼女の肩に触れると、彼女は彼の手を取った。
二人のその動きはお互いに慣れた様だったが、やはり彼女の表情は読み取りにくい。彼女に彼の想いは伝わっているのだろうか。
―――
自分の人生は王宮という箱庭の中、ただひたすらに勉学にいそしむだけの人生だった。
どうせ早く即位しても命が十年持つかどうか。議会は自分の意思を尊重することはないので、ただひたすら自分のことばかりしか考えない奴らを制御することで精一杯になるのだろう。
だが自分の魔法がどんなものか分かった時、
この御子の眼はきっとこの国を全て見渡す為にあるものだ。
彼は人を見る目を持っている。これでようやく権力を取り戻すことが出来る。
自分もそう信じて疑わなかった。
幼い頃から帝王学を学び、この国の在り方を学んだ。
自分の体調が優れなくても学んだ。
それが当たり前なのだと信じて疑うことはなかった。
だがある日、皇帝と対談した時。彼は自分ではなく妹のオルキデアに皇位を継承すると言った。
そんなことを許す自分ではなかった。皇帝になるのは自分だ。
そう思って皇帝の眼を見ると、彼は自分が何を言ったのか忘れているようだった。
自分の眼の真価を知った瞬間だった。
この眼を使えば自分の思うまま。他人を動かすことが出来る。そう信じた。
そのために自分は魔法をひたすら練習した。
生き物の考えていることを知ることが出来た。
他人の情報を知ることが出来た。
無機物の情報を知ることができた。
この世界を全て解き明かそうと、分からないことがあればひたすら勉強をした。
この魔法を使えば理解するには容易く、勉強自体は苦ではなかった。
魔力は他人よりもたくさんあるから時間の許す限り勉学に励んだ。
その分周りは自分のことを褒めそやしたが、そんなことはどうでもよくなるくらいには自己研鑽に励んでいた。
だがある日、皇族の秘密を知ることになる。
自分は感動した。
流石に最初は疑いもしたが、理解していくうちに自分たちは本当に女神に愛された存在なのだと思った。
その反面、多くの真実を知る分絶望もした。
女神という存在がありながら、なぜ皇族は短命なのだろう。
なぜ女神は人間にこんな呪縛を付けたのだろう。
自分はどうして女神に愛されていないのだろう。
なら自分が女神になればいい。そう思い至るまで時間はかからなかった。
歴代の皇帝もそう思ったのだろう。その果ての混血と病弱な体だ。
そんな病弱な身体を克服するために研究を始めた。どんな手段も選ばなかった。
自分の野望の為に研究をする時間はとても充実していた。
「ロイク・フォン・カレンデュラと申します。以後お見知りおきを」
隠居することを決めたカレンデュラ伯爵が爵位を継承するため息子のロイクを連れて王城に来た。
白髪に翡翠色の瞳。二人のその顔は統一戦争以前の皇帝らの肖像ととてもよく似ていた。興味本位で隙を見て魔法で彼の素性を覗き見る。
自分の魔法は相手の記憶こそ見ることはできないが、相手のその場の感情、魔法や種族、魂の【情報】は見ることができた。
そして彼が歴代の皇帝が突然引き継がれなくなった魔法を受け継いでいること、彼の魂が厳重に呪われていることを見て息子のロイクが【女神の夫】を受け継いでいることが分かった。
目の前に女神に愛された人間がいることに絶望した。
『皇帝は女神に近くなければならない』
表向き皇族に味方していた元老院は、そこまで貴族思想にどっぷり浸かっていない分、教会としての思想が強い。もし彼らがカレンデュラ家の正体に気付いたらどうなるか想像が付く。
それに気付いた途端、自分の虚弱な体がますます嫌になった。
どれほど多くの種族の血を混ぜても女神に近付くことなんてできなかった。他の純血主義のように、同じ種族同士の人間と混じれば長く生きることが出来たのに。それだけは自分の先祖を恨んだ。
自分が血を吐く度に己の寿命があとわずかなのだと実感する。だが大人しく己が果てて行くのを待つつもりはなかった。
そんな中皇族たちが幽閉された。中には処刑された者もいた。
だがそれはどうでもよかった。いくら新鮮な食べ物でもカビが生えている食べ物が隣にあれば腐食が早まるように、
自分の母親がその対象になっても助けるつもりは無かった。彼らは病弱で無能だ。生きている意味はない。
いっそ皇族全て処刑すればよかったのに、自分と妹だけは生き残り、別の家に降嫁することになった。
とはいえ自分は処刑されるのは御免なので、言葉で処刑されることを逃れ魔術学院に進学することを決めた。
自分は他の皇族達の中でも虚弱な方だった。軍が自分が学院に行くのを許したのも、後先短い自分への情けのつもりだったのだろう。
