5.紫の尖晶石
風と地、水と火、空と時、光と闇
これらは各々が二つずつ対になっており、世界を日々変化させながら世界の調和を保っているという。
これはロイクから教えられたものの、詳しいことはフィーも分からなかったが、これらは世界の理であるということ。それらの属性のぶつかり方で生まれてくる魔法と魔術も変わっていくということだけは分かった。
だが女神自身、そんなことを考えながら万物を動かしていたのだろうか。
「初めて会った時の君の姿も可愛らしかったけれど、人族の姿も麗しい」
「それは……ありがとう、ございます」
「休みの日も熱心だね」
「……先輩は何でここに?」
「そりゃあ寮の中で過ごすのは暇だからだよ」
休日の学院図書館は人気がなく顔見知りの司書は退屈なのか本を片手にあくびをしていた。
クライアンの許可を得て、学院の図書館で好きでもない読書をしていたフィーの隣にはスピネルの姿がある。
フィーが本を選び座る場所を探していると、それに気付いた彼がこちらに手招きをしたのだ。
今はウォルファングからもらった種族隠しのリボンを付けているため竜族の特徴は全て無くなっているのによく気付いたものだとフィーは関心する。
「それなら寮の外に出ればいいんじゃないんですか」
「人混みが苦手なんだ。それに一人で馬車に乗るなんて味気ないし?」
「馬車……」
自分の脚で人混みを避けて歩けばいいのに。それか相乗りの馬車か。いや密集しているから人混みと変わらないのだろうか。
その思考とは裏腹にスピネルはにこりとこちらを見つめた。
「まぁボクと一緒にお忍びで行ってくれるならそれもいいけどね?」
「それはお断りします」
フィーは困った笑顔で即答した。
以前は彼のフィーに対する行動に驚いてしまったが、今こうして冷静に彼の表情を見ると、なんだかその表情に違和感を感じるのは自分の気のせいだろうか。
だがその愛想のいい笑顔から表情が無に変わった。
「キミはどうして呪術についてそんなに熱心なの?」
その問にフィーの手は止まる。
一年半前まで字を読むのですら一苦労だったフィーが熱心に図書館に通っていた理由は、ロイクにかかっている呪いを解くためだ。
そのために最初こそは女神にまつわる本を読み漁っていったが、図書館に通い始めて一ヶ月ずっと探してもどの本にも同じようなことしか書いておらず、女神について調べることはやめて呪術についてひたすら本を探していた。
「……好きだからですよ」
「そう?……【言霊】に【愛】……もしかして好きな相手を振り向かせたいのかと」
「い、いやそんなわけないじゃないですか!!」
思わず大声を上げてしまったが為に周囲の視線が集まる。フィーはその場で平謝りをしたがスピネルからは笑いながらも冗談だといい、フィーは思わず膨れっ面になる。
彼がそうやって笑う姿は彼の人間味を感じた。だがその顔はすぐに作り物の顔に戻った。
「呪術が好きでも、読書は嫌いみたいだね」
「なんでわかるんですか」
「だって、時々つまらなそうな顔してるし、ページをめくるのも遅い」
「……文字を教わったのは去年か一昨年ぐらいなので」
「それはカレンデュラの当主から教わったのか」
「そうですね」
母に読み聞かせをしてもらったことはあるが、読み書きを教えてもらったことは無い。村に居たらおそらく一生文字を覚えることは無かっただろう。
そう思うとロイクと出会ったことで世界が広がったように思える。
「君はカレンデュラの当主が好きなんだ」
「それは……」
「図星だね」
いたずらっぽく自分のことを見る。
そんなに自分は顔に出やすいだろうか。
「昔こんな噂を聞いたことがある。当時13歳だった彼は一人の幼女のために金額の書かれていない小切手を医者に出した」
「え?」
