3.貴族粛清の一歩



 シュヴァリエというのは、将軍と呼ばれる将官、又はそれに値する軍人に与えられる称号のようなものである。

 現在メイラの軍は軍を統括する司令局とそれぞれの役割を受け持つ部隊が大きく第一から第五まであり、その中で各々の能力や職能別に細かく組織されている。

 司令局と共に王政を廃止させた者の一人であるターゲスは、その階級から将軍と呼ばれる立場でありながら、国内の治安維持を務める憲兵とも呼ばれる第一部隊隊長である。


「隊長。失礼します」


 毒々しいピンク色の髪をした人族の女性がターゲスの元へ訪れた。

 現在ターゲスは司令局と同じ場所にある第一部隊本部で執務を行っている。同じ大隊長同士であるのに、自分を隊長と呼ぶ彼女に苦笑する。


「アコナイト。今は同じ立場なんだ。その呼び名はよせ」


 アコナイトと呼ばれた彼女はふむと顎に手を当てて少し考える素振りをした。


「……ではターゲス大将」

「そっちの方がまだマシか」


 階級を付けられると距離感を感じるがお互い大きな隊を統べる身なので仕方ない。

 ターゲスは彼女の父親が死んでからお互い親子のように接していたものの、彼女の努力や才能も相まって今では第二部隊の隊長で自身と同じ将軍シュヴァリエと呼ばれる人間である。

 彼女はクスクスと笑った。


「貴方をフランクに呼ぶのは恐れ多いですよ。ところでターゲス大将。最近もう一人少女を養子にしたとお聞きしました」


 各部隊の本部は一括して同じ建物内にあるため色んな情報がすぐに広まる。

 だが国全体の情報を扱う第二部隊隊長であるアコナイトならばむしろその情報を受け取るには遅い方だっただろう。

 自分が二人目の養子を取ったこと自体そこまで大したことはないのかもしれない。だがフィラデルフィアは国で唯一の竜族だ。あまり大々的に広まってほしくないからいいのだが。


「そういえばアコナイトに言ってなかったな。今度家族三人で挨拶にでも行こう」

「ぜひお待ちしております。その……その御息女のほうですが、先程ある話を耳にしまして、恐らくターゲス大将に話が届いてないと思うので念の為共有を」


 アコナイトから耳打ちされたその話にターゲスは少し目を見開いたものの、はははと笑みを浮かべた。

 独り身でありながら子供好きの彼が自分の養女に対して心配しないことにアコナイトは首を傾げる。


「迎えに行かなくて宜しいのですか?」

「構わんよ。彼女も同じ年ごろの少女兵程ではないが、魔力も身体能力も強い。それに学院にはウォルが付いてるから後は問題ないだろう」

「……左様ですか」


 送り迎えに自分の側近を付かせるなんて過保護もいい所だと思っていたが、警護している割には彼女を強いと信頼している。

 彼女は一体何者なのだ。アコナイトは今後彼女について調べておこうと頭の隅に置いた。


「だが薄々予想していたとはいえ、本当に起きたとは……あの学院も商人の小等部入学も増えてきたが、未だ身分差は解消しないな」


 自分という後ろ盾がいてもフィラデルフィアが孤児であることがよろしくないのだろう。


「この話は大隊長会議で話しましょう。私たちで話すには規模が重すぎます」

「あぁ、議長にはこちらから伝えておくさ……しかしまだ貴族たちは自分たちが上だと思っている者が多すぎるな」


 内戦が終わってから一年半も経つのにかつて貴族と呼ばれた者たちは皇帝が居なくなったのをいいことに、議会を通して政治を掌握しようと目論んでいる者も多い。

 軍が粛清したのは皇族。あとは皇帝に忠誠を誓っていた議員だけだ。内乱中、不当な税率で搾取した地方の領主を摘発することはできても、それ以外の領地を持たない現職議員などの化けの皮を剥がすことは叶わなかった。