誰にも邪魔されることなく研究ができることは幸福だった。
しかし自分の生きていける時間は短い。医者から受けた宣告は余命一年。
だからせめてこの血を後世に残し、また自分の一族が玉座に返り咲く為に、この
―――
シャーレの中にある小さな細胞をレンズで確認する。
ようやく女神に近づける一歩を踏み出すことが出来、安堵の息が漏れる。
試した人間は数知れず。魔術や医術。そして呪術にまで手を出し、実験で失敗した検体は幾重にも渡った。だがこれでようやく目的は達成される。
「殿下。そろそろ限界でしょう。これ以上はお体に障ります」
「いいや、まだ終わっていないし、何を案じる必要がある?この体さえできれば……ごふっ」
口元から血が零れる。喀血の頻度も多くなった。この肉体も持ってあと数日らしい。だが宣告を受け絶望したあの日とは違う。希望はこのガラスの皿の中にあるこの小さな単細胞の中にある。
後ろからハンカチを差し出された。
「……馬鹿をおっしゃらないでいただきたい」
「今最高に気分が良いのに、なぜ休まなければならない」
「今あなたが死んでしまえば目的は達成することができません」
確かに彼の言う通りだ。まだ終わっていない。ここで死んではいけない。これは革命を起すための過程にすぎないのだから。
「ところで、念のため聞きますが、彼女は本当に解放するのですか」
「殺すなと言ったのは其方であろう」
「確かにそうですが……そんなあっさりと承諾するとは思えなかったので」
彼女を犠牲にしてまで自分の情報を聞き出したかったのに、残念だったなと内心鼻で笑う。軍には自分が魔法使用時に現れる赤目を誤魔化すことが出来るのを知らない。
あの竜族の少女には種明かししてしまったが今更だ。
「……もう用は済んだ。それに、今、彼女を殺せばいずれ反感を買う組織や人間はそれなりにいるだろう。余計な問題は起こさない方がいい」
彼女が女神の顔とうり二つで、しかも女神の記憶を持っているということは、近いうちに教会の方にも明かされるだろう。女神が関われば教会も動かざる負えない。だがその時に教会を敵に回したくない。
(自分の命がもう数年長ければ、彼女を妃にすることもできただろうが、ボクはもう長くない)
いつか殺さなければいけない人間もいるが、今はそのことを考えるのはよそう。
―――
///
今まで湖のほとりから一歩も出なかったのに、自分がすべきことをするために足を踏み入れた小さな村には自分が産み育てた子供たちが慎ましく暮らしていた。
一人わたしに気付いた小さな子供が指を指して呼んだ。
「おかあさんだ!!」
その一言で周りの人間は驚き、わたしの姿を見た途端、その場でみんな跪いた。
そりゃあ恐れて当然だ。わたしが怒りを露わにした時、必ず嵐がやってくるのだから。
だけどわたしがして欲しいことを彼らに話せば涙を流しながら了承してくれた。
どうして無理な願いを聞いてくれるのだろう。
私は自分が産んだ子供は十三になったらすぐに追い出した。時々例外はあったけれど、大人になった彼らが自分を裏切るのが怖くて、成長して大人になっていく子供が人間に見えて憎くなるから、最終的には親元から出て行ってもらうようにしていた。
「追い出してから、あなたたちと再会すらも拒んだのに、どうして聞いてくれるの」
「だって、わたしたちは、貴女からもらった力の使い方を教えられなかった責任がある。それに、私たちは貴女のことを今も愛してるの。だから、悲しいけど、女神様の言うことを受け入れます」
この一時だけは、あの子たちを愛そう。
ただのわがままだけれど、未来をあの子たちに託したい。
やっぱり人間は憎いけれど、どうしようもなく愛おしい。
だから、この体をあの子たちにあげる。
わたしがわたしでなくなるために。
誰にも見つからないように、どうか秘密のまま、この約束を守ってほしい。
わたしの欠片はあの子たちの心臓の中で見守っているから
///
靴音で目が覚める。
真っ暗な牢獄の中を自分はどれくらい過ごしていたのだろう。みんなは大丈夫だろうか。何度か自分がどこかに運ばれたような気がするけど自分は一体何をされたのだろう。
ここに来る人間が誰なのか想像できるが、起き上がる気力もなく、フィーは冷たいベッドの上でそのまま横になっていた。
「かなり眠ったようですね。麻酔を打たれたのは初めてなら当たり前か」
「……ターゲスさんを裏切ったのはどうして?」
一番聞きたかったことをクライアンに問うた。
毎日のように彼からターゲスの話を聞いたけれど、そのどれもは彼に対する敬意に満ちていて、彼にターゲスに対して忠誠心を持っていると信じて疑わなかったから、どうして彼が裏切ったのか余計分からなかったのだ。