「その幼女は人族の孤児だった。混血でかなり虚弱なね。容姿についても特段美しいわけでもない。そんな孤児一人の為に金に糸目をつけないなんて余程の財産があると思ったんだろうね。それにカレンデュラは権力自体はほとんど無いけど、先の帝国が建国される前からある由緒ある家だ。すぐに縁談が殺到したんだけど全て蹴散らして、王都に連れて行った幼女が大人になったら彼女と結婚すると宣言した。それが」
「亡くなったロイクの奥さん」
「知ってたの?」
「……縁談が殺到した話ははじめて聞きました」
ロイクが亡くなった奥方を今も愛しているのは知っている。彼には幸せになってほしい。でも無理矢理忘れて欲しいとも思っていない。
「身分を無視して結婚するくらい愛してた。死んだ今も同じだろうね。君のそれは不毛な恋だ」
「分かってます」
そんなこととうの昔から分かっている。ロイクの魂が【女神の夫】と同じもので、自分が女神の記憶を持っていても、それはお互いを縛る呪いであって互いの愛ではない。
「先輩は、恋したことあるんですか」
「過去の恋愛事情を聞く女は初めて見たよ」
「……すみません」
フィーには貴族の礼儀とかマナーは何も知らない。だが図々しいのは相手も同じだから気にしない。
「恋はしたことはないよ。婚約者は居たけど、彼女は家の事情で別の家に嫁いだ」
「その人のことが好きとか」
「それもない。あっちは知らないけど、僕は相手に対してそれらしい情は湧かなかった」
「そう、ですか」
貴族ではよくある話なのだろうか。平民のフィーにとって考えられないものだ。
ロイクは合理主義なのか貴族であるという自覚が希薄なのか知らないがあまり気にしたような素振りはなかった。商人だが貴族も相手するコスモスに自分が孤児院にいた頃の話をすると少々意外そうな顔をしていたから、世界は違うのだろう。
「そう言えばフィラデルフィア。キミは魔法核を見たことがある?」
魔力核というのは人間の心臓のことを指す。自身の生命力を魔力に変換させ、魔法を放出させるための核。魔力核の性質で自分の魔法や一度に仕える魔力量が変わる、魔力の器であり魔力の源泉だ。
魔力核は生きている間は解剖してもただの臓器と変わらないが、死後その心臓は鉱物のような形に変わり、身体の腐敗と共に粉々に消えていく。
「……ありますよ」
フィーは村が焼かれた日のことを思い出す。大人のこぶし大の宝石が、血みどろになりながらも炎に照らされてキラキラと輝いていた。
その宝石は父親の言う通りに頬張ったが、自分の歯で簡単に噛み砕けるくらいに脆く、口に含めた途端飲み込む間もなく溶けてしまった。
これは誰にも言えないが、そのあっという間に溶けてしまう感覚が綿菓子のそれと同じだった。
「それは本当のようだね。僕はどんな宝石よりも、魔力核の方が儚くて美しいと思う」
「……あまり、良いものじゃないです」
「キミはそう思うんだ」
「見たのは、自分の親のものだったので」
「……そうか。それは災難だった」
彼はまた視線を本に移したのでフィーも自分のことに集中した。
だがよくよく考えると「人間の心臓を見たことがあるのか」と聞かれていたことにようやく気付き、笑顔で物騒なことを聞いてきていた彼にフィーは少しだけ背筋が凍った。
―――
世界各地に魔法にまつわる神話は数あれど、どれも原点はこの島にあると言われている。
魔法を持った人間と魔法も持たぬ人間が交わり、その子孫に魔法が遺伝し、繁栄していった。あるいは魔法を持つ人間がその国の神として祀られた。あるいは国に害をなす獣に打ち勝って英雄になった。など。