「色々制度を今一度見直す必要がありますね。法務省には伝えておきます」

「言うことを聞いてくれるか分からないがね」


 魔法省、法務省、金融省など。行政機関の職員は貴族出身の者が多い。というか数年前まで職員の採用をするには採用試験以前に家のコネが大きかった。

 事実皇帝を処刑したところで、代替わりの激しい皇族はあまりまつりごとに関与することはなく、むしろ短命である皇帝が居なくても国が機能できるように法を整備していることの方が多かったから、特段変化はないのだ。

 それに気付いたのはもう既に皇帝が亡くなったあとの話なのだけれど。

 だが貴族制を廃止した以上、平民にも政治に関与できるよう制度を改めてなければいけない。

 だがその辺の改革についてはこの場にいるターゲスとアコナイトの間でも対立があるくらい、難しいものとなっていた。


「ところでターゲス大将。本当によろしかったのですか」

「なんの事だ」

「貴方は憲兵ではなく陸軍で指揮をされるべきです」


 もともと二人は陸軍と呼ばれる第四部隊に所属していた。

 隊長とその部下として隊を率いていた二人は同じ時期に昇進したものの、司令部の采配にアコナイトは納得していなかったのだ。


「……その話はよさないか。こんな地位を持っているとはいえ俺も一介の兵士に過ぎん。それにもう戦争は終わったんだ」


 大陸の戦争も含めれば十年以上もの間この周辺諸国は殺伐としていた。だがいざ戦争が終わると自分の生きがいを失う者もいる。傭兵として幼い頃から戦場に駆り出されていた者は契約が解消されると各々の家に帰る者が居る中、故郷が戦争でなくなり無職となってふらふらと路頭に迷う者もいた。

 もしかしたらアコナイトもその一人かもしれない。


「しかし……私は未だ未熟者です……この第二を請け負っておりますが、やはりこの采配には納得が行きません……私も貴方も一介の兵士に過ぎないというなら、私はもっと……貴方と肩を並べて戦いたかった」


 彼女が従軍したのは17の時。その前は軍事学校で兵法や薬学を学んでいた。それに彼女の家は将軍シュヴァリエの名を持つ者は少なかったものの、魔法や魔術の才もあり皇族に重宝されていた家系だ。生まれた時から既に戦争一色だったのだ。

 本来ならば、結婚して子供を持ってもおかしくない年齢だが、ベノム家の生き残りは現在彼女一人のみ。後継ぎであっても戦場に駆り出されなければいけなかった。


 魔法の特性を元に特注で作られた彼女専用の戦闘服は、争いが起きないこの場においても彼女は着用して過ごしている。


「アコナイト。独り身の俺が言うのもアレだが……お前には結婚を進める。守らなければいけないものを持てば気持ちは変わるはずだ」

「……頑なに誰かとの結婚を拒んだ貴方が、私に結婚を勧めるんですね」

「俺も結婚も養子も取るつもりは無かったが……独りで戦うのはもう疲れたんだ」


 元上官の弱音を見るのは初めてではなかった。

 先の戦いで君主を裏切ると決めたのは人一倍忠誠心が強かった彼だ。そこに至るまでの苦悩は想像するまでもない。アコナイトはターゲスに一礼をして執務室を去る。


「元部下に結婚を進めるなど、柄にもないな……」


 ターゲスを叱る人は誰もいない。



―――



 魔術学院は本来魔術を極める者を集めるために当時の皇帝が創設した学院である。

 本来なら魔力の多い者が集うはずが、今では資金を多く出している純血主義の貴族が多く在籍しているので全校生徒の平均の魔力量は平民と比べて少ないという矛盾した状態だ。

 緊急集会を言い渡され、何も知らない小等部の生徒たちは各々の感情を抱きながら講堂に集まると、兵士たちが出入口を封鎖し始めた。

 挨拶もなく学院長が断頭に上がり拡声器の前に口を開いた。


「学院の魔術技術を上げるため、生徒の魔力計測及び学力テストを行うことになった。魔力量が少ない生徒及び学力が低い生徒は退学。クラスも魔力量に合わせて再編成される」

「理解できませんわ。こんなの理不尽ではなくて?」

「僕の家がどれくらい金を出していると思っているだ!」


 校長から言い渡された言葉に生徒たちはブーイングをする。

 だがそれは魔術銃を持つ警備兵たちによって牽制されてしまった。小等部には六歳から十二歳の子供が在学している。いくら脅しでも子供相手にそれはやりすぎではないだろうか。