「君は、思ったより肝が据わっているな」
「……裏切られたのは初めてだけど、裏切られたのを見るのは初めてじゃないから……」
「……今は、裏切ったと思ってくれて構わない。弁解は隊長がしてくれるだろうから」
彼は懐から一枚の紙を取り出してはフィーの制服の胸ポケットに差し込む。そしてゆっくりと彼女の体を起き上がらせた。
「フィー、よく話を聞いてくれ。ここは王宮の地下だ。そしてドックウッドたちも王宮に向かっている。その間君は空を飛んでここから逃げろ」
「そんなのどうやって」
「言葉の通りだ」
その言葉にほんの少しだけ希望を持った。彼は裏切っていない。
だがどうしてオーキッドのそばにいたのだ。
「でも私空を飛ぶ魔術なんて」
そんな魔術、使える人間はいないはずだ。自分もロイクからも学院でも学んだこともない魔術なのに。
「オレも彼の話を少ししか聞いたことがないが、竜族は空が飛べる」
「でも私!!」
信じろ、クライアンの言葉を最後にフィーの視界は暗転する。
「翼なんか生えてこないから――あぁああああああ!!!」
気付けば自分は空の上から落下していた。隣には改装工事中の王城。下には十人前後の軍人がいた。
フィーはもうこの世の終わりだと思わず目をつぶる。
可愛くもない悲鳴に気付いたのか、下が騒ぎ始める気配がするがこの状況で受け止めることが出来る人間は居ないかもしれない。
ごめんなさい、私の下敷きになる人。と誰かに対して謝罪するががその心配は杞憂に終わる。
「フィア!!」
ずだんと大きな衝撃と共に聞き覚えのある声がした。『フィア』この名前を呼ぶ人間はただ一人しかいない。
目を開けると、孤児院を出てから数ヶ月会うことの無かった顔がそこにある。
「ろい……く……?」
「馬鹿が、いい加減無茶をするな!!」
オーキッドが見せた幻覚のこともあり偽物かと疑った。その手、身体、声に匂い。ぺたぺたと触れて確かめてみる。だが何もかもが自分の知ってる彼のそれで。
「お前血が……!」
「本物のロイクだぁ……!」
彼の体にしがみつく。
ロイクはフィーの一連の行動に困惑したものの、フィーの存在に安堵したのかそのまま抱き返す。
「ターゲスから話を聞いた時は、俺も肝が冷えた……よかった……お前がこの世からいなくなったらと思うと……」
「心配かけてごめんなさい」
ロイク、フィアとお互いに呼び合っていると後ろから大きな咳払いが聞こえ、振り向くとそこには気まずそうにこちらを見ているアリックスの姿が居た。
「……もう、良いでしょうか。カレンデュラ殿」
「…………失礼した」
人前であることを思い出した二人は離れようとフィーが地面に足を付ける。
だがフィーは力が入らず身体がよろけ、またロイクにしがみついた。
「あれ……」
「毒でも盛られたのか!?」
そういえば麻酔を打たれたなんてことを言われた様な気がする。「麻酔って言ってた気がする」と言えばロイクは怪訝な顔を浮かべる。結局歩く事もままならないので、ロイクに抱きかかえられる事になった。
ターゲス程ではないがロイクも背が高い。だがその分視線の的になるのでかなり恥ずかしい。
「あ、そういえばクライアンさんがこれを……」
「クライアンが?」
同期の名前にアリックスが反応する。フィーが胸ポケットにある紙を視線で指し、取ってもらうよう促せばアリックスがその紙を取り広げた。
「――分かった。ひとまずカレンデュラ殿は彼女と一緒に大隊長の元へ。フィーにはいろいろ聞きたいことがある」
「分かった」
これをターゲスに渡しておいて欲しいとフィーにクライアンから渡された紙を返された。
―――
「フィー!!無事だったか!」
「ターゲスさん!」
王宮の北側のにある軍本部にはターゲスが待ち構えており、ターゲスはロイクから彼女を奪い取るように抱きかかえる。
ロイクは二人の様子を見て少々唖然としていたが抱えるものがなくなった両手を下におろす。
「ご心配おかけしました」
「本当だ。軍の内部でも大騒ぎだ!ロイクなんて魔力を酷使してついさっきここに来たばかりで」
「おいターゲス」
「すまん、突然行方不明になったんだ。心配した」
「今、何日?」
二日くらい閉じ込められていたように思っていたが、ほんの数時間しか経っていなかったことに驚く。ならばロイクはどうやって王都に来たんだ。
ターゲスはフィーが持っている紙に目が入った。
「その紙はなんだ」
「あ、これクライアンさんが――大変!」
フィーは大事なことを思い出し、身体をよじりターゲスから降りた。
着地して立ち上がるとまたよろめくが、歩けないわけではない。だがロイクに腕を捕まれる。
「フィア、無理をするのは」