世界中の歴史を遺跡や記録で遡り時系列にして比較するなんて途方もない作業だが、この国から遠くなればなるほど魔法が知れ渡った時代が新しく、この島に行けば行くほどその人々が持つ魔法の属性が多種多様であることが分かるため、【魔法の始まりの地】としてこの島で内戦がおこる前は、多くの国から人が集まっていたようだ。
なぜ国によって魔法の属性が分かれるのか。魔法というのは基本的に親から遺伝されるものだ。
それゆえ魔法を持つ者が長い時をかけて土地から土地へ移り、その子孫が繁栄することによってそこから新たに種族や民族が分かれていく。
ではなぜ女神が生まれたのか、女神は一体何者なのかは人類はそれを判明したことがない。
分かるのは言い伝えや博物館での記録のみ。その辺の管理は国が行っている。
「しかしその記録が公開される前にこれが出回っているとはな」
「……皇族が幽閉された今、女神だけではなく皇族も神格化させていた教会への不信感もあります。
皇族は神の代理人ではないと宣言したのは
「大司教を交代させ、考え方や組織全て改革させているのに信頼は減る一方か」
「共和国になってから、国教として改めて支援することを宣言するために、更に資金を送ろうとしていたのですが、財務省の審議会がそれを拒みましたしね。南方の復興で手一杯だと」
「……しかたないな」
ターゲスとクライアンは慣れない
軍が支配下に置いた今、大隊長であるターゲスに全ての決定権があるという訳では無いが、多少なりとも政治に関わる機会が増える。
今回議員と交えた会議で非公開だった情報が公開できなかった。止めたのは議員の方だ。穏便に済ませたいと思ったのだろう。軍としてもまた武力行使するのは避けたい。
「まぁという事だ。改めて、お前にはフィーの警護を頼む。その事実を試したがる輩も現れかねない」
その視線の先には、自分の部下の一人であり戸籍上の息子である弟子が後ろで手を組み立っていた。
「御意」
「クライアン中尉!!」
ウォルが敬礼をした後ろから、勢いよく開いた扉が目の前のウォルに体当たりをしてきた。
「うぉあっ!?」
思い切りその場からすっころんでしまったのでターゲスは驚き、横にいたクライアンはウォルの間抜けな姿を見て内心吹きだす。そんな真剣な眼で佇んでいたのに体当たりですぐに転んで格好がつかない。
扉を開けたのはターゲスの側近兵の一人だった。側近兵なのでクライアンの部下でもある。その側近兵もすぐそこにウォルがいたとは思わず驚いてウォルを立ち上がらせた。
クライアンが気を取り直して部下に問う。
「なんだ突然」
「家政婦のヒヤシンスよりに連絡が」
クライアンはメモを受け取るとターゲスに渡した。クライアン宛ではないのかとウォルはその様子を見た。
「フィーが家に居ない?」
それにウォルも硬直した。
ヒヤシンス曰くいつも通り仕事でターゲスの家に来たのにフィーが家にいないという。普段なら外出時に書置きをしてくるのだが知らないだろうかという内容だった。
クライアンは側近兵に「ヒヤシンスには後でこちらで連絡する」と言って下がらせた。
「ウォル、お前に心当たりは」
「今行くとしたら、図書館か博物館だと思います。アイツは最近呪術についていろいろ調べてたので」
「分かった。まず学院の図書館に。着いたら連絡してくれ」
ウォルは再度敬礼しその場から立ち去ろうとするが、「ウォルファング」とターゲスは声をかける。
「別にすぐ彼女を家に連れ帰って囲う必要はない。ただ先ほどのこともある。なるべく【気付かれないように】な」
「……分かってます」
二重の意味を込めて伝えたその言葉は伝わっただろうか。ウォルファングは敬礼をして部屋を出て行った。
それを見送ったターゲスは自分の机に腰かけてクライアンを見る。純血の体を鍛え上げた彼が背中に背負う翼はいつ見ても窮屈そうだとクライアンは思う。翼の生えた種族は本来なら背中に仕舞うしまうことが出来るはずだがターゲスにはその魔力がない。