 そして校長から代わり、軍の上官らしき人間が上段に上がると再度魔術拡声器の前で口を開いた。


「今この学院の理事を務めるのは皇帝ではなく、軍の指令局だ。この学院の規律を正す為、まずはこの学院の生徒をふるいに出す。安心しろ。魔力が少なくても魔術分野の学力が高い生徒はこのまま残し、退学処分を受けた生徒は別の学院への入学案内を渡す」


 またその言葉に生徒たちはざわざわとどよめきだす。

 商人の家の生徒たちはともかく、元貴族の家の生徒からすればかなり不名誉なことらしい。



 フィーが兎族の上級生から拘束された次の日、クラスの担任から以下の内容の紙が配られた。


”学院の魔術に関するカリキュラムを見直す為、生徒の魔力計測及び学力テストを行う。


 クラスも魔力量に合わせて再編成し、魔力量が少ない生徒または学力が低い生徒は別の学校へ編入手続きを行う。”


「うちの家がどれくらい金を出してると思ってるんだ」

「それに転入先の学校って、商人が通うところじゃありませんか!」


 我の強い生徒の中には学長室へ直談判した者もいたらしいが、首を縦に振らなかったらしい。軍の命令だと言われた。

 この状況にフィラデルフィアは他の生徒とは違う意味で不満を持った。



―――



「何で教えてくれなかったんですか!」

「何故って、それを貴女に言ったところで何が変わると?」


 クライアンの言葉にフィーは黙り込む。

 現在フィーはクライアンとウォルファングと一緒に昼食を摂っていた。

 ウォルファングは元より学院の警備をしていたらしいが今回の騒動が発覚してから、ウォルは彼の上官であるアリックスからフィーの警護を任されてしまったらしい。

 フィーは弟が近くにいてくれることが純粋に嬉しかった反面、ウォルはかなり複雑そうな顔をしている。クライアン曰く従軍して数年はフィーと会わないつもりだったから今更顔向けできないというらしい。