「オーキッドの所に行かないと!!」
「やっと戻ってきたのに何故!」
「あそこにお父さんとお母さんがいるの!!」
オーキッドの部屋で見たフィーの両親の遺体。あの時受けた傷が付いたままあの場所でホルマリン漬けにされていた。
あんなことが許されるわけがない。早くあの二人をガラス容器から解放してあげないといけない。
だが何も知らないロイクは顔をゆがめる。あの二日間で彼女はどんな悲惨な目にあったのだろうと胸を痛めた。ロイクはフィーの両肩を掴み諭す。
「……お前の両親はもう既にあの火事で」
「そうだけどそうじゃないの!はやく二人を……他の人の体も解放してあげないと!!」
「フィー、それはどういうこと」
「ウォル!」
再会を喜ぶわけでもなく、フィーの言葉に動揺しているウォルファングの姿があった。
ターゲスとロイクも気付いたのか本部の扉から出てくるウォルを見る。
「ウォル、お願いだフィーを止めてくれないか」
「分かってます。フィー、その話を聞かせろ」
何があったのか、全部。その言葉にフィーは焦燥していた身体は落ち着き、力が抜けるのだった。
―――
軍本部の医療部に連れていかれ、常駐している看護婦によって全身をくまなく確認された。
彼女の腕には注射をされた形跡があり症状からして打たれたのは麻酔で間違いなく、まだ回復には至っていないことを伝えられた。
ただ、ナイフで刺された場所は全て綺麗に治っても、火傷跡は赤い鱗で覆われてしまった。
その後フィーは医療部のベッドで寝かされた状態で、オーキッドに連れ去られた後何があったのか説明した。
村での悪習も話したのでそれについて何も知らないターゲスは少々驚いていたようだがフィーの話を静かに聞いてくれた。
そしてクライアンから渡された紙はターゲスに対する報告書のようなものらしく、そこにはオーキッドの命が危ないことと、フィーの身体にされたことが簡潔に書かれており、フィーから伝えられた話とつじつまが合うことを確認した。
「人造人間を作ってそこに自分の記憶を植え付けるか……あの皇子は狂人にも程がある」
「竜族の悪習も相当だがな」
「私も知らなかったので……でも早くお父さんとお母さんを」
「フィー。その前に俺からも話がある」
ずっと後ろで聞いていたウォルファングが口を開いた。
フィーはターゲスとロイクが気になり二人に視線を送ったが、二人に聞かれても問題ないとウォルは頷いた。
「お前の親父さん。確かに人族だけど、ほんの少しだけ竜の血が混じってた。赤い髪がその証だってな。だからおばさんの魔力核を食べて竜族っぽくなったのも分かる。
あと俺も俺の親父も、お前の親父さんも、
ウォルから伝えられたのはあの村での決まり事や風習だった。
あの村は竜族を守るために、人族と狼族で一つずつ純血の家があり、幼い頃から竜族を守るために頑なに別の種族の血を混ぜることはしなかったという。その家の人間の一人が目の前に居るウォルファングだった。
そして竜族は絶対に村の外に出すことはせず、外部の人間が来てもその時は必ず誰にも見つからない場所に隔離させていたのだ。
フィーの中で昔から抱いている違和感がとけた。
「でも、どうしてそれを誰も教えてくれなかったの?」
「『何も知らずに暮らしていた方が幸せだから』って言われた……時が来たら長老のじいちゃんがお前に教えるつもりだったんだ。でもその前に村は燃やされるわ、お前は夜中泣きわめくわ、暴走するわ……」
「泣きわめくってなによ!」
「だがそれだと元皇子の話は一部祖語がある」
ターゲスの言葉にそうだと頷く。
オーキッドから大陸に竜族がいるということを聞かされたし、遺伝子まで調べられてしまっていて、その結果も大陸の竜族と自分らが同一の種族であると証明されていた。
ならどうして自分は最後の竜族だと言われていたのだろう。
「この島じゃあお前が最後の竜族だ。それにこの島で竜族が他の種族に助けを求めるくらいに逃げていた理由は――」
「竜族が【災厄の欠片】を持っているから、それを悪用されないため。お母さんの身体が弱かったのは、同族の魔力核をたくさん食べたからでしょう?」
「……なんで知ってるんだよ」
「オーキッドから聞かされたことと辻褄を合わせたらそうなるんだろうなって思った。それに、女神の最期の記憶、ようやく全部見れたから」
それに黙って聞いていたロイクは目を見張る。女神の夫が知らないことが他にもあったのだ。
「それって」
「【災厄の欠片】は女神が名付けた女神の身体のこと。私の体の中に女神の身体がある」
これで、ようやく謎が解けた。
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