「クライアン。お前はどう思う」
「警備もあるし誘拐ではないと思います。ただ、護衛を変える必要があるかと。ドックウッドは優秀ですが年齢もさることながら体格も発展途上。それに経験が浅すぎる」
「そうだな。俺も同感だ。アリスには」
「こちらからも伝えておきます」
アリスもといアリックスはもともと情報を司る第二部隊の出身だ。
だがあの目立つ容姿に加え、彼の実家の事情から身元が明かされやすい立場となってしまったため、第一部隊に異動されてしまった。
だが幼い頃から軍に所属している彼のその腕は確かだ。
「話は変わるが彼の様子は?」
「悠々自適に過ごしてますよ。第二からの報告も同様です。魔法は封じられていますがそれも慣れた様子でした。先日彼女に接触してきた時は肝が冷えましたが」
「学園内の噂も大きい。接触する可能性はあったが」
これはこちらも厳重注意が必要だな。
―――
ウォルファングは単身学院の図書館に足を踏み入れる。
近くにいる警備兵に敬礼をしてから屋内に入ると、閲覧席に自分が贈った髪飾りを身に着けたフィーと、プラチナブロンドの男性がいた。高等部の学生だろうか。
休日だからなのか私服だが、男性の方は貴族にしてはあまり着飾らないシンプルな格好に孤児院にいたロイクと重なった。だがその彼の表情はフィーを口説いているようにしか見えない。
「フィラデルフィア」
「あ、どうしたの」
上官からは彼女が護衛から離れていたことを悟られないようにとの命令だ。何事もないようにプラチナブロンドの青年を見る。
会話に割り込んだので拗ねるか睨むかと思ったが何でもないような顔をしていた。
どうやら自分は敵と見做さないようで、己のプライドが傷つく。
「どうしたのじゃない。護衛がお前に話しかけちゃ悪いか」
「でも来るなら最初から一緒に来てくれれば良かったのに」
その言葉にウォルは少々顔を顰める。まるで既に自分は許可をもらってここに来ているのだと言わんばかりの顔だ。
「……他にも仕事があったんだよ。それにお前の周辺に大将の部下が何人いると思ってんだ」
「え、付いて来てる人いたの!?」
仕事というのは本当だが他にも護衛がいるというのはもちろん嘘だ。だが目の前にいるこの男に彼女の護衛が疎かになったなんて思われたくない。
確かに基本的に警備兵は第一部隊に所属しているため全員ターゲスの部下なのだが、そんな上官であるターゲスの娘がいると知っている部下はこの学院の警備兵と居住区内で近所に住んでいる兵士くらい。ましてやその種族が竜で今は魔術道具で人族の姿をしているとなれば更に知っている人間は限られてくる。
「お前護衛を何だと思ってんだ」
「……ありがと」
照れ臭そうなフィーのその表情に少々罪悪感を抱くが、その反面愛らしい顔をするので自分も照れ臭くなる。
「あぁ」
「君ら仲いいね」
絶対このやりとりを間くぐっていただろうに、困った顔でこちらを見てくる彼に対して敬礼をした。
「……すみません」
「フィラデルフィア、彼の名前を聞いても?」
護衛は主人の許可なく名前を名乗らないとアリックスから指導を受けていた。フィーが自分に目配せをした。
「お、僕はウォルファング・ヴィスコと申します。フィラデルフィアとは義理の弟です」
「スピネルだよ。軍人は休みなく大変だね。君も彼女の弟というくらいなんだから僕より年下だろう?」
「でしょうね、でも歳は彼女と同じですよ。生まれた日が違うだけで」
「だろうね。君たち似てないもん」
フィーも自分も生まれた日は知らない。同じ村にいた時周りが弟だと言っていたから書類上でも自分はフィーの弟になった。
ちらりとフィーを見ると、彼女は自分が演技しているのが分かっているのか黙って様子を伺っていた。