「それに魔術学院を改革することは以前から決まっていました。ですが昨日の貴女が受けた上級生からのいじめを受け、その計画を進めたまで」

「それじゃあ……」


 こうなったのは自分のせいなのか。クライアンは無言で頷く。


「俺はこれに納得しているけどな」

「……ウォルまで」

「お前、一応ターゲス大将の娘なんだぞ。シュヴァリエ将軍の縁者に危害を加えるって意味を分からせないと。ロイクがお前を大将の養子に出した意味がない」

「でも」


 自分にここまで過保護にされる義理はないはずだ。

 未だ忙しいらしいターゲスと顔を合わせる機会がないフィーはまだ見ぬ養父に呆れる。


「『魔術返し』のお守りといい、貴女も自分の身を守るという意味ではよくやっているようだ。だけどくれぐれも己の立場をわきまえてください」

「それは、他の将軍の子供も同じっていうことですか」

「もちろん違います。貴女はただの娘でしょう。軍人になるために育てられた者とは違う。そもそも軍人になるために育てられた人間はこんな学園に来ない」

「ウォル……まさか」


 フィーは一度純血であるロイクに勝ったことがある。もちろん魔法も魔術もなしの体術戦で。

 それはウォルに手紙で伝えたはずだがそのウォルは素知らぬふりをしながらフィーのお手製弁当を咀嚼していた。


「俺がお前に負けるかよ」

「ほらを吹かないでよ!私だってウォルと一対一で勝てるもん!」

「はぁー??じゃあやってやろうか?魔法アリで」

「いいじゃない!」


 にらみ合う二人の間をクライアンは咳ばらいをして止めた。


「待ちなさい二人とも。ドッグウッド、お前は姉弟とは言えすぐに喧嘩を売るな。それにフィーがウォルに勝っても君の扱いは変わらない」


 クライアンの言葉にフィーは顔を顰めウォルは鼻で笑う。


「だけど君の魔力や身体能力は興味がある。今度の休みにでも君と同じ体格の兵士と手合わせをさせたいけどいいかな」

「えっ」

「何で俺じゃ」

「ドッグウッドは自分の姉と自分の身長を比較したことないのか。もう小さかった半年前と違うんだぞ」


 二人は立ち上がり互いの背を見比べる。お互い10歳とはいえ、フィーはこの前の身体測定で測った時点では145㎝。ウォルは成長期を迎えており身長が160㎝を超えている。二人は現在既に10㎝以上の身長差があるのだ。


「……ホントだ」

「今気づいたの!?」


 既にフィーはウォルのことを見上げているのに。

 軍服越しでは判別できないものの、その体は鍛え抜かれている。そしてこれからもっともっとウォルは大きくなるのだろう。

 もう既に死んだウォルの父親の面影が重なる。村を守るため一番最初に敵に立ち向かい一番最初に死んだ人。ウォルはその人に段々近付こうとしている。

 自分の両親と歳が近く、幼なじみだったため仲が良かったと記憶している。もう記憶も大分朧気なのだけれど。


「やった……ってえ!?」


 ウォルの小さな感動はフィーの蹴りで脛の痛みと一緒に飛ばされてしまった。

 フィーはすねた顔をしていた。少し前は自分の方が大きかったのに悔しくなったのだ。


「なんか腹立つ」

「何でだよ」


 二人の様子を見てクライアンは、苦笑しながら本当に二人は血がつながっているようだなと思った。



―――



 三日後に行われた学力テストでは、本当に魔術に関することのみが出題され、既に高等部で学ぶはずの分野の一部をロイクから教えてもらっていたフィーは、ものの見事にこの学院で生き残ることができた。

 そんなフィーの結果に賄賂だ依怙贔屓えこひいきだと周りの生徒から言われたものの、教師から突然出題された問題に答えると教師含めその場にいた全員が目を見張った。(どうやら高等部で出題された問題らしかった)


 そして学力テストの結果を踏まえたクラス替えを終え、ようやくこの騒ぎもひと段落ついたはずなのだが、案外すぐに定期テストが控えているなんて聞いてなかったフィラデルフィアは、結局休む暇なんてなかった。


「暗記なんて聞いてないよ……」


 放課後うなだれるフィーを見てウォルは宥めた。


「学力テストは問題なかっただろ?大丈夫なんじゃないのか」

「……魔術以外のどうでもいい教科は別」


 ここでは文学や数学、歴史等も勉強するが大陸言語や礼儀作法に刺繍などもカリキュラムに含まれていた。

 コースによっては馬術やダンスも授業にあり、男女で違う内容の授業もあるが、やはり魔術学院と呼ぶには余分なカリキュラムが多い。

 この学院は基本的に小等部卒業した後高等部に上がる生徒は少なく、卒業後は親の元で家業を学ぶために実家に戻る。そのため小等部には貴族教育もカリキュラムとして盛り込まれていた。


 フィーは礼儀作法なぞ簡単な挨拶しか知らないし、外国語はおろか言葉遣いなんて以ての外だ。ごきげんようと言われても同じように返すなんてできない。

 ちなみに孤児院にいるリナリアは、家政学校を出ているガーベラから学んでいたらしいが、仕事においては合理主義でおしとやかの欠片もない大雑把なガーベラがそんなことを学んでいたなんて未だに理解できないでいる。

 辛うじてこの小等部で習う範囲の四則演算や読み書きこの国においての歴史は孤児院で既に学んでいたのでこればかりは本当にロイク様様である。


「なら残って勉強でもしますか?この学院、図書館なら誰でも入れるはずだ」

「二人を待たせることしませんよ。それに場所知らないんです」


 クライアンから聞かれたがフィーは首を横に振る。

 編入してからというもの、フィーはまともに学院内を案内されたことがない。

 教室は教師が案内してくれたのだが、他の教室や実習室は出入口にぶら下げている札や看板、時には他の生徒を見てこっそりついて行くことで覚えていた。

 建物内を一切案内しないなんて分かりやすい嫌がらせである。


「生徒証は見ましたか?魔術が施されているはずだから、学院のことは記録しているはずだ」


 フィーは鞄に仕舞っていた生徒証を取り出し、自身の魔力を込めると空中に文字列が目次のように並んだ。


「流石金持ちの学校、凝ってるな」

「こんなの初めて見た」


 空中に線を描く魔術道具があるのは知っていたが、勝手に浮かんでくるのは初めて見た。いや、孤児院に不法侵入してきた者が持っていた魔術道具を含めれば二度目だ。

 三人は結局とりあえず行くだけ行ってみようと話し、そのまま図書館に足を向けるのだった。



―――



「ミス・ジェダイト。クラスが別れて残念ですわ。でも仕方ありませんね。貴女、『魔術だけ』はこの中ではとびきり優秀だったんですもの」


 道中、建物を曲がったところで女子生徒らの会話が聞こえてくる。


「……貴女様に褒められるほどではありませんわ」

「謙遜はおやめなさいな。それで、いつになったらご実家に連絡してくださるのかしら?」

「以前から申しておりますが、それは私の一存で決められることでは……」

「あら、お友達のことを家に話していけないなんて規則あったかしら?」

「そうよ。私たちと一番仲が良いでしょう?こーんな禍々しい種族の貴女に構ってあげていたんだから。それとも何?私たちとクラスが離れて清々しているのかしら」

「……それは」


 一人の魔族の女子が複数人の人間に責められているようだった。彼女は確か同じクラスにいたはずだ。背中にある黒い翼と黒髪のおさげが印象的だったのでよく覚えている。

 フィーはクライアンに目配せをしたが彼は首を横に振った。余計なことに首を突っ込むなということらしい。


「大体、南方の貴女がこの学院に居るということが目障りなのよ」

「私は南方出身ではありません!」


 この国において南方地域出身の人間は種族や肌の色を問わず、黒髪の人間が圧倒的に多い。孤児院ではリナリアも生まれは南方地域だ。

 一年半前まで国は南方地域でレジスタンスと長らく争っていた。その名残か黒髪の人間は国を欺いた反逆者という認識が強いということはフィーも聞いている。


「おい、フィー」


 ウォルの声を無視してフィーは駆け足で彼女の元へ向かった。


「あ、ここにいたんだ!図書館案内してくれるって言ってたよね」

「えっ!?」


 フィーの姿を見て周りの人間も一歩下がる。やはりフィーのことはこの場にいる人間皆知っているらしい。フィーは表情を変えず黒髪の女子の肩に手を置いた。

 後ろでは二人が若干呆れた顔をしてこちらを見つめている。


「ミス・ヴィスコだったかしら。人の会話に割り込むのはいかがなモノかと思います」

「そうですね。でも先約は私だったのに、この子が突然断ったんです。図書館まで行きたかったんだけど場所が分からなくてここまで来るのに随分迷っちゃった」


 「それで皆は何の話をしてるんですか?」とフィーは問う。彼女たちは後からやってきたクライアン達を見ると、フンと鼻を鳴らしてこの場から離れてしまった。

 フィーはそんな彼女たちを見送ると触れていた肩を離す。


「割り込んでごめんなさい」

「わざわざこんなこと……いえ、ありがとうございます」


 互いに自己紹介をすませ、彼女から事情を聞いた。

 黒髪をおさげにしているクラスメイト。カラス族のコスモス・ジェダイトは実家が宝石商を営む商人だという。だが黒髪と烏族という嫌煙されがちな種族ということから時々嫌がらせを受けていた。

 ちなみに先ほどまで話していた彼女たちは、そんなコスモスの実家からアクセサリーを融通くれないかと交渉していた。

 学院内で金銭の伴う商談および買収は校則違反だ。だが『友人の名前を家族に伝える』という遠回しな方法で家同士のコネクションを今のうちに繋げる生徒は少なくないらしい。

 その為だけに学院に入学する子もいるのかとフィーは驚く。確かにこれまで自分に声をかけてきた者もいたが、彼らの後ろにいた人間達が友達なのかと言われるとそうとは思えなかった。


「確かに私も実家からは友人を作れと言われましたが、種族の話をしたら色々諦めてくれました」


 その辺は年の離れた兄達がやってくれているから大丈夫でしょうと付け足す。


「魔術学びたくてここに来たのに、そういうの疲れるね」

「……ここは貴族の社交場を縮小した場所です。私のような商人の子供も貴族と仲が良くなれば、嫁ぎ先に困ることもないと思っている子もいるから……」

「お貴族様は大変だな」

「こらドッグウッド」


 後ろで聞いていた軍人二人を見てコスモスは少しだけ距離を置いた。フィーは二人を紹介していないことに気付く。


「この二人は私の護衛。クライアンとウォルファング。ちなみにウォルは私の弟」

「馬族のクライアン・ハイドランジアと申します」

「狼のウォルファング・ヴィスコです」


 コスモスは二人の一礼に対し、スカートをたくし上げて礼をするカーテシーで返した。

 フィーは昔からよく知る弟分が礼儀正しくお辞儀をしている姿が気色悪く感じた。ウォルは顔を上げた後それを察したのかそんなフィーを一瞬睨みつけた。


「すごいですね。騎士が二人も居て」

「うん。でもちょっと窮屈」


 クライアンは知らないがウォルは騎士ではなく兵士だ。だが訂正するのは野暮だろう。

 フィーの言葉にウォルは顔をしかめていた。何だその顔は。


「……貴女の噂は少し耳にしています。クラスメイトですし、よろしくお願いしますね。フィラデルフィア」

「フィラデルフィアは長いから、フィーって呼んで。コスモス」

「はい」


 こうしてフィーはようやく学院で友人ができた。



―――



 それからというものフィーは図書館の出入りが多くなった。

 編入した本来の目的はフィーが暮らしていた孤児院の主ロイクにかけられた呪いを解く術を探すためだ。


 フィラデルフィアが知っている女神の記憶はこうだ。

 ある村の娘だった女神は幼い頃から『何でもできる』特異な技を持つことから村人から愛されて育った。

 だが彼女のことを嗅ぎつけた外部の人間に誘拐されてから女神は人生が狂い始めた。


 彼女は奴隷のような扱いを受け女の身であることから凌辱すらもされた。

 ことあることに燃やされ、水の中に沈められ、石を投げられたりと彼女は色んな村で施しをする度に迫害される運命をたどった。

 人間と関わることで自分は人間でないことを思い知らされ、もう人間と関わることに疲れた彼女は人気のない森に引きこもるようになる。


 だがある日森に訪ねてきた青年と出会い恋に落ちる。


 そして彼と関わるうちに女神は自分の思い通りの生物を生み出せば、人間への復讐が遂げるのではないかと思い、体を作り変えて彼との間に子供ができたかのようにみせてはたくさんの子供を産み育てた。

 それで生まれたのは【魔族】と【人族】と魔法の元である【女神から授かった能力】である。

 だが人間である青年が先に老い逝くことを悲しく嘆いた彼女は、その青年に自分と関わった記憶を魂に刻む呪いをかけた。たった一言【忘れないで】という言葉一つで。


 それ以降、青年は生まれ変わり彼女のことを思い出すとすぐに彼女の元へ帰ってきては楽しいひと時を過ごした。


 だがある何回目の生まれ変わって帰ってきた日、女神は青年から自分の子供たちが自分が授けた能力を使って人間のように争いあっていることを伝えられる。

 女神は自分の子供たちの行いを嘆き、自分の身体を人間たちの中に入り込みリミッターの役割をなそうとした。そうすることで人間に【魔法】と【魔力】という概念が生まれた。

 そのためには自分が事実上の死を経験しなければならない。そのトリガーが青年の心臓であり、その心拍が女神の秒針になった。


 ここまでがフィーが夢で見た女神の記憶の全貌である。

 その【女神の夫】の生まれ変わりであるロイクはカレンデュラ家の現当主であるが、現在後継ぎでもあるその子供はいない。

 彼が死ねば女神の意識を持つ自分も死ぬことになるが、その後どうなるか分からない。夫はまたどこかで生まれるかもしれないが、女神の方もフィーと同様の人間が生まれるのだろうか。


 だが自分がなぜ【女神の記憶】そのものを持っているのかその理由が全く分からない。

 自分と同じ種族だった母親なら分かるかもしれないが、今その母親は死んでいる。

 それに自分が女神の生まれ変わりだというのなら、なぜ自分は竜族として生まれたのだろう。女神の夫はずっと人族として生まれ変わるというのに。


「女神ってどこから生まれたんだろうね」


 突然うしろから声をかけられたフィーは大きく肩をびくつかせた。

 後ろを振り向くと、肌の白いプラチナブロンドの青年がこちらを覗き込んでいる。制服からして高等部の生徒のようだ。

 紫の瞳といい、まるで宝石が埋め込まれた石造が動いているのかと思うくらい美しい顔をしている。


「驚かせたならごめんよ。まさかそこまで読みふけっているとは思わなかったから」

「あの、さっきのって……どういう意味ですか」


 フィーの言葉に彼はきょとんと身体が硬直したが思い出したのかはっとしたのかすぐに体は動き、フィーの隣に座った。

 あまりに自然な動きなので今度はフィーが硬直した。


「だって神話には夫とすごして二人の間にできた子供を育んだことしか伝えられていないんだから」


 確かに女神がどこで生まれたのかが記されていない。フィーの見た女神の記憶でもその村は廃村になっていたはずだ。

 だがその答えはフィーの口から自然と零れ落ちた。


「ただの一人の女の子だった、とか」


 フィーから見た記憶でも彼女のそれはまさしく一人の人間だった。

 酷い迫害をしても人を信じたり、死なせたくなくて自分の力で夫の魂に記憶を刻み付けたり、子供が争いあっていると知った途端ひどく悲しんだり。

 ロイクからも「辛かったろう」と言われた。その時少しでも自分のことをロイクが心配してくれることに優越感を抱いたなんて口が裂けても言えないけど。


「なるほど。女の子」


 まつ毛まで白いのはロイクと同じだなとフィーが彼の形の良い顔を眺めていると、彼と目が合い、はっと何か思いついたかのような表情をして彼女の髪をさらりとひと房掬い上げた。


「?!」

「女神の容姿はもしかしたら、キミのような姿だったのかな」


 されたことの無い態度をされてフィーの体は硬直する。

 青年はぱっと赤毛から手を離した。


「あぁ!また驚かせてしまったね。すまない」

「い、いえ……慣れなかっただけなので」


 この前呪いを解くまで会わないと決心したばかりなのにロイクに会いたくなった。

 フィーの様子が面白かったのかクスクスと天使のような笑みを浮かべる彼にフィーの意識は彼に戻される。


「また君と話がしたいな。君の名前は?」

「フィラデルフィア・ヴィスコ。竜族です」

「ボクの名前はスピネル。人族だよ。ありがとうフィラデルフィア。また今度会おう」


 スピネルと名乗った彼は不思議な青年だなとフィーは思った。あの容姿といい、作り物の人形が自分に話しかけたのだろうかと思うくらいには。

 護衛の二人が迎えに来てフィーはようやく現実に引き戻されたのだった。



――――――

フィラデルフィアは基本的に口説かれ慣れていませんが、

面食いという訳でもありません。

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