「でも、ヴィスコと言えば
「義父には感謝しきれません」
「でも、これは参ったな。血縁関係がなければ二人とも結婚できるだろう?」
知らなかった情報に内心心臓が飛び跳ねる。演技は下手なので表に出さないよう表情を固くしていたのに。スピネルの冗談だと見れば分かるのにこれはまずい。
「はは。ご冗談を……」
視線が逸らせない。彼から不自然なくらい魔力も殺気らしいものも感じないが、まるで何かを探られているような気分だ。
それに作り笑顔の彼は感情が読めない。そんな相手と言葉を交わすのはしんどい。
「スピネル先輩はいないんですか、兄弟とか」
フィーが話を切り出したおかげで彼の視線が逸れる。それに安堵してしまった自分が悔しい。
「腹違いの兄弟はたくさんいたよ。でもみんな混血だから生きてるのは6つ下の妹だけじゃない?すでに結婚したらしいけど」
「らしいって……」
「僕は妹のことが嫌いでね。……父が彼女ばかり気に入ってたからその嫉妬だよ。あぁ、気を悪くしなくていいよ?よくある話さ」
二人は何も言えなかった。
―――
「それで、その後の話は?」
「まぁ、帰ってからクライアン中尉とヒヤシンスさんによる説教タイムの始まりですよ」
その後フィーはいくら許可をもらったからと言って連絡や護衛なしに軍の敷地外を出歩くんじゃありませんと二人から叱咤された。
あの迫力はそばにいた自分すら怖かったと自分の上官に愚痴混じりの報告をすると、アリックスは容易に想像できたのか、膝を叩いて爆笑した。
「そりゃそうだ!ドックウッドは初めて見た?」
「クライアンさんは初めてじゃないけど、ヒヤシンスさん……」
あれは孤児院にいたロイクやガーベラよりも怖い。「軍で働く女はそういうものだよ」とアリックスは笑い涙をぬぐいながらそう話す。
男所帯である軍で働く家政婦は誰かの奥方やその娘であることが多いが、家族だから似たのか環境に適応した結果なのか、寮を取り纏める寮長よりも怖かったりする。だがその肝の座った性格は第二の母を感じる物も少なくない。
「そうかー、ドックウッドは基本真面目だから説教受けたことなかったか」
「そりゃあ、規則は守るためにあるんだろ」
「そうだね。でもなんでこんな性格なんだろうなー……」
「うるせえ」
ウォルは孤児院でも遊んでいる最中にモノを壊すことはあれど、当番の掃除をさぼったり寝坊したりすることは絶対になかった。狼族は基本的に自分の所属する組織の決まりごとは守る性格が多い。
それでもウォルは性格や口調は生意気なので、他の子供たちのようにロイクからげんこつをくらうことはままあったし、本来ならば軍事学校やブートキャンプで叩きのめされる対象なのだが、それすらも掻い潜ってしまう生意気さである。
彼のその性格は一匹狼に例えられそうだし友達ができないのではとアリックスは思うが、その性格は過去のトラウマでひねくれてしまったからだということを彼は知らない。
その後フィーから詳しく聞けば外出許可を貰った相手がクライアンで、人族に変装すれば一人で出歩いても問題ないとか言われたらしく、その話を聞いたクライアンは「まさか自分に化かす人間が」と絶望して自分の持っているナイフで切腹しようとしていた。ターゲスに止められたが。
フィーも自分が騙されたと分かったのか反省した。だがなぜ彼女を外に出そうとしたのか分からずその場はお開きとなった。
「それで、ここから別の話しだ」
アリックスの言葉にウォルも表情が硬くなるが、ここは寮の自室だ。聞かれて大丈夫なのだろうかと視線を巡らせたがアリックスは「もちろん魔法で防音する」と自分の白い兎耳をぴこぴこと動かしたのでウォルは内心安堵した。
そしてアリックスは懐から蛇と胡蝶蘭を象った紋章が描かれた紙を取り出す。
「あの村の生き残りであり被害者であるキミに質問。これに覚えは?」
「ありません」
「……残念。まあ暗闇だと聞いたし、仕方ないよね」
貴族の家紋は名前もあり基本的に花や植物を象ったものが多い。それに蘭を象った紋は皇族や血縁者である公爵家の家紋だ。だが蛇というか、動物も象るなんて貴族に居ただろうか。騎士へ賜る何かの紋章なら既に調べはついているだろう。
「ま、これ皇族が密かに抱えていた諜報部隊の紋章。今は皇子を妄信しているカルト教団になってるね。教会が皇族が神の代理人ではないと宣言してから表に出てき始めた」
「それを俺に見せてよかったんですかー?」
軍の機密情報は下っ端に見せることはあまりしない。敵に漏れる可能性があるからだ。情報を司る第二部隊でもよほどの上官やその任務に関わる人間でない限り開示しない。
その重要性はウォルも理解していた。
「でも大隊長から話だけ聞いてるはずだよ。皇族が神の直系だとか、多種族の血が流れながらも魔法を暴発しない皇族は真の王だとか、皇族の遺産を見て恐れおののくがいいーみたいな内容の怪文書が……」
「あれかよ!?」
思わずその場から立ち上がる。それにアリックスは無言で人差し指を前に突き立てたのでウォルは口を抑える。
「声が大きい。でもこれがカルト教団ってことはぶっちゃけ確定じゃない。あとそれに関連して今日彼女が話していた男……スピネルには気を付けて欲しい。まぁナンパに見えたと思うけど」
「アイツはあまり自覚なさそうですけど……」
その話じゃあまるで彼が皇族関係者だと言っているようではないか。
だが彼も学院の生徒なら年齢が高くても十六歳くらいのはず。自分も言えたことではないが皇族に仕える年齢にしてはいくら何でも若い気がする。
だがアリックスは飄々とした顔ではぐらかしながら持っていた紋章を懐へ戻す。
「彼女に近い人間にハッキリ言えないかなー?君も分かりやすいし?」
「……チッ」
「舌打ちをやめなさい。まあそういうこと。それにもしかしたらフィラデルフィアだけではなくキミも対象にされかねない。いくらキミでも」
「わかりましたよ。危害を加えないためにフィーから離れればいいんだろ」
「……あれ?」
彼のことだから断固拒否するのかと思いきや、あっさりと引いたことにアリックスは首を傾げる。
ウォルは後頭部をかきアリックスから視線を逸らしていた。
「いや、驚いたな……キミにしてはあっさりと引くんだ」
アリックスはウォルに彼女の警護を任せた時は少々喜んでいた記憶がある。彼が従軍した理由も直接聞いていたので尚更。
「その代わり、大隊長の家に引っ越しな。退寮の手続きは早くて二日三日くらいだし、君もそんな私物ないでしょ」
「はぁ!?」
「君があの子を避けていた理由は分からなくもないけど、仕事に私情を持ち込むな。これは上官命令。それに大隊長も来て欲しいっていってたろ」
「……分かりましたよ」
「警護してアイツの学校生活を見るうちに……なるべくアイツにはいつも通りの生活を送ってほしいって思うようになった。幼馴染みの俺が近くにいるよりも、影で先輩方が見た方が安全だし……なんだよ」
いくら相手が部下とはいえ同世代の恋バナは男子同士でも面白いものだ。笑いをこらえながらも表情は隠せていないアリックスはウォルに肘で小突いた。
「くくく……お姉さん思いだねぇ?」
「うっさい!」
ウォルは顔を真っ赤にして拗ね始める。アリックスがウォルのため口を許している理由はこれがある。階級とか上下関係を気にせずに話せる相手だから。
だがこの話は一ヶ月くらいネタになるなとアリックスは思い切り笑ってやったